« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »

2014年5月

2014/05/31

■節子への挽歌2447:箱根

節子
また箱根に来ています。
とてもいい天気で、新緑がまぶしいです。いつもは朝には帰るのですが、今回は3時までホテルに缶詰めです。
主催者の熱意に負けてしまいました。
熱のある人には抗えません。

節子は箱根が大好きで、何回も付き合わされました。
だから、箱根は私には微妙なところなのです。
以前、一度、ついフラフラと芦ノ湖にあがったことがありましたが、基本的にはいつもホテルから直帰です。
しかし、最近はあまり抵抗なく箱根に来られるようになりました。

私たちは、もしかしたら湯河原に転居も考えていました。
もうその計画は実行されることはありません。
私の次の転居先は、たぶん彼岸です。

部屋の窓から新緑の山を見ていると箱根好きだった節子の気持ちが感じられます。
緑が好きだった節子が、どこかにいるようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/30

■節子への挽歌2446:私の誕生日

節子
今日は私の誕生日です。
誕生した時の記憶がないため、私はあんまり誕生日に関する思いがなく、誕生日を祝うという感覚がないのですが、フェイスブックをやっていると今日は誰の誕生日だというメッセージが届くので、そういう友人には「誕生日おめでとうございます」とメッセージを送るようにしています。
それはどうもフェイスブックのルールの一つのようです。
いわば一種のスモールトークなので、私にも共感できます。

今日は私の誕生日なので、いろんな人から誕生日おめでとうメッセージが届いています。
朝から、それらに返信しています。
今日から箱根で合宿なので、今、箱根に向かっている車中なのですが、電車に乗ってアイパッドを開いたら、またたくさんのメッセージが入っていました。
これは大変だと、車中で返信をはじめました。

しかし、こうしてスモールトークのやりとりを年に1回くらいやるのも悪くありません。
今日は車中で本を読むつもりでしたが、箱根に着くまで対応にかかりそうで、本を読む時間はなさそうです。
困ったものです。

ところで、節子は私が車中でパソコンをやるのが嫌いでした。
当時はアイパッドではなく、いわゆるウルトラPCでしたので、アイパッドよりも少し大きかったのです。
電車に乗ってまで仕事をするなと言われていました。
仕事というよりも、メールチェックだったのですが、ともかく節子は嫌いでした。
今日の、今の様子をみたら、節子は怒るでしょう。

でもまあ、年に一回なので、許してくれるかもしれません。
節子は、どんなに怒っても、最後はすべてゆるしてくれましたから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/29

■節子への挽歌2445:韓国歴史ドラマ

節子
節子がいなくなってから、変わったことの一つに、韓国テレビを見ることようになったことがあります。
節子は韓流ドラマにはまったく関心はありませんでしたが、まさか私が韓国のテレビドラマを見るようになるとは思ってもいなかったでしょう。
もっとも私が身るのは、現代ドラマではなく、歴史ドラマです。
それも高句麗と百済に関するものに限られています。
最初に見たのが、「朱蒙」(チュモン)という高句麗を建国した英雄の話です。
それも途中から観たのですが、いかにも内容が簡単で、昔の中学校の学芸会のようなものだったので、最初はまさか見つづけるようになるとは思ってもいませんでした。
しかし、それが契機になって、高句麗という国に関心を持ったわけです。
それに、隣国なのに、あまりにも私には知識がなかったことへの反省もありました。
以来、高句麗ものは、極力見るようにしています。
高句麗のドラマには、会話の中に、朱蒙の名前が出てきます。
いまは、高句麗滅亡とその遺臣たちによる渤海建国の話である「テジョヨン」を見ています。
まさに学芸会なのですが、ついつい観てしまうのです。
並行して韓国の歴史の本も何冊か読みましたが、どうも史実とはちょっとずれがあるようです。

百済の話は、実は高句麗の流れで見だしました。
ドラマ「朱蒙」の主役の1人のソソノ(朱蒙の第2王妃)が建国したのが、百済なのです。
高句麗と百済が同じ始祖を持つとは私は全く知りませんでした。
いまは「百済の王クンチョゴワン」というのを見ています。
登場人物が多すぎて、あんまり理解できていませんが。

韓国の歴史ドラマを見ていると、感ずることがいくつかあります。
任務に失敗するとすぐに、王に向かって「私を殺してください」「私を許さないでください」と言うのです。
命乞いや許しを乞うことはしないのです。
心を開かないのも、また相手を信じないにも、私が見た歴史ドラマに共通です。
ですから、見ていて、あまり気分のいいものではありません。
にもかかわらず、なぜか見つづけています。

節子が元気だったころ、一緒にテレビドラマを見た記憶がありません。
当時は、やることがいろいろとありました。
テレビよりも楽しいこと事がたくさんあったような気がします。
テレビを見る時間が増えてきたのは、生活が充実していないことの証なのでしょう。
いま、週に5本のドラマを見ています。
それを知ったら、節子は驚くでしょう。
私も驚きです。
テレビ離れしなければいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/28

■節子への挽歌2444:自転車で本郷界隈を1時間走ってきました

節子
時評編にも書きましたが、今日はいい1日です。
自転車で、本郷界隈を1時間走ってきました。
気ままなサイクリングではありません。
会社の決算申告を税務署に届けに行ってきたのですが、その途中、東大の構内を走り、それから文京区シビックセンターまで行ってきました。
時評編に書きましたが、その1時間、いろんな「ちょっとしたこと」があったのです。
たまには自転車もいいものです。

東大の構内は久しぶりだったので、ちょっと回り道などしてしまいましたが、道に迷うほど、昔とは変わっていました。
私は卒業後、一度しか言ったことがありませんが、節子が湯島に来ていたころ、たまには行けばよかったと悔やまれます。
そういえば、駒場には一度、節子と一緒に行ったことがあります。
東大の大学院生が主催したイベントに、節子と2人、招待されたのです。
その時には、私は大恥をかいたのですが(いうまでもなく、私にはその自覚は節子に言われるまでありませんでしたが)、今も忘れられない思い出です。

節子が発病するまで、会社の経理は節子の担当でした。
節子もまた、私と同じく、お金の計算は不得手でしたので、大変だったでしょう。
でもその頃は、税理士がきちんとやってくれていました。
節子がいなくなってからは、税理士に頼むお金も無くなったので、私が自分でやっています。面白いと思えば、まあそれなりに面白いのですが、B型の節子には負担だったかもしれません。

節子
今年の株式会社コンセプトワークショップは、また赤字でした。
今年も報酬をもらえません。
困ったものです。

壊れていた自転車が直りました。
私が直したのですが、正直に言えば、どうも壊れていなかったのに、壊してしまっていたのです。
原因は全く別のところにありました。
それはそれとして、これからは少し自転車を活用しようと思います。
それにしても、今日は暑い1日です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■幸せな1日

今日の東京は夏日ですね。
某社の社長が湯島に来るので、一応、Tシャツの上にジャケットを着てきましたが、そんな場合ではありませんでした。

午後、税務署に会社の決算申告書を届けに行きました。
昔は税理士に頼んでいたのですが、最近はほとんどお金の動きがないので、私が自分でやっています。
休業か廃業にしようかと思ったのですが、借金があるのでだめだと前の税理士から言われてしまっているので、やむを得ず会社を続けています。

ところがやってみると、税務会計はとても面白いのです。
確かに面倒ですが、とてもうまく組みたてられています。
会計ソフトがありますが、私はすべて手作業です。
なにしろシンプルの会社ですので。

税務署は少し離れたところにあります。
良い天気なので自転車で行くことにしました。
今朝までパンクしていたとばかり思っていましたが、器具の一部(ムシ)を交換したら、大丈夫でした。
税務署は自転車で20分ほどのところです。
真ん中に東大がありますので、そこを突っ切れば、15分ほどでしょう。
ところが新しい入口から入ったら、道に迷ってしまいました。
久しぶりなのでキョロキョロしすぎたためかもしれません。
しかし何とかたどり着けました。
申告は、何しろ内容が簡単なのですぐ終わりました。
ところが、昨年まで出張受付してくれていた都税事務所の方がいません。
今年から出張受付はやめたので、都税事務所に行ってほしいと言われました。
ここからまた自転車で15分、しかもかなり長い坂があるのです。
しかし、天気も良かったので、意を決して行くことにしました。

受付に行ったら高齢の女性の方が、親切に受け付けてくれました。
最近の税務署の方はみんな親切です。
ところが納めるべき事業税のお金の持ち合わせがありませんでした。
いやはや困ったものです。
残念ながら、持ち合わせがないのなら、税金はいいですよとは言われませんでした。

帰りのエレベーターに杖をついたおばあさんが乗ってきました。
都庁の方が、エレベーターまでその人を見送っていました。
エレベーターのドアが閉まると、そのおばあさんが、だれにともなく、最近の都庁の人は親切で見送ってくれるんですよ、話しました。
誰も反応しなかったので、私が、「昔とは大違いですよね」というと、いろいろと話しかけられてしまい、エレベーターを降りても勝手に帰れなくなりました。
まあ、しかしそれが人の社会でしょう。

帰りは長い上り坂をミニサイクルの壊れそうな自転車を引きながら帰りました。
あまりに汚い自転車なので、以前M警察の人に盗難車と疑われたことがあります。
それ以来、私は本郷警察の人は大嫌いになりました。
登り切った本郷3丁目の交差点で、自転車マナーの呼びかけを、嫌いな警察の人たちがやっていました。
私の壊れそうな自転車に、夜中に光るミラーをつけましょうかと親切に声をかけてくれましたが、夜は自転車に乗りませんと、ていねいにお断りしました。
信号が赤だったので、そこでもまた「余分な会話」をしてしまいました。
それを聞いていた、高齢の警察官が私の蛍光性のキーホルダーをくれました。
なんだか警察官が好きになりました。
スモールトークの効用は大きいです。

まだ実はほかにも出会いがいくつかありました。
東京でも1時間ほど、自転車で走ると、いろんな出会いがあるのです。
とても幸せな気分になったので、目についた宝くじ売り場で、ジャンボ宝くじは発売していますかと訊いたら、売っていますと教えてくれました。
めずらしくポケットに5000円札が入っていたので、宝くじを買いました。
これが当たるともっと「いい仕事」ができるのですが、さらに忙しくなるかもしれません。当たったほうがいいかどうかは迷うところです。

まあお金がなくても、今日は気持ちのいい日になりました。
汗びっしょりになってオフィスに着きました。
次の来客まで3時間あります。
さて、なにをやりましょうか。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/27

