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2014/02/11

■節子への挽歌2354:話せる人がいるといい

節子
今日は東日本大震災から2年11か月目です。

NHKのドキュメンタリー「最後の場所がなくなるとき 釜石の悲劇」を見ました。
東日本大震災で、200人以上の犠牲者が出た、釜石の鵜住居地区防災センターが解体されることになり、それに伴う遺族たちの複雑な思いをえがいた番組でした。
2組の遺族が登場します。
子どもを宿していた妻を喪った片桐さんと娘を喪った疋田夫妻です。
震災前、片桐さんと疋田さん夫妻は、交流はありませんでしたが、片桐さんの奥さんと疋田さんの娘さんは同じ職場の同僚だったのです。
そして2人とも、その防災センターで津波に襲われたのです。

センター解体に関する集まりで、2組の遺族はお互いを知り合いますが、番組の最後に、初めて話し合う場面があります。
片桐さんと疋田さんの父親は、挨拶で顔を下げあったまま、お互いにしばらく声が出せません。
出てくるのは涙だけです。
お2人の思いが、深く深く伝わってくる気がしました。

片桐さんがようやく声を出します。
「どうしても自分の話ができなくなるのです。誰にも話せない。」
疋田さんが応えます。
「他人ごとになってしまうからね」と。
片桐さんは
「それをずっとしまっちゃっていて、もう出せない。」
疋田さんがいいます。
「話せる人がいるといいのだが、一人だとつらいよね。」

妻を喪った片桐さんにとって、実はその解体される防災センターこそが「話せる相手」、いや奥さんだったのです。
番組の制作者には、それがわかっていたと思います。
わかっていたという示唆に富むシーンがありました。
センターが解体された後の片桐さんが気になります。

「話せる人がいる」ことの大切さは、その時にならなければなかなか気づかないでしょう。
片桐さんが言うように、自分の気持ちと世間の動きは、違うのです。
だから自分の気持ちは話してもわかってもらえない。
しかし、話さないと「もう出せなくなる」のです。
片桐さんの顔が当分忘れられそうもありません。

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