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2014年3月

2014/03/31

■節子への挽歌2396:悲しむ力

節子
先日、この挽歌にも書いた中下大樹さんの著書に「悲しむ力」というのがあります。
中下さんが直接に聞いた、死にまつわる30の言葉を軸に、日本人の死生観を書いた、とてもいい本です。
佐久間庸和さんも、その本をブログで取り上げています。

中下さんはその本の中で、今の日本に足りないのは「悲しむカ」ではないかと書いています。
中下さんがそう思ったのは、東日本大震災の時に、日本中で「がんばろう」コールが起こった時だったそうです。
被災地の現場で活動していた中下さんが感じたのは次のようなことでした。
少し長いですが、引用させてもらいます。

私たちは日々、仕事や生活に追われています。少し気を緩めれば、誰かに追い抜かれてしまうかもしれない。一度追い抜かれたら、そのまま脱落してしまうかもしれない。仕事だけでなく、生活そのものを失ってしまうかもしれない。そんなプレッシャーを感じながら、厳しい競争にさらされています。だからこそ私たちは、悲しみをできるだけ見ないようにやり過ごしています。誰かの悲しみを自分のことのように悲しんだり、自分の中にある悲しみを見つめたりすることは、時間の損失にしかならないからです。そうする中で私たちは、「縁」を磨いたり、つないだり、育んだりする方法を、忘れてしまったのではないでしょうか。
そして、この未曾有の大震災においても、「いつまでも悲しみに浸っていては厳しい競争社会を生き抜くことはできない」「いち早く立ち直らなくては、世界に置いていかれてしまう」。日本中が、そんな焦燥感を持っているように感じました。
しかし蓋をした悲しみが消えてなくなることはありません。どこかでくすぶり続け、トラウマのように私たちを苦しめ続けるのです。だからこそ、今、目の前にある悲しみから目をそらしてはいけないのです。
とても共感できます。
私は、すでに競争社会からは抜け出て、自分好みの人生に転じてしまっていますので、思う存分に悲しむことに身を任せていますが、その経験からも、中下さんがいう「悲しむ力」はわかります。
自らの悲しみに正面から素直に向かうことで、自分の世界が大きく広がったような気がします。
それに、他者の悲しみも、少しは見えるようになってきました。

悲しみを忘れようとすることもありません。
悲しみは、いつになっても悲しいものです。
それを忘れようとは思いもしません。
悲しみを語ることが、自分を元気にすることは、何回も体験しています。
そして、悲しみを共にすることもまた、大きな力を生み出すこともわかってきました。

しかし、中下さんの本を読むまでは、「悲しむことの効用」を意識してはいませんでした。
「悲しむ力」とは、とてもいい言葉だと思います。

悲しい時には悲しむのがいい。
悲しみの多い人ほど、生きる力も大きくなる。
もしかしたら、生きることとは悲しむことかもしれません。
悲しむことが生きることかもしれない。
そんな気がしてきました。

明日から4月です。
悲しむ力を支えにして、とりあえず、少し前に動き出そうと思います。

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■節子への挽歌2395:時間感覚が回復しだしているのかもしれません

節子
年度の変わり目のせいで、いろんな人から転進の連絡が続いています。
みんな、私よりも一まわりも二まわりも、いや三まわりも若い人たちです。
故郷に戻ることにした人もいれば、海外に移る人もいます。
企業からNPOに変わる人がいれば、NPOから企業に変わる人もいる。
同じ組織でも、仕事がガラッと変わる人もいれば、仕事を変えたくないので組織を変える人もいる。
それぞれいずれも納得できるものです。
最近は実に多様な生き方ができる時代だなと、改めて思います。
みんな自分の生き方を見つけていくものです。

おそらく昨年も、一昨年も、その前も同じだったのだと思いますが、こういうことを考えた記憶がありません。
それに、今年はなんだか自分が取り残されている気分がしてしまうのです。

みんなどんどん変わっていく。
新しい世界へと活動の分野を広げていく。
周りの人たちの世界が広がれば、それは私の世界の広がりでもあるはずです。
いつもなら素直にうれしがれたはずですが、
自分がどこか置いてきぼりになっているような寂しさを感じてしまう。
私には生まれて初めての気分です。
なぜでしょうか。

節子がいなくなってから、私の中では時間が止まっています。
季節の変化さえ、実はあまり実感できません。
しかも、止まっているのは私だけではなく、周りも止まってしまっているような気がしていました。
いや、そう思いたかっただけでしょう。
それが、今年は、周りがどんどんと変わっていくのが、気になるようになってきたのです。
考えようによっては、私の時間感覚が正常化してきているのかもしれません。
しかし、変えることのできない自分が、なんだかとても惨めな気がしてきています。
新しい世界への転進の連絡には、おめでとう、楽しみにしているよ、などと言いながら、どこか心の隅に、羨望と寂しさがあるような気がしてなりません。
考えようによっては、実に僻みっぽくなっている。
困ったものです。

歳のせいが、あるかもしれません。
しかし、間違いなく、節子がいないことが大きな理由になっているはずです。
節子がいたら、私もまだまだ大きく生き方を変えられるはずです。
前にも書きましたが、今日で私の第3四半世紀の人生は終わりです。
いよいよ第4四半世紀が始まります(第1四半世紀が22年だったので、年齢とは合いませんが)。
その生き方をどうするか、まだ何も考えていません。
しかし、時間感覚が戻ってきた今、もしかしたら考えられるかもしれないと思い出しました。

25年前の今日は、白いキャンバスに絵の具を入れるような、そんなわくわくする日だったのです。
この25年間は、あまりに面白く、あまりに悲しい四半世紀でした。
そのせいか、今はまだわくわくする気配はまったくありません。
いずれにしろ、私の第3四半世紀はおしまいです。

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2014/03/30

■節子への挽歌2394:春の便り

節子
わが家への春の便りのひとつは、福岡からのあさりです。
蔵田さんが自ら海辺で採取して送ってくれるのです。
とても元気なあさりで、砂抜きのために水の中に入れていたら、周りが水だらけになってしまいました。
昨年はフェイスブックに写真をアップしましたが、貝殻から5センチ以上の長さで口が伸びているのです。
かなりグロテスクの光景です。

家の近くの手賀沼沿いの道路の両側にある桜もだいぶ咲きました。
庭の花も華やかになってきて、いよいよ春です。
若い友人たちからは、新しい仕事を始めるとか、職場が異動したとか、そんな知らせがいろいろと届きます。

そういえば、25年前の今日は、25年間続いた会社生活を終わらせるために、いろんな人のところに挨拶に行っていた日でした。
あれからもう25年です。
節子が元気だったら、盛大にお祝いの準備をしていたでしょう。
そんなことも最近はすっかり忘れてしまっていました。

この半年ほど、どうも気分がよどんでしまっていますが、春とともに、今年こそ動き出そうと思います。

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■人間を起点とする社会哲学

友人の川本兼さんが「右傾化に打ち克つ新たな思想」を出版しました。
川本さんは長年、平和のテーマに取り組んでいますが、新しい社会契約説や平和権など、新しい思想体系を積み上げてきている人です。
川本さんの取り組みは、個別論ではなく、ホロニックな議論であり、しかも価値観が基本になっているところに、私は共感しています。
もう20年以上、川本さんの著作は読み続けていますので、川本さんの思想の進化がよくわかります。
今回の本は、タイトルからわかるように、昨今の日本社会の「右傾化」への警告書です。

川本さんは、「右傾化の流れの中に身を委ねることによって、日本人は「誇り」や「心の安定」を得ることができるかもしれない」が、そうした右傾化の誘惑に打ち克たなくてはならないと主張しています。
そうした議論の根底に、川本さんは「人間を起点とする社会哲学」を置いています。
この視点は私の視点と全く同じですが、私と違って、川本さんはそれをしっかりと論理づけています。
そして、ルソーとは違う、さらにはホッブスやロックとも違う、新しい社会契約説を提唱するのです。
川本さんがそうした新社会契約説を提唱しだしたのはもう15年ほど前だったと思いますが、最初は私もなにやら小難しい議論だなと、その意味をしっかりと受け止められずにいました。
しかし、次第にその考えは思想的に深められ、今回は「人間を起点とする社会哲学」として、かなり全体像が見えてきたように思います。

実は、先日このブログでも紹介した品川正治さんの「激突の時代」に出てくる日本人の平和憲法観を読んでいて、すぐ思い出したのが、川本兼さんでした。
それでその本の私が感動した箇所を書き出して、川本さんに送りました。
財界人にも、こういう発想の人がいたと知ったら、私がそうだったように、元気が出るだろうと思ったのです。
それと入れ違いに、川本さんからこの本が送られてきたのです。

「人間を起点とする社会哲学」については、ぜひとも本書を読んでほしいのですが、そこから引き出される重要な帰結を2つだけ紹介します。

「平和権」を基本的人権である。
「戦争ができる国家」はアンシヤン・レジーム(旧制度)である。
川本さんは、また、「人間を起点とする社会哲学」に基づいて社会のあり方を変えていくことを、「人権革命」と呼びます。
あまりにも簡単な紹介なので、伝わりにくいかもしれません。
ぜひ読んでみてください。
本書を読まれた方を中心にして、できるだけ早い時期に、川本さんを囲むカフェサロンを開催しようと思っています。

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2014/03/29

■「猫も杓子も捏造」社会

袴田事件に関しては、検察側はまだ再審を止めたいという動きが報じられています。
ここまで事実が共有されてもまだ、組織を守ろうとする検察とはいったい何なのでしょうか。
言うまでもありませんが、検察は本質的に暴力集団ですから、暴走を止める仕組みがないと恐ろしい組織になります。
日本では、韓国と違って、「違憲判決」が出ても、かつて田母神さんがそうだったように、権力者は、当然のように無視します。
私には、それは犯罪行為だと思いますが、そう思う人はいないようです。
権力の暴走をとめるはずの法が、むしろ権力の暴走のための道具になっているような気さえしてしまいます。
そして、そうした「権力に飼われた犯罪者」を増やしているのではないかと、「被害妄想」に陥りそうになります。。

ところで、最近、「捏造」がブームのようです。
袴田事件の証拠材料は捏造らしいですし、STAP細胞も捏造らしいです。
特捜が起こした裁判でも捏造がかなり報じられました。
原発関連でも捏造が少なくありません。
しかも、そうした「捏造」があまり厳しく罰せられません。
そのせいか、最近の日本社会は、まるで「1億総捏造社会」のような感じです。

もし袴田裁判での検察の捏造が事実ならば、捏造に関わった人は裁判にかけてほしいものです。
司法界の人は、権力側の論理で行動している限り、あまり裁かれる側には立ちませんが、今のような状況では、「人民裁判」でもしてほしくなりそうです。
権力の陰に隠れた犯罪者を許す風潮は世界の常かもしれませんが、あまりの行きすぎは恐ろしい結果を生むでしょう。
厚労省の村木さんも、何か一言ぐらいコメントしてほしいものです。

そうしたことがないために、捏造行動はどんどん広がっています。
マスコミの捏造も、許すべきではないでしょう。
猫も杓子も捏造、と言うような社会にはあまり住みたくありません。

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■節子への挽歌2393:夢がない生き方は誠実ではありません

節子
昨日は節子が逝ってしまってから出会った人と会っていました。
彼が相談に来たのです。

彼は元山口組の人です。
いまは堅気になって、とても誠実な生き方をしています。
彼は「男前」に生きることを大事にしていますので、人の前では弱みは見せません。
嘘をつくわけではありませんが、弱音を吐きません。
昨日も彼にも話しましたが、そこが私たちの共通点であり、違うところです。
つまり嘘をつかない点では同じなのですが、本当のこと(弱み)も吐き出してしまうかどうかが違うのです。
もっとも、彼と付き合っていると、言わなくとも「弱み」は見えてきます。
だからそれとなく彼のところに会いにいったのですが、今度は彼が相談に来たわけです。
そして、いまは私には弱みを見せてくれるようになりました。
弱みを見せられるようになれば、人は強くなれます。
それに、実際に、弱みはどんなに隠そうと周りには見えているものです。
ただ、だれもそれに気づかないようにしているだけです。
そういう生き方はつかれるでしょう。
私にはできません。

彼も、勢いのあった時代はいろんな人が寄ってきていたはずです。
いろんな人も助けてきたはずです。
しかし、助けたからといって、立場が逆になった時に助けてくれる人は多くはありません。
彼は、そういう生き方を「ずるい」と言います。
私は、「ずるい」ではなく「哀しい生き方」だと思うと、話しました。
そういう生き方をしていない彼が、私は好きです。

半端ではなく苦労して生きてきた彼には、裏切られた体験は少なくないでしょう。
強い人には、人は集まりますが、弱い人には集まりません。
だからこそ彼は弱みを見せなくなったのかもしれません。
私も同じ体験をしています。
しかし、私の場合は、弱みを見せることこそが、人の繋がりを育てると考えていますので、いまもって、みっともないと思われるほど、弱みを見せつづけています。
もちろん見せたくて見せているわけではありません。
私も「いいかっこう」をしたくなり、しようとすることはしばしばあります。
にもかかわらず、自らの弱さが半端でないので、ついつい弱音を吐いてしまうだけの話です。
人には、それぞれの生き方があり、それはなかなか変えられるものではありません。

