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2014/04/13

■見事な防災マニュアルづくり

内閣府は4月8日に、平成17年度に策定した「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」を全面的に見直し、新しいガイドライン(案)を発表しました。
平成17年度にガイドラインを策定した時には、まだ自治体そのものにもあまり現実感はなく、形だけのマニュアル作りが多かったような記憶がありますが、3.11以来、状況は大きく変わってきているように思います。

最近、その作成者から直接教えてもらった2つの防災マニュアルをご紹介します。
マニュアルというものの意味を示唆している事例でもあります。

一つは、茨城県龍ヶ崎市の南が丘自治会の自主防災会が作成した「災害時の防災活動マニュアル」です。
南が丘自治会では、以前から自治会活動として防災に取り組んでいましたが、自治会役員は毎年変わるために、防災知識や自薦的な技術を習得できないということもあって、自治会活動とは別に継続的な組織を立ちあげました。
提案したのは女性たちでした。
提案した理由はもう一つありました。
それまでの防災担当は主に男性でしたが、男性は仕事で昼間はいないため、いざとなると、女性と子どもと高齢者で対応しなければいけません。
しかも、多くの男性たちは大震災が起こると帰宅困難者になってしまいます。
それで、自主的に参加してくれる人たちで、自主防災会を立ち上げたのです。
そして、自分たちで独自に防災マップを作成したり、「防災通信」を発行したり、行政とは別に防災台帳を作成したりしだしました。
そして、みんなで「防災マニュアル」も作成しました。
そういう活動を通して、地域住民同士の付き合いが密になったといいます。
つまり、防災マニュアルを作成する過程で、コミュニティが育ってきたわけです。
それが一番の防災かもしれません。
「防災」の概念も広がり、「まちづくり」にまで発展しつつあるように思います。
そのおかげで、東日本大震災が起こった時には、大きな威力を発揮したようです。
もちろん、出来上がったマニュアルも、常に見直されているでしょう。
まさに「生きたマニュアル」といっていいでしょう。

もう一つは、取手市のとりで障害者協働支援ネットワークが作成した「障がい者のための防災マニュアル」です。
障害者関係のNPOなどが、以前から「要援護者の防災マニュアル」作成の要望を市役所に要請していましたが、なかなか実現しませんでした。
そうした時に、東日本大震災が発生しました。
幸いにこの時は大きな問題は起こりませんでしたが、行政だのみではなく、自分たちで作ろうということになりました。
そこで、「要援護者の防災マニュアル検討委員会」を立ち上げ、障害を持つ人たちへのアンケート調査を実施、それをもとに、市役所、自治会、民生委員、消防署などの関係者とも話し合いながら、2年近くかかって完成したのが、この防災マニュアルです。
大震災以降、各地で要援護者の防災マニュアル作りの動きはありますが、障害者自身が中心になって作成したところは私の知る限りではありません。

いずれも、作成の中心になった人から、お話を聞いたのですが、2つの事例に共通しているのは、次の3点です。
① 当事者が中心になって、自分たちの防災活動として取り組んでいること。
② マニュアルづくりの過程の中で、人のつながりが育っていること。
③ マニュアルができた後も、常に見直しが行なわれていること。

マニュアルは、生きたものでなければいけません。

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