■節子への挽歌2424:畑を頑張っています
節子
畑がだいぶ畑らしくなってきました。
道沿いの斜面にもマリーゴールドを植えました。
節子がやっていた頃とは大違いですが、少しずつ回復しています。
娘たちも時々、手伝ってくれています。
ノビルが目につくので、フェイスブックに書いたら、みなさんがレシピを送ってきてくれました。
それで今日はノビルをたくさん収穫してきました。
ジュンに手伝ってもらって調理しましたが、実に美味しくないのです。
フェイスブックでの友人たちの言葉によれば、みんな美味しいと書いてあるのですが、調理に失敗したのかもしれません。
ジュンによれば、節子もノビルは調理しなかったようですね。
むかし食べたことがあるとは言っていたそうですが。
さてさて美味しいと勧めてくれた人たちにはなんと言えばいいでしょうか。
畑作業は大変ですが、着実に作業が進んでいるのがわかって、やりがいがあります。
それで、ついつい無理をしてしまう。
私は先のことを考えずに、目一杯やって倒れるタイプだと思われているので、娘たちがいつも心配しています。
しかし、自分の限界はよく知っています。
時におかしくなることはありますが、人生は時におかしくなるようでなければ退屈です。
そういう私の生き方を、心底わかってくれていた節子がいないのが残念です。
時に倒れるのが好みなのですが、節子がいないいまは、倒れることも出来ません。
困ったものです。
明日もまた畑作業です。
野菜はほとんど芽を出してきていないので、いまはまだ開墾作業なのですが。
それにしてお篠の根の広がりは、それはもう凄いです。
人のつながりに比べると見事と言うほかありません。
今日は本当に疲れました。
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