■節子への挽歌2443:そとづらのよさが崩れそうです

節子
最近どうも余裕がなくなっているような気がします。
しかも「唯我独尊」になっているような不安もあります。
困ったものです。

人は本来、勝手なものです。
それはよくわかっていて、自分もそうですから、他者の勝手さも、できるだけ受け入れるようにしてきました。
ところが最近、時にイライラして、怒りを発散してしまうのです。
この1週間、たぶん私の電話で不快感を受けた人が少なくとも2人はいるでしょう。
いずれも古くからの知り合いなので、私のことはかなり知っているとは思うのですが、私の対応はいささか過剰だったなと、電話を切ってすぐ後悔しました。
以前は、こんなことはあまりなかったと思うのですが、私自身がやはり余裕がなくなっているせいでしょう。
お恥ずかしい限りです。

以前はなかったと書きましたが、実はそれは家族以外に対して、という条件付です。
節子にもそうですが、娘たちや両親にも、私はかなりきつい物言いをしてきました。
家族は自分と同じだと思うので、そうなってしまうのです。
節子や娘からは相手の気持ちへの思慮がないと、指摘されていました。
大人になった娘は、お父さんは「そとづら」がいいからと言いだしました。
私にとっては、実に心外な言葉なのですが、娘の評価は私よりも正しいでしょう。
私のそとづらの良さは、節子や娘によって支えられてきていたのかもしれません。

もちろん、私自身はそとづらがいいなどとは決して思ってはいません。
家族へと同様、誰にも素直に接してきましたから。
むしろ、節子や家族に接するほうが、ずっとやさしいはずだと思っていますが、娘たちはそうは思っていないのです。
節子は、たぶん思慮がないのは思慮が不要だからとわかってくれていましたが、夫婦と親子は違います。
夫婦は対称性を実現できますが、親子は常に非対称です。
それに気づかなかった私は、親としては失格に近いです。
この頃、そう痛感しています。

不快な電話の話に戻れば、私の暴言は、あまりに相手の人が私の話の真意を理解してくれないことに原因がありました。
もともと私には、物事を極端にいう性癖がありますが、過剰な反応をして、思ってもいなかったことを口に出してしまったのです。
実に恥ずかしいことですが、一度、口から出た言葉は消せません。
慌てて取り繕いましたが、ますます自分が惨めになります。
そして、相手と同じく、自分も不快になって、どんどん滅入ってしまうわけです。

こんな時こそ、節子が隣にいてほしいです。
私の性格の悪さをカバーしてくれていたのが、節子だったのかもしれません。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014/05/26

■節子への挽歌2442:見てくれている人

節子
最近、土日に遠方に出ることがつづいていますが、そのせいか、何か時間的な余裕がなくなっています。
私の場合、特に決まった仕事があるわけでもなく、時間はすべて自由に自分で使えるはずなのですが、土日にはゆっくりと休むことがないと気分的に落ち着きません。
これは長年の生活リズムのせいかもしれません。
平日に自宅でゆっくりしていると、何となく罪悪感に襲われるのも、そのせいでしょう。

最近は週末がほとんどゆっくりできません。
今度の週末も箱根で合宿です。
ホームページの更新も十分に出来ず、なにかと落ち着きません。
時間がないわけではありません。
暇で暇で仕方がないといいたくなるほど、その気になれば時間はつくれるのですが、その気にならないわけです。
困ったものです。
要するに生活にメリハリと節目がなくなっているのです。

なくなっているのは、節目やメリハリだけではありません。
前にも書きましたが、生きる基準がなくなってしまったのです。
これは、体験して初めてわかったのですが、一度、伴侶との生活に慣れてしまうと生きる基準が2つになって、それで安定します。
2つと言うのは、言うまでもなく、自分の視座あるいは立脚点と、伴侶のそれです。
本当は3点が一番安定するのでしょうが、それでは安定しすぎて、今度は窮屈になってしまいます。
基準が2つの生活は、適度に揺れながら、でも自らを相対化できる心地よさがあります。
私は、そうした生き方に40年、身を任せてきてしまいました。
ですから、自分以外のもう一つの基準点がなくなった衝撃はとても大きいのです。
自分が見えなくなってしまいそうです。

基準にはもう一つ大きな役割があります。
自分を外部から見ていて、評価してくれるという役割です。
すごくうれしいことがあっても、自分1人だけしか知っていないと思うとさびしくなります。
人は誰かに知ってほしいと思うことは少なくありません。
偉業をなした若者が、まずは母親に伝えたいという心境と同じく、人は誰かに褒めてもらうことをどこかで期待していますが、それは自分の生きる基準になっている人でなければなりません。
私の場合は、それが節子でした。
伴侶とは、「見てくれている人」なのです。

残念ながら、私の嬉しいことも哀しいことも、心から受け止めてもらえる人はもういません。
そうなると、人の生き方は粗雑になりがちです。
最近の私の生き方が、まさにそうなっているような気がしてなりません。
俗人は、どんなにあがいても、やはり「見てくれている人」がいないとがんばれません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

■スリーA認知症予防ゲームの広がりを確信しました

一昨日、京都でNPO法人認知症予防ネットの10周年記念講演会が開催されました。
10年以上前から、「認知症予防」ということを主張し、当時の厚労省の担当官から、「認知症の予防はありえない」と声高に怒られたそうですが、数年前に「認知症予防」が認められ、いまは雨後の筍のように予防策が出現しているそうです。
そうした認知症予防に先鞭をつけた「スリーA認知症ゲーム」も、今なおバウチャー(効果確認の証拠データ)づくりが課題なのだそうです。
私自身は、そうした発想が基本的な間違いだと思っていますが、そうした風潮に背を向けるわけにもいかないのでしょう。

しかし、一昨日の集まりに参加されれば、スリーAゲームの実効性は確信できるはずです。
なによりも、全国からたくさんの人たちが集まりました。
そのほとんどが、スリーAゲームの凄さを実感している人たちです。

講演会では、韓国でいち早くこのゲームに着目し、仲間と一緒に韓国での展開に取り組んでいる、韓国江南大学教官の佐々木典子さんが「韓国におけるスリーA」と題して、その広がりと効果を話してくれました。
続いて、全国社会福祉協議会中央福祉学院教授の小林康子さんが「東日本大震災被災地におけるスリーA」と題して話されました。
お2人とも私のよく知っている人ですが、とてもエネルギッシュな人です。
参加者の多くの元気と気づきを与えてくれました。

それにつづいて、最近、スリーAをしって実践に取り組みだした11人の人からの活動報告をしてもらいました。
限られた時間での11人の発表は、それなりにファシリテーターが必要だということになり、私がその役割をさせてもらうことにしましたが、いずれの取り組みも示唆に富むものでした。
いずれにしろ、実践者はみんな元気になってしまうのです。
実際にやってみた人たちの笑顔が最良のバウチャーなのです。

発表者には、マスメディアの方にも参加してもらいました。
京都新聞の日下田さんとKCN京都テレビの村瀬さんです。
お2人のお話もとても説得力がありました。

会場には全国から大勢の方が参加してくれました。
私の知った方も少なくありませんでしたが、驚いたことに私が住んでいる千葉県の我孫子市からも2人の参加者がありました。
その人たちの反応を見ていると、間違いなく、スリーAは、これからますます広がっていくでしょう。
理事長の高林さんは、全国にポストの数ほどスリーAの教室を広げたいと言っていますが、どうやら実現しそうです。
講演会の報告はNPO法人認知症予防ネットのサイトをご覧ください。
そしてぜひともみなさんも体験してみてください。
ちなみに、スリーAの精神は、「あかるく、あたまをつかって、あきらめず」です。
スリーAは、認知症予防だけではなく、社会の壊れ防止にも間違いなく効果があります。
それに関しては、また別途書かせてもらいます。

関心のある方はご連絡ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■右傾化に打ち克つ新たな思想をテーマにしたサロンは実現しそうです

実にうれしい話なのですが、先日、「右傾化に打ち克つ新たな思想の話を聴きませんか」とこのブログで呼びかけるとともに、昨日、フェイスブックにもその呼びかけを紹介しました。
そうしたら参加したいので本を買ったという連絡が次々と入ってきました。
先ほどで8人の方から開催希望の連絡をもらいました。

なかには「右傾化しているとは思わないが」と言う人もいましたし、「右傾化する人の気持ちがわかる」と言う人もいました。
それだけでも開催する意味があると思いました。
最近は、この種のテーマは、議論よりも実践だという風潮が強いのだろうと思いますし、私自身もそう思うのですが、議論のない実践の恐ろしさもまた、間違いなく存在します。

川本さんの本は2500円を超える本ですが、ある人は「高い本」だけど注文したと連絡がありました。
彼には、スタバのコーヒー4杯分でしょうと応えましたが、こういうところにも、私は時代の危機を感じます。
正直に言って、私自身、2500円の本は高いと感じてしまうのですが、そもそもその感覚を問い質さないといけないのでしょう。

そういえば、昔、本を買うことで思想を支援しようと言う呼びかけを行ったことを思い出しました。
http://homepage2.nifty.com/CWS/messagefile/messagekiroku.htm#m21

呼びかけにも、川本さんの「この頃私は、わが国において私の考え方を多くの人に知ってもらうことがどんなに困難なことかをつくづくと感じています」という言葉を引用しましたが、私自身はほぼ諦めていました。
あきらめてはいけないことを改めて知らされました。

参加したいと言う方がいたら、ぜひご連絡ください。
テーマの関係で、敷居が高いと思うかもしれませんが、私が主催しますので、いつもながらのカジュアルな気楽な会です。
本を読むのは大変かもしれませんが、まあサラッと読もう徒思えば、サラッと読めますし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/24

■節子への挽歌2441:久しぶりの南禅寺

節子
久しぶりに京都の南禅寺の庭にきています。
午後から京都で集まりがあるのですが、その会場が南禅寺南禅寺のすぐ近くだったので、少し早目に来て、庭を見たいと思ったのです。

京都は夏のような暑さです。
たまたま京都の各寺院が恒例の特別拝観期間でしたので、山門の上にのぼることができました。
京都が一望でき、その昔、石川五右衛門が「絶景かな絶景かな」といったという話も納得できます。

大方丈の庭は、記憶よりもずっと小さく、土塀に囲まれた人工的な空間になっていました。
昔もそうだったかもしれませんが、イメージが違っていました。
京都や奈良のお寺にいくと、いつもそう感ずるのですが、それは私の意識が変わってしまっているからかもしれません。

庭に面した縁側で少し休んでいます。
背後の緑が、とてもきれいです。

Nanzenji2014


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014/05/23

■右傾化に打ち克つ新たな思想の話を聴きませんか

私の友人の川本兼さんは、長年、独自の「新」社会契約論に立って、「平和」の問題を考察してきています。
川本さんにとっては、最近の日本の右傾化の動きは気になることです。
その流れを変えていくためには、「人間を起点とする社会哲学」が必要だと、川本さんは考えています。
私も全く同感です。
このブログもそうですが、私のホームページも、基調は「人間を起点とする社会哲学」です。
ですから、川本さんの活動には共感しています。
これまでも何回か、川本さんの考えを発表してもらう場をつくってきました。
しかし、それはなかなかうまくいきませんでした。

