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2014/08/21

■森の神様へも祈りましょう

先日、今の私たちの生き方に対して神様が怒るという話を書きました。
昨日の広島などの土石流事故の報道を見ていて、複雑な思いを持ちました。
被害のあった地域の、空からの風景を見て、やはりどこかにおかしさを感じました。
こんなことを言うと、被害にあった人たちを非難するように思われるかもしれませんが、そうではありません。
私自身をふくめて、いろいろと考えさせられたのです。

わが家も、かつては手賀沼の斜面林と言われるところを造成した土地に建てています。
ですから斜面の途中に建っています。
今回被害にあったところと違い、斜面の上は昔からの宅地ですので、土石流事故の心配はないでしょう。
しかし、自然を壊したという点では同じです。
一番の被害者は、ここに住んでいたモグラかもしれません。
庭に花木を植えても、モグラに荒らされてしまいます。
いささか腹立たしいですが、モグラにとっては、わが家こそ腹立たしい存在でしょう。

もうひとつ神様に迷惑を与えたことがあるかもしれません。
それは風です。
わが家のあたりは昔は、風の道に当たっていたようです。
手賀沼から吹き上げる風です。
たしかに風当たりが強く、庭の花はいつも大変です。
ちょっと風の強い日は恐ろしいほど風が走ります。
もっとも、わが家の隣に家が建ったので、風のあたりは一部に限られていますが。

ここが風の道だと知ったのは、転居してきた頃に近くに長年住んでいた人がやってきて教えてくれたのです。
地元の人との付き合いは大切です。
誰だったか覚えていないのですが、たしかに風当たりは凄いです。
風にとっては、わが家は迷惑な存在なのです。
ちなみに、それを聞いて、その風の道に木造の仏様を置かせてもらっています。
ただ置いただけで、放置しっぱなしでスノで、今日から朝の水遣りの時にお礼を言うことにしました。

こうやって私たちは自然を変えてきています。
もちろんそれが悪いわけではありませんが、それを常に意識しておくことは大切です。
単なる土石流事故として捉えるのではなく、魚付け林の知恵のように、私たちの生活を守ってくれている森の神様にも祈りをささげなければいかないように思いました。
そういう意識がなければ、こうした「事故」は、これからも続きそうです。

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