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2014/03/01

■二酸化炭素地球温暖化説と原発代替エネルギーに関する補足

先日、ブログに書いた「気温の上昇が先で二酸化炭素の増加が後である」をフェイスブックで紹介したら、友人から質問があり、補足を少しだけ書きました。
そのうちの一つをここにも紹介しておきます。
少し内容を省略していますが。
メッセージというものは、なかなか伝わらないものです。

私がブログで書いたのは、二酸化炭素地球温暖化説が唯一の考えではないということです。
科学技術は万能ではなく、〈見える世界〉だけの論理です。
自然も生命も、むしろ見えない部分が多いと思いますが、その一部の因果関係を捉えて絶対視してくるドグマに陥ることがあってはなりません。
ソクラテスではないですが、知者は知っていることは一部であることを踏まえて、謙虚でなければいけません。
二酸化炭素増加と地球温暖化を、一義的に決めるのではなく、世界にはさまざまな議論があることを、私はもっと知りたいと思います。
ひとつの物語を押付けられて、それにしたがって、政治や経済が動くことに、私は危惧を感じます。
物事にはプラスもマイナスもある。
それをきちんと議論することが大切だと思います。

有名なクライメートゲート事件やゴアの「不都合な真実」に関しても、もう少しきちんと評価すべきですが、どちらが正しいかは私には確信はもてませんが、いずれもなにやら〈政治的なにおい〉を感じます。
クライメートゲート事件は、日本のマスコミはあまり報道しませんが、化学同人の「化学」の2010年の3月号と5月号に詳しく出ています。5月号はネットで購入できます。
IPCCに関しては、これを読んでもらえればと思います。
評価は分かれるかもしれませんが、赤祖父さんの書籍や講演も、私には納得できるものがあります。
いささか刺激的ですが、広瀬隆さんの著作や講演も示唆に富んでいると思います。

ところで、化石燃料に代わるエネルギー源は何かという問題ですが、これは私のブログの議論とは関係ありませんが、問われたので少しだけ回答します。
私は1970年代のソフトエネルギーパス議論の時と10数年前の企業の経営環境ブームの時に、それぞれかなりエネルギーに関しても調べました。
1970年代のことからいえば、既に現在の代替候補はすべて出揃っていました。
バイオマス関係では当時はブラジルが騒がれていて、私もサンパウロに行ったついでにフォードの工場を見せてもらいました。
その時に感じたのは、工業パラダイムにはあわないのではないかということでした。
それと対照的だったのが、当時、日本の通産省が取り組んでいた太陽熱発電です。
香川県での実験現場を見に行きましたが、見た途端に、これはまさに工業パラダイム型だと思い、生理的に拒否感を持ちました。
太陽熱発電は失敗に終わりました。
昨今のメガソーラーは、それと同じですので、私には拒否感があります。
最近は、分譲ソーラーという仕組みもできているようですが、私には全くなじめません。
つまり、エネルギーとは生活や社会の構造と深くつながっており、そこから議論しないといけないのだろうと思います。
ソフトエネルギー、代替エネルギーといっても、同じではありません。
問題は、エネルギー源だけではなく、それをどう活かすのかという仕組みも大切です。
1980年代の議論は、今と違って、そういう視野を踏まえていたように思います。

10年ほど前に、日本能率協会が環境経営提言をまとめる仕事に関わらせてもらいました。
その時に感じたの、エネルギー源の問題だけではなく、生活や産業のあり方の見直しまで来ているという事実でした。
ソフトエネルギーパスを提唱したエイモリー・ロビンスも、その実践に取り組んでいることを知りました。
しかし、大企業の環境経営への取り組み方は、省エネといいながらも、あんまり変わっていないことにがっかりしました。
しかし、そうであればこそ、私自身の生き方を考え直さないといけないと反省しました。

知人が、九州でエネルギーの自給を基本とした仕組みづくりに取り組んでいます。
そうした動きが各地で広がりだしています。
つまり、資源がないから代替資源を探すという発想ではなく、資源をできるだけ消費しない生活や社会のあり方を探ろうという発想に変えたいというのが私の思いです。
ご指摘のあった、化石燃料は後何年しか持たないという話は30年前から、いやローマクラブの「成長の限界」提言の時から聞かされていますが、どんどん枯渇時期は延びています。
ともかく実態がよくわからないまま、つまり、それを否定することも肯定することもできない状況で、ある「意図」をもって、数字が使われることに、私は慎重になりたいと思います。

問いかけにきちんと答えているかどうか不安ですが、こんなところでお許し下さい。
書き忘れましたが、エントロピー学会というのがあります。
とても誠実な議論が交わされています。

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