川本さん自身も、いろんな場で考えを発信してきてはずです。
つい最近、川本さんからもらったメールです。

この頃私は、わが国において私の考え方を多くの人に知ってもらうことがどんなに困難なことかをつくづくと感じています。それは、わが国ではほとんどの人がわが国の現状を変えるには世界史的変革が必要であるとは考えていないからであり、それ以上に日本人にそんなことが出来るはずはないと考えているからです。
出来ることなら私は、私の生きている間に私の考え方を多くの人々に知ってもらえ
たらと思っています。
川本さんが、そう思う気持ちは良くわかります。
私も、同じように感じているからです。
それで私自身も最近滅入っていたのですが、先日、紹介した「永続敗戦論」の最後の文章を読んで、滅入ることは逃げることだと気づきました。
それでは、私が最近強く感じている「責任」が果たせません。
滅入らされている友人知人と同じことになります。

そこで、川本さんの考えを学び、それぞれが考えるサロンを開催することにしました。
議論を効果的にするために、川本さんの新著「右傾化に打ち克つ新たな思想」(明石書店)を読んだ人だけを対象にしようと思います。

書籍「右傾化に打ち克つ新たな思想」は、私のサイトに紹介しています。
もし関心を持ってもらえたら、同書を読んでいただき、さらに関心を持ってもらえたら、ぜひ川本さんと一緒に話し合う会を開きませんか。
参加者が5人集まったら開催します。

このまま行くと、日本は恐ろしい社会になりそうな気がします。
そうしないために、怒りだけではなく、学びも行動も必要です。
川本さんには、基本的に了解を得ています。
ぜひ実現したいと思っていますので、一緒にやろうという方は私のメールにご連絡ください
よろしくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2440:胸躍らせる挨拶

節子
先日、福井のシンポジウムで、仏法劇団の合唱座が「還るところはみないっしょ」という演目を演じてくれました。
始まる前に、座長の長谷川さんから、これは実話に基づく話ですとお聞きしていました。
主人公のお名前は、すずきあやこさんでしたので、ネットで調べてみました。
神奈川県にある、浄土真宗立徳寺のホームページ「月々の法話」のなかに、鈴木章子(すずきあやこ)さんのことが紹介されていました。

少し編集して、一部を引用させてもらいます。

鈴木章子(すずきあやこ)さんは、北海道のお寺の坊守さんです。
49歳の若さで乳癌を患い、旦那さんと4人の子どもさんを残してお亡くなりになりました。
ご生前、鈴木章子さんは、「私は癌をいただいたおかげで、仏法に出遭わせていただいた。癌にでもなって自分の命を真剣に考えることがなければ、私は一生気付かずに終わってしまったかもしれないけれども、今は、自分の命の帰る場所があることを仏法に聴かせていただくことができた」と涙ながらに話しておられたそうです。
坊守さんとは、お寺のご住職の奥さんです。
ちなみに、合掌座座長の長谷川さんも、とても気さくな坊守さんです。

鈴木章子さんは、亡くなる2か月前に書かれた「おやすみなさい」という詩を書きました。
こんな詩です。

「お父さんありがとう。また明日会えるといいね」と手を振る。
テレビを観ている顔をこちらに向けて
「おかあさんありがとう。また明日会えるといいね」と手を振ってくれる。
今日一日の充分が胸いっぱいにあふれてくる。
月々の法話には、こう解説されています。
この詩の「お父さんありがとう」の一言の中には20年余りの夫婦として共に歩むことが出来たことへの感謝の想いがあるのでしょう。しかし、「また明日会えるといいね」と、切なる思いで願ってみても、間違いなく明日を迎えることが出来るという生命の保証が無いのです。
今夜お迎えが来るのかも知れないという中で、永遠の別れの思いをこめて「おやすみなさい」と言葉を交わして眠りにつく。幸い朝が迎えることが出来た時には、「お父さん、会えてよかったね」「お母さん、会えてよかったね」と心おどる思いで挨拶を交わされたそうです。
鈴木章子さんは、「46年の人生で、こんな挨拶を一度だってしたことが無かった。健康にまかせて、忙しい毎日の中で、うわの空の挨拶しかしてこなかった。私は癌をいただいたお陰で、今は一度一度の挨拶も、恋人のように胸おどらせて挨拶ができるようになった」と喜びの中で語っておられました。
劇を見ながら、いろんな思いがわきあがりました。
長谷川さんにも、節子のことを話しました。
そのせいか初対面だったのに、とても心が通じ合いました。
きっとまたどこかでお会いできるでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/22

■年金生活者の責務

年金生活者という言葉があります。
そこにはさまざまなニュアンスがありますが、年金生活者だから経済的な余裕がないという意味合いが込められています。
そこに、私は大きな違和感をいつももっています。

年金生活者といっても、月額6万円の人もいれば、50万円の人もいるでしょう。
それを一括して「年金生活者」と括ることに、まずは大きな違和感を持ちます。
つまり、年金生活者を理由にして、なにかの説明にすることは、「まやかし」を感じます。
「年金生活者だから経済的余裕がない」という文章は成り立ちません。
同時に、「年金生活者だから悠々自適だ」という文章も成り立ちません。

あえていえば、「年金生活者だから不労所得者だ」という文章は成り立つかもしれません。
というわけで、私は「年金生活者」という言葉は、不労所得者だといっていることなのだろうと思います。
泥棒でも汗して労働していますから、ある意味では、泥棒よりもずるい生き方かもしれません。
つまり、私には「年金生活者」と自分で発言する人は、泥棒に見えてしまうのです。

不労所得で生活するのは、私の趣味ではありません。
私の価値観からすれば、それは快適なことではありません。
所得があるのであれば、やはりそれなりのことをしたくなります。
そうでなければ、家畜のような気分になってしまうからです。

というわけで、年金生活者は、年金をもらう代わりに、やはり社会(年金は社会からもらっていると考えられます)に、お返しすべきだと思うのです。
今の若者が年金受給者になる頃には、支給額も少なくなるでしょうから、たぶん年金生活者なる存在は少なくなる、つまり年金では生活できなくなるでしょう。
しかし、いまは違います。
年金だけで十分に余裕ある暮らしのできる人は少なくありません。
そういうことを考えれば、若い世代からずるいといわれても、仕方がありません。
そう言われないように、年金分くらいは、社会に、いや若い世代のために、働かなければいけません。

私は年金を毎月15万円強もらっています。
それ以外にも、仕事をしてお金をもらうこともありますが、それは会社に入り、会社の活動費や事務所経費として使われます。
個人会社ですので、会社の活動と個人の生活が重なっている面も少なくないため、一部、私の生活費にも使われています。
しかし、会社からは報酬はもらっていませんので、私の生活は毎月15万円の年金で賄われており、私もまた客観的には「年金生活者」と言ってもいいでしょう。
私にとっては、毎月15万円は決して少ない額ではありません。
これで十分に暮らしていけます。
お金がなくて、仕事が出来ないことが、時にはありますが。
(昔は仕事をするとお金をもらえましたが、今は仕事をするとお金が掛ります)
その年金は、今の若い人たちの負担で支給されていることを考えれば、やはりそれなりにお返しを社会にしなければいけないと思っています。
たぶん年金分はお返しできていないと思いますが、そういう認識で、いろんな活動をしています。

高度経済成長期に企業に勤めていた人は、たぶんかなりの年金をもらっています。
先ほど、テレビで、年金長者なる番組をやっていましたが、そこに登場した年金生活者は毎月50万円でした。
自分で積み立てた分もあるでしょうから、それが多すぎるとは言いませんが、「年金生活者の責務」というのがあるのではないかと思いながら、その番組を見ていました。

一生懸命に働いても、年収が100万円くらいにしかならない若者たちがいることを知らなければいけません。
年金をもらえるありがたさを、受給者はもっと感じてもよいのではないかと思います。
そして、年金で生活ができるのであれば、年金制度を支えてくれている若者たちのために何かできることをやりたい。
私はそう思っています。
もちろんそれが私のためになるからなのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2439:節子は佐久間さんに会えませんでしたね

節子
昨日、一条真也のペンネームを持つ、北九州市の佐久間さんが湯島に来ました。
佐久間さんといえば、韓国の論山の灌燭寺(アンチョクサ)の弥勒仏にお参りした時に、節子のために、灌燭寺の魔除けの数珠と病気平癒に「ご利益」のある守り札をもらってきてくれた人です。
残念ながら、節子はお会いする機会がありませんでした。

数珠と御守をもらった頃、節子の病気は悪化に向かっていた頃でした。
私も外出をほぼすべてやめて、節子に寄り添う生活になっていました。
節子は、とても喜んで、枕元に御守と数珠を置いて、毎日の般若心経には、その数珠を使っていました。
佐久間さんに会うと、いつもそのことを思い出します。

佐久間さんは、昨日も、この挽歌のことを話題にしてくれました。
それで、少しだけ節子のことも話しました。
佐久間さんのブログにも紹介してくれていますが、佐久間さんから節子の存在を感ずることがあるかと訊かれました。
存在を感ずるというよりも、むしろいつも一緒にいるような気分だということを伝えたかったのですが、うまく話せませんでした。
どうも今もなお、節子のことになると、論理的に話せなくなってしまいます。

夢のことも訊かれました。
夢ではよく節子の気配を感じます。
前に書いた気もしますが、節子の姿かたちが出てくる夢は、最近は見たことがありません。
しかし、なぜか節子の気配というか、存在を確証できるような夢はよくみます。
その時には、目が覚めたときに、心身がものすごく「あったかい」のです。
涅槃の境地とはこんな感じかと思うほどです。
ちなみに、節子がいた頃には、そういう至福感を体験した覚えはありません。

起きてからもずっと、そのあったかさが残ることもあり、その日は幸せな気分で過ごせます。
ところが、どんな夢だったかは、不思議なくらい思い出せません。
目覚めた時には覚えているような気がしますが、すぐに思い出せなくなるのです。

佐久間さんは北九州市にお住まいですが、節子と一緒に北九州市に行った時には、まだ佐久間さんとは知り合っていませんでした。
もし知り合っていたら、と思うと、ちょっと残念ではあります。
佐久間さんの専門のひとつは、冠婚葬祭の研究と実践です。
若い頃の私は、いわゆる「儀礼」には価値を見出せずにいました。
儀礼の価値に気づかせてもらったのは、実は節子と佐久間さんなのです。
佐久間さんは、魂の世界にも造詣が深く、いつも教えられることがたくさんあります。
その魂の世界を、実感的に垣間見させてくれたのが、私の場合は節子です。
佐久間さんと縁ができたのも、それこそきっと深い意味があるのだろうと、思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/21

■節子への挽歌2438:人を人として付き合うことの大切さ

節子
昨日、久しぶりに畑に行ったら、草が勢いを強めていました。
へこたれそうです。
今日は雨で、畑にいけません。
ますます草は勢いを付けていくでしょう。
困ったものです。

