■節子への挽歌2346:コタツでの妄想
節子
インフルエンザが流行っています。
私は幸いに、最近は風邪はひいても、インフルエンザにはかかっていませんが、今年はどうも免疫力的に不安があります。
注意しなければいけません。
今日もあんまり調子がよくないので、自宅で過ごしましたが、最近はインターネットのおかげで、湯島に行く以上に、いろんな人と交流ができます。
コタツの中から、新潟や福岡や岐阜や福井や大阪や広島と、簡単に連絡が取れるのです。
不思議な時代です。
地域的な問題だけではありません。
今日はちょっと気の重い話まで、ネットで対応してしまいました。
もしかしたら、コタツにいたほうがいろんなことができるかもしれません。
しかも、そうしたやり取りの合間に、こうやって彼岸にいる節子ともやりとりができます。
彼岸の場合は、現在の技術ではまだ返信を期待できないのですが、そのうち、返信も来るかもしれません。
彼岸との交流に関しては、節子が元気だった頃、少し話し合ったことがあります。
もし彼岸から此岸が見えるのであれば、先に行ったほうが、何らかの形で、合図を送るようにしようという話です。
しかし、予想以上に早く節子は旅立ったため、準備不足で、確認できないままになっています。
節子はたぶんもうすっかり忘れているでしょう。
もし覚えていたら、何らかのメッセージを送ってきてもいいのですが、それがありません。
もっときちんと話し合ってよかったのですが、今となってはもう遅いです。
もう少し時間がほしかったです。
先日、古代史のサロンをやった関係で、日本の古代史の蔵書を読み直しています。
以前は、邪馬台国の場所だとか、古代王朝の変遷だとか、朝鮮半島との関係だとか、そんなところに関心があったのですが、最近は少し関心が変わっています。
現代人が考えるような、区切られた世界ではなく、もっとおおらかな世界に、古代人は生きていたような受け取り方をするようになってきています。
そういう視点で読み直していくと、古代には、「個人の生」という概念が、まだそれほど強くはなく、みんな大きな生命の一部を生きていたような気がしてきます。
個人の寿命も今よりもずっと長かったのかもしれません。
そして、もしかしたら、彼岸と此岸はつながっていたのかもしれません。
インターネットはどこまで発展するのでしょうか。
私が生きているうちに、彼岸との交流が可能になるでしょうか。
そうなるといいのですが。
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