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2014年9月

2014/09/30

■節子への挽歌2586:流された生き方から抜け出そう

節子
最近、「よりよく生きる」ということからかなり身を離して生きているような気がします。
うまく表現できないのですが、与えられた生をただ受け入れているといったような気分なのです。
考えようによっては、「流された生き方」です。
積極的に何かやることを探すまでもなく、厄介な話も含めて、いろいろと課題がやってきます。
だからといって、それに生活を制約されるわけでもありません。
気が乗らなければ伸ばしてもだれも苦情を言ってきません。
果たすべき時期がひと月も伸びてしまっていると罪の意識を感じますが、だからと言って、無理をすることはありません。
すべては、気が向いた時、という生き方です。
「よりよく生きる」という思いがない、実に意味のない生き方になっています。
時々、お天道様に申し訳ないと思いますが、お天道様に怒られるようなことだけはしていません。たぶん。

こういう生き方をしていると、たくさんのことに気づきます。
ともかくみんな忙しいのです。
忙しいだけではありません。
何か大事なことを忘れて、生きているように思えてなりません。
こんなことをいうと失礼ですが、みんな、私とは違う世界に生きているように思えます。
生きる上で、大切にしていることが、どうも私とは違うのです。
その違いが、あまりに大きくて、私自身も説明できないのですが、時にさびしくなることもあります。
フェイスブックで、このブログの時評編を時々、紹介させてもらっていますが、それに対するコメントを読むと、私の言いたいこととは無縁の受け止めが多いのです。
たぶん世界が違うのです。
もちろん、すべての人がという意味ではありません。
事実、今月も私と同じ世界を生きていると感じた人に複数出会えています。

「よりよく生きる」とは何かが問題ですが、時には「生きる」とは何なのだろうかということを立ち止まって考えることも大切かもしれません。
私の場合、立ち止まりがいささか長すぎたかもしれません。
そのせいか、「よりよく生きる」ことさえも、興味をなくしてしまいました。
「よりよく生きる」ことを捨てることこそが、「よりよく生きる」ことかもしれません。
「流された生き方」ではなく、「よりよく生きる」ことを捨てるほどに「よく生きよう」と、最近、思い出しています。
いまはまだ、流されがちですが、もっと無心に、もっと素直に、ありのままの自分を、生きたいものです。
節子に対して、そうであったように。

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2014/09/29

■節子への挽歌2585:釣瓶落とし

節子
この頃、時間の進み方が早くなってきました。
何もしないうちにどんどん季節が変わっていきます。
楽しい時は時間が早く進み、嫌な時は時間がなかなか進まないのが普通ですが、最近はなぜか早く進みます。
もちろん楽しいわけではないのですが。

秋の日は釣瓶落とし、と言われます。
秋になると、急速に日が暮れるように、人生も終盤に近づくとそうなるのでしょうか。
それにしても、実に早いのです。
あっという間に、夏になり、あっという間に秋。
この秋もまた、あったという間に冬になっているのでしょう。
気が付いたら、彼岸にいたということになっては、周りの人たちに迷惑をかけてしまいます。
注意しなければいけません。

昨日、仕事部屋をかなりすっきりさせましたが、仕事部屋だけではなく、もっと生活をすっきりさせなければいけません。
やらなければいけないことがたくさんあります。
人生を身軽にするためにやらなければいけないことがたくさんあると言うのは、矛盾ですが、これまでの生き方がどこかで間違っていたのでしょう。

今日こそ早寝早起きです。
早くスタイルを作らなければ、早く進んでしまう時間に追いつけなくなりそうです。

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■世界を変えるのは簡単かもしれません

昨日の朝日新聞の投書欄「声」にとても共感できる投書が掲載されていました。
神奈川県の小林万桜さんという高校生の投書です。
読まれた方もいると思いますが、タイトルは『「死ね」という言葉は使わない』という、少しドキッとするものです。

後半部分を引用させてもらいます。

日本では、テレビでも学校でも「死んじゃう」「死ね」の言葉が軽々しく使われる。しかし、私も経験したいじめの世界では、最初は冗談だった言葉が、本当の「死」へとエスカレートする。「死」という言葉を軽んじる風潮を、私は断固として食い止めたい。
命を大切にする世界が、容易に実現するとは思わない。でも、難しくても私が決意すればいい。私はいじめない。私は「死ね」という言葉を使わない。

とても共感できたのは、
「難しくても私が決意すればいい。私はいじめない。私は「死ね」という言葉を使わない」
という言葉です。
一人称自動詞で言い切っています。
少なくともこの人の周りでは、「命を大切にする世界」が実現しています。
それが広がって、いつか世界全体が「命を大切にする世界」になっていくでしょう。
どんな大きな変化も、最初は小さな一歩からです。

この投書を読んで、彼女と同じ決意をする人が増えることを願って、紹介させてもらいます。
私も彼女にならって、そう決意します。

世界を変えるのは、簡単なのかもしれません。
まずは自分が変わればいいのです。

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2014/09/28

■節子への挽歌2584:さあ生活をリズムに乗せよう

節子
今日は朝から頑張りました。
狭い仕事部屋の整理がかなり進み、パソコンや周辺機器の位置も変更し、2台のパソコンを無理なく使えるようにしました。
ついでに埋もれていたミニコンポも使えるようにしました。
ここしばらく音楽など聴いたこともなかったのですが、久しぶりにCDが聴けるようになりました。
夕方には、畑に行って、草刈りをしてきました。
かなり畑も整理できました。
あとは耕耘機を手に入れれば、作業もかなり加速されるでしょう。
どこかから中古の安いものを探してこないといけません。

