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2014/02/16

■韓国の歴史教科書を読みました

韓国の歴史教科書を、日本語訳で読みました。
明石書店から出版されている、世界の教科書シリーズです。
読んだのは、「初等学校国定社会・社会科探求」「中学校国定国史」「検定版高等学校韓国史」の3冊です。

まず感心したのは、それぞれの段階での内容の配分が違うことです。
特に感心したのは、高等学校では、近現代の部分が多く、8割の部分が19世紀以来の歴史に割かれていることです。
また、韓国がいまの領域で、国家形成されたのは900年ごろの高麗だと思いますので、日本のように歴史を語るのは簡単ではありませんが、国家意識を高めていくための工夫も、いろいろと見られます。
もうひとつ感心したのは、高等学校の教科書では、東アジアの中での動きという視点が多かったことです。

いずれにしろ、たしかに日本の教科書とは違います。
特に高等学校の教科書について言えば、たとえば「日帝」(大日本帝国)という言葉が、盛んに出てきます。
「慰安婦」も含めて、当時の日本への否定的な記述も多いです。
私には、その記述内容はさほど大きな違和感はありませんでしたが、記述の姿勢には感情的なものも感じました。
とりわけ写真が刺激的なものが多く、これで学んだ高校生たちには大きな影響を与えるだろうと思いました。
竹島(独島)問題も明記されていますが、大日本帝国による朝鮮の国権剥奪との流れの中で記述されています。
その意味では、明確な政治的意図を強く感じます。
それは北朝鮮への言及にも感じられます。

こうした姿勢は初等学校も中学校も、基本的には同じですが、下に行くほど、たとえば「日帝」言及は少なくなり、表現も少しおだやかになります。
しかし、「ごろつき」などという言葉がでてきたりして、ドキッとはしますが。

3冊を読み終わって感じたのは、自国の歴史教科書だけ読んでいると視野も発想も偏ってしまうという、当然の事実への再認識です。
日本の歴史教科書(私が最後に読んだ高校の教科書は30年ほど前なのですが)だけでは、私たちの歴史観は、どうしても偏ったものになるでしょう。
たとえば、私たちは、日清戦争、日露戦争と読んでいますが、韓国の教科書では、清日戦争、露日戦争と表現されています。
あるいは、朝鮮半島は「韓半島」とされています。
「朝鮮戦争」は「6・25戦争」です。
最近話題の「東海」は当然ですが。
これに関しては、とても納得でき、私の認識の限界を大いに反省させられました。
共同の歴史教科書という話がありますが、その前に大人たちが、それぞれの国の教科書をもっと読みあうことが大切ではないかと思いました。

最近、話題になった「伊藤博文暗殺」に対する評価ですが、韓国の教科書で学んだ人たちにが、この暗殺行為を「快挙」と受け止めるのもわかる気がしました。

もっとも韓国でも、高校の教科書や教科の設計に関しては、いまなお流動的で、変化しているようです。
年次によって、かなり変わっているようです。
その意味でも、韓国の教育は極めて「直接的に」政治的なわけです。

ところで、中学校の教科書に、こういうのがありました。
「両親や知り合いを通して1960年代はじめと1980年代後半の政治的、社会的、経済的状況について調べてみよう」。
これは2000年からの教科書に登場したのだそうです。
日本の教科書にもあるのかもしれませんが、とても共感できます。
もし日本の教育指導要領にないのであれば、ぜひいれてほしいです。
いや入れる前に、私たちはもっと子どもたちに伝えていく必要がありません。

3冊の教科書を読んでいろいろと気づかされました。
次は、日本の教科書を読み、つづいて中国の教科書を読もうと思います。
日本の歴史の学校教科書はどうしたら読めるのでしょうか。
図書館にあるでしょうか。

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