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2014/08/02

■自分を殺す者の共犯者とならないにはどうしたらいいか

挽歌編で、ラ・ボエシの言葉を引用したので、時評編にもラ・ボエシからのメッセージを紹介します。
この数年、私が感じていることを見事に表現している言葉です。

あなたがたが、自分を殺す者の共犯者とならなければ、自分自身を裏切る者とならなければ、敵はいったいなにができるというのか。
原発も戦争も、お金まみれの社会も、すべてそれを引き起こした主役は私たちです。
ラ・ボエシは、10代の若さでそのことを喝破しました。
圧政者を生み出していたのは、ほかならぬ大衆だったのです。
若いラ・ボエシには、それが見えたのでしょう。
若さとは、そうした本質を見抜く洞察力のかたまりです。
そういう意味で、最近は「若者」はいなくなってきました。
相した若者に、ぜひ湯島に来てほしいと思いますが、最近はなかなか出会えません。

むしろ子どもたちに期待しなければいけないのかもしれません。
子どもたちの輝きは、さすがに変わってはいないでしょう。
しかし、その子どもたちの世界が大人たちの暴力によって壊されてきています。
いったいどうしたらいいのか。

私は73歳ですが、若者や子どもの洞察力には負けますが、それを維持しようと生きてきました。
そのために、26年前に勤めていた会社を辞め、「社会からの離脱」を心がけてきました。
そして、「自分を殺す者の共犯者」にならないように、自分自身に誠実に生きてきました。
ですから私には自分自身の生き方には悔いはありません。
しかし、自分はよくても、また自分の周りはよくても、それでは十分ではありません。
要は、社会から逃げただけだったのかもしれません。
逃げられるはずなどないのですが。

福島原発の事故で、わが家の畑は汚染され、野菜もつくれなくなりました。
わが家の庭もかなり汚染され、池の魚は全滅しました。
しかし、除染する気にはなりません。
この地域全体、さらには東日本全体がじわじわと放射性汚染に曝されているなかで、自分の庭や畑を除染することに何の意味があるのか、と思うからです。
世界に原発を輸出する国の国民であれば、脱原発ということさえ最近は気が引けます。
だからといって、日本国民をやめることはできません。
原発や戦争行為を推進する政府には税金を納めたくはありませんが、そういうわけにもいきません。
電気をまった使わない暮らしには、恥ずかしながら戻れませんし、戻る気はありません。
やはり私もまた、「自分を殺す者の共犯者」になってしまっていると言わざるを得ません。

どうしたら「自分を殺す者の共犯者」にならないようにできるのか。
ずっと考えていますが、答が見えてきません。
できることは、「自分自身を裏切る者」にならないことだけです。
しかし、それだけでも最近は疲労姜が大きいです。
それに、毎日の報道に、やりきれなさが限界です。
今年の夏を超えられるといいのですが。
暑い夏になりそうです。
もちろん気温の話ではありません。

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