作業部屋が整理されたら、パソコンに向かうのもとても楽になりました。
今夜はずっとパソコンに向かっていますが、実に好調です。
こんなにすっきりとしたのは久しぶりですから。
しかし、ホームページの更新やメールのやり取りで、ブログを書くところまではいけませんでした。
この挽歌だけ書いて、今日は終わりにしようと思います。

仕事部屋が片付き、畑も整理されてきたので、生活リズムもまた早寝早起きに戻そうと思います。

というわけで、今日の挽歌はこれでおしまいです。
節子
私もだいぶ元気になってきました。
あと2~3年は大丈夫でしょう。

実は、こういう気になったのは木曾の御嶽山の噴火のおかげです。
因果関係はほとんどないのですが、いろいろと思うところがあったのです。
節子ならたぶんわかってもらえるでしょうが。

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2014/09/27

■安倍政権以上の支持を得るための政策

安倍政権は元気です。
支持率も相変わらず高いです。
自民党の中では、安倍首相の暴走に掉さす人はいませんし、しっかりとものを言える野党もありません
マスコミは完全に政府広報活動に向かっています。
まさに安倍独裁体制という状況です。

反原発で対抗軸を作れると、私は思っていましたが、それは全くの幻想でした。
いま選挙を行っても、自民党は相変わらず勝つでしょう。

安倍政権を批判する人は少なくありませんが、批判だけでは何も生まれません。
安倍政権に代わって国民の多数支持を得るような、積極的な政策体系が出てこない限り、国民の支持対象は変わりません。
野党は、権力争いはしていますが、国民を向いた政策論議はしていません。

どうしたら、こうした状況を打破し、安倍政権以上の支持を得ることができるのか。
そうした政策論議を、生活者の視点でしてみようという話が、昨日の湯島のサロンで出てきました。
10月に、そんなサロンを開催する予定です。
関心のある方はご連絡ください。
一緒に、そんな議論をしてみませんか。
まだ参加希望者は3~4人しかいませんが。

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■節子への挽歌2583:「佐藤さんとも会えなくなるかもしれないから」

節子
節子もよく知っているTFさんが、昨日、湯島に来ました。
佐藤さんとも会えなくなるかもしれないから、と言って。

新たながんが見つかったのだそうです。
死について、話し合いました。
いずれにしろ生きている人にとって、死は存在しないという認識では、同じですし、TFさんはこの数年、死に直面していますので、死に対する考え方もとても淡泊です。
どっちが先に死ぬかなあ、と、真実味を持って語れる仲なのです。
2人とも、いろんな意味で、死は比較的身近なことなのです。

TFさんとは30年ほどの付き合いです。
私とはかなり生き方も違いますし、考え方も違います。
TFさんの、私への印象は、「いやな奴」だったそうですが、私のTFさんへの印象は「変なやつ」でした。
ちなみに、私が最も交換を持つのは「変な人」です。
会うたびに、彼は佐藤さんはバカだからと言いますが、「バカだ」という言葉は私にとってはほめ言葉なので、喧嘩にはなりません。
「いやな奴」「変のやつ」「バカな奴」は、一見、否定的に感じますが、いずれにも「生きた人間」が含意されているので、人の関係を育てるには肯定的だと言ってもいいでしょう。

TFさんとは一緒に仕事をしたこともなければ、遊んだこともありません。
しかし、なぜかお互いに親近感はあります。
たぶんお互い「バカ」だからでしょう。

共通の友人たちも、鬼籍に入った人が多いです。
しかし、人間、70歳を超えると、此岸にいるか彼岸にいるかなどあまり関係がなくなります。
此岸にいても、そんな会う機会もありませんから、そのうち、どちらにいるかさえわからなくなることもあります。
でまあ、「ところで○○さんはまだ健在だったっけ」などという会話が結構あるのです。
しかし此岸にいようが彼岸にいようが、違いはないのです。
そうやって、いつか気づいたら、自分も彼岸に来てしまっていたということになるのでしょう。

まあお互い、そんな感じなので、深刻感はありませんでしたが、わかれた後、やはりちょっと日常的すぎたかなと思いました。
それに、彼が「佐藤さんとも会えなくなるかもしれない」と言った時は、けっこう真顔でした。
一度、きちんと彼と食事でもしようかと思います。
お互い議論好きなので、議論から喧嘩になる可能性が、ないわけではないのです。

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2014/09/26

■イスラム国だけが残虐なのか

イスラム国の残虐さが盛んにテレビで報道されています。
たしかにおぞましい話が多いです。
しかし、だからと言って、イスラム国だけが残虐なのか。
イスラム国の殲滅とか掃討作戦とかという文字を見ると、悩ましい気分になります。
イスラム国を残虐にしたのは、その思想ではないのかと思うわけです。

シリアやイラクでの戦闘による死者の数はどれほどでしょうか。
それは果たしてどちら側の手によって殺害されているのでしょうか。
強力な火器の攻撃で幼い子どもたちも含めて複数の人たちが殺傷されるのと、一人の人間が刀で斬首されるのと、どちらが残虐なのでしょうか。
斬首のほうがむごくて残虐だと思いがちですが(私もそう思っていますが)、ほんとうにそうでしょうか。

なぜイスラム国と話もせずに、殲滅を唱えるのでしょうか。
イスラム国は邪悪だという前提での報道が、日本では多いですが、邪悪なのはイスラム国だけなのでしょうか。
欧米に正義があり、イスラム国には正義はないのでしょうか。
いや、そもそも正義とはなんでしょうか。
国家を名乗る人たちを殲滅する権利は、誰かにあるのでしょうか。
そして、なぜイスラム国はなくなるどころか参加者を増やしているのでしょうか。
表面的な報