昨日、彼とは家族の話もし、生き方の話もしました。
彼が今の厳しい状況を頑張っていられるのは、夢があることだと知りました。
とても素晴らしい夢です。
夢は応援しなければいけません。
そう思いながら、ハッと気づきました。
私自身の夢はもうないのだろうか、と。

やはり夢のない生き方は、誠実ではありません。
そのことに昨日気づきました。
苦労して汗して生きている人と話すと、たくさんのことを教えてもらいます。
そのお礼に、私も少しだけ彼の役に立つことができました。

夢のない「生」は、もしかしたら「生」とはいえないのかもしれません。
彼を見習って、もっと誠実に生きなければいけません。

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2014/03/28

■節子への挽歌2392:庭のテーブルに節子が見えるような気がします

節子
今日はいい天気です。
庭の花もだいぶ華やかになってきました。
桜は全滅でしたが、なぜか今年は水仙がすごいです。
花の様子も年々、変わっています。
まあ、しかし節子が戻ってきたら、嘆くことでしょう。
野草コーナーはほぼ全滅ですし、多様性よりも草花の種類は明らかに減少しています。
節子が大事にしていたものも、かなり枯らしてしまいました。

世界は多様だからこそ豊かだと、私は思っています。
さまざまな人との交流が、私の世界を豊かにしてくれていることは間違いありません。
しかし、その一方で、いつかは多様な世界から離れて、節子と2人だけの老夫婦のくらしをしたいと思っていました。
その夢はかなえられませんでした。

日差しを受けている小さな庭を見ていると、どうしてもそこに節子の姿が浮かんできます。
狭い庭に置かれているテーブルで撮った、闘病中の節子の写真が仏壇に置かれているのに、先日気づきました。
節子の笑顔がとてもよくて、いまも節子は彼岸でこうして笑顔でいるのかなとふと思いました。
節子の写真は、あまり見ないのですが、見てしまうとその写真がどうしても残ってしまいます。
だから写真はできるだけ見ないようにしています。
しかし、ふと見てしまうと眼が離せなくなることがあります。
涙さえでてしまう。
困ったものです。

眩しいくらいの日差しを浴びた暖かそうな庭のテーブルに、節子が座っているような気がしてきました。
節子が元気だった頃、なぜこのテーブルでもっと一緒にお茶を飲まなかったのでしょうか。

お互いに元気だった頃、なぜもっと一緒にゆったりした時間を過ごさなかったのだろうかと時々、不思議に思います。
私の記憶から抜け出てしまっているのかもしれませんが、節子とゆっくりと過ごしたことがあまり思い出せません。
いつも何かをしていた。お互いにいつも忙しそうでした。
今ほどの心の余裕があれば、私たちの人生は大きく変わっていたでしょう。
節子もまだ元気だったかもしれない。

しかしこれが人生なのでしょう。
今日はこれから湯島に出かけます。
節子と長年やっていたオープンサロンの日です。
庭のテーブルで、見えない節子と一緒に珈琲を飲むのは、またにしましょう。

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■袴田事件の奥にあるもの

袴田事件の再審が決定しました。
それに関して2つのことを思いました。

まず心に響いたのが、拘置停止を決行した村山裁判長が話した、「これ以上拘置を続けるのは耐え難いほど正義に反する」という言葉です。
村山さんは、職権で拘置を続けるようとした地裁の動きを阻止しました。
日本の裁判所への信頼を失って久しい私には、とても感動的な言動でした。
その一方で、地裁や検察の反応には、昨日書いた「一つの見方の呪縛」を感じます。

もうひとつ強く感じたのは、マスコミの白々しさです。
報道ステーションの古館さんも神妙な表情で話していましたが、自分たちの役割を放棄しておいて、なにをいまさら白々しくという思いがどうしても捨てられません。
ほとんどすべてのコメンテーターやキャスターにも、同じ思いを持っています。
再審が決定されたから、袴田被告を袴田さんと呼ぶことにしたというマスコミの姿勢も、とても嫌な気がしますが、彼らの権力依存に吐き気がします。

もし本当に、袴田さんの冤罪を信ずるのであれば、同じような冤罪に苦しむ人たちを徹底的に調査すべきでしょう。
マスコミには、その能力があるのですから。
権力が冤罪だとほぼ認めたことだけを取り上げてほしくはありません。

マスコミが、そうしたことを全くやってきていないというわけではありません。
さまざまな番組で、これまでもかなりとりあげられてきています。
しかし、ニュースとして採りあげるのではなく、構造として採りあげなければ、事態は変わりません。
それはたぶんテレビ局や新聞社でも1社では難しいでしょう。
コメンテーター一人では難しいかもしれません。
社会運動を起こしていく必要があるかもしれません。
袴田事件の奥にあるものこそが、問題なのです。
そうしてこそ初めて、「耐え難いほど正義に反する」ことが起きないような社会が生まれていくはずです。
今回のことを、週刊誌ネタで終わらせないようにしないといけません。
少なくとも、いつか自分にも「耐え難いほど正義に反する」ことがおそってくるかもしれないという当事者意識を持ちたいと思います。

日本の司法改革は、まずはこうしたことから取り組むべきでした。
それがない制度改革は、むしろ問題の本質を見えなくさせています。
それが私が司法改革に違和感を持つ理由です。

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2014/03/27

■節子への挽歌2391:「老年の超越」

節子
スウェーデンのラルス・トルンスタム教授は、「老年の超越」ということを提唱しています。
85歳を超えて、超高齢期になると「人は物質的合理的な視点から神秘的超越的な視点へと移行し、この移行とともに人生の満足感が増大する」のだそうです。

エリクソンの「ライフサイクル」論でも、老年期には人生を肯定的に振り返り、それまで育んできた他者と自己への信頼を感じることで、希望を持つことができるとされています。
そして、トルンスタムの「老年の超越」を、「時空を超えて、高みに上がること、凌ぐこと、まさること、限界を越えることである。それは人間の知識と経験の全てを越えること」と解説しています。
もしこれが事実であれば、老年期とはわくわくするものと言っていいでしょう。

私はまだ、超高齢期には達していませんが、なんとなく「老年の超越」はわかるような気がします。
時空を超えて、高みにあがれば、此岸だけではなく、もしかしたら彼岸も展望できるかもしれません。
いや、できるに違いありません。
彼岸が見えてしまえば、此岸での「知識や経験」など、瑣末なことなのかもしれません。

「認知症」という言葉よりも、私は「痴呆」という言葉のほうが好きですが、もしかしたらそれは、時空を超えた状況なのかもしれません。
それにしても、時空を超えるとはどういうことでしょうか。
実に興味があります。
できれば節子と一緒に、時空を越えた旅をしたかったですが、ひとりだと迷いそうな心配もあります。

最近、娘から「認知症気味」ではないかと指摘されています。
そろそろ私も「老年の超越」の入り口に近づいているのかもしれません。
なにやらわくわくしますが、単なる思考力や記憶力の劣化でなければいいのですが。

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■「一つの見方」に方向付けられてしまうとなかなか抜け出せない

いつの間にか「一つの見方」や「一つの考え方」に方向付けられてしまうと、そこからなかなか抜け出せない(マスコミは、そのことに大きな責任がありますが)。
最近、読んだ品川正治さんの「激突の時代」に出てくる文章です。 とりわけ同質性の高い日本の場合は、一つの見方が継続されやすいように思います。

その一つの例が、前にも書いた二酸化炭素地球温暖化説だろうと思います。
先日、発表されたIPCC報告書に関して、日本のマスコミの報道姿勢は変わっていません。
さすがにNHKのニュースには出てきませんでしたが、某民放では北極の氷が崩れ落ちる映像が相変わらず流れていました。
二酸化炭素地球温暖化説が、どれほど経済市場(一部の人への金銭利益)を生み出したかを考えると、腹立たしくなりますが、今もってなお日本のマスコミは姿勢を変えていないようです。

二酸化炭素地球温暖化説が正しいかどうかは確証がありません。
IPCCの主張は、あくまでも「一つの見方」です。
しかし、それを否定する事実の報道が少ないのが気になっています。
IPCCの報告書の内容も、修正が繰り返されています。
それもあまり報道されていないため、いまも太平洋上の小さな小国が水没の危機にあると思っている人も多いでしょう。

二酸化炭素地球温暖化説に否定的な2冊の本を紹介したいと思います。
まずは赤祖父俊一さんの『正しく知る地球温暖化』(誠文堂新光社 2008)です。
その本の要旨は次の2点です。

①現在進行中の温暖化の大部分(約6分の5)は地球の自然変動(現在は小氷河期からの回復期)によるものであり、人類活動により放出された炭酸ガスの温室効果によるのはわずか約6分の1程度である可能性が高い。
②地球で炭酸ガスが急激に増加し始めたのは1946年頃だが、温暖化は1800年前後から現在まで連続的に進行している。
③地球温暖化対策は、原因の種類によって異なるはずである。自然変動の部分が大きいので、対策は自然変動に順応することを第一とすべきである。

もう一人、クライメートゲート事件を日本に詳しく紹介してくれた渡辺正さんの『「地球温暖化」神話』(丸善出版 2012)には、こんな記述(一部表現を変更)があります。

・京都議定書以来、2010年度までの7年間で、ほぼ20兆円が、「二酸化炭素排出を減らすため」に使われました。そのうち3~4兆円くらいは、研究や技術開発をする人々が受けとりました。いまも省庁は競うように研究を公募します。
・20兆円とは、どれほどのお金なのか? 東日本大震災の被害総額は約17兆円でした。
・しかし、その20兆円は、CO2排出を減らした形跡はありません。

渡辺さんの本にはこんなことも書かれています。

人々は「温暖」という言葉をプラスのイメージで使ってきた。けれど1980年代のいつか誰かが、温暖は「悪いこと」だといい始めた。

一つの見方に呪縛されると世界の見え方が変わってくるようです。

冒頭に引用した文章につづけて、品川さんはこう書いています。
全く同感です。

「人の立場」、「人が生活する立場」、つまり、「人間の眼」で見る・考えることに徹すれば、人間社会に調和した「解答」に達するでしょう。
品川さんの言葉に共感します。

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■今度はみんなの党つぶしでしょうか

みんなの党の渡辺さんが資金問題で窮地に立たされています。
次々といろんな人がこうした問題で糾弾される風潮が、私にはやり切れません。
まるで、だれかに「狙い撃ち」されているようなのも、気になります。

いつも不思議なのは、話題になる人が、微妙に権力の中枢から外れていることです。
そして権力の中枢を危うくしているほどに力を持ち出すと、頃合を見計らったように『狙い撃ち』が始まります。
ある役割を終えると消されるのでしょうか。
どうもそんなことを考えてしまうほど、見事です。

その一方で、権力の中枢にいる人は見逃されます。
権力の腐敗を暴く人たちも、大きくは権力維持のための装置の一員でしかないとしたら、それは当然のことですが、それにしてもなにやら割り切れないことが多いです。
アメリカの映画を観すぎているからでしょうか。

今回は8億円が問題になっていますが、もっと巨額なお金がオリンピックや原発や東北復興で不明朗に使われているのではないか。
そんな気がしてなりません。
渡辺さんを弁護する気はありませんが、私にはどうでもいいような瑣末な話です。
田中将大さんの年収の方が、私には大きな違和感があります。
そう思うのは、やはりおかしいでしょうか。

政治とお金の問題は重要な問題だとは思いますが、こういう事が頻発すると、とても嫌な気分になります。

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■節子への挽歌2390:死から学ぶことの大切さ

節子
「自殺に追い込まれることのない社会」をテーマにした2回目の話し合いを開催しました。
今回のテーマは、「家族関係と人間関係」でした。
重いテーマなので、明るく話したかったのですが、ご自分の体験を話す方もいて、やはりどうしてもいつものようには話を進めることができませんでした。

問題提起をしてくださった僧侶の中下大樹さんの話は、心に重く響きました。
中下さんからは、前からお聞きしていたことですが、改めていろいろと考えさせられました。

中下さんは、自殺や孤立死で亡くなった方に立ち会うという活動を続けています。
もう2000人を超えているかもしれません。
誠心誠意、そうした活動に取り組んでいる姿勢に、頭が下がります。
自殺の問題に関わりだしてから、さまざまな人に出会っていますが、中下さんは、私には突出しているような気がします。
まだ30代だと思いますが、尊敬すべき人です。

その中下さんが、こういうのです。

私は自殺者の死に顔を数えきれないほど見ていますが、ホッとしたような、今までの苦しみから解放されたような顔を結構、多く見てきました。
その顔を見ていると、自殺が必ずしも悪とは言い切れなくなってきました。
この文章だけ取り出すと誤解されるかもしれませんが、中下さんの誠実な活動の積み重ねの上での言葉であることを思うと、中下さんの心情がわかる気がします。
私は、このメールを読んで、節子のことを思い出しました。
たしかに節子もまた、ホッとしたような表情を感じさせていました。

死とはいったい何のか。
中下さんは、こう言います。

私たち一般人が死をタブー視する限り、死は隠蔽され続けます。
死から学ぶという観点が、今の時代に欠けている点も無視出来ません。
同感です。
だから、私もこの数年、自殺を明るく語る活動をしているのです。
「明るく語る」ということに拒否感をもたれる方もいます。
しかし、死は明るく語りたい。深い悲しみを持って、ですが。