へこたれるのは、畑だけではありません。
人生いろいろありすぎます。
福井から戻ってきたら、また次々と問題発生です。
なんでこうも問題が多いのか。
社会は間違いなく壊れています。
福井であった人たちのように、どうしてみんなもっと素直にゆっくりと生きていけないのか。

福井のシンポジウムの帰りに敦賀に寄ったのですが、翌日、柿の葉というレストランに行きました。
節子も、多分知っているだろう人から教えてもらったと義姉が話していました。
敦賀からはかなり離れているところでしたが、その人の名前を話したら、お店の人も知っていて、そこでその人の話になりました。
敦賀のような地方都市でも、そうした人のつながりが表情豊かに残っているだと感心しました。

この数日、時評編では「社会から人が消えつつある」という話を書いていますが、地方に行って、心がやすまるのは、表情のある人のつながりを感じられるからです。
人を人として付き合うことは、簡単なことなのですが、なぜか多くの人は、そういう生き方から離れているような気がします。

節子が湯島で、私の仕事を手伝ってくれていた時の話ですが、知人の女性経営者が突然訪ねてきました。
近くに来たので立ち寄ったというのです。
迎えに出た節子には目もくれずに、私に話しかけてきました。
帰り際に、節子のことを紹介しました。
彼女は、慌てたように、奥様とは知らずに失礼しましたと態度が一変しました。
奥様と事務員とはどう違うのか。
いずれも人としては、同じはずなのですが。

節子はこうしたことをたびたび経験していました。
ある財界の有名な人がやってきたことがあります。
その人は、節子が私の妻だったとは最初は知らなかったと思いますが、ていねいに節子に話しかけました。
以来、単純な節子は、その人がテレビに出るたびに、私に教えてくれるようになりました。

他愛のない話ですが、人を人として付き合うことの大切さを、私は節子からたくさん教えられました。
節子が私を信頼してくれていたのは、私がだれであろうと、人として付き合おうとしていたからです。
私にとっては、どんなに高名な人も無名な人も同じです。
しかし、残念ながら、時にまだそれが揺らぐことがあります。
節子がいないいま、そうした私の態度を注意してくれる人がいないので、心しなければいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■人間的に真っ直ぐ向き合うことの大切さ

18日の「責任のない者の責任」で、福井で開催された「自殺を防止する人命救助活動シンポジウム」での気づきの、その2です。

弁護士の茂呂信吾さんが、東尋坊で活動している茂さんを、人間的に真っ直ぐ向き合っている人だといいました。
まだ茂呂さんが茂さんと知り合う前に、ある事件を通して、茂さんと接した時の感想だそうです。
18日のシンポジウムでは、茂呂さんは「悩みごとを解決するための法律」というテーマで講演してくれました、
その話を聴いていて、茂呂さんもまた、「人間的に真っ直ぐ向き合っている人」だと感じました。
茂呂さんは、相談に来た人の立場から、法律をどう活かしたらいいかを考えています。
そういう人柄がはっきりと伝わってきました。
茂呂さんが、生活保護関係の相談を引き受けることが多くなっているのも、そのせいかもしれません。
生活保護関係の話をする時には、茂呂さんの人間的な熱い思いも伝わってきました。

ちなみに、福井県の生活保護受給者比率は日本全国で下から2番目に低く、1000人当たり4人程度だそうです。
一番比率の高い大阪は1000人当たり32人ですから、いかに少ないかがわかります。
これは、福井県の人たちの価値観に大きく影響していると茂呂さんは言います。
生活保護の申請を勧めても、生活保護を申請するくらいなら、死ねと言ってほしいと涙を流す人もいるそうです。
不正に生活保護を受けている人もよく話題になりますが、こういう実態もあることを私たちは知らなければいけません。
そして、「生きる」とはどういうことかを、お金からではなく、考える必要があると思います。

話を戻して、「人間的に真っ直ぐ向き合う」ということです。
最近、日本では自殺防止対策にかなりの予算が組まれています。
自殺防止活動も広がっています。
しかし、何かが欠けているような気がしています。
それこそが、「人間的に真っ直ぐ向き合うこと」ではないかと、茂呂さんの話を聴いていて、気づきました。
東尋坊の茂さんたちの活動が、ぶれずに10年も続いているのは、「人間的に真っ直ぐ向き合う」姿勢を守っているからです。

人として真っ直ぐに付き合う。
これこそが、自殺に追いやられることのない社会を実現するための出発点です。
人として扱われなくなった段階で、人はすでに生きることをやめているのかもしれません。

この前の記事で、企業から人が消えつつあることを書きましたが、
社会においても、気をつけないとそうなりかねません。
人として生きる前に、まずは周りの人に、人としてしっかりと向き合うことが大切です。
それがおろそかになっていないかどうか、私自身、大いに反省させられました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■人が育つ企業をどうやって実現するか

昨日の企業時評のつづきです。

人が育つ企業をどうやって実現するか。
「人を人として扱えばいい」というのが、結論です。
それじゃ、答えになっていないと思われるかもしれません。
しかし、私にはそれこそが唯一の、しかも極めて具体的な答だと思います。
発表したメンバーも、この明快な回答を必ずしも意識していないようでした。
しかし、彼らは間違いなく気づいていました。
発表の合間に、「パーツは育たないが、人は育つものだ」と明言していましたから。

人は人として認められれば、育ちだすのです。
ちなみに、「人を育てる」と「人が育つ」とは、似て非なるもの、全く違うことです。
これまでの企業は、人材育成と称して、人を育てようとしていました。
高度経済成長期には、それでもよかったでしょうが、これからの成熟社会においては、人が育つ会社でなければ会社は育たないでしょう。
私はそう思っていますが、昨日、発表会に参加していた企業の経営幹部のみなさんは、どうもそう思っていないようです。
まあそういう人が経営している会社は、役割を終えて、静かに退場していくでしょうから、それはそれでいいことですが。

会社とは本来、人を育てる場でした。
しかし、最近の企業は、「人を壊す(消費する)場」になっているといってもいいでしょう。
メンタルヘルス問題の増加という状況を考えると、そう考えざるをえません。
これに関しては、以前も書いたことがあります。
もちろん、どこの企業も「人材育成」とか「社員研修」に力を入れています。
しかし、人を育てるとは単に労働力としての技能や効率性を高めるだけではありません。
社会性や人間性を高めることだったはずです。
つまり、人を育てる過程で、企業文化や信頼関係も育ててきた。
会社としての一体感や社員の愛社心も、です。
労働力をコストとして考えるようになれば、そんなものへの関心はなくなるでしょう。

しかし、コストとして扱われていたら、人は不安になって、安心して仕事に打ち込める余裕がなくなりかねません。
自らの存在が脅かされていないと信じられてこそ、人は仕事に集中でき、周囲との信頼関係も育てられるといわれます。
今の会社には、そうした「存在論的安心」がなくなってきているのではないか。
もしそうなら、そこでは人は育ちにくいでしょう。
むりやり「育てて」も、身にはつきません。

発表を聞いた後、コメントをしたのですが、そこでこんな話をしました。

フランスの政治思想家トクヴィルは、19世紀初頭のアメリカを旅行して、自由の有無がいかに人間の生活を変え、自由の侵害がどんな社会的・経済的な状況をもたらすかを、「アメリカの民主政治」と言う名著で報告しています。
当時、まだアメリカの南部では奴隷制が残っていました。
彼は、奴隷の少ない州ほど、人口と富が増大していることに注目します。
そして、奴隷制のない北部では黒人も白人も生き生きと働いているのに対して、奴隷制度が残っている南部では働いている人が見つからないと報告しています。
「奴隷の労働の方が生産性が低く、奴隷の方が自由な人間を雇うより高くつく」というのが、トクヴィルの結論です。
この話は、昨今の日本の企業の実態と無縁ではないような気がします。
私の言いたかったことが、伝わったかどうかは確証が持てません。
いや、チーム発表のメッセージさえ、どの程度伝わったか不安です。
発表後の質問は、すべて相変わらずの「企業は金なり」「人材はパーツ〈コスト〉」発想でした。

人が育つ会社を考えるということは、会社そのもののあり方を考えることに他なりません。
会社に人を呼び戻さないと、企業の未来は、ますますおぞましくなります。

いや、もしかしたら、これは企業に限った話ではないのかもしれません。
社会からも、人がいなくなりつつあるのかもしれません。
おぞましい時代になってしまったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/20

■「企業は人なり」から「企業はカネなり」へ

昨日、経営道フォーラムという集まりがあり、私がささやかに関わったチームの発表会がありました。
そのチームが行き着いた疑問は、「会社に“人”がいなくなっていはしないか」ということです。
人がパーツになってしまっているのではないか。

発表の前に、こんな話をさせてもらいました。

一昨年4月、関西経済同友会の中堅企業委員会が「企業は人なり」という提言を出しました。
「企業は人なり」という言葉を、私は久しぶりに聞いたような気がしました。
日本的経営が盛んだった頃には、「企業は人なり」はまるで合言葉のようでしたが、最近はあまり聞きません。
経営における人の位置づけは大きく変わってしまった気がします。

現在の企業経営において、人はどう考えられているのか。
もちろん、企業の成長発展を支えるのは人材であるという認識がなくなったわけではなく、どこの企業も優秀な人材を確保したり、あるいは人材育成に力を注いだりしていることは言うまでもありません。
しかし、非正規社員の増加や即戦力になる人材の中途採用の広がりなど、人に対する企業の考え方は大きく変わってきているように思います。
同時に、社員の意識も大きく変わっています。

今の会社は、社員の持っている力を十分に引き出す状況になっているかどうか。
会社の元気とそこで働く人たちの元気とはどうつながっているのか。
人を育てるという名目で、人が押さえつけられてしまっていて、自発的に育つ環境がむしろ損なわれていないか。
企業はやる気のある若者たちにとって魅力的な場になっているのか。
そうしたさまざまな問題が、改めて真剣に考えられなければならない時期にあるように思います。

企業経営にとって、戦略も組織も大切ですが、それらを実践につなげるのは「人」です。
その「人」がいなくなっては、経営は成り立たないでしょう。
その大切なことを、最近の日本の大企業は忘れています。
このままでは、日本の企業は衰退の一途だろうと思います。

そうした認識を踏まえて、チームの行き着いた課題は、「人が育つ企業をどうやって実現するか」です。
答は実に明確でした。
それはまた明日。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■NPO法人認知症予防ネット設立10周年記念講演会のお誘い

今度の土曜日の5月24日は、スリーA認知症予防ゲームに取り組んでいるNPO法人認知症予防ネットの設立10周年記念講演会が京都で開催されます。
スリーA認知症予防ゲームは、私も何回か体験し、その実効性の確証を得たので、その普及にささやかに協力しています。
東京では、数回、公開フォーラムやゲーム体験会や研修を開催し、仲間もだいぶ増えてきました。
また、最近は東北でも広がりだしています。

