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2014/04/09

■STAP細胞事件に関する小保方さんの会見

STAP細胞事件に関連して、小保方さんの会見がいま終わりました。
予定では2時間だったようですが、2時間半になりました。
この問題はとても重要なことだと私には思えたので、今日は予定を変更して自宅でずっと見ていました。
見ていて、理化学研究所のひどさが垣間見えてくると同時に、アカデミアの世界やマスコミのひどさも感じました。
予想に反して、私自身の小保方さんへの印象はかなり変わりました。
もちろん小保方さんに大きな問題があることを前提として、ですが。

一番の問題は、小保方さんと理化学研究所、小保方さんと取材者(マスコミ)とのやりとりが、予想以上に不十分であることが見えてきていたことです。
それにしても、小保方さんに対しては、ほぼすべての人がいまや、否定的というか、悪意で接しているのには驚きました。
今日の会見の質問にも、悪意を感ずるものも少なくありませんでした。
それとともに、小保方さんが、独力で(会見場の費用だけでも35万円ほど個人負担したそうです)がんばっている姿には、たくさんのことを学ばせてもらいました。
権威や権力に抗うとはこういうことだろうと思います。
見習わなければいけません。

私には、なにが正しいかは判断できませんが、権力的に切り捨てたような理化学研究所の発表には、生理的になじめません。
野依理事長も私にはどうしようもない非科学者にしか思えません。
これが現在の科学者たちの現状かとさえ思えます。
まあそれはいささか言いすぎかもしれませんが、まずは自らを問い質すことからはじめてこそ、人を問い質すことはできるはずです。

もっとも、小保方さんが、根っからの嘘つきだとしたら、私も見事にだまされているわけですが、しかし、仮にそうだとしても、可能性がゼロではないSTAP細胞の研究に小保方さんの思いを向けてほしいと思います。
問題の立て方を間違ってはいけません。
こうして失ってきたことが、たくさんあるように思います。
小保方さんを支える研究者が、理化学研究所には一人もいなかったはずはないと思いますが、その人たちが動き出さないような組織は、さびしい組織だなと、改めて思いました。
組織のボスができることは、メンバーを守ることだけでしょう。

それにしても、勝てば官軍の文化は、相変わらず強いようです。
判官贔屓の文化はどこに行ったのでしょうか。
この風潮に、私はどうしてもなじめません。

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社会時評」カテゴリの記事

コメント

日本の組織にどこにでもある内容です。うまく行けば上司の手柄、失敗すれば提案者の責任。多くの組織で自殺者が発生しているのはこれが原因だと思います

投稿: 桑原利行 | 2014/04/09 22:41

桑原さん
ありがとうございます。

フェイスブックにこの記事を紹介したら、いろんな意見をいただきました。
もし桑原さんがフェイスブックをやられていたら、ご覧ください。
またこのブログでも、それらを踏まえて、少しまた書こうと思います。
この記事は、ともかく会見を見てすぐの感想ですが(出来るだけ直感を大事にしていますので、気分が冷めないうちに書きました)、今度は少し冷静な気分で書こうと思います。

投稿: 佐藤修 | 2014/04/10 08:59

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