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2014/02/27

■ビットコインと通貨

仮想通貨と言われているビットコインの取引所のひとつが、取引を停止し、その危うさが問題になっています。
朝日新聞に、ビットコインと通貨の違いの表が出ていました。
ビットコインに関しては、新聞やテレビで報道されていることしか知らないのですが、ちょっと気になったのは、「仮想通貨」という言葉です。
私自身は、円やドルという通貨も、「仮想通貨」だとずっと思っていたからです。
いや、通貨とは、そもそもが、仮想上の概念であり、その仮想が崩れれば、まったくといっていいほど価値のないものなのだろうと思います。
そして、問題は、その「仮想」を管理するのはいったい「誰か」ということです。

円に関しても、私はそう考えていますので、現在の「円やドルの上に構築されている金銭経済」を基準にして、生活を成り立たせることに、身を任せられないわけです。
だれかが管理する仮想の世界に呪縛されたくないからです。

ビットコインではありませんが、最近、私もスイカとかIDなどのカードを多用するようになりました。
たしかに利便性が高く、しかもお金を使った気分にならないので、相手への感謝の念も高まります。
それが問題だとも言われていますが、通貨を介さないことが、私には合っています。
なぜかといえば、そうしたものは、いわゆる交換手段にしかならず、決してそれ自体で価値を生み出さないからです。
そこには、複雑な金融工学の魔手は及びません。

私たちはともすると、通貨に価値を感じてしまいます。
眼の前に100万円の札束を積まれたら、私でもクラクラっとしてしまいかねません。
そして、その通貨で利殖したいと思うかもしれません。
そこからたぶん通貨を管理している人たちの思う壺に入っていってしまうのでしょう。
でも、スイカであれば、そんなことはありません。

通貨とはいったい何なのかを改めて考えてみる材料を、ビットコインは教えてくれているように思います。

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