« ■節子への挽歌2370:悲しさの陰 | トップページ | ■節子への挽歌2371:10年ぶりに知己が突然来てくれました »

2014/02/28

■「人間に鈍感なシステマチックな世界」

ちょっと体制を刺激する文章を引用します。

警察では何事も「待たせる」ということが平気になっていて、恐ろしく時間に鈍感過ぎる、と思った。接見の弁護士さんや家族には情報を与えず延々と何時間でも平気で待たせる。あんなにも人を待たせることに鈍感になっているのは、警察官自身が警察内部で何も考えずにひたすら上からの指令を待つことに日常的に馴らされているからなのだろう、とその時思った。そう言えば、日本の官僚制システムとは、この「人間(他人)への鈍感さ」(つまり「人権感覚の無さ」=「思いやりのなさ」)によって上から下まで習慣化されている「鈍感なシステマチックな世界」なのだということに改めて思い至った。
いささか物騒な発言ですが、まだ現在は、これくらいの発言は見過ごされているようです。これは、昨年、デモに参加しようとして逮捕された多辺田政弘さんの報告記事の中の文章です。
多辺田政弘さんといえば、「コモンズの経済学」という本もお書きになっている元沖縄国際大学教授です。
私もその本を初めとした多辺田さんのお書きになったものから、多くのものを学ばせてもらい、忘れられないお一人です。
心臓の手術をしたとお聞きしていましたが、それが昨年、エントロピー学会の機関誌に、ご自身の逮捕劇の顛末を報告してくれました。
驚愕しましたが、同時に、想定される近未来の日常風景でもありました。
ちなみに、その報告は、ネットでも読むことができます。
http://seiko-jiro.net/modules/newbb/viewtopic.php?viewmode=flat&order=ASC&topic_id=1931&forum=1&move=next&topic_time=1366945834お読みいただければうれしいです。

多辺田さんはもう70歳近いはずで、しかも持病を抱えているにもかかわらず、デモに参加しています。
こうした人たちによって、今の社会はかろうじて、維持されているのだろうと思います。
私は、妻がなくなってから、デモには参加したことがありません。
脱原発に関する国会周辺の集まりには、何回か参加しましたが、単にそこに行っただけで、何もデモらしいことはしていません。
それではいけないとは思ってはいるのですが、気力が出てきません。
ですから、多辺田さんの行動には刺激されます。
自己嫌悪にも陥りました。

1年も経って、いまさら多辺田さんの手記を思い出したのは、最近、テレビを観ていて、官僚システム(それは、良し悪さは別にして、ある意味では人間への鈍感さに支えられている面があると私は思っています)だけではなく、官僚システムを活かしていくべきリーダーにも、「人間への鈍感さ」を、強く感じるからです。
そして、それが生活の場である社会全体にも、広がっているような気がするからです。
つまり、私自身の生き方も、そうなってしまっているのかもしれません。

私たちの生き方から、もしかしたらいま、人間への思いやりがどんどんと消えている。
そもそも「絆」とか「つながり」とかいう言葉が、これほど使われるということ自体、そのことを象徴しています。
「人間に鈍感なシステマチックな世界」は、決して警察や官僚の話ではなく、私たち、生活者の世界のことなのかもしれません。
多辺田さんが指摘している、「ひたすら上からの指令を待つこと」は、多くの日本の現代人の習性になってしまっているのかもしれません。

そう思って、1年前の機関誌を引っ張り出して、読み直してみました。
そして、多くの人にも読んでほしいなと思った次第です。

今日は金曜日、久しぶりに国会に行こうかとも思いましたが、あいにく最終金曜日なので、湯島でオープンサロンです。
こんな話を今日は私から話させてもらおうかと思っています。
念のために言えば、体制批判ではなく、自己批判として、です。
よかったら遊びに来てください。

|

« ■節子への挽歌2370:悲しさの陰 | トップページ | ■節子への挽歌2371:10年ぶりに知己が突然来てくれました »

生き方の話」カテゴリの記事

社会時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/59212101

この記事へのトラックバック一覧です: ■「人間に鈍感なシステマチックな世界」:

« ■節子への挽歌2370:悲しさの陰 | トップページ | ■節子への挽歌2371:10年ぶりに知己が突然来てくれました »