今回は、ゲームの体験はできませんが、
韓国や東北での展開状況や「新人?」の取り組み体験の報告もあり、「スリーA」の広がりを実感できると思います。
講演されるお2人は、いずれも私の友人たちです。
私も、スリーAゲームに魅了されて、ソーシャルの普及に取り組みだしている10人の人の報告をファシリテートする役割で参加します。

概要を下記します。
ご関心のある方はご参加ください。
元気をもらえます。

○日時:2014年5月24日(土)1時半~4時半まで(1時開場)
○会場:京都市国際交流会館 (京都市左京区粟田口鳥居町2-1 
    地下鉄東西線「蹴上げ駅」②から北へ(都ホテルを背にして)徒歩4分
○プログラム
講演① 『韓国における「スリーA」韓国支部報告』
講師:佐々木典子さん(韓国支部支部長 韓国江南大学教官)...
 講演② 『東日本大震災被災地に於ける「スリーA」の役割』
       講師:小林康子さん(全国社会福祉協議会中央福祉学院教官)
 活動発表『スリーA一年生 新人からのメッセージ』
       コーディネーター:佐藤 修さん(コムケアセンター事務局長)
○参加費:1000円 
○主催:NPO法人認知症予防ネット(npo@n-yobo.net)
○後援:京都府、京都市、宇治市、京都新聞、KCN京都
○申込先:npo@n-yobo.net

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/18

■節子への挽歌2437:かに探し

節子
昨夜は敦賀の姉夫婦の家で宿泊しました。
ちょうど田植えが終わったところだったので、何処かに行こうということになりました。
そこで希望を言いました。
カニ探しに行きたい、と。
わが家の庭の池に放すカニです。

その希望は受け入れられ、三方の石観音様がいいということになりました。
車で1時間ほどのところです。
私の観音様好きととんでもない私の希望を組み合わせた苦肉の選択です。
三方石観世音は、三方湖を見下ろす山の中腹にあり、きれいな川が流れていて、たぶんカニがいるだろうというのです。
やっと待望のカニに出会えそうだと意気揚々と出かけました。
ところがです。
先日の大雨に見舞われて、山崩れの跡もあり、奥の院に行く山道も途中で通行禁止になっていました。
車を停めて、川の上流に踏み入ってみると、川岸に水に流されて来たであろう流木や土砂が積もっています。
見た感じは、カニの生育にとって理想的な環境のように見えるのですが、川に入って探していると、生き物の気配がないのです。
義兄も一緒になって探してくれましたが、カニは見つかりません。
大雨に流されてしまったのでしょうか。

本流の大きな川はどうだろうかと思って、年甲斐もなく無理をして河川敷に飛び降りてカニ探しをしましたが、カニ探しに関してはいささかの自負のある私にも見つけられません。
諦めて流れから出ようと思った途端に足を滑らして、水の流れのなかで転倒してしまいました。
衣服はビショビショです。
姉夫婦は心配してくれましたが、まあ手に擦り傷ができた程度で、いたみはありません。

しかし、カニは諦めて家に戻りましたが、私の思いに同調してしまった義兄は、家の近くの川で探そうと言い出しました。
節子が一緒だった頃、一度、カニを探しに行って、たくさん捕まえた川に行きましたが、ここも収獲ゼロ。となると、ますます探したくなり、たまたま自宅にいた甥も動員して、長靴で装備して近くの川を総点検です。
かなり藪深いところまでわけいって探しましたが、出会ったのは大きな蛇だけでした。
義兄は会う人ごとに、カニがいるところを知らないかと訊いてくれましたが、昔はどこにもいたが、最近は見ないなとみんな言うのです。
どうもこの近辺の人たちは、カニには関心がないようです。
私には信じられないことですが。

結局、1時間にわたるカニ探しは失敗に終わりました。
それにしても、義姉一家はとんでもない来客に振り回されてしまったわけです。
もしかしたら、節子の苦労を少しわかったかもしれません。
しかし、実に楽しい日でした。たぶん私だけでしょうが。

節子
あなたがいなくなっても、義姉夫婦は私のわがままに付き合ってくれています。
これも節子のおかげです。

ところで、今、帰路の新幹線で、これを書いていますが、今頃になって、足が痛くなってきました。
どこか傷ついたようです。
年を取ると痛みが出てくるまで時間がかかるといわれましたが、まさにそのようです。
明日の用事のために今日は帰ることにしたのですが、明日は大丈夫でしょうか。
いやはや困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■責任のない者の責任

昨日、福井でNPO法人心に響く文集・編集局(東尋坊で自殺防止の見回り活動に取り組んでいます)の10周年記念シンポジウムがありました。
朝の10時半から午後5時過ぎまでという長時間で、しかも講演あり演劇あり、映画あり、法話あり、話し合いあり、表彰式あり、といった、盛り沢山のプログラムでした。

東尋坊の現場で見回り活動をしている5人の方のパネルディスカッションもありました。
5人からは、それぞれ実に生々しい話が出されました。
せっかく東尋坊で投身を思いとどまらせた母子の話は、とても悲しい話でした。
母親の異常さを感じた小さな姉妹が、母親に早くお家に帰ろうと泣きすがっていたのに気づいた事務局長の川越さんが声をかけ、なんとか現場から引き戻し、NPOが開いているおろし餅やに連れて来て、話を聞き出したそうです。
迎えに来た家族と一緒に戻ったのですが、悲しいことにハッピーエンドにはならなかったのです。
東尋坊で頑張っても、限界があるのです。
そうしたなかで、毎日、見回り活動をしているモティベーションは何なのか。
古屋さんは、自分の世界が広くなったと言います。
川越さんは、悲しいこともあるが、自分が元気づけられることが多いとも言います。
人助けは、実は自分助けなのだと、実践者のみなさんは言うのです。

話し合いでは、警察や行政の人たちの活動と市民の活動との違いも話題になり、
警察や行政の動きが遅いというような話が出ました。
元警察官の茂さん(心に響く文集・編集局理事長)が、それに関して、とてもわかりやすく話をしてくれました。
茂さんは行政の世界もNPOの世界もよく知っています。
警察や行政は、責任があるために、逆にいろんな制約があり、自由に動けない面があるというのです。
それを聞いて、私は「責任のない者の責任」に気づきました。
責任がないからこそできることがある。
それが市民活動なのだと思ったのです。

昨日のシンポジウムでは、他にもたくさんのことに気づかせてもらいました。
実践者の話は、いつもたくさんの気づきをくれます。
引き続き、何回か昨日学ばせてもらったことを書いてみようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/17

■節子への挽歌2436:敦賀の節子の姉夫婦の家に立ち寄りました

節子
福井に来た帰りに、敦賀にいる節子の姉夫妻の家に立ち寄らせてもらいました。
久しぶりです。
敦賀も将来新幹線が伸びてくるようで、そのせいか、駅を含めて、駅界隈も大きく変わりつつあるようです。
節子がいなくなってから、訪問する機会も減りましたが、それでもいつでも歓迎してくれます。

敦賀は古代史でも重要な舞台の一つですが、今はその雰囲気はあまりありません。
歴史よりも原発を選んだのかと最初敦賀に来た時に思ったことを思い出します。
しかし、ここもまた節子と結婚しなかったら、これほど何回もくることはなかったでしょう。

節子の姉妹はとても仲がよく、私たちも姉夫婦の家に泊まることが多かったのです。
姉夫婦は、私たちをいろんなお寺に連れて行ってくれました。
たぶん節子が私が観音菩薩像が好きなのを伝えていてくれたからでしょう。
若狭から奈良への道は、かんのん道と言われるくらい観音様が多いのです。
節子がいなくなっても、気楽に寄せてもらえるのは、節子のおかげです。
勝手な話なのですが、今もなお、節子と一緒のような気がしているので、私もあまり気兼ねなく、お世話になれるのです。
不思議なことに、今も節子が一緒にいるような気がします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/16

■日本の緑は本当に素晴らしい

今日、久しぶりに乗る米原から福井まで北陸線に乗りました。
久しぶりなので、ずっと車窓からの眺めを楽しみました。
そして、いつも感ずることを改めて思いました。
日本は豊かで、食料問題も環境問題もないのではないかと。
そう思うほど、田畑や山の緑が美しかったです。
こういう豊かな自然のなかで暮らしていたら、お金などそんなになくても大丈夫なのではないか。
それに、仕事も山のようにあるのではないか。
お金にこだわらなければ、豊かな暮らしができるのではないか。
地方に出かけて、緑豊かな風景を見る度に、私はそう思います。

だったら地方に転居したら良いと言われそうですが、実はそういう計画だったのですが、6年前に妻を見送ってしまったために、その計画は断念しました。
私一人では、お恥ずかしいのですが、その気が起きないのです。

最近、「里山資本主義」というのが話題になっています。
藻谷さんの書いた同名の本も読ませてもらいましたが、とても共感できました。
マネー経済と並行して、マネーに頼らない経済があるという考えです。
そういう考えをすでに実践している人たちや地域も増えています。
お金を尺度とした豊かさとはまったく別の豊かさが、そこにはあります。

私自身は、基軸を変えることが大切だと思っていますので、マネー資本主義と里山資本主義とを並列におきたくはありません。
里山資本主義のサブシステムとして、マネーを考えたいと思っています。

それはそれとして、もう一つ思うことは、昨今の環境問題はマネー資本主義が市場拡大のためにつくりだしたものではないかということです。
循環する自然の中で、分相応に生きていれば、こんなに豊かな緑が解決してくれるだろうと思ってしまいます。

ともかく日本の緑は素晴らしいです。
見ていて飽きません。
心が豊かになります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2435:久しぶりの北陸線

節子
久しぶりに北陸線に乗っています。
明日、福井での集まりに参加するためです。
先ほど、節子の生家のある高月を通過しました。
この辺りも今は長浜市になってしまいました。
節子とよく利用した高月駅は、場所も含めて変わってしまいました。
私は、もちろん以前の駅舎が好きです。
いろんな思い出もありますし。

最初に節子の生家を訪ねたのはいつだったでしょうか。
私の結婚申し込みはかなり変わったものだったので、節子のご両親も心配だったことでしょう。
今から思えば、赤面の至りです。
それでも結婚を許可してくれました。
節子のご両親は、とても実直で、そのくせとても柔軟でした。
だから私の常識を逸脱した行為も受け入れられたのでしょう。
感謝しています。

米原から高月の北陸線は、よく乗りました。
いつも隣に節子がいました。
だから北陸線は今でも好きです。
しかし、特急はあっという間です。
昔のような、チンタラした北陸線が好きです。
車窓からの風景が、とても好きでした。
特に稲穂が輝く季節が。

もし節子と結婚しなかったら、北陸線に乗る機会もなく、明日の集まりにも参加することはなかったでしょう。
人生とは、不思議です。
列車は敦賀に止まりました。
ここに節子の姉が嫁いでいますので、この駅もよく利用しました。
今もお米や野菜を送ってくれます。

そう言えば、敦賀にもしばらく来ていません。
福井からの帰りに寄せてもらおうかと思います。
次は福井です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■「1185 → 10」

