■節子への挽歌2531:とんでもないミス
節子
またとんでもないミスをしてしまいました。
昨日の公開フォーラムの疲れもあったのですが、その後いささか不愉快なメールが来たりして、それが今朝の午前中まで引きずってしまいました。
午後の約束も出かけるのをやめて、メールで打ち合わせることにしました。
お昼頃、一応、すべて決着をつけたのですが、どうもやはり体調が良くありません。
ところがそれも終わって、ホッとしていたら、携帯に電話がかかってきました。
私は携帯電話が嫌いなので、普段は基本的には出ないのですが、何気なく出たら、某社の部長からでした。
そして、3時の約束でしたよね、と言われました。
時計を見たら3時7分。
それでハッと思い出しました。
経営道フォーラムのチームメンバーとのミーティングを約束していたのです。
すでに5人の大企業の経営幹部の人たちが、暑い中を湯島のビルの入り口に集まっているそうです。
部屋には鍵がかかっているのでは入れません。
さてどうしたらいいか。
実に刺激的な状況です。
いっぺんに体調の悪さが吹っ飛びました。
幸いに部屋の鍵はあるところにおいてあったので、それを教えて、ともかく部屋に入って打ち合わせを始めてもらうことにしました。
そして、ひげもそらずに、着の身着のままですぐに家を飛び出し、湯島に向かいました。
4時5分到着。我ながら早く着いたのに驚きました。
それにしても、悪いことをしました。
なんとかお役には立てましたが。
実はこのところ、私自身、かなり機嫌が悪いのです。
私の周りにはいろんな人が集まってくれて、みんなが私を支えてくれています。
佐藤さんの人徳だ、佐藤経だとおだてられることも多いのですが、実はそうではなく、たぶん便利な存在なのでしょう。
多くの人は、ほとんど私のことを理解してはいないのです。
それはそうでしょう、私自身、自分のことを理解できていないのですから。
しかし確実に言えることは、私は社会から「ドロップアウト」しているのです。
私の立場から言えば、「社会に毒されていない」ということなのですが。
だからほとんどの人はと善悪の基準が反対なのです。
だから私の共感する人など、さほどいないはずなのですが、表層的なところではちょっとだけ「共感」してもらえるところがあるのかもしれません。
基本的な考え方が違う人が多いのですが、そう思われていないのです。
だから逆に私は、相手のちょっとした言葉に、違和感を持つことが多いのですが、最近それがどうも増えている気がします。
しかし、「ちょっとした言葉」にこそ、その人の本質が現れるものです。
それで、最近私は機嫌が悪いのです。
機嫌が悪くなるとミスが増えるのです。
しかしミスをやってしまうと、自己嫌悪感が強まり、機嫌の悪さの原因は自分にあることに気づき、少しだけ性格がよくなります。
時には「大きなミス」も大切なことなのです。
と、負け惜しみを言いながら、今日は疲れがドッと出てしまいました。
酒井さん、すみませんでした。
まあこの挽歌を読むことはないと思いますが、自分のためにも謝っておきたいと思います。
心身に溜め込むと、また機嫌が悪くなりかねませんので。
酒井さんは、心を癒す人なのです。
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