■節子への挽歌2437:かに探し
節子
昨夜は敦賀の姉夫婦の家で宿泊しました。
ちょうど田植えが終わったところだったので、何処かに行こうということになりました。
そこで希望を言いました。
カニ探しに行きたい、と。
わが家の庭の池に放すカニです。
その希望は受け入れられ、三方の石観音様がいいということになりました。
車で1時間ほどのところです。
私の観音様好きととんでもない私の希望を組み合わせた苦肉の選択です。
三方石観世音は、三方湖を見下ろす山の中腹にあり、きれいな川が流れていて、たぶんカニがいるだろうというのです。
やっと待望のカニに出会えそうだと意気揚々と出かけました。
ところがです。
先日の大雨に見舞われて、山崩れの跡もあり、奥の院に行く山道も途中で通行禁止になっていました。
車を停めて、川の上流に踏み入ってみると、川岸に水に流されて来たであろう流木や土砂が積もっています。
見た感じは、カニの生育にとって理想的な環境のように見えるのですが、川に入って探していると、生き物の気配がないのです。
義兄も一緒になって探してくれましたが、カニは見つかりません。
大雨に流されてしまったのでしょうか。
本流の大きな川はどうだろうかと思って、年甲斐もなく無理をして河川敷に飛び降りてカニ探しをしましたが、カニ探しに関してはいささかの自負のある私にも見つけられません。
諦めて流れから出ようと思った途端に足を滑らして、水の流れのなかで転倒してしまいました。
衣服はビショビショです。
姉夫婦は心配してくれましたが、まあ手に擦り傷ができた程度で、いたみはありません。
しかし、カニは諦めて家に戻りましたが、私の思いに同調してしまった義兄は、家の近くの川で探そうと言い出しました。
節子が一緒だった頃、一度、カニを探しに行って、たくさん捕まえた川に行きましたが、ここも収獲ゼロ。となると、ますます探したくなり、たまたま自宅にいた甥も動員して、長靴で装備して近くの川を総点検です。
かなり藪深いところまでわけいって探しましたが、出会ったのは大きな蛇だけでした。
義兄は会う人ごとに、カニがいるところを知らないかと訊いてくれましたが、昔はどこにもいたが、最近は見ないなとみんな言うのです。
どうもこの近辺の人たちは、カニには関心がないようです。
私には信じられないことですが。
結局、1時間にわたるカニ探しは失敗に終わりました。
それにしても、義姉一家はとんでもない来客に振り回されてしまったわけです。
もしかしたら、節子の苦労を少しわかったかもしれません。
しかし、実に楽しい日でした。たぶん私だけでしょうが。
節子
あなたがいなくなっても、義姉夫婦は私のわがままに付き合ってくれています。
これも節子のおかげです。
ところで、今、帰路の新幹線で、これを書いていますが、今頃になって、足が痛くなってきました。
どこか傷ついたようです。
年を取ると痛みが出てくるまで時間がかかるといわれましたが、まさにそのようです。
明日の用事のために今日は帰ることにしたのですが、明日は大丈夫でしょうか。
いやはや困ったものです。
| 固定リンク
「妻への挽歌13」カテゴリの記事
- ■第1回リンカーンクラブ研究会報告(2021.09.06)
- ■節子への挽歌2600:恩送りと迷惑送り(2014.10.14)
- ■節子への挽歌2599:老いることや死んでいくことの意味(2014.10.13)
- ■節子への挽歌2598:「苦悩のない状態とは死んだ状態」(2014.10.12)
- ■節子への挽歌2597:不老不死(2014.10.11)
コメント