某大企業の役員の友人からメールが来ました。
もう長い付き合いですが、会社での仕事もすばらしければ、社会活動にも取り組み、さらに自分の時間もスポーツと音楽と、実に豊かな生き方をしている友人です。
しかも、それらがバラバラではなく、つながっているのです。
この友人が、その会社の社長になれば、会社も社会も変わるだろうなと大きな期待を持っていたのですが、なかなか現実はそうなりません。
まだわかりませんが。

それはともかく、彼のメールに、ゆとり教育世代の基礎学力不足がひどいということが書かれていました。
1/3+1/5=2/8と答える人がいるというようなにわかには信じがたいことがあるそうです。
私は、ゆとり教育肯定論者ですので、いささか残念なのですが、しかし、1/3+1/5=2/8と応えて、何が問題なのだろうとも思います。
こういう話をしてしまうと誤解されそうですが、私自身は「知の体系」と「学びの体系」を見直すべき時期だろうと思っています。

ところで、その一方で、学校を離れたところでは、さまざまな動きがあるようです。
たとえば、「1185 → 10」という問題があります。
ご存知の方も多いと思いますが、1,1,8,5という4つの数字と、+、-、×、÷の4つをつかって、10になる等式を創るという問題です。
同じような問題がいろいろとあるようですが、私が取り組んだのはこの問題です。
何とか解けたのですが、苦戦しました。
あることに気づけば、簡単に解ける問題ですが、最近は私の頭もかなり固くなっているようで、一時は諦めたくなったほどです。
まだ試したことのない方がいたら、是非解いてみてください。
正解はいつでもお教えしますが。

1/3+1/5の問題が解けなくなったのは、電卓などの普及のせいでしょうか。
いまやかなりの知が、ブラックボックスに取り込まれだしました。
そうしたなかで、「1185 → 10」のような「クイズ」や「知の遊び」が広がっています。
両者の違いは、たぶんモチベーションの違いです。
学びに対するモチベーションが大きく変わってきています。
教育の再生は、まずはそこから考えないといけないような気がします。

私は学ぶことが大好きでしたし、いまも大好きです。
働くことも大好きです。
周りの人たちからは、私の人生には遊びがないねとよく言われますが、
働くことと学ぶことと遊ぶことが、私にはほとんど重なっているのです。
どこかおかしいのかもしれませんが、そのおかげで、それなりに楽しい人生になっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2434:節子の庭

節子
玄関や庭のバラが咲きだしています。
節子がバラ好きだったこともあり、わが家の狭い庭にはたくさんのバラがあります。
節子がいなくなってから、しばらくは手入れ不足で枯らしてしまったものもありますが、それでもこの季節になると次々に咲き出します。
唯一の例外は、昨年まで壁一面に広がっていたナニワイバラです。
あまりの元気さに、ほとんど全てを刈り取ってしまったので、今年は片隅で少しだけ花を咲かせているだけです。
マリーゴールドもまだ満開のまま残っていますので、今の庭はとても華やかです。
それに今朝は陽射しも眩しいほどのよい天気です。
心が少し軽やかになります。

庭を見ていると、そこに節子がいるような気がします。
こういう日は、いつも節子は麦藁帽をかぶって、草花の手入れを楽しんでいました。
いまなら庭で一緒に楽しめたのですが、当時は、私があまりに仕事好きだったので、出かけることが多く、節子と庭仕事をした記憶はあまりありません。
大いに後悔しています。

節子が元気だった頃の私たちの生活は、たぶん私のリズムが中心だった気がします。
今から考えれば、生活の豊かさは間違いなく、節子のリズムでした。
いまさら気づいても、もう節子はいませんから、気づくのが遅かったのです。
会社を辞めた時に、大きな転機があったはずですが、あの時も節子は私のわがままに付き合ってくれました。
ゆっくりした時間を過ごせるようになったはずですが、組織から離れた後、私の活動分野は格段に広がり、ますます「仕事人間」になってしまったのです。
その上、収入は激減しましたから、それなりに大変だったかもしれません。

わが家の庭はとても狭いのですが、高台にあるために、展望はいいのです。
わずかではありますが、手賀沼も見えます。
節子は、この庭が大好きでした。
もっとこの庭での草花いじりを楽しんでもらいたかった。
庭に花に水をやりながら、いつもそう思います。
ここは、いまもなお、「節子の庭」といってもいいでしょう。
節子の思いが、いたるところに感じられますから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/15

■「私らは侮辱のなかに生きている」

いまさらタイトルにするのも気が引けますが、2年前の7月、東京の代々木公園で行なわれた「さようなら原発10万人集会」で大江健三郎さんが、引用された言葉です。
出所は、中野重治さんの短編小説にある文句だそうです。
大江さんの引用で、この言葉は有名になりました。

今日、この言葉で始まる本を読みました。
白井聡さんの「永続敗戦論」(太田出版)です。
読み始めた途端に魅了され、一気に読み上げてしまいました。
白井さんは、その本のあとがきでガンジーの言葉の引用と合わせて、読者にメッセージを送っています。
心から共感しましたので、長いですが、引用させてもらいます。

「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである。」(ガンジー)
3・11以降2年の月日が流れたが、ガンジーのこの言葉は私を支えてくれているし、この間、この言葉を実践している有名無名の少なからざる人々の姿は、私に勇気を与えてくれている。
「侮辱のなかに生きる」ことに順応することとは、「世界によって自分が変えられる」ことにほかならない。私はそのような「変革」を断固として拒絶する。私が本書を読む人々に何かを求めることが許されるとすれば、それは、このような「拒絶」を共にすることへの誘いを投げ掛けることであるに違いない。
世界に変えられそうになっている自分に気づきました。
元気が少し出ました。

中野重治は福井のご出身です。
明日から「命の大切さ」をテーマにしたシンポジウムに参加するため、福井に行きます。
「変えられる生き方」ではなく、自らを「変える生き方」に戻らなくてはいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2433:老い方は難しいです

節子
一度、挽歌を書くのをさぼってしまうと、どうも書き忘れそうになります。
以前は日課の中に組み込まれていて、何となく時間があくとパソコンに向かって、「節子」という書き出しの文字を入力して、書くことが浮かんできたのですが、この1か月、かなり書かない日があったため、そうした習慣がなくなってしまいました。
1か月程度でなくなってしまうのでは習慣ともいえないかもしれませんが。

これは挽歌に限りません。
時評編も同じです。
と言うか、むしろ「時評編」のほうが書けなくなっているのです。
それというのも、この時代に生きていることへの不甲斐無さというか、怒りや屈辱を感ずるからです。
そう思い出したのは、今年に入ってからです。
まあ、この話題は時評編に回すべきですね。
節子に八つ当たりするのはやめましょう。

しかし、挽歌編も明らかにトーンも変わっていると思います。
自分でもわかるのですが、書こうとしていることが、なんだか「乾いている」のです。
読んで下さっている方には、そうは思えないかもしれませんが、なんだかパサパサしているのです。

最近、韓国歴史ドラマの「大祚榮(テジョヨン)」を観ています。
渤海を建国した英雄の話です。
そこに、唐のソリンギという武将が登場します。
主人公テジョヨンの敵役ですが、私好みの裏表のない正義漢です。
今日も観たのですが、老いたソリンギが相手の謀略を見抜く場面がありました。
それに感心した部下に、ソリンギが言います。
「歳をとると心身は衰えるが天に通ずるようになる」と。
なかなか良い言葉です。

私自身、そうなっているかどうかはかなり怪しいものですが、何となく、天に近くなっているなという感覚はあります。
歳のせいだけでもなく、もしかしたら、毎日、彼岸の節子と話し合っているからかもしれませんが。
娘は、私が最近物忘れが多く、心配だといいますが、物忘れが多くなったというよりも、まあ細かなことにこだわらなくなってきたといってほしい気がします。
忘れることが増える一方で、見えてくるものもまた増えるのです。
天に近づくとは、もしかするとそういうことかもしれません。

ソリンギもそうですが、相手の謀略に気づいたからと言って、それを暴くことはしません。
暴いたところでどうにかなる話ではないからです。
むしろ謀略をかわすように身を処すればいい。
残念ながら、私の場合は、まだそこまでいけていません。
しかし、騙されることも、時には良しとしましょう。
それこそが、老いることなのですから。

老い方は、とても難しい。
私よりも年長の友人知人と付き合っていて、そう感じます。
特に、伴侶がいなくて、一人で老いなければいけない場合は、難しさは倍増します。
注意しなければいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■自殺を防止する「人命救助活動」シンポジウムのお誘い

福井県東尋坊で自殺防止活動をしている「NPO法人心に響く文集・編集局」の活動が10年目を迎えました。
これまでに486人の自殺企図者を発見・保護・生活支援をしてきています。
そこで、この10年の節目として下記の通り公開シンポジウムを開催することになりました。 
盛りだくさんのプログラムですが、この10年の思いがつまっています。
場所は福井ですが、茂さん初め、実践者のみなさんとの交流会もあります。
私も参加させてもらいます。
もしお近くの方がいたらご参加ください。

○日時:2014年5月17日(土曜日)10時半~17時半
○会場:JR福井駅・東口の目の前にある「アオッサ」ビル8階
○プログラム
【第1部】 講演「悩みごとを解決するための法律」(茂呂信吾弁護士)
 【休憩時間】映画上映「自殺者1万人を救う戦い!」
【第2部】 演劇「還るところはみないっしょ」(市民劇団「合掌座」)
【第3部】 講演「つながりの中で生きる」 (永平寺僧侶 川上宗勇)
【第4部】 パネルディスカッション (人命救助体験者)
【第5部】 懇親会 (参加自由・会費1,000円)
○主催:NPO法人心に響く文集・編集局
○申込先:NPO法人心に響く文集・編集局 担当者 : 茂 ・川越
FAX 0776-58-3119 メール shige024@mx2.fctv.ne.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/14

■節子への挽歌2432:「還るところはみないっしょ」

節子
この週末、福井で開催されるNPOの集まりに出かける予定です。
主催はNPO法人心に響く文集・編集局です。
そのNPOが10周年を迎えるので、その記念の集まりです。
このNPOのことは、何回かここでも書いていますが、節子もよく知っているNPOです。

その集まりで、仏法劇団「合掌座」が「還るところはみないっしょ」という演劇を演じてくれます。
「合掌座」は、どうも吉崎御坊と縁があるようです。
元小学校の先生だった長谷川さんという女性が、どうも信徒に呼びかけてつくった市民劇団のようです。
吉崎御坊は、節子との最後の遠出の旅行で立ち寄ったところです。
もっとも残念ながら、あまり良い印象は残っていません。
あの時の節子は、再発していたにもかかわらず、誰よりも元気でした。
思い出すだけで、心が痛むような場面もいくつかありましたが。

