« ■節子への挽歌2351:近所づきあいはいいものです | トップページ | ■問題を構造化することの大切さ »

2014/02/10

■都知事選に関する私の不見識

都知事選は舛添さんの圧勝に終わりました。
原発再稼動に向かうことになったことが何よりも残念です。

この選挙に関しては、私の判断は反省すべきことが多かったです。
私自身まだ従来型の発想や個人的な思い込みや希望的観測の呪縛に惑わされていることの多さに気づかされました。
このブログで書いたことも、かなり反省しなければいけません。

私の予想と違っていたのは、次の点です。
①細川さんよりも宇都宮さんの得票が多かったこと
②田母神さんへの投票が60万票を超えたこと
③投票率があまりに低かったこと

特に①に関しては、私の不見識として大いに反省しました。
脱原発候補としては、細川さんのほうが得票数が多いと考えていました。
有名人依存が私の中にも残っていた結果かもしれません。
私の娘は、立候補段階から、いまさら出てきてもと2人の元首相を無視していましたが、その感覚が私にはありませんでした。
加えて、私には、法曹界と共産党への不信感が強くありました。
私の知人たちには、宇都宮さん支持者が多かったのですが、私はそれを苦々しく思っていました。
一本化するなら細川さんへの一本化だろうと思っていたのです。
このブログでもそう書きましたが、これは私の完全な間違いでした。
見識のなさを恥じなければいけません。

②は私には驚き以外の何物でもありません。
田母神さんの言動は、とんでもないものと私は思っています。
田母神さんの言動のひどさを最初にこのブログで書いたのは2008年です
その後も、ブログで何回か書きましたが、私にはその言動を許せる人ではありません。
ですから立候補すると知っても、泡沫候補だろうと思っていましたが、マスコミは主要候補に祭り上げました。
しかし、まさか若者に人気が出るとは思ってもいませんでした。
時代の状況を読み取るべきでした。

③は、大雪の影響もあるかもしれませんが、これほど低いとは思いませんでした。
都民にとっては、原発問題はもう少し大きな関心事だと考えていました。
私は、いわゆるホットスポットといわれる我孫子市に住んでいますが、東京都も状況はそう変わらないように思いますが、やはりこれほどに違うのかと驚きました。
原発の上での豊かさなどありえないという、私の原発の捉え方が一般的ではないのかもしれません。
これに関しては、改めてまた書くつもりです。

いずれにしろ、都知事選は終わってしまいました。
原発の上での豊かさを求めて、オリンピックだ、成長戦略だ、と騒いでいる世情を見るに付け、「ソドムとゴモラ」を思い出します。
原発は、実に象徴的な存在です。

|

« ■節子への挽歌2351:近所づきあいはいいものです | トップページ | ■問題を構造化することの大切さ »

政治時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/59104134

この記事へのトラックバック一覧です: ■都知事選に関する私の不見識:

« ■節子への挽歌2351:近所づきあいはいいものです | トップページ | ■問題を構造化することの大切さ »