自殺は特別なのか。
自死遺族の人たちとの付き合いも数名あります。
たしかに「自殺」は病死や事故死よりも、語りにくいかもしれません。
私も、自死遺族の人と話す時、最初はとても気を遣いました。
しかし、自死遺族が特別な存在だとは、いまは思っていません。
たとえ病死でも事故死でも、喪失体験は同じです。
そして、死から学ぶという点でも通ずるところは少なくない。
そう思います。

節子と死別してから、私も多くのことを学びました。
この6年半、ずっと学んできたといってもいいでしょう。
だから、中下さんの言葉には、とても共感できます。

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2014/03/26

■節子への挽歌2389:読書三昧していました

節子
しばらくブログを書いていないのですが、書く気力が萎えていただけではなく、この間、ちょっと読書三昧をしてしまっていました。
2人の感動的な人の本を読んでいたのです。

一人は、財界人としても有名な品川正治さんです。
経済同友会の専務理事をやられていた財界人で、秘書役の太田さんから何回もお名前は聞いていたのですが、どうせ向こう側の人だろうとあまり興味を持てなかったのです。
昨年亡くなられたのですが、最近また湯島によく来るようになった太田さんから品川さんの言動を改めてお聞きし、もしかしたらと著書「激突の時代」を読んでみました。
すごい人でした。
こんな財界人がつい最近までまだいたのだと驚きました。
感激して、品川さんの本を読み漁って、この4日間で4冊読み終えました。
生前に一度でもいいから謦咳に触れたかったです。

もう一人は22日に開催した「自殺に追い込まれることのない社会」を目指してのラウンドミーティングに参加してくださった中下大樹さんです。
中下さんとは昨年来の付き合いですが、あまりよく知りませんでした。
その中下さんに当日少し問題提起してもらったのですが、それがとても感動的でした。
それで興味を持って、中下さんの本を3冊読みました。
これがまたすごいのです。
中下さんにすっかり惚れ込んでしまいました。

そんなわけで、この4日間、なんと7冊の本を読んでしまいました。
もちろん本だけ読んでいたわけではなく、来客や相談もありました。
ですから、挽歌も書けなかったのです。

中下さんの本には、節子のことを思い出させるものがたくさんありました。
品川さんの本には、節子に聞かせたいことがたくさん出てきました。
まあ、節子と一緒に読書三昧したということで、節子には許してもらいましょう。

世の中には凄い人がいる。
それが読書三昧の感想です。

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2014/03/21

■節子への挽歌2388:実に悲しいです

節子
お彼岸の中日になってしまいましたが、娘たちを誘って、お墓参りに行ってきました。
行く前に鎌倉の宮澤さんから残念でさびしい電話をもらいましたが、帰宅後、さらに衝撃的なメールが届きました。
思ってもいなかった内容だったので、しばらく声が出ませんでした。
私の信頼できる友人の息子さんからです。
実は数日前に、その友人に、別の友人をお引き合わせするメールを出していたのですが、それへの返信でした。

長男の×××が代わりにメールを差上げております。
実は、父は現在、重い病気(末期)で入院中です。
このことは父の意思で近親者以外には伏せております。
そして、父よりの依頼でと一言言葉が書かれていました。
友人らしい、シンプルな一言でした。

息子さんとはお会いしたことはありません。
遠方に住んでいることもあり、友人とさえ久しく会っていません。
しかし、息子さんは私のことを知っていました。
とてもうれしい言葉が書かれていて、それゆえに、私の一存で、と断った上で、入院のことを教えてくれたのです。
前の挽歌で、何が起こってもおかしくない、と書いたばかりなのですが、まさにそれが起こってしまいました。

それにしても、つい10日ほど前に、その友人から手紙をもらったばかりです。
その手紙には、そうしたことは微塵も書かれていませんでした。
ていねいに読めば、その前の手紙には少し気になることがあったのですが。

息子さんとの約束なので、名前は書けませんし、文章を引用してしまったのも、約束違反かもしれません。
しかし、彼は私にとっては数少ない、完全に信頼できる友人でした。
50年以上の付き合いですが、さほど時間を共にしたことはありません。
節子も知っていますが、いささかの変わり者でもあります。
きちんと筋を通し、無欲な人だという意味ですが。

その彼が重病だとは。
詮索はやめましょう。
ただ祈るだけですが、息子さんの言葉には間違いはないでしょう。
昨年、会いに行こうかと思ったことがあるのですが、私自身がもう少し元気になってからと延期してしまいました。
また判断を間違ってしまいました。
それが悔しいです。

メールを読んでから、心がやすまりません。
頭が整理できません。
ただただ、実に悲しいです。

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■節子への挽歌2387:変わり者の4人の仲間がまた一人減りました

鎌倉の宮澤さんから電話がありました。
宮澤さんはもう85歳です。
節子も会ったことがありますが、現役時代は某社の役員をされていました。
私と会った時にもまだ役員をされていましたが、私自身は相手が社長であろうと失業者であろうと全く意味はありません。
誰とでも、一人の人間として付き合うのが信条です。
宮澤さんとは、そういう意味で付き合い仲間は3人いました。
社会で成功して、それなりの地位を得てしまうと、生きにくくなるものです。
だから逆に、そういう人間としてのフラットな付き合いは新鮮だったのかもしれません。
しかし、節子がいなくなってからはその3人とも付き合いが途絶えていました。
その一人は数年前に亡くなりましたが、もう一人が亡くなったという電話でした。

宮澤さんは元気そうでした。
ところが、最近、進行性の胃がんが発見されたそうです。
その手術で入院する前に、私と話したいと電話してくれたのです。
節子が亡くなった後の私のことを気にしていてくれたのです。
そして、もう佐藤さんしかいないので、元気にしていてください、といわれました。
退院してきたら、お会いする約束をしました。

宮澤さんとの4人の仲間は,いずれもかなりの変わり者でした。
私だけがひとまわり若かったのですが、そのおかげで私は少しだけ大事にされました。
正確に言えば、3人プラス私という構図だったかもしれません。
私は、いつも、ある意味では「子ども扱い」でしたから。
それに、私が一番社会から脱落していたかもしれません。

元気になった宮澤さんとお会いするのが楽しみです。
しかし、最後に宮澤さんが言いました。
この歳になると何が起こってもおかしくない、と。
たしかにそうです。
それは私自身のことでもあるのですが。

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2014/03/19

■節子への挽歌2386:農カフェ「OMOしろい」

節子
ちょっとまたややこしい問題に巻き込まれてしまいました。
どうしてこうも世の中には問題が多いのでしょうか。

そんな中、昨日はホッとする時間を過ごしました。
先月、湯島に来た宇賀さんご夫妻がやっている農カフェ「OMOしろい」にジュンと峰行を誘ってランチを食べに行きました。
車で40~50分のところです。
とても気持ちの良いカフェで、食事もとてもおいしかったです。
調理は宇賀さんの息子さん、それにデザイナーの娘さんがお客さん対応です。
家族全員でやっているわけです。
近くに農園もありますが、こだわりを持って農業に取り組んでいる各地の農家の人たちとネットワークを組んでいます。
野菜の通販もやっています。
さらに最近は、手伝ってくれている若者が、リヤカーで野菜を売り歩いていると聞いていました。
その若者が、ちょうど戻ってきたので、会うことができました。
みんなとても気持ちのいい人たちです。
節子がいたら、とても喜んだでしょう。

家族や仲間と一緒に、ビジョンを持って、仕事をされている宇賀さんがとてもうらやましく感じました。
ひるがえって私の生き方を顧みれば、あまりに自分勝手だったと思います。
節子ともども、そう思います。

ところで、そのリヤカーの若者のフェイスブックを見ていたら、なんと20年以上前に付き合いのあった友人の息子さんでした。
その友人は、節子も会ったことのある人ですが、
今は静岡県に住んでいて、交流は途絶えていました。
彼ともフェイスブックで最近、つながりが復活したところです。
フェイスブックは、こんなことを起こしてくれることもあるのです。

フェイスブックが彼岸ともつながってくれるといいのですが、
まだそれは無理のようです。

さて今日はまた現実に引き戻されて、頭が痛いです。

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■ベビーシッター事件で思うこと

ベビーシッターに預けた子どもが死亡するという、痛ましい事件が起きました。
これに伴い、いろんな指摘がでています。
それぞれがもっともな意見です。
ただ私が思うのは、ただひとつです。

乳幼児を見ず知らずの人にお金と引き替えに預けなければいけないような社会は、おかしい。
念のためにいえば、今回、子どもを預けた母親を非難しているのではありません。
彼女にそうさせてしまった社会のあり方や私たちの生き方に疑問を呈しているのです。
そのおかしさが問われださなければ、結局は何も変わらないのではないかという気がしてなりません。

不都合な状況(社会問題)が生まれたら、それを解決するビジネスが生まれます。
それがコミュニティビジネスとかソーシャルビジネスといわれることもあります。
たしかに、困っている人の救いになるでしょう。
しかし、それでいいのでしょうか。

近代における産業のコンセプトは、問題解決です。
それは当初、大きな効果を発揮しました。
しかし、だんだんと行き過ぎてきたような気がします。
問題解決を基本とするビジネスは、持続可能です。
常に新しい問題を生み出せばいいからです。
そこで、市場創造とか顧客創造が経営のポイントになりました。
でも、それはどう考えてもおかしい。
創造すべきは、顧客や市場ではなく、価値でしょう。
私は、それを「産業のジレンマ」と呼びました。
問題解決するべきビジネスが、どこかで問題創出へと向いかねないのです。

そうした背景の中で、乳幼児を預けてまで金銭収入のための仕事をしなければいけない人が増えています。
彼女たちを働かせて金銭的な利益を得ている人たちがいるのです。
子育て支援のための制度や施設を整備してほしいと、多くの母親たちは言います。
そこにも大きな違和感があります。
子どもにとって、一番大切な子育て支援は、親たちが子どもと一緒にいられる状況づくりだろうと思うのです。
そして、それはその気になれば、お金もかけずにできることかもしれません。
私たちの生き方を変えればいいだけですから。
もちろん、すぐにというわけではありません。
地域社会を壊し家族を壊してきた文化を変えるためには、30年はかかるでしょう。
しかし、30年などはあっという間です。

今月から、「自殺に追い込まれることのない社会」を目指して話し合う連続セッションを始めました。
これもこうした考えからです。
問題は、自殺そのものにあるのではなく、自殺までしてしまうような状況に人を追い込む社会のあり方です。

さまざまな事件が起こりますが、それらの多くは、社会のあり方、つまり私たちの生き方に起因しています。
どこかで大きく考え方の基本にある基準を問い直す時期に来ているように思います。

今度の土曜日の22日に、家族関係や人間関係の破綻を切り口に、自殺に追い込まれることのない社会をテーマに話し合う場を持ちます。
よかったら参加してください。
まだ数人、余裕があります。

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2014/03/17

■ネット社会のもろさを実感しました

山梨市主催の上野千鶴子さんの講演会が、一部の人の抗議を理由に、中止になっていましたが、上野さんの逆抗議もあって、一転、開催されることになったそうです。
新聞でも話題になっていますので、ご存知の方も多いと思いますが、これは実に気になるニュースでしたので、ホッとしました。
上野さんがどうのこうのということではなく、一部の反対で、予定されていたことが中止されるような動きには、恐ろしさを感ずるからです。
そんないい加減な講演会は、最初から企画すべきではありません。

学校でも、一部の特殊な人の理不尽とも思える強い反対で、行事がなかなかうまく行なえないという話もよく聞きます。
私も、自治会の会長を引き受けていた時に、近くの小学校の集まりに参加して、先生たちがとても萎縮していた印象があります。

主催側は、そうした一部の反対に屈することなく、自らのビジョンと信念に基づき、覚悟を持って初志貫徹してほしいものです。
もちろん、一部の人の反対でも、それが納得できるものであればいいのですが、今回の山梨市の事例では、上野さんが問題視すると再開に戻ってしまうというのは、いかにもいただけません。

といいながらも、必ずしも、初志貫徹することは難しいこともあります。
実は、たまたま今日、同じようなことを身近に体験しています。
私自身のことではないので、詳しくは書けませんが、ある人の活動に対して、活動を止めろというメールが何通も届きました。
相手は一人ですが、かなり感情的なメールです。
おそらく最初はちょっとした行き違いだったのでしょうが、ネットの時代は、そうしたちょっとした行き違いが増幅されたり、ツイッターなどで後半に拡散されたりしやすいですから、あっという間に元に戻れなくなりかねないのです。
しかも、ストーカー殺人事件にみるように、いとも簡単に、殺傷事件にまでいきやすいのが現代です。
メールの非難は、受ける方にとっては、過剰に傷つき、時に恐怖感を生み出すものです。
大丈夫だよ、などとは、誰にもいえない時代なのです。

今朝、ある人から、予定していたフォーラムに参加できないと連絡がありました。
たくさんの非難メールが連日届くだけで、おかしくなりかねません。
そのため、彼は、予定していたフォーラムに参加できないと連絡してきたのです。
彼はそのフォーラムをとても楽しみにしていたのですが。
それどころか、活動をやめたいとまで言うのです。
彼の活動が広がりだしているので、とても残念ですが、彼の心配も無視できません。
さてどうするか。