吉崎御坊に立ち寄った後、足を延ばして東尋坊に立ち寄ったのですが、
そこでNPO法人心に響く文集・編集局の茂さんたちに出会ったのです。
週末に茂さんがプロデュースした集まりに参加するのも、元はと言えば、その節子との旅行が始まりだったのです。
ですから茂さんたちとの縁は、私には特別のものがあるのです。

ところで、合掌座の演劇の「還るところはみないっしょ」という言葉はとても安心感を与えてくれます。
そのタイトルだけで、興味が高まります。
還るところはみないっしょ。違いは、わずかばかりの時間の差。
そう思えば、悲しさも寂しさもないはずなのですが、その「わずかの差」が貪欲な私には堪えます。
どんな演劇なのか、楽しみです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■農業には「殺生」と「信仰」がつきものです

先日、わが家の農園を、2メートル以上もあるしま蛇が畑を悠々と散歩していました。
その前日、草が茂っていたところを刈り取ったのですが、どうもそこにいたようです。
こんな大きな蛇がいたとは思わずに、手袋もせずにかなり藪の奥まで鎌を入れていました。
安眠を邪魔したのかもしれません。
それにしても大きな蛇です。

Snake_4

そういえば、今年は蛙に出会っていませんが、この蛇に食べられちゃったのかもしれません。
この農園は、山林が住宅地に造成されてまだ10年ほどですが、両隣はすでに家が建っています。
南面は道ですが、その反対側は大きな家の庭につながっています。
この蛇は、普段はその大きな家の庭に住んでいるのかもしれません。
その家は、今は空き家になっていますが、昨年までお年寄りとお手伝いさんが住んでいました。
そのお手伝いさんが、蛇は家の守り神だと言っていました。
お年寄りもなくなり、お手伝いさんも故郷の東北に帰りましたので、いまは空き家になっています。
それで、蛇も隣のわが家の畑に遊びにきたのかもしれません。
時々、その家を相続した家族の方が来て、庭で遊んだりしていますが、人が住んでいないと家もどんどん「老化」します。
お手伝いさんがいる時には、毎日、草刈りや植木の手入れをしていましたが、今では庭も草に覆われてきています。

わが家は少し高台にあって、その大きな家と庭が見下ろせますので、その変化の状況がよく見えるのです。
自然の成長力がよくわかります。
成長と破壊は同じことだということも、です。
人間が自然と仲良くやっていくということは、それなりに大変なことなのです。

私は、最近、「雑草」という言葉を使わないようにしました。
草にもそれぞれ名前があると友人に指摘されたのがきっかけですが、たしかに雑草と一括りにしてしまっては、自然の豊かさを否定することになります。
そのおかげで、今年は、畑に生えていたノビルを料理することができました。

ところで、蛇の話ですが、蛇がいるのはまだそこが豊かだからだと友人が教えてくれました。
ところが畑を耕していて、幼虫が少ない気がします。
これも放射性汚染の関係でしょうか。
そんなことはないと思いますが、気のせいか、生き物が少ないのです。
てんとう虫(それも少ないです)以外にあまり会えていません。
その代わりと言うわけでもありませんが、アリにはよく襲われています。
アリの巣を耕してしまったからですが、大きなアリに咬まれるとかなり痛くて、反者的につぶしてしまうこともあります。

この農園は数年ほぼ放置していました。
そのせいで、畑の地下は篠笹の根が張りめぐっています。
いまはそれを根扱ぎ用の鎌で断ち切っている作業を続けています。
そうしないと花も野菜も負けてしまうからです。
そんなわけで、最近は自然と格闘しつづけています。

蟻退治や植物の抜き取りは「殺生」ですが、農業には「殺生」はつきものです。
でも、その分、信仰心も強まります。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/13

■節子への挽歌2431:「フリードマンが死んでよかったね」

今回はタイトルが刺激的です。
時評編のほうに書こうかとも思ったのですが、挽歌が2週間ほどたまってしまっていますので、挽歌編に書くことにします。
まあどちらに書くかで、重点の置き方は変わってくるのですが。

この言葉は、高名な経済学者の宇沢弘文さんの言葉です。
フリードマンとは、ノーベル経済学賞まで受賞したミルトン・フリードマンのことです。
金銭市場原理主義と言ってもいいでしょうが、私にはとても受け容れ難い言動の人でした。

宇沢さんが以前発表した論考や講演録などを再編集した「経済学は人びとを幸福にできるか」(東洋経済新報社)を読んでいたら、そこにこんな話が出てきました。

2006年でしたか、フリードマンが亡くなったという知らせを受け取ったとき、私と妻は思わず異口同音に「フリードマンが死んでよかったね」と。(笑)しかし、50年近く付き合っている人を「死んでよかった」と言うのは余りひどいというので、また2人でフリードマンの思い出話を30分間ほどした後、「フリードマンが死んでよかったね」とまた言ってしまいました。たいへん失礼な…。(笑と拍手)
宇沢さんが、ますます好きになりました。
と同時に、こういう会話ができる伴侶のいる宇沢さんがとても羨ましく思いました。
伴侶とは、まさに忌憚なく、こういう会話までできてしまう関係なのです。
最近の夫婦は、会話があまりないという話もよく聞きますが、それでは夫婦の意味がありません。
宇沢さんは、あっけらかんと講演で語っていますが、たぶん夫婦の会話のなかでは、もっと豊かな話し合いがあったはずです。
決して、個人としてのフリードマンの死を不謹慎に語っていたのではないでしょう。
その真実は、もちろん私にはわかりませんが、宇沢ご夫妻の30分の会話に、大きな幸せと羨望の念を感じます。
どんなことを話しても、決して誤解されることのない安心感は、人を幸せにします。
私と節子との会話は、完全ではありませんでしたが、ほぼそれに近かった。
もし宇沢ご夫妻ほどに、私たちの現世での生活が続いていたら、宇沢さんご夫妻と同じように、忌憚なく、そして屈託なく、絶対安心な会話ができたと思います。
そのためにこそ、私たちは結婚以来、隠し事も嘘もない生き方をしていたのですから。

しかし、その死を喜ばれるということもまた、幸せなことかもしれません。
死を喜ばれるほどに、生ききったともいえるからです。
フリードマンの生前の言動は、受け容れ難いですが、死ぬことによって人を喜ばせることができたとは、とても複雑な気分です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2430:生きることの責任

節子
昨日、しばらくぶりにブログを書いたら、「生きていましたか」とメールが来ました。
いやはや、今やこの挽歌が、私の「生きている証」のようです。
しかし、それは象徴的な意味でも、また現実的な意味でも、事実かもしれません。

「生きている」ことの意味は、単に呼吸をしているだけではないでしょう。
「死に体」という言葉があるように、死んでいなくとも生きていないこともあると言ってもいいでしょう。
しばらく前までの私は、もしかしたらそうだったかもしれません。
もしそうなら、生きていなくとも死んでいないこともあると言えるかもしれません。
こうしたことは書き出したらきりがありません。
しかし、それはたぶん極めて個人的な話になってしまい、文字にした途端に、なにやら危うい話になりそうです。

この数日、パソコンに向かえずに、ブログを書きませんでした。
ブログを書かないと、寂しさに陥りがちな節子のことも不快なことの多い時代状況のことも考えないですみます。
何も考えずに、ただ、いま、ここで、素直に時間に流されればいい。
悲しみもなければ、怒りもない。
この生き方は、ある意味では、実に楽な生き方です。
なににも煩わされることがありません。
時に電話やメールもありますが、いずれも無視すれば無視できないわけでもありません。
そのしわ寄せはいつかくるでしょうが、それまでは平安に過ごせる。
「隠棲」とはこういうことなのでしょうか。

しかし、それは「生きている」と言えるのか。
人は一人では生きられないという意味は、文字通り、一人しかいない場合は、生きていようと死んでいようと同じことだということではないかと、このごろ、思います。
人が生きている実感が持てるのも、生きがいを持てるのも、喜怒哀楽を感じられるのも、すべて誰かがいるからです。
悲しみや怒りがあればこそ、生きていると言えるのかもしれません。
自分の世界に引きこもってしまったら、生きている意味はなくなってしまいそうです。
自分の世界とは彼岸なのかもしれません。

世間がとても嫌いになってきていますが、自らもその世間の一員であることを忘れてはいけません。
この時代を生きることの不快さは高まるばかりであり、それを緩和してくれた節子もいなくなってしまっていますが、自分の世界に逃げるわけにも行きません。
悲しみと怒りのブログを、またできるだけ書くことにしようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■「美味しんぼ」騒動

人気漫画の「美味しんぼ」の描写が波紋を起こしています。
福島原発事故後、
被曝で鼻血/「福島に住んではいけない」 抗議相次ぐ
抗議を受けた小学館発行の「美味しんぼ」  
漫画に登場する人物が放射線被曝と鼻血の因果関係を指摘したり、「福島に住んではいけない」と述べたりする場面が風評被害に通ずるとされて抗議が起こっているようです。
漫画には双葉町の前町長だった井戸川さんも実名で登場し、鼻血をめぐる発言をしているそうですが、こうした騒動に対して、「本当のことをしゃべっただけだ。県が慌てるのはおかしい」と記者会見で話したそうです。
その一方で、菅官房長官は、「住民の放射線被曝と鼻血に因果関係はないと、専門家の評価で明らかになっている」と記者会見で発言しています。
騒動はいろんなところに飛び火しているようですが、原作者の雁屋哲氏は、自らのブログで福島に関する作品が続くことを明らかにし、「取材などはそれから後にお考えになった方がよいと思います。書いた内容の責任はすべて私にあります」とコメントしているそうです。

私は飯舘村に行った時に、「かーちゃんの力プロジェクト」の代表の渡邊さんから、娘さんの鼻血が止まらずに、ティッシュペーパーの箱を丸まる一つ使うほどだという話を聞いていました。
それに現場で問題に直面して奔走していた井戸川さんの言葉にも嘘はないと確信します。
現場で体験もしない学者や専門家の話などは、そうした現場の人の体験の前には、説得力はないはずですが、日本のお上文化の社会では、どうもそうではないようです。
この問題はメーリングリストでも盛んに議論されていますが、読むに耐えない投稿が多すぎます。
問題は簡単で、現地に行って、みんなの話を聞いてくればいいだけです。
余計な専門家は必要ありません。
事実はいつも「現場」にそのままあるのです。

それにしても、この種の話が多すぎます。
先日の理研のSTAP細胞論文事件もそうですが、現場や当事者とは無縁の世界での専門家がお上にあわせて議論し、「事実」を創り出していくのが最近の社会です。
「捏造者」と「捏造対象」を見間違えてはいけません。

「風評被害」などという名目で、自由な議論が封じ込まれがちな昨今の状況には、言論の自由などもう失われてしまったのかと思うほどです。
福島の人たちも、もっと気兼ねなく、本音を発言すべきだろうと思います。
それこそが、未来の子どもたちへの責任ある態度のように思います。
福島の人たちの苦労はよくわかりますが、最近の福島の人たちの言動には、私は違和感を持っています。

