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2014/07/30

■節子への挽歌2524:弱々しく頼りない生き方が続いています

節子
節子がいなくなってから、私の生き方は弱々しく頼りないものになりました。
妻に先立たれて後追いするのではないか。
いつまでめそめそと挽歌の世界に閉じこもっているのか。
とまあ、友人たちからはこんなふうに思われているのでしょう。
愛想を尽かして、離れていった人もいますし、逆に頼りないからと支えになってきてくれる人もいます。

とても不思議なのは、湯島でのサロンは再開していますが、いつのころからか、使ったカップなどは参加者が自発的に洗っていってくれるようになったことです。
私は、そのままでいいよと言っていたのですが、今では終わったらだれかれということなく、誰かが片づけをしてくれますので、流れに任せています。
参加者は毎回、違いますし、時には大企業の部長たちの集まりもありますが、そんな時でさえ、誰かが洗い出すことが少なくないのです。
節子がいなくなったにもかかわらず、私の負担は増えていないのです。

むしろ、サロンやフォーラムなどを開催することは多くなりましたが、以前と同じく、呼びかけに応じた人たちで実行員会をつくり、できることをそれぞれが引き受ける形でやっています。
こうしたスタイルが定着するまでは大変で、節子のみならず娘たちも駆り出したために、わが家での私の評判はいたって悪いのですが、いまは家族なしでもうまく事が運ぶようになりました。
実は今日も、8月5日に開催する公開フォーラムの実行委員会を呼びかけたら、当日であるにもかかわらず2人の人が参加を申し出てくれました。
今日は3人くらいでやろうと思っていたら、10人近くの人が、この暑さの中を集まってくれます。
しかも、みんな手弁当です。
当の私自身でさえ、なんでこんな暑い日に、体調もまだ悪いのに、出かけなくちゃいけないのだといやいやながら出かけてきたのですが、みんなよく集まってくれます。
それが実に不思議なのですが、こうした私の世界を創りだしてくれた上で、節子の役割はとても大きいのです。
それは誰にもわかってはもらえないでしょうが。

湯島は、誰でも歓迎する空間であることは、今も変わっていません。
最近は湯島に来る人の顔ぶれもかなり変わりました。
節子のことをまったく知らない人も多くなっています。
でも相変わらず、湯島に来るとほっとしてくれる人たちが多いのです。
この空間をできるだけ維持したいと思っています。
もっとも、湯島に来て、不快感を持って帰っていく人も時にはいます。
私の対応が悪いためですが、それもまた、私の弱さの一つです。
困ったものですが、直しようがありません。

自らの弱さを見せることこそが人のつながりを育てるポイントだとは、昔会った金子郁容さんから学んだことです。
そういえば、金子さんは最近どうしているでしょうか。

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