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2014/02/15

■節子への挽歌2358:雪には嘘はありません

節子
今日もまた、外は雪景色です。
雪を見ていると、なぜか節子を思い出します。
節子の生家は滋賀の湖北です。
そこでの雪景色の記憶が多いからでしょうか。
「節子」の音(せつこ)が、「雪子」に通ずるからでしょうか。

節子は、嘘のない人でした。
隠しごとは一切できない人でしたし、言葉だけの人を好みませんでした。
人は意図せずに、嘘をつくものです。
言葉で言ったのに、実際にはできないこともあります。
もちろん節子も例外ではなく、結果として嘘をついたこは何回もあります。
それで夫婦喧嘩になったことも少なくありませんでしたが、
それでも、節子は嘘のない人でした。

私も、嘘はつかないし、言行一致を信条にしていますが、節子から見れば、まだまだでした。
嘘のない人と嘘をつかない人は、違います。
節子は前者で、私は後者なのかもしれません。
節子から学ぶことは、たくさんありました。

節子は、私のことを、嘘はつかないけれど、言葉でごまかすと言っていました。
そこが小賢しい私の弱点です。
自分を正当化したくなる。
「嘘をつかない自分」を守ろうとして、嘘の弁解をしてしまう。
節子は、そういう私が嫌いでした。
節子に好かれるには、嘘をつかないだけではなく、嘘のない生き方でなければいけませんでした。
そのおかげで、私もだいぶ、嘘のない生き方ができるようになりました。
嘘がない生き方は、とても気持ちの良いものです。

しかし、時に嘘をつきたくなることもある。
嘘をついたり、言葉だけの人を非難したり、したくなる。
その時に、懺悔したり、愚痴を言ったりできる相手がいると心がやすまります。
それがないと、人間嫌いになりかねません。
最近の私の疲れは、その役割をしてくれていた節子がいなくなったせいかもしれません。

つい先日、ある人からメールが来ました。
まだ返信できていませんが、その人から昨日、追伸が来ました。
そこに、「先日は、読み返すに大変失礼な愚痴メールを送ってしまい、誠に申し訳ございませんでした」とありました。
その追伸を読むまで、それが「愚痴」だとは気づきませんでした。
この人もきっと、嘘のない人生を送っているのでしょう。
嘘のない人生は、それなりに大変かもしれません。

夕方には雪が融けたり、道路の雪は汚れたりして、白い景色はなくなってしまいました。
嘘がなくてもやっていける社会になればいいのにと、雪景色を見ながらずっと思っていました。

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