情報社会は、一人の思いや志が、社会を変えていける時代でもありますが、逆に、たった一人の異常な言動が、大きな流れを止めてしまうことがある時代です。
情報社会をどう生きるかは、実に悩ましい問題です。

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2014/03/16

■節子への挽歌2385:わが家の桜も梅も今年はお休みでした

節子
新聞やテレビによれば、河津桜が満開のようです。
春の近づきを感じますが、わが家ではいくつかの異変がありました。
昨年の手入れ不足のせいかもしれませんが、蝋梅も河津桜も花が咲きませんでした。
チューリップも、昨年末に球根を植えたもの以外はあまり芽が出てきませんでした。
代わりに水仙が例年よりも賑やかに咲いています。
ランタナに冬を越してほしくて、工夫しましたが、半分は成功して、芽を出し始めました。
庭の花も、手入れの結果が確実に出てきます。

節子がいなくなってから7回目の春なのですが、ようやく、意識的に春を迎えられそうです。
花が咲かないのが、気になりだしました。
しかしまだあまり花見には行く気分ではありませんが。

庭の花はあんまり元気はないですが、節子には毎日きちんと花が供えられています。
私は最近はちょっと手抜きになっていますが、今日も娘が花を買ってきていました。
節子の育てていたクンシらんも咲いています。

この3月で、会社を辞めてからちょうど25年です。
四半世紀ごとに生き方を変えようと思っていましたので、本来であれば、4月からズバッと生き方を変えたいところですが、どうもそれはできそうもありません。
さてどういう生き方がいいでしょうか。
節子がいなくなったために、方向がなかなか定めにくくなりました。

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■統計上でさえ3万人前後の自殺者がでる社会

12日の「組織で働く人の自殺を考える」ラウンドテーブルミーティングの続きです。

私自身の関心は、自殺防止というよりも、自殺に追い込まれてしまう人が、毎年、統計上でも3万人前後いるという社会のあり方やそうした社会をつくっている私たちの生き方にあります。
発表される統計では、自殺者の数は減少してきていますが、実態はそう変わっていないどころか、むしろ深刻化しているような気もします。
自殺だけが問題ではなく、「自殺に追い込まれるような状況」こそが問題なのです。
そこを間違うと問題が摩り替えられるだけに終わりかねません。

今回、従業員支援プログラム(ESP)を企業と契約して、従業員のメンタルサポートや自殺防止に取り組んでいる会社の代表の佐久間さんに問題提起してもらいました。
ESPは契約した企業の従業員であれば、会社には全く知られることなく、直接に契約会社の用意するカウンセラーにすべての問題の相談に乗ってもらえます。
仕事の話だけではなく、家族の相談ももちろん大丈夫です。
相談場所も従業員が指定できるそうです。
佐久間さんによれば、相談してきた人の自殺はこれまで皆無だそうですが、契約している会社でも従業員が自発的に相談してきてくれなければ対応できません。
ところが日本の企業の場合、米国などと違い、従業員の相談率が低いのだそうです。
5%未満のようです。
その理由は、もし相談したら会社に伝わるのではないかという心配があるからではないかと、佐久間さんは言います。
もちろん佐久間さんの会社ではそれは絶対ありえませんが、日本の場合、従業員は会社を信頼していないのかもしれません。
実にさびしい話です。

自殺を図った場合、家族から「自殺」という事実は隠してほしいといわれることも多いという話はよく聞きます。
日本では、「自殺」はまだ「事故死」とは違って、「不名誉なこと」なのです。
しかし、好き好んで自殺する人はほとんどいないはずです。
追い詰められて、自殺してしまうとしたら、個人の問題ではなく社会の問題です。
問われるべきは個人ではないでしょう。
問題の設定を間違えてはいけません。

統計上でさえ3万人前後の自殺者がでる社会。
それどう考えてもおかしい社会だと私は思っています。
そして、その社会をつくっている私たち一人ひとりが考えなければいけないことだと思います。
そこから、私たちにとって、気持ちよく暮らせる社会のあり方が、見えてくるかもしれません。
多くの人が多くの時間を費やす会社でも、できることはたくさんあるはずです、

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■「家族関係や人間関係から自殺の問題を考えるフォーラム」のご案内

「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」連続セッションの第2回目の案内です。
2回目のテーマは「家族関係や人間関係の破綻」です。

今回は、次の3人による問題提起と話し合いの後、参加者と一緒に、この問題をみんなで話し合いたいと思います。

茂幸雄:NPO法人心の響く文集・編集局代表
中下大樹:超宗派寺院ネットワーク「寺ネット・サンガ」代表
レネ・ダイグナン:映画「自殺者1万人を救う戦い」制作者
単なる講演会ではなく、3人からは生々しい現場の話を含めて、そこから感じたそれぞれの深い思いを語りあってもらいます。
また後半は、円卓方式で、参加者も一緒に、3人と話し合うスタイルです。

○日時:2014年3月22日(土曜日)午後1時半~4時
○テーマ:「家族関係や人間関係の破綻にどう対処するか」
絆や支え合いの大切さが叫ばれる一方で、家族関係や人間関係の破綻から自殺に追い込まれることも少なくありません。
そうした実態を踏まえて、それを防ぐには何が必要か、個人としてできることはないかを、さまざまな立場から話し合いたいと思います。

なお、ラウンドセッションの前に、レネさんが制作した映画「自殺者1万人を救う戦い」を12時半から上映しますので、ご希望の方は1時間早目に来てください。

○会場(予定)
 山城経営研究所5階会議室(東京都千代田区飯田橋4-8-4)
   http://kae-yamashiro.co.jp/outline/access.html#gnavi 
参加者が多くなった場合は、会場を変更することがありますので、ご注意下さい。参加申込者には変更の場合は連絡します。

○参加費
  500円
○主催
 自殺のない社会づくりネット・ささえあい「ワークラウンドセッション実行委員会」
○申込先
  お名前と所属を書いて、事務局(comcare@nifty.com)にメールでご連絡下さい。

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■エスカレーターの片側をあける文化

先日、大阪に行った時に気づいたことがあります。
地下鉄駅のエスカレーターを歩く人が少なくなっていました。
今回、大阪にはあるNPO関係者の集まりに出るのが目的だったのですが、その事務局をやっている人が、以前、大阪の地下鉄の駅をすべて生活者の目でチェックするという活動に取り組んでいたグループの代表なのです。
そのプロジェクトは大きな話題になり、地下鉄側も誠実に対応してくれたようです。
私がそのグループと付き合いだしたのは、そのプロジェクトがほぼ終わる段階でした。
今は3代目の代表ですが、ささやかにずっとお付き合いがあります。
地下鉄の話は、その後、聞いてはいなかったのですが、当時のメンバーの一人の酒井さんが、今はエスカレーターの片側をあける習慣をやめる運動を起こしたいといっているようです。

エスカレーターの片側をあけるのは、大阪の万博から始まったそうです。
その当時は、急ぐ人のために、片側を開けましょうと働きかけていたそうです。
それですっかり定着してしまったわけです。
しかし、今は流れは逆になっています。
片側だけに乗ることで重力の負荷が偏り、故障の原因にもなりますし、事故も起きやすい。
それで最近はむしろ両側に乗ったほうが良いという意見が強まっているようです。

そんな話を聞いて、地下鉄に乗ったら、駅内放送で、エスカレーターでは歩かないでくださいと数か所で放送していました。
そういえば、東京でもそんな放送を聞いたような気がします。

この話は、社会の状況を象徴しています。
かき分けてでも先を急いだ時代から、ゆっくりと並んで動きに身を任す時代へ。
高度成長期の社会と成熟した高齢社会との違いを実感させます。

私は数年前にエスカレーターを歩くのはやめようと決意したのですが、気がついてみると、いまも時々歩いてしまっています。
気を付けようと思います。
歩いたところで、数秒の違いなのですから。
時代に合わせて、変えなければいけない生きたもあります。

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2014/03/15

■STAP細胞論文の査読は誰がやったのか

つい数か月前に、世界を驚嘆させたSTAP細胞論文が、その真偽が問われだしています。
論文を撤回することになりそうです。
このSTAP細胞の登場は、あまりに突然だったのと主役が無名の若い女性だったこともあり、私はとても感動しました。
とりわけ「常識の呪縛」を克服したことに、わが意を得たりと思ったところでした。
ところが、その論文の内容のずさんさが、今は指摘されています。
世界的に権威がある科学誌「ネイチャー」の掲載記事だということに、私自身が「常識の呪縛」に捉われていたことを反省しなければいけません。

「ネイチャー」への論文掲載は、かなり厳しい査読を経ていると思っていました。
論文でない論考などは、査読の対象ではないでしょうが、論文は査読をかいくぐってきたはずです。
なぜこんな「ずさんな論文」が、それをすり抜けたのか、いろんなところで制度が壊れだしていることのひとつの事例かもしれません。
それで思い出すのが、クライメートゲート事件です。
以前、「一酸化炭素地球温暖説」に関連して、言及したことがありますが、
この事件は二酸化炭素による地球温暖化という世界的な痛切の欺瞞性を暴いた事件です。

2009年、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の技術者たちの電子メールのやりとりが流出したのですが、そこに気候温暖化を捏造していることを疑わせる内容が示されていたのです。
これにより地球温暖化に関する議論の信頼性が否定され、二酸化炭素地球温暖化説はほぼ否定されたのです。
日本では、相変わらず、二酸化炭素地球温暖化説が主流になっていますので、その背後にある資本家や政治家(たとえば『不都合な真実』で有名になったゴアはこの主張で巨額な利益を得たといわれています)にとっては、今もって「良い市場」になっています。
この事件に関しては、フェイスブックで一度書きましたが、化学同人が出している雑誌「化学」の2010年の3月号と5月号に、東大教授の渡辺正さんが詳しく解説しています。
関心のある人はぜひお読み下さい。
学会の論文がどのように利用されているかが垣間見えてきます。

その論考にも書かれていますが、最近の学会の査読制度は、かなり偏ったものになっているようです。
ある論文に関して、広く査読でチェックするというよりも、その学会にとって好都合な、論文賛成者で査読してしまうような動きが出ていて、実際にさまざまな不祥事まで起こっているようです。
現在のように、学会がどんどん小別れしてしまう状況では、それがとてもやりやすくなっているわけです。
いささか極端に言えば、いまや学会は金儲け主義者に私物化される危険に直面しているということです。
いや、自然科学そのものが、そうなりだしているのかもしれません。
原子力ムラは、そのひとつでしかありません。

科学技術者の倫理の問題には私も以前から関心があり、何回かそうしたテーマの集まりやサロンも開催していました。
そうした動きを日本で広げてきた杉本泰治さんは、NPO法人科学技術倫理フォーラムを立ち上げています。
私も、そのNPOの理事でもあるのですが、3.11の後、とても無力感を感じています。
それを今回また、思い知らされました。

ちなみに、小保方さんは被害者ではないかと思っていますが。
きちんとした査読が行われていたら、こうはならなかったはずです。
とても残念です。

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2014/03/14

■節子への挽歌2384:相談に振り回された1日

節子
今日もまた『愚痴』を書きます。
なんでこうも次々と問題が起こるのでしょうか。
もちろん私の周辺の話です。
この2日間、いろいろと忙しく、やるべきことがたまっていたのですが、今日はそれをやってしまおうと思っていたのに、またいろんな問題の相談がありました。
まずは朝の電話からです。
応援していた活動が少しずつ前に進んでいたので安心していたのですが、それがどんでん返しになってしまったというのです。
疲れていたせいか、ちょっとがっかりしてしまい、電話の相手に少しきつく当たってしまいました。
私のだめのところはすぐ感情に出るところです。

つづいて、今度はメールです。
おやおや、ちょっとばかり深刻な相談です。
さてさてどうするか。

それに取り組んでいるうちに、朝の電話への対応が気になってきました。
ほっておくよりもと思い、関係者に連絡をとりました。
しかしすぐには連絡は取れません。

といううちに、またまったく別の人からの電話です。
今日、会えないかというのです。
なぜか、別の人から、今日会えないかとメールも来ました。
まったく別の人です。

とまあ、なぜか今日は相談が多いのです。
ちょっと疲れすぎて、これ以上、受け入れる気にはなれません。

夕方、朝の電話の関係者と連絡がつきました。
私の心配が杞憂だったことがわかりました。
関係者みんなに連絡して、軌道修正し、一件落着しました。
その代わりに、私のやる液事が少し増えました。

メールの相談は、これもほぼ解決。
会いたいという人には、いずれも来週にしてもらいました。
そういえば、昨日、フェイスブックでも相談があり、新幹線から返信しておきました。
これもかなり深刻な相談です。
その後の報告がありません。
無事だといいのですが。
でも確認する元気が出ません。
まあ、そんなこんなで、今日は朝から何も出来ずに終わってしまいました。
今日中にやる約束のことが3つもあったのですが、もう取り組む気にはなれません。

節子
どうにかならないものでしょうか。
昔と違って、最近は疲れてしまいます。
もうメールを見るのはやめましょう。
際限がありません。
今日は、どうも運の悪い日だったのかもしれません。
明日はゆっくりしたいものです。

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■組織にとって働く人の自殺問題をどう捉えるか

このブログでも案内を書きましたが、一昨日、「生き生きと働ける職場を実現する-組織で働く人の自殺を考える-」というテーマのラウンドテーブルミーティングを行いました。
これは、「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」連続ラウンドセッション の第1回目です。
会社の役員の方も含めて、24人が集まりました。

この連続セッションには、私なりの思い入れがあります。
3月は全国的に、自殺予防月間です。
各地で自殺対策に関連したイベントが開催されています。
私も数年前から、仲間と一緒に「自殺のない社会づくりネットワーク」というのを立ちあげて活動してきていますが、毎年3月に公開フォーラムを開催してきました。
毎回、それなりの思いを込めて、単発的なイベントとは違う、参加者が話し合い、そこから新しい動きが始まるものになるように心がけてきました。
実際に、そこから小さな動きもいくつか出てきています。
毎月の集まりも始まって、もう4年以上続いています。
しかしどこかで何かが違うなという思いがありました。
そこで、今年から少人数で話し合う連続セッションを始めることにしました。
幸いに賛成してくれる人が手を上げてくれて、ゆるやかな実行委員会ができました。

その第1回目のセッションのテーマを「会社で働く人の自殺」にしました。
これは私がずっと前から気になっていたテーマだからです。
これまでも企業の経営幹部の人と、この話をしたことが何回かあります。
私との信頼関係がある人でも、私が切り出すと、一瞬、考えてから、話しだします。
それも、佐藤さんだから話すけれど・・・・というのがほとんどでした。
私自身は、メンバーが自殺にまで追い込まれるような状況がある組織には、何か大きな問題があるはずだと思っています。
どんなに業績が上がっていようとも、どんなに競技に勝ち続けていようとも、どこかでダメになると思っています。
仮にダメにならないとしても、成員が自殺に追い込まれるような組織は、私は肯定できません。
「自殺」とはきわめて刺激的な話題ですが、そこから組織が考えなければならない本質的な問題が見えてくるはずです。
しかし、当の企業の経営者たちは、自殺は恥ずべき不祥事で蓋をしたいと思っているようです。
しかし、不祥事に蓋をしていても、何の解決にもなりません。

当日、話し合いの途中で、組織における自殺問題の捉え方として、2つの視点を話させてもらいました。
A:自殺を経営にとってのマイナス(コスト要因)と捉え 隠蔽し、再発防止に努める。
B:自殺に追いやられた状況を把握し、生き生きと働ける組織にしていくことを考える。
残念ながらほとんどの企業はAの視点で「自殺問題」を考えているのでしょう。
これは、メンタルヘルへの企業の取り組み姿勢にも通じています。

私は、経営道フォーラムという企業の経営幹部の研修プログラムに長年、アドバイザー役で関わらせてもらっています。
私が担当しているのは「企業理念・経営理念」と「企業文化」の2つです。
そのいずれにとっても、「自殺問題」は本質的な問題を突きつけています。
しかし、なかなかそれを理解してくれる人はいません。
今回、このセッションで、ようやくそういう話し合いの端緒が開けたような気がします。

セッションの内容を書くつもりが、そこまでいきませんでした。
項を改めて、書くことにします。

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2014/03/13

■節子への挽歌2383:また服装を間違えて出かけてしまいました

節子
今日は大阪です。
朝、急いで家を出たため、うっかり普段着のまま、出てきてしまいました。
その上、靴だけはビジネスシューズというチグハグさです。
昨夜、企業関係者の人を対象とする集まりを開催したのですが、久しぶりに背広を来てビジネスシューズを履いたのを、うっかり玄関に置いていたためです。
気がついたら新幹線に乗り遅れそうになっていたので、慌てて出発したのが敗因です。
電車に乗ってから、何かおかしいなと気づいたのです。
服装がチグハグだと、実に落ち着きません。

昨夜、帰宅後、すぐ寝ればよかったのですが、一昨日から読みだした、ダン・ブラウンの新作「インフェルノ」を読んでしまい、寝るのが遅くなり、寝坊したせいです。
私は最近、小説はほとんど読まないのですが、読む時には2日以内に読了することにしています。
間を置くと忘れてしまうからです。
「インフェルノ」は600頁を超える長い小説なので、苦戦しました。
節子がいたら、明日は早いのだからもう寝たらと言ったでしょうが、幸か不幸か、節子はいなかったのです。
それに最近、読書の速度が落ちています。
速度だけではなく、理解力も低下しています。困ったものです。

ところで、「インフェルノ」はあんまり面白くはなかったのですが、最後の舞台がイスタンブールです。
それもアヤソフィアと地下宮殿です。
昔、家族旅行で行ったところですが、そのおかげで、臨場感を持ちながら読めました。
メデューサの頭も出てきますが、実に懐かしいです。
トルコ旅行の時も、節子はあんまり体調は良くなかったと思いますが、とても楽しんでくれました。
私の好みのせいで、節子はエジプトやギリシア、トルコと付き合わされましたが、節子が一番気に入ったのがトルコでした。
しかし,まさかダン・ブラウンの小説で,節子を思い出すとは思ってもいませんでした。

ちなみに、「インフェルノ」は、ロバート・ラングドンものシリーズの最新作ですが,主人公のラングドンは,身だしなみにこだわっている人です。
今日の私のチグハグな服装戸は対照的です。
ファッションとかおしゃれには,全く無頓着の私も,今日はちょっと負い目を感じます。
しかも今日は某社を訪問する予定もあります。
入れてもらえるでしょうか。
いやはや困ったものです。

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2014/03/12

■節子への挽歌2382:コートを着ないで出かけてしまいました

節子
今日は家を出る時、暖かだったので、コートも着ないで出かけてきてしまいました。
しかしあんまりあったかくなりません。
それに今夜は、夜の集まりがあり、帰宅は遅くなりそうです。
せっかく治った風邪が戻ってこなければいいのですが。
こういうミスは、あいかわらず年中やっています。
つまり先のことを考えて行動していないということです。
娘からは、思いつき、行き当たりばったりの生き方を改めろと言われていますが、なかなか直りません。
困ったものです。

先のことを考えずに、その時、良いと思ったことをするのが素直な生き方だと、私はどこかで思っています。
これは子ども時代からのような気がします。
節子がいる時には、こうした生き方でも不都合はなかったのですが、節子がいなくなってからは、どうもそのマイナス面が強くなってきているようです。
なぜでしょうか。
娘は、節子がその分、苦労していたんだよといいますが、節子はたぶん、あんまり気にもしていなかったでしょう。
いや、そう思うのは私だけで、ほんとは節子はいろいろと気づかって、私をカバーしていたのでしょうか。
いなくなって初めて、ありがたさがわかるのかもしれません。

まあ困ったことが起これば、2人で知恵を出し合えば、どうにかなったような気がします。
1人で生きるのと2人で生きるのは、まったく違うような気がします。

さてあんまり寒くならないうちに、今夜の会場に行きましょう。
早く行ってもいいでしょうかと電話したら、部屋をあっためておきますと言ってくれました。
手伝うことがあれば、手伝いますよ、とも。
みんな親切ですね。
その言葉で、少しあったかくなりました。
さてお言葉に甘えて、そろそろ出かけましょう。

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2014/03/11

■節子への挽歌2381:自分の性格の悪さを感じます

節子
3回目の3.11です。
新聞やテレビで被災者の話にたくさん出会います。
私がいささかひねくれているのだろうと思いますが、たくさんの感動的な話を聞かされるたびに、どこか冷えた自分がいることに気づきます。
どこかで、そんなはずはない、と思っている自分を感じます。
被災者の痛みに寄り添うとかいう言葉にも、どこか違和感があります。
どうも最近、私の性格は悪くなっているようです。

しかし、他者の痛みに寄り添うって、いったいどういうことなのでしょうか。
よく聞く言葉ですが、よくわかりません。

今朝の朝日新聞の夕刊に、作家の古川日出男さんが、『怒りでは「共有」できない』という寄稿をしていました。
そこにこんな文章がありました。

僕たちは被災地の、その一人ひとりの方々の憤り――さまざまな形の憤り――を共有することはできない。それが「可能だ」と思い込む態度は、正直おこがましい。しかし、悲しみに寄り添うことならば可能ではないか。そして、被災地に無数の「楽しさ」が生まれる手助けをすることは、もっともっと可能ではないか。

共感する一方で、やはりどこかに違和感があります。
前半は同感なのですが、悲しみに寄り添うことなど、できるはずがないと、性格の悪い私は、今も思っているのです。

今日はつっけんどんな挽歌ですみません。

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■3.11と3.14

3年目の3.11です。
当然のことですが、3.11といえば、東日本大震災であり、地震と津波によりたくさんの人が人生を大きく変えてしまった日です。
いまだ避難者が26万人もいて、しかも現地の仮設住宅でも10万人を超える人たちが生活されています。
3年間の仮設住宅暮らしで、病気を悪化させた人も多いでしょう。
復興は、なかなか進んでいないようです。
被災された方々の無念さに心が痛みます。

それを踏まえての、私の違和感です。
大きくは2つあります。

ひとつは、被災者の語りや暮らし、現地でのさまざまなイベントの報道に対する違和感です。
どうしても私にはピンと来ないのです。
被災者のお話は見ていて辛くなるほど悲しいし、心にも響くのですが、いつもどこかに違和感があります。
具体的に書くと誤解されそうなので、今回は控えます。
読んだ人に不快感を与えかねませんし、たぶんたくさんのお叱りを受けるだろうからです。
この問題に関しては、私自身、非難に耐えられる自信がありません。
それに、ともかく辛い話ばかりで、それ自身に違和感があるわけではないからです。
私の違和感は、あくまでも「報道姿勢」です。
ついでに非難されるのを覚悟で言えば、各地での追悼イベントにも大きな違和感があります。
もちろん追悼はとても大事なことで、私も今朝、ささやかに心を込めて、思いを馳せました。

ふたつ目の違和感は、津波の被災者のわかりやすさのせいか、福島原発事故の被災者が見えにくくなっていることです。
隠されているとは言いませんが、原発事故のその後や被曝の報道が少ないのが気になります。
今朝の朝日新聞も、ほとんどが津波被災の話です。
福島のことはほとんどでていません。
唯一の救いは、『東北を「植民地」にするな』と題した、東北復興取材センター長の坪井ゆずるさんのメッセージです。
記名によるこのメッセージは、報道姿勢への自分への怒りも含意されているように感じました。
多くの人に読んでほしいメッセージです。
福島における原発事故被災の報道は少ないだけでなく、全体像が見えにくいです。
その背後に、どうしても私は「意図」を感じてしまいます。

そもそも地震や津波と原発事故は、全く異質なものです。
3.11の中には、そのいずれもが入るのでしょうか。
入れてしまえば、見えやすく報道しやすい津波被災の背後に、福島原発事故が隠されてしまいかねません。
それが私には気になります。
福島原発3号機の爆発が14日でしたが、3.11とは別に3.14を私たちはもっと意識すべきではないかと思います。
14日の爆発は水素爆発ではなくて、核爆発だったという意見もあります。
しかし、そうしたことをきちんと調べることも、事実情報を開示することもなく、3.14は忘れられようとしています。
東日本大震災の自然災害が、原発事故という人災を覆い隠すことが恐ろしいです。

原発とは何なのか、福島の被災者たちの声こそ報道すべきです。
そして、自分の生き方を問いただすことです。
それが伴わない追悼には、私は全く興味をもてません。
追悼とは、過去のためのものではありません。
現在の生き方を問うとともに、未来の子どもたちへの責任も果たしたいと思います。

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2014/03/10

■節子への挽歌2380:谷和原村の思い出

節子
昨日の講演会は楽しく終わりました。
それに思ってもいなかった人たちが参加してくれました。
節子も会ったことがある谷和原村(現在はつくばみらい市)の「城山を考える会」の横田さんと窪田さんです。
お2人は、節子のことを知って、わが家に農作業用の軽トラでお花を供えに来てくれました。
それがとてもうれしくて、いまもはっきりと覚えています。
谷和原村の城山でのイベントには、節子と一緒に参加させてもらったことがあります。お土産に、美味しいそば粉と横田さんが畑から抜いた大根をもらいました。
実は、そば粉に関しては、節子がそば打ちをしようとがんばったのですが、「そば麺」というよりも「そばがき」のようになってしまった記憶があります。
イベント会場で、節子はそば切りをやらせてもらったのですが、わが家ではそれを私がやってしまったためだったかもしれません。
横田さんたちの活動は毎年広がってきており、いつかまた行きたかったのですが、実現できませんでした。

昨日の集まりには、小貝川のフラワーカナルの管理をしているNPOの人も参加しており、その人からフラワーカナルを知っていますかと訊かれました。
すぐに思い出せず、知らないと応えてしまい、相手を失望させてしまったのですが、講演終了後、その人から写真を見せてもらって思い出しました。
節子と一緒に行ったことがありました。
奇妙なことに、節子との思いでは無意識のうちに蓋をしてしまうことがあります。
これまで何回か経験していますが、少し経つと蓋が開いて思い出しますが、時にまったく思い出せないこともあります。

節子が一緒だったら、きっといろいろと新しいつながりが生まれたことでしょう。
節子がいたら、私の人生ももっと楽しい方向に変わっただろうなと、また未練がましく考えてしまいました。