発言すべきことを発言しなければ、結局は原発依存だった昔と同じだろうと思います。
被害者であると共に、加害者でもあることを忘れてほしくはありません。
もちろん私も同じなのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/12

■節子への挽歌2429:社会への怒りで気が萎えています

節子
何かを考えるのがいやになってしまっています。
無性に身体を動かしたくて、今日も強風の中を畑に行って、草刈りをしていました。
道沿いの斜面の篠笹の根を掘っていたら、近くの大西さんが愛犬のカンナちゃんを散歩に連れて通りかかりました。
少し話しました。
大西さんは、節子の葬儀にも参列してくれましたが、その後もわが家にご夫妻で献花に来てくれました。

大西さんは子どもがいないので、奥さんと2人住まいです。
私よりも若いのですが、経営していた会社をたたんで、いまは悠々自適のご様子です。
私たちも、そういう老後が夢だったのですが、現実は強風の中での開墾作業です。
人生は本当に思うようには行きません。

草の根を深く切り裂く鎌を買ってきたのですが、これが実に調子がいいのです。
ともかく地面を切り裂くように、土に指して引っ張ると面白いように草木の根っこが切れるのです。
これまでてこずっていた、ワイヤープランツも篠笹の根もかなりしょりできそうです。
もっとも1時間やってもわずかばかりしか整地はされませんし、まだまだ前途多難ではあります。
しかし、最近のように、考えるのが嫌な時には、気分がすっきりします。

まあそんなわけで、やはりブログも挽歌も書けずにいます。
本も読めません。
いろんな意味での「怒り」と「無力感」に苛まれています。
ニュースを見ると、怒りが浮かんでくるので、ニュースも新聞もあまり見る気が起きません。
こうして人はみんな、大勢に屈していくのでしょうか。
節子がいたら、この怒りをぶつけられるのですが。

節子は、今のようなひどい社会を見ないですんで幸せでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/06

■節子への挽歌2428:長い連休は怠惰に過ごしました

節子
長い連休が終わりました。
といっても、私にはあまり意味のないことですが。
しかし、私も世間並みに、オフィスには1回しか行きませんでした。
相談があるので湯島に来てほしいという電話はありましたが、気分が乗らず連休明けにしてもらいました。
いつもなら、出かけるのですが、今年は気分が乗らなかったのです。
近くに出かけたり、自宅に来客があったり、少しは用事もありましたが、基本的には自宅で過ごしました。
何をやったかといえば、まあせいぜいわが家の農園の開墾作業くらいです。

時間がたっぷりあるので、学生の頃読んだカミユの「ペスト」を読むつもりでした。
しかし、結局は読めずに終わりました。
時間がふんだんにあると、本は読めないのが、私の昔からの習性でした。
時間がない時ほど、本も読めれば、仕事もできるのです。

振り返ってみると、実に何もしない怠惰な10日間でした。
節子がいた頃、こんなことはありませんでした。
節子がいなくなってから、私は実に怠惰になりました。
自分でも驚くほどです。
節子はもっと驚くでしょう。

怠惰に過ごしたツケは、必ず降りかかってきます。
明日からが少し不安です。
連休中にやるからと、いろんな人に約束していたことがあるような気がします。
しかし、幸いなことに最近は、以前よりももっと物忘れが激しいのです。
歳をとると許されることもあります。
人生はうまくできているのです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

■節子への挽歌2427:ひるむ事なく旅立てる生き方

節子
亡くなった友人の奥さんから手紙が届きました。
そこにこう書かれていました。

残念ながら病いには負けてしまいましたが、1年4か月にわたって、ひるむ事なく向き合ってきた姿を、私は誇りに思っております。

彼らしいと、改めて思いました。
そして、節子もまた、ひるむ事なく向き合っていたことを思い出しました。
それは、きっと「病いに負けた」のではなく、病いを超えたからだろうと思いました。

私の場合はどうでしょうか。
ひるむ事はない、と断言したいところですが、確信は持てません。
実際の状況に直面しないと、人の本性は現れません。
しかし、その本性は、生き方に現れもします。
ひるむ事なく旅立てる生き方に心がけなければいけません。
最近、少し生き方が惰性に流れています。
心を入れ替えなければいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/05

■節子への挽歌2426:愛が失われていく時代

節子
またストーk-による殺人事件が起きました。
なんともやりきれない事件です。
私の友人も、いまストーカーに悩まされているので、他人事ではありません。
しかし、愛が殺害につながるはずはありません。
どこかで、何かが屈折しています。
ストーカー殺人だけではなく、DVにもまた同じような構造があるでしょう。
「愛」とは、実に悩ましいものです。

節子には明言していましたが、私は「愛されること」にはあまり関心はありません。
多くの人に愛される生き方をしたいとは思っていますし、愛されればうれしいでしょう。
しかし、それは私がどうこうできることではありません。
「愛」に関して、私ができることはただひとつ、「愛すること」です。

人は「愛する」よりも「憎むこと」に傾きがちです。
人の欠点を見つけるのは、いとも簡単なことでもあります。
にもかかわらず、「愛する」ことは「愛されること」と違って、その気になれば自分でできることなのです。
そして、よく言われるように、愛している人からは普通は愛されるものです。
もし愛されなければ、愛し方が間違っている。
これが、私の愛の考え方です。
だから、私は「愛すること」しか関心がないのです。

ストーカーは、相手を愛していると思っているようですが、愛するということを勘違いしているのでしょう。
そして、こんな言い方をすると怒られそうですが、ストーカー事件やDV事件の唯一の解決策は、相手を愛することではないかと思います。

もちろん、愛するというのは、大きな意味での愛のことです。
言い換えれば、相手の尊厳を認め、相手の不幸を受け容れることです。

社会から「愛」がどんどんなくなっているような気がします。
私が、なんとか健全でいられるのは、節子を愛しているからかもしれません。
だれかを十分に愛することができれば、そして「愛すること」の幸せを体験すれば、多分すべての人を愛することができるようになるはずです。
節子が、そのことを教えてくれたのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/04

■節子への挽歌2425:心身快調

節子
また挽歌がたまってしまいました。
書こうと思いながら、最近、パソコン嫌いになってきています。

昨日は節子の月命日なので、娘たちを誘ってお墓参りに行きました。
もうじき、ここに自分も入るのかと思うと、いささかおかしな気分です。
しかし、私がお墓に移住したら、娘たちの墓参りの回数も減るでしょう。
夫婦と親子では、やはり少し違うのです。
私も、節子が元気だった頃は、両親の墓参りには、お彼岸や命日や年末年始くらいしか、来ませんでした。
今は月に2回が目標ですが、気を抜くとすぐに1か月くらいたってしまうのです。
考えてみたら、今回も1か月以上経過していました。

お墓はさぼり気味ですが、自宅の仏壇は毎日お参りしています。
最近は、節子に合わせて、いろんな人たちの冥福を祈っています。
病気祈願を念ずることも少なくありません。
そうやってだんだん人は彼岸に近づいていくのでしょう。

今日はこれからまた畑です。
世間は、楽しい連休ですが、私にとっては、畑仕事くらいしかやることがありません。
そのおかげで、心身はいたって快調です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■ブラック企業とホワイト企業

ブラック企業からホワイト企業へという動きが出てきているようです。
今朝のテレビで、その違いは、「長時間労働の有無」と「多様な人材がいるかいないか」と報じていました。

昨日テレビで映画「釣りバカ日誌」を観ました。
この映画は有名なのでご存知の方が多いでしょう。
主人公のハマちゃんは鈴木建設の社員ですが、「会社か釣りか」と問われれば、即座に釣りと答える人です。
そのハマちゃんが、偶然に自社の社長の鈴木さん(スーさん)と、釣りを通して師弟の仲になるのですが(もちろんハマちゃんが師匠です)、鈴木社長はまさにホワイト企業を目指す経営者です。
鈴木建設は、まさにホワイト企業のモデルでしょう。
もっともホワイト過ぎて、今のご時世ではたぶん倒産してしまいますが。

象徴的なエピソードがあります。
ハマちゃんがある事件を起こし、懲罰委員会にかけられます。
地方支社に左遷させようという案が出ますが、そこで釣りができると大喜びするだろうということで不採用。
結局、懲戒解雇しかないということになりかけますが、それこそ釣り三昧できると喜ぶだろうということになり不採用。
そこで名案が出ます。
彼を懲らしめるには、出世させるしかないというのです。
出世して役職に付ければ釣りができなくなるというわけです。
これは冗談のようですが、最近の会社を見ていると、笑い話ではなくなっているような気もします。
ちなみに、ハマちゃんの懲戒に対しては、社員からハマちゃんを守ってほしいという分厚い嘆願者が届きます。
ハマちゃんは、生き方においてもモデルにしたいです。

ほかにも、さまざまな学ぶべきエピソードが出てきます。
スーさんが自社の社長とも知らないハマちゃんは、月給15万円の気楽な仕事を紹介してやります。
その電話を受けた鈴木社長は、感激して、奥さんにふともらします。
「(社長業よりも)そっちのほうがいいかな」と。

企業の経営幹部のみなさん。
経営学の本も良いですが、この映画は経営学の最高の教材かもしれません。

企業から人がいなくなってしまったら、企業がつぶれるよりもおそろしいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/05/02

■節子への挽歌2424:畑を頑張っています

節子
畑がだいぶ畑らしくなってきました。
道沿いの斜面にもマリーゴールドを植えました。
節子がやっていた頃とは大違いですが、少しずつ回復しています。
娘たちも時々、手伝ってくれています。

ノビルが目につくので、フェイスブックに書いたら、みなさんがレシピを送ってきてくれました。
それで今日はノビルをたくさん収穫してきました。
ジュンに手伝ってもらって調理しましたが、実に美味しくないのです。
フェイスブックでの友人たちの言葉によれば、みんな美味しいと書いてあるのですが、調理に失敗したのかもしれません。
ジュンによれば、節子もノビルは調理しなかったようですね。
むかし食べたことがあるとは言っていたそうですが。
さてさて美味しいと勧めてくれた人たちにはなんと言えばいいでしょうか。


畑作業は大変ですが、着実に作業が進んでいるのがわかって、やりがいがあります。
それで、ついつい無理をしてしまう。
私は先のことを考えずに、目一杯やって倒れるタイプだと思われているので、娘たちがいつも心配しています。
しかし、自分の限界はよく知っています。
時におかしくなることはありますが、人生は時におかしくなるようでなければ退屈です。
そういう私の生き方を、心底わかってくれていた節子がいないのが残念です。
時に倒れるのが好みなのですが、節子がいないいまは、倒れることも出来ません。
困ったものです。

明日もまた畑作業です。
野菜はほとんど芽を出してきていないので、いまはまだ開墾作業なのですが。
それにしてお篠の根の広がりは、それはもう凄いです。
人のつながりに比べると見事と言うほかありません。
今日は本当に疲れました。
Nobiru


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »