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2014/02/16

■ソーシャル・ガバナンスと成長する政策

友人が、フェイスブックにソーシャル・ガバナンスの記事を載せ、そこに私の考えを紹介してくれたのですが、どうもうまく伝わっていなかったようなので、修正コメントを書きこみました。
私の考えは、なかなか伝わらないことが多いのですが、それはきちんと説明をしていないためです。
たまたま今朝の朝日新聞に論説委員の大野さんが「日曜に想う」で、私の考えるソーシャル・ガバナンスにつながる話を書いているので、それを紹介しておきたいと思います。
ちょっと長いのですが、少し省略して、引用させてもらいます。

 「政策がないってどういうことだ」
 「それじゃ、ただの空っぽじゃん」
 東京都知事選挙への立候補を表明したとき、家入一真さん(35)は、そんな批判をたくさん浴びた。
 というのも、政策はこれからつくります、と言ってのけたからだ。確かにこれまでの立候補の作法からは大きくはずれている。とくに50代、60代の人たちから「お前は知事になったら何をしてくれるというのか」と迫られた。
 「だけどそれには違和感を感じました」と家入さんは話す。「今は政治に対してお客でいられる時代でしょうか。人々も政治といっしょに何をやれるか考えないといけないのでは」
 だから、立候補にあたっては、まず人々との対話が必要だと考えた。守れない公約を掲げるよりも、都民の声を集める。それをもとに政策を練る。
 家入さんの呼びかけに、選挙期間中提言や課題を記したツイッターのつぶやき4万件近くが寄せられた。からかいや冷やかしを除いての数だ。
まさに、これが私の考える「ソーシャル・ガバナンス」です。
もう15年ほど前になると思いますが、茨城県の美野里町(いまは小美玉市になっています)の都市計画マスタープラン策定に関わらせてもらいましたが、その時にまさにこの発想を導入しました。
住民から意見を公募し、それを編集したものを「都市計画マスタープラン」にしたのです。
最初は県の担当課も戸惑ったと想いますが、結局、そのスタイルを受け入れてくれました。
さらにそれをベースに、常時、住民の意見を受け入れ、計画に追加していくという、「成長する計画」を目指していたのですが、市町村合併で挫折してしまいました。
それが私の最後の本格的な基礎自治体関係の仕事です。
市町村合併は私のビジョンとは正反対ですので、以来、自治体の仕事をやめました。

昨年末に、ソーシャル・ガバナンス研究会で話をさせてもらいました。
その時に、こういう質問をしました。
「ソーシャル」と「ガバナンス」をつなげる助詞は何でしょうか。
みなさんはどう考えるでしょうか。
多くの人は、「を」というでしょう。
ソーシャルをガバナンスするスキームをソーシャル・ガバナンスというわけです。
私は、そこに「で」をいれます。
ソーシャルでガバナンスするというわけです。
しかし、もっとぴったりするのは、「ガバナンスがソーシャル」という、要素の反転です。
つまり、ガバナンスを通してこそ、社会は育っていくというわけです。

政治もそうでなくてはいけません。
原発ゼロには具体性がないなどという人は、私には典型的な主体性放棄者としか思えません。
まさか、みなさんはそうではないでしょうね。

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