寒さは続いていますが、庭の花も華やかになりだしました。
娘が庭の水仙を節子に供えてくれました。


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2014/03/09

■節子への挽歌2379:趣味の仕事を最近していません

節子
節子はよく、「修は仕事が趣味なのね」と言っていました。
たしかに、私は仕事が大好きです。
ただ、勉強は好きだけれど学校の授業は嫌いだったというのと同じく、仕事は好きですが、自分が自発的に取り組める仕事以外は苦手です。
会社時代も、勝手に自分の仕事を自分でつくっていた面が強いですが、会社を辞めてからは、なお一層そうなっていました。
お金のための仕事は、よほど借金で困った時以外はしていません。
だからいまも借金が残っているわけですが。

しかし、節子が発病してから今日まで、ほとんど仕事をしていません。
あれほど好きだった仕事をやめてしまっているわけです。
それに私の仕事の考えは、なかなか理解してもらえません。
形だけの仕事はまったく興味がありません。
どうせやるなら意味のある仕事をしたいと思っていますが、そういう仕事にはなかなか出会えません。
最近、気が萎えているのは、仕事をしていないからかもしれない、とふと思いました。

先日、あるところで講演を頼まれましたが、講演は退屈なので、どうせなら何か始まるような話し合いのスタイルにしたいと提案して、受け入れてもらいました。
その準備のために、先方に出かけていって、2回ほど打ち合わせを行いました。
打ち合わせには、当日、話をしてもらう人たちにも来てもらいました。
私も少し話をすることにしましたが、私としてはそれなりにていねいに準備をしました。
できれば、最近はやりの「白熱教室」風にしたかったのですが、どういう人が参加するのかわからないのと時間の制約があるので、基本的には私が話しかけながら話をするスタイルにしました。

その準備をしながら、そういえば、以前はこうやって、いろいろと働きかけをしてきたなと思い出しました。
そして、そこからいろんな動きが広がりだしたことを思い出しました。
あの頃は、仕事が実に楽しかった。
それを思い出したのです。

今回も、この集まりをきっかけに、何か新しい物語が始まらないかと思い出しました。
そう思い出すと、何かわくわくしてきます。
しかも今回は相手もかなり意欲的なメンバーです。
関係者にいろいろと準備のメールを出したら、事務局的な役割をしている人からメールが来ました。

昨日の話し合いもそうでしたが、ここまで丁寧に準備にご協力いただけるフォーラム、シンポジウムに関わらせていただくのは初めてです。
私にとっては、めずらしいことではないのですが、私のやり方に共感してくれる人がいるのがとてもうれしかったです。
やはり私は仕事が好きなのです。

さて、そのシンポジウムは今日です。
新しい物語が生まれるといいのですが。
節子、以前のように応援してください。
節子は、こういうことのある日、私にちょっと迷いなどあると、いつもこう言って送り出してくれました。
「うまくいくわよ」
さて、そろそろ出掛けましょう。

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2014/03/08

■節子への挽歌2378:久しぶりの節子の写真

節子
娘のユカが、柏のあけぼの公園のチューリップ畑で撮った節子の写真をプリントして私にくれました。
節子が病気になってからの写真は、ほとんどプリントアウトしていないのですが、久しぶりに節子の写真を見ていて、とても不思議な気がしてきました。
まだ節子がいないことが実感できないのです。
節子はいまもこうやって、すぐそこにいるという実感が、心身から抜けないのです。
写真の中の節子が実に生き生きと感じられるのです。
節子が死んでしまったことが、まだ私にはあまり理解できていないのかもしれません。

写真の節子は、かなりやせていました。
あのふっくらした節子とは大違いです。
しかし、いつものように、笑いながら両手を思い切りあげてはしゃいでいます。
いささか表情がきつい感じがしますが、この写真はいつごろのものでしょうか。
たぶん娘と一緒に、あけぼの公園に行った時の写真なのでしょう。
私には記憶がありません。
再発してからは、どこに行くのも私と一緒でしたから、これは再発前の写真です。
もしかしたら奇跡が起こると、誰もが思っていた頃です。
節子は思っていなかったかもしれませんが。

私だけではないと思いますが、妻の死は理屈ではわかってはいるのですが、感覚的にはまだ受け入れられないのです。
あの節子が私を置いて死ぬはずがない、とどこかで思っているわけです。
いまもどこかにいて、いつかきっと会えるような気がしていますし、いまもすぐ近くに節子の気配を感じます。
前にも書きましたが、たぶん節子の一部は、私の心身に入り込んでいるのでしょう。

その一方で、その身近に感ずる節子に会えないことが、とてもさびしく、時に精神を不安にさせます。
位牌に向って、何で出てこないの、と思わず声に出してしまうこともあります。
まあ分別のある者のやることではないでしょうが、分別を超えてでも、節子にまた会いたいという思いがあります。
この不思議な気持ちは、なかなかわかってはもらえないでしょう。
いまも、フッと節子がどこかから現れるかもしれないと思います。
それほど節子は、私の心身の中ではまだ現実感のある存在なのです。

節子の写真はたくさん残されています。
一緒に旅行に行った時のビデオもあります。
しかし、なかなか見ようという気にはなりません。
精神のバランスをくずしそうな不安もあります。
たった1枚の写真を見ただけで、これだけ心が揺らぐのですから、まだもうしばらくは写真は無理のようです。

節子には、この私は見えているのでしょうか。
見えていたら、もう少し私に元気をくれませんか。
最近は、とても心細く、自然の中に消え入りたい自分を感じています。

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■自殺する権利と生きる責任

このブログでも書きましたが、12日に「会社で働く人の自殺」をテーマに、話し合いの場を持ちます。その準備会を4回ほど開催していますが、私自身はそういう準備会でたくさんのことを気づかせてもらっています。
先週も開催しましたが、そこで「自殺する権利」が話題になりました。
これは時々話題になる話です。

私はこの5年ほど、自殺のない社会づくりネットワークの事務局を引き受けていますが、自殺防止よりも、自殺に追い込まれる人がいるような社会のあり方や私たちの生き方に関心があります。
ですから、自殺する権利に関しても、否定する気にはなれません。
しかし、自殺することで、周りにいるどれほどの人が影響を受けるかを考えれば、「生きる責任」の方が優先するのではないかと思っています。

今日、知り合いの若い僧侶からメールが来ました。
そこにこんな文章がありました。

私は自殺者の死に顔を数えきれないほど見ていますが、多くは、ホッとしたような、今までの苦しみから解放されたような顔を結構、多く見てきました。
その顔を見ていると、自殺が必ずしも悪とは言い切れなくなってきました。
この言葉は実に説得力があります。
今月は毎年、自殺防止月間なので、各地で自殺対策のイベントが開催されています。
講演会も多いのですが、私はそうしたものに違和感を持っています。
その違和感から、講演会ではなく、参加した人が自分の問題として話し合う場を毎年開いてきましたが、なかなか実行していく仲間が増えません。
「自殺」ということを、当事者として考えることは、それなりに重いからかもしれません。

メールをくれた僧侶は、こうつづけています。

人はひとりで生きているのではなく、様々な関係の中で生きていると言われますが、それは万人に通用する言葉ではなくなってきていることを痛感しています。
(中略)
そして、私たち一般人が死をタブー視する限り、死は隠蔽され続けます。死から学ぶという観点が、今の時代に欠けている点も無視出来ません。
高齢化社会がますます進む現代。今を生きる日本人の死生観そのものが問われて
いると、私は思っています。
全く同感です。
自死遺族の友人は、自死ということがもっと抵抗なく話し合える社会にしたいと活動していますが、彼女の思いも通じています。
12日の集まりが、会社の中で、「自殺問題」が隠されることなく、話せる状況への一歩になればと思っています。

なお、この僧侶の方にも参加していただく、ラウンドセッションを3月22日に予定しています。
近々、このブログでもご案内しますので、よかったら参加してください。

また、彼からのメールに、次のブログの紹介がありました。
彼の知人が、友人が(大学時代に)自殺したことについて書いたブログです。
最後の数行に涙が出ました。
http://apartment-home.net/column/201206-201207/%E8%87%AA%E6%AE%BA%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/

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2014/03/07

■手賀沼終末処理場

前の記事に続いて、もうひとつ、私の住んでいる地域で起こっている話を書きます。
昨日の朝日新聞の夕刊の1面は、いずれも私の住んでいる地域に関連した話題でした。
一つは、柏の連続殺傷事件の犯人逮捕ですが、トップ記事は、「行き場失う汚染ごみ」という見出しで、首都圏で発生した放射能汚染廃棄物の最終処分場が決まらないために、一時的な置き場からの撤去を求める住民訴訟が起こっているという話です。

私が住んでいる我孫子市を含む千葉県北西地域は、いわゆるホットスポットで、汚染されたごみの焼却によって出される高レベルの焼却灰問題がどんどんたまっています。
国による最終処分場が決まるまで、我孫子市と印西市の境にある「手賀沼終末処理場」に「高レベル焼却灰の一時保管」ができ、一昨年末から搬入が始まりました。
我孫子市でも反対運動が起こっています。

これに関して、私は複雑な思いを持っています。
搬入を拒む運動もあり、私の知人も参加していますが、私は参加する気にはなれません。
これまで原発の恩恵を受けていたことを忘れるわけにはいかないからです。
事故が起こってから大騒ぎするのであれば、最初から原発に反対しておくべきだったのです。
以前も書きましたが、原発事故が起きた以上は、その被害は極力避ける努力はすべきですが、受け容れる責務もあると思うのです。

従容として受け入れることも、時に必要だと思っています。
私たちは、もはや被曝からは逃げられないのですから。
それがいやなら、反原発のデモに行くにがいいでしょう。
アベノミクスに踊らされるのもやめたほうがいい。
人はそんなに都合よく、良いとこどりはできないのです。

この話は、前の記事につながっています。
念のため。

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■子どもたちをうまく育てられなくなっている

私の住んでいる我孫子市の隣の柏市で、通り魔的な悲惨な事件が起こりました。
20代の若者が、通りがかりの4人の人に次々と危害を与え、そのうちの一人は生命を失いました。
現場のすぐそばに住んでいる若者が犯人でした。
犯人は、どうも子どもの頃から問題を起こしていたようです。

こういう事件が起こると、どうしても加害者の親のことを思ってしまいます。
もちろん親に第一の責任があると思いますが、そうはいっても、親の衝撃はいかばかりかと思うと心痛みます。
もちろん殺害された人の親の心情は、それ以上でしょう。
なにしろ何の理由もなく、突然、愛する子どもを失うのですから、これもまた耐えられないことでしょう。
いずれの両親も、おそらく人生を失うほどの影響を受けることは間違いありません。

しかし、私にはもう一つ気になったことがあります。
犯人が子どもの頃書いた学校の文集に、大きくなったら「人のために生きたい」と書いてあったということです。
そう思ったことがある子どもが、こういう事件を起こしてしまった。
そこになんとも「やりきれなさ」を感じます。

私たちの社会は、子どもたちをうまく育てられなくなっているのでしょうか。
今回の事件の犯人は、いささか特殊の例かもしれませんが、こうした事件の犯人が、良い子どもだったと報道されることは少なくありません。
子どもはみんな「良い子」なんだろうと私は思いますので、それは当然のことと言ってもいいでしょう。
しかし、その子どもたちが、うまく育っていけないとしたら、やはりこの社会は壊れています。
そして、私たち、つまり私の生き方は、どこか間違っている。

しかも、犯人は「社会に復讐する」と言っているそうです。
24歳の若者が、復讐したくなる社会って、一体何なのでしょうか。
私には、異常な若者の、異常な感情と片づける気にはなれません。

この事件も、特殊な事件と片付けることなく、自らの生き方を問い直す契機にしなければいけないと思っています。
だからこそ、とてもやりきれない事件で、気が滅入ります。

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■節子への挽歌2377:心が冷えると地球も冷える?

節子
相変わらず寒さが続いています。
地球温暖化が叫ばれていますが、私はむしろ地球は大きな流れとしては寒冷化に向っているように思っています。
まあ、それはそれとして。

あるメーリングリストで、地球は温暖化しているのに、人々の心は冷却化しているという投稿がありました。
たしかにそんな気がします。
心が冷えるのは、健康にもよくありません。
私たちの周辺には、心のあったかな人たちがあふれかえっていたような気がしますが、最近、私自身が冷えだしたのか、何か様子が少し変わってきました。
みんな余裕がなくなってきたのでしょうか。
いや、私自身がそうなのかもしれません。
そして、そのせいか、最近、どうも寒さがこたえるようになってきてしまいました。
あっためてくれる節子もいないので、寒さはもろに心身を冷やしてしまうわけです。

地球の温暖化は二酸化炭素のせいだという俗説が、日本では流行っていますが、地球の寒冷化は人の心が冷え切ったためかもしれません。
いや、因果関係は逆かもしれません。
事実、二酸化炭素の増加と地球温暖化の因果関係は、むしろ温暖化が原因で二酸化炭素が結果だという説もあります。
私はそれに共感していますが、同じことが、冷却化にも言えるかもしれません。
つまり、最近の日本は、人の心が冷えてきたので、気候も寒くなってしまった。
私には、何かとても説得力があります。
みなさんはどうでしょうか。

それにしても、最近は、心底から心身が冷えてしまいそうな、悲しい事件が増えています。
私の心身が冷えているために、そうした事件が心に残るのでしょうか。
必ずしもそうではないような気がします。
節子
節子がいた頃よりも、明らかに社会は壊れてきています。
そんな気がしてなりません。


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2014/03/06

■会社で働く人の自殺の問題を考える話し合いのご案内

先日予告した、「自殺に追い込まれる状況をどうしたらなくしていけるか」連続ラウンドセッションの第1回目の案内です。
さまざまな形での自殺防止対策の取り組みによって、日本での自殺者はようやく減少に向かいだしていますが、いまだ毎年3万人近い人が自殺しているという状況は大きくは変わってはいません。
企業においても、働く人たちのメンタルヘルスが大きな問題になってきており、自殺の問題も無視できない経営課題になってきています。
問題が問題だけに、正面から議論するのは難しい面がありますが、まずは一度、問題意識を持っている人たちで、問題を共有化し、働く人が自殺に追い込まれるのはどういう時なのか、またそれを思いとどまる契機は何なのかなどを、オフレコで話し合う集まりを企画しました。
できれば、継続的な話し合いの場につなげていければと思っています。
企業の人たちに声をかけましたが、「自殺」というテーマに腰が引けてしまうようで、なかなか参加者が集まりません。
私の予想では、定員をオーバーするだろうと思っていたのですが、やはりまだテーマとしては早すぎるのかもしれません。
しかし、だからこそ開催しなければいけないという思いを強めています。
まだ予定の定員に5人ほど足りません。
ご関心のある環境他の参加をぜひお願いします。
テーマは重いですが、気持ちの良いカジュアルな集まりを目指していますので。。

○テーマ:「生き生きと働ける職場を実現するー働く人が自殺に追い込まれないように」
自殺というテーマは重く、ともすれば後ろ向きの話にもなりかねませんが、そこからむしろ、みんなが元気に、生き生きと働ける職場のあり方などを議論できればと思います。
○進め方(目安)
最初に、長年、こうした問題に取り組んでいる㈱Eパートナー代表佐久間万夫さんから問題提起していただき、後は参加者による話し合いです。。
○日時
  2014年3月12日午後6時半~9時
○場所
  山城経営研究所5階会議室(東京都千代田区飯田橋4-8-4)
   http://kae-yamashiro.co.jp/outline/access.html#gnavi
○参加費
  1000円(軽食を用意します)
○主催:
  ネットワーク・ささえあい「ラウンドセッション実行委員会」
   (事務局:コミュニティケア活動支援センター 佐藤修)
○申込先
  所属とお名前を次のところにご連絡ください。
   comcare@nifty.com
よろしくお願いいたします。

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■節子への挽歌2376:歯磨きをがんばることになりました

節子
今日は歯医者さんに行きました。
前回、歯の検診をしてもらった結果を教えてくれました。
幸いに今回は、磨き残しは改善されていましたが、歯ぐきなどの状況はさらに悪化していました。
歯が健康のもとだから、がんばって歯磨きを朝晩と増やしてくださいといわれました。
さらに、歯周病などの防止のためには、間食や珈琲に砂糖を入れるのもよくないですよ、と暗にいわれました。
しかし、歯のために、生活を変えるのは私の趣味ではありません。
ましてや、歯磨きをがんばるのも、私の趣味ではありません。
そこで、後3年持てばいいので、あんまりがんばりたくないのですが、と言いました。
どうしてですかと訊かれたので、3年半後にはいなくなるのです、と答えました。
その言葉に、説明していた歯医者さんは、言葉を飲み込みました。
私が病気で「余命3年半」と告知されていると思ったようです。
ちなみに、今回説明してくれたのは、新しい歯医者さんでした。
相手の戸惑いが伝わってきたので、「いや、病気ではなくて、それがわが家の決まりなんです」と、わけのわからない弁解をしました。
相手は、ホッとしてくれ、瞬時の緊張感は解けました。
そして、なぜか私は、歯磨きをがんばる約束をしてしまいました。
困ったものです。

人はなぜ歯を磨くのでしょうか。
食生活が間違っているのでしょうか。
まあ砂糖を取り過ぎの私の食生活は、明らかに自然ではないでしょうが、食生活を気にする生活が、どうも私の趣味には合いません。
節子は私の塩分の取りすぎなどを注意していましたが、いまもって、直りません。
直すつもりが、私には全くないからです。
娘は、もうすっかりお手上げで、最近は諦めているようです。

さて、今日から少し歯磨きをきちんとすることにしました。
もう一度、また歯医者さんに行かなければいけないからです。
歯医者さんに通っている間だけでも歯磨きはきちんとしなければいけません。
だから歯医者さんが嫌いなのです。

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2014/03/05

■節子への挽歌2375:遺された人への心遣い

節子
人はいつか死にます。

愛し合っている夫婦も、必ずいつかどちらかが死ぬわけです。
その場合、遺された人はどうなるのか。
そうしたことへの心遣いは、節子との別れを体験するまで、私は全く気づきませんでした。
私は両親と同居していましたが、父親が亡くなった後、母にどう心遣いしたでしょうか。
今から思えば、全くと言っていいほどしていませんでした。
母が仏壇に向って、般若心経をあげていても、そこに同席したことはありませんでした。
私が般若心経を覚えたのは、節子を見送ってからです。
なんとまあ勝手なことか。
一人になった母を旅行に誘ったり、一緒に何かをしたことはありますが、心遣いとはそんなことではないでしょう。
それは、自分がその立場になってはじめてわかることです。

しかし、身も蓋もない言い方をすれば、そんな心遣いなどできるはずもないということです。
伴侶や子どもに先立たれ、遺された者の人生は、そこで一度、終わってしまう。
そこから再起できるかどうかは、人それぞれでしょうが、生き方が大きく変わってしまうことは避けられないような気がします。

私の場合は、なかなか再起できません。
あまりに節子に埋没してしまっていたからでしょうか。
そんなこともないのですが、実に不思議です。
まあ、再起する前に、人生が終わるかもしれませんが、私の場合、時評編に書きましたが、節子が居ようが居まいが、この4月から生き方を変えるつもりでした。
うまく変えられるといいのですが。
ちなみに、どう変えるかを考える気力も今はないのです。
困ったものです。

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■会社人から社会人への、次の生き方

勤務していた会社を辞めてからまもなく満25年です。
私が会社を辞めた経緯は、ある雑誌に書いた記事に書いてありますが、会社勤務が四半世紀になるのを機に、会社人から社会人へと生き方を変えるためでした。

人生80年とすれば、多くの人の人生には3つの四半世紀(25年間)があります。
私の場合、人生の第1期、つまり最初の四半世紀は、大学を卒業するまでの22年間と少し短かったですが、「社会に育てられる生き方」でした。
そして、第2期の25年間は、東レという会社で仕事をさせてもらいました。
つまり、「会社人として」生きていたわけです。
東レという会社の自由闊達な文化に支えられて、とても楽しい25年間でした。
そして、25年間が終わった翌日に会社を退社し、それまでとは違った「社会人」としての第3期の生き方を選びました。
翌日参加したのが、地元で起こっていた住民活動の集まりでした。
会社にいた頃とは全く違った世界は、実に刺激的でしたが、今月末で、その第3期が完了するのです。

第2期から第3期への以降の体験(全くの準備なしで苦労しました)を踏まえて、第3期が15年ほど過ぎたところで、少し生き方を見直し、もしかしたら「あるであろう」第4期の生き方の準備を始めようと思って行動を起こしだした矢先に、妻の進行性胃がんが発見されました。
その時点で、私の生き方は大きく変わってしまいましたが、「社会人」として生きる基本は、かろうじて継続できました。
友人知人に支えられたおかげです。
そして、このみんなに支えられることそのものが、私が目指した「社会人の生き方」でした。
しかし、その第3期も間もなく終わります。
さてどうするか。

一番簡単なのは、自分の世界に埋没することです。
幸いに自宅があり、年金を毎月15万円もらっていますので、付き合いを最小限にし、活動をやめれば、生活はできるでしょう。
病気になったら、素直にそれに従えば、医療費もさほどかからないでしょう。
しかし、たぶんそういうことにはならないでしょう。
妻がいなくなったことが、その大きな理由ですが、世界が見えてくると、そう簡単には自分の世界に引きこもるわけにはいかなくなります。
もう少し考えたいと思っています。

ちなみに、私の寿命に関しては、2つの説があります。
20年ほど前にある占い師が93歳と占ってくれました。
しかし、わが家の10年ルールだとあと3年半です。
さて、どちらが正しいでしょうか。
後者だとしたら、長い第3四半期になって、第4四半期は私にはないかもしれません。

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■節子への挽歌2374:生きていることのまぶしさ

節子
また2日ほど、ブログを休んでしまい、挽歌も書けませんでした。
私のように、状況に自らを合わせすぎて、生活のリズムがうまくつくれない者にとっては、あることを毎日つづけることはどちらかというと苦手です。
その私が、こうやって、曲がりなりにも挽歌を書き続けていることは、節子もたぶん感心していることでしょう。

一昨日、会った人が、佐藤さんはいまも毎日挽歌を書き続けるだけの奥さんがいたのだから幸せですよ、と私に言いました。
その人は、奥さんと離縁し、子どもさんとも交流がなくなり、いまは一人ですが、私よりもずっと明るく、使命に燃えて生きています。
私との出会いは4年ほど前ですが、いまも毎月のように湯島に来ます。
さびしさから、私の顔を見に来るのかもしれません。
伴侶と死別するのと、伴侶と離婚するのと、どちらがいいでしょうか。
これは、当事者でなければ判断できない問題でしょう。

今日の新聞に、東日本大震災で妻を亡くした人の話が出ていました。
テレビで「あの日あの時」という証言番組が流れ出すと、「出てくる人たちはみんな生きているんだもんな」と言って、テレビを消したそうです。
その気持ちが、なんだかわかるような気がします。
その人にとって、「生きていること」の意味が、たぶん全く変わってしまったのです。
新聞やテレビに接していると、こうしたちょっとしたことに心身が反応してしまいます。

私も、時々、「生きている人たち」がまぶしすぎて、見つづけられないことがあります。
遺された人の語りも、時々、辛くて見つづけられないことがある。
「生きていること」を、意識するようになったのは、節子がいなくなってからです。
できれば、そんなことを意識することなく、生きていたかったと思います。

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■人類を統合する思想

2年前に、エントロピー学会誌「えんとろぴい」に掲載されていた、山内友三郎さんの「人類を統合する思想は可能だろうか」という論考を読み直しました。
山内さんは、同誌に、数年前から「環境倫理覚書」を連続して発表しています。
幅広い視野からの論考なので、教えられることが多く、いつも読ませてもらっています。
今回、思い出して読み直したのは、先週、お会いした向坂さんが、最近は「世界観」をもたない人が多いと嘆いていたからです。

「世界観」とは、世界をどう捉えるかということですが、大切なのは、その捉え方の基本となる視点といっていいでしょう。
たとえば、神の視点で世界を捉えるか、仏の視点で世界を捉えるかは、大きな違いがあります。
さらに、人の視点で捉えるとまた違ってきますし、その「人」の捉え方もさまざまです。
私は一神教の世界観にはなじめませんが、現実の世界は一神教を信仰する人も多く、なじめないからといって、拒否することはできません。
それに一神教を信仰しているからといって、友人関係に支障が起こるわけではありません。
先週も、キリスト教の洗礼を受けたことによって人生を豊かにした友人とも会いましたが、共感しあえることが多かったです。

ところで、山内さんは、一神教には厳しい見方をしています。

この思想は、人類に普遍的に当てはまると見倣されていて、論理的で緊密な一枚岩的な体系を誇り、他の思想と妥協せず、その一部が正しく一部が間違いということを認めないから、他の思想と折衷・融合することが不可能になる。キリスト教・ユダヤ教・イスラム教は、現代に至っても死闘を繰りかえしている点では、他にどんな長所を持とうが、世界に平和をもたらして緑を回復するという点では失格である。
では、キリスト教的近代思想と「草木国土悉有仏性」と考える東洋思想とは共存できるのか。山内さんは「できる」と言います。
そして、そのために、世界観の基本になる価値観の三層構造を提案しています。

レベル1:人間生存の土台になる自然との共生を支える「全体論」
レベル2:社会幸福を目指す「ヒューマニズム」
レベル3:実際に生活のよりどころとしての「制度と教え」

西洋近代の倫理学、特に20世紀の主流となった倫理学は、レベル2の上に構築されていますが、これからはレベル1から考えなければいけないと、山内さんは書いています。
まさに、このレベル1の全体論(エコロジー)が「世界観」ではないかと思います。

こうした話は、抽象的に聞こえるかもしれませんが、発想の転換を私たちに求めます。
日常の行動にも深くつながってくるはずです。
たとえば、原発問題の位置づけなどは、明らかに変わるでしょう。
世界観などというと、難しくなりますが、要は、生きるうえで、何を一番大事にするかです。
一人ひとりが、生き方を問い直す時期にきているように思います。
25年前から、私は自らの生き方を変えてきましたが、まだまだ変えきれずにいますが。


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2014/03/02

■ホームズはなぜ死ななかったのか

イギリスのテレビドラマ「シャーロック」のシリーズ3が、5月に日本でも放映されることが決まりました。
英米では4月には放映されるようですが、実に待ち遠しいです。
http://bbcsherlock.jp/casts-staffs/
ご覧になっている方もあると思いますが、2年前から毎年3作品が放映されています。
コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」に基づくものですが、時代を現代に置き換えているので、ドイルの作品とは違います。
しかし、タイトルも含めて、ドイルの作品を踏まえていますので、シャーロキアンにはなんともいえない魅力的な作品です。
と言っても、私は最初に見た時には違和感を持ちましたが、次第に、その魅力に引き込まれ、今となっては、これこそホームズだと思っています。

この番組が刺激になったのか、アメリカでも現代版のホームズものがドラマ化されましたが、これは最初の作品で、見るのを辞めました。
また昔放映されたホームズものの映画やテレビドラマも、よく再放送されるようになったので、録画して見直していますが、「シャーロック」を見てしまったものには、物足りなく、退屈です。

「シャーロック」のホームズ役とワトソン役の俳優は、いまや売れっ子です。
ホームズ役のベネディクト・カンバーバッチは、先日、来日しましたが、日本でも大人気のようです。
このドラマ以前にも、映画で彼を知っていましたが、まさか売れっ子になるとは思ってもいませんでした。

それはともかく、実はシリーズ2の最後の作品("The Reichenbach Fall")で、シャーロックは高層ビルから飛び降りて自殺するのですが、実は死んではいないのです。
そのからくりが、わからないため、私はこの作品を何回も繰り返し見たのですが、やはりわかりません。
ドイルの小説でも、滝から落下して死んだはずのホームズが生還して、小説が続くのですが、それと同じ趣向です。
ただし、からくりがわかりません。
ヒントはいくつか示されているのですが、わからない。
「シャーロック」ファンの中でもかなり話題になっていますので、もし誰かが謎解きをしたら、ネットで回ってくるはずですが、私はまだ目にしていません。
英国でのテレビ放映が一番早いと予想されていますが、それを見た誰かがネットで、タネをバラスのではないかという話は、すでに回ってはいますが。

できれば、シリーズ3の作品を見る前に、何とかからくりの骨子を見つけたいと思っていますが、そのためにはあと何回、見ればいいでしょうか。
実に困った話ですが、気になって仕方ありません。

それはともかく、このドラマはお勧めです。
これまでの作品は、4月にNHKBSで再放映されます。
ぜひチャレンジしてみてください。

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■節子への挽歌2373:人にとっての生きる「縁(よすが)」

節子
冬に舞い戻ってしまったような寒さです。
寒い時には、いささか哲学がふさわしい。
早く目が覚めてしまいましたし。

改めて最近また、生きるとは何だろうかと思うことがあります。
明日のために生きているのではなく、いま生きていることそれ自体に意味があるのであれば、刹那的に生きればいいわけですが、明日があればこそ、いま生きていることの意味があるというほうが説得力があります。
未来の展望がないから、生きる喜びを見出せないと、人はよく言いますし、私自身もそう思います。
だとしたら、今に意味があるのではなく、明日にこそ意味があることになる。
しかし、その「明日」は、必ず来るとはかぎらない。
にもかかわらず、明日を生きる縁(よすが)にするのは、どこか矛盾しています。
しかし、現実ではない明日が生きる縁(よすが)であればこそ、どんな現実も受け入れられることも事実です。
そういう意味では、「明日」とは時間的な明日ではなく、「生きる意味」かもしれません。

草庵にこもった、たとえば法頂師は、どう生きたのでしょうか。
時折、山を降りて話をしたそうですが、なぜ話をしたのでしょうか。
日本の有名な高僧の話もお聞きしたことがあります。
私の関心事は、話の内容ではなく、なぜ彼らは話をするのだろうかということでした。
その答えは、いまも見つかっていません。

「明日」の代わりに、「他者」を置いてみましょう。
人は「他者」のために生きているのかもしれません。
「明日」は、今の自分にとっては、「他者」といってもいいでしょう。
とすれば、人にとっての生きる縁(よすが)は、「他者」ということになる。
「他者」が生きる縁(よすが)であれば、他者に法を説く高僧やイエスも理解できます。
しかし、他者を自らが生きるための縁(よすが)にするのは、やはりなじめません。
他者を手段として扱ってはならないという、カントの定言にも反します。

ひとつの解決策は、「他者」と「自己」の捉え方かもしれません。
生きるとは、自己と他者を超え、時間を越えた、「無為」なのかもしれません。
つまり、生きることとは、まさに「空」なのです。
だから実態がなく、問うてもなにも見つからない。
寒さのせいか、それが今日の結論です。

寒暖差のない彼岸には、哲学など不要なのでしょうね。
早く私も彼岸の平安に、身を任せたいです。
現世で生きることは、それなりに気力を求めます。
それに、今朝の寒さは、心身にこたえます。

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2014/03/01

■二酸化炭素地球温暖化説と原発代替エネルギーに関する補足

先日、ブログに書いた「気温の上昇が先で二酸化炭素の増加が後である」をフェイスブックで紹介したら、友人から質問があり、補足を少しだけ書きました。
そのうちの一つをここにも紹介しておきます。
少し内容を省略していますが。
メッセージというものは、なかなか伝わらないものです。

私がブログで書いたのは、二酸化炭素地球温暖化説が唯一の考えではないということです。
科学技術は万能ではなく、〈見える世界〉だけの論理です。
自然も生命も、むしろ見えない部分が多いと思いますが、その一部の因果関係を捉えて絶対視してくるドグマに陥ることがあってはなりません。
ソクラテスではないですが、知者は知っていることは一部であることを踏まえて、謙虚でなければいけません。
二酸化炭素増加と地球温暖化を、一義的に決めるのではなく、世界にはさまざまな議論があることを、私はもっと知りたいと思います。
ひとつの物語を押付けられて、それにしたがって、政治や経済が動くことに、私は危惧を感じます。
物事にはプラスもマイナスもある。
それをきちんと議論することが大切だと思います。

有名なクライメートゲート事件やゴアの「不都合な真実」に関しても、もう少しきちんと評価すべきですが、どちらが正しいかは私には確信はもてませんが、いずれもなにやら〈政治的なにおい〉を感じます。
クライメートゲート事件は、日本のマスコミはあまり報道しませんが、化学同人の「化学」の2010年の3月号と5月号に詳しく出ています。5月号はネットで購入できます。
IPCCに関しては、これを読んでもらえればと思います。
評価は分かれるかもしれませんが、赤祖父さんの書籍や講演も、私には納得できるものがあります。
いささか刺激的ですが、広瀬隆さんの著作や講演も示唆に富んでいると思います。

ところで、化石燃料に代わるエネルギー源は何かという問題ですが、これは私のブログの議論とは関係ありませんが、問われたので少しだけ回答します。
私は1970年代のソフトエネルギーパス議論の時と10数年前の企業の経営環境ブームの時に、それぞれかなりエネルギーに関しても調べました。
1970年代のことからいえば、既に現在の代替候補はすべて出揃っていました。
バイオマス関係では当時はブラジルが騒がれていて、私もサンパウロに行ったついでにフォードの工場を見せてもらいました。
その時に感じたのは、工業パラダイムにはあわないのではないかということでした。
それと対照的だったのが、当時、日本の通産省が取り組んでいた太陽熱発電です。
香川県での実験現場を見に行きましたが、見た途端に、これはまさに工業パラダイム型だと思い、生理的に拒否感を持ちました。
太陽熱発電は失敗に終わりました。
昨今のメガソーラーは、それと同じですので、私には拒否感があります。
最近は、分譲ソーラーという仕組みもできているようですが、私には全くなじめません。
つまり、エネルギーとは生活や社会の構造と深くつながっており、そこから議論しないといけないのだろうと思います。
ソフトエネルギー、代替エネルギーといっても、同じではありません。
問題は、エネルギー源だけではなく、それをどう活かすのかという仕組みも大切です。
1980年代の議論は、今と違って、そういう視野を踏まえていたように思います。

10年ほど前に、日本能率協会が環境経営提言をまとめる仕事に関わらせてもらいました。
その時に感じたの、エネルギー源の問題だけではなく、生活や産業のあり方の見直しまで来ているという事実でした。
ソフトエネルギーパスを提唱したエイモリー・ロビンスも、その実践に取り組んでいることを知りました。
しかし、大企業の環境経営への取り組み方は、省エネといいながらも、あんまり変わっていないことにがっかりしました。
しかし、そうであればこそ、私自身の生き方を考え直さないといけないと反省しました。

知人が、九州でエネルギーの自給を基本とした仕組みづくりに取り組んでいます。
そうした動きが各地で広がりだしています。
つまり、資源がないから代替資源を探すという発想ではなく、資源をできるだけ消費しない生活や社会のあり方を探ろうという発想に変えたいというのが私の思いです。
ご指摘のあった、化石燃料は後何年しか持たないという話は30年前から、いやローマクラブの「成長の限界」提言の時から聞かされていますが、どんどん枯渇時期は延びています。
ともかく実態がよくわからないまま、つまり、それを否定することも肯定することもできない状況で、ある「意図」をもって、数字が使われることに、私は慎重になりたいと思います。

問いかけにきちんと答えているかどうか不安ですが、こんなところでお許し下さい。
書き忘れましたが、エントロピー学会というのがあります。
とても誠実な議論が交わされています。

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■産業経済の基本である工場現場への不安

最近、湯島で話題になることのひとつが、日本の企業現場での基本的な技術・技能の劣化の話です。
会社を定年退職した人が、最近の化学工場や原発の事故を見ていると、高度な技術の問題ではなく、ねじの締め方とかパイプの接合とか、基本的な機器操作とか、そういうレベルでのミスが増えている。日本の工場は壊れだしているようで、心配だと嘆いていました。
やはり同世代の企業OBの人は、非正規従業員が多くなってきているので、現場のしっかりした基本動作が継承されているかどうか、とても不安だと言っていました。

福島原発では、そういうことが頻発してきていますが、どうもそれは福島原発だけのことではなく、日本の工場全体に広がっていることなのかもしれません。
だとしたら、とても恐ろしいことです。

厳しい競争の中で、高度な技術や新しい技術が必要だということもわかりますが、もっと大切なのは、ものづくりの基本動作だろうと思います。
事故調査によって、事故の原因を把握することはとても重要ですが、そうした原因の個別要素と同時に、全体の生産技術や管理技術の劣化をどうするかが、重要な課題ではないかと思います。
それはひとえに、働く人の意識の問題、モチベーションの問題であり、職場におけるコミュニケーションの問題です。
いまの企業の体制で、それがきちんとできるのかどうか、とても不安に感じます。

工場の話だけではありません。
社会そのものからも、基本的なものが失われている不安もあります。
当然のことが、当然でなくなってきているのです。
前にも書きましたが、銀行のATMで並んでいる次の人に「お先に」とか「お待たせしました」とか、言うのは、私は誰もが知っているルールだと思っていましたが、どうもそういう文化はなくなっているようです。
いつも怪訝そうな反応しかなく、気が滅入りそうになります。
レストランで食事をしたら、支払いの時に、「ごちそうさま」というのも、もう昔の話かもしれません。
商品は買ってやるのではなく、分けてもらう、つまり売ってもらうという文化も消えてしまったのかもしれません。
感謝の気持ちがなくなってきた。
お金を払えばいいという話ではありません。

家族からも地域社会からも、組織からも電車の中や街中からも、何かとても大切なものが消えてしまっています。
事故を起こしているのは、原発や化学工場だけではありません。
家庭でも、集合住宅でも、地域社会でも、最近は爆発事故が絶えません。

それをなくすためには、難しい技術や知恵はいりません。
基本動作の習得と誠実ささえあれば、会社から事故は減らせるはずです。
基本マナーと感謝の気持ちさえあれば、社会から事故を減らせます。
そう思っていますが、間違っているでしょうか。

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■節子への挽歌2372:信仰と家族

節子
昨夜は、節子もよく知っている三浦さんと「信仰」について話し合いました。
三浦さんは数年前に大病のため、3回にわたる大手術をしました。
とても危険な手術でしたが、それを受け入れられたのは、信仰のおかげだと三浦さんは言います。
3回目の手術に先立って、三浦さんはカトリックの洗礼を受けたのです。
それが大きな支えになり、手術にも立ち向かえたそうです。

その後、三浦さんは元気を回復し、みんなからは「奇跡」といわれているそうです。
昨年から湯島にも来てくれるようになりましたが、お会いするたびに元気になってきています。

三浦さんはまた、「家族」こそが基本だと考えており、そういう生き方を実践されています。
いまは、息子さん夫婦を軸に、ご自分たち夫婦と息子さんの嫁さんの両親との、3家族で大きな住居をつくられて、それぞれが距離を持ちながらの生活をされています。
いろいろと大変でしょうが、三浦さんのお人柄が、その核にあるのだろうと思います。

三浦さんからお聞きする「家族」と「信仰」の話は、とても心に響くものでした。
しかし、そういう話を聞くと、心があたたまる一方で、節子を守ってやれなかった自分のふがいなさが、どうしても心に浮かんできてしまいます。
そうして、いつも複雑な気分になってしまうのです。

節子を守ってやれなかった無念さからは、解放されることはあるでしょうか。
それがある限り、この挽歌は書き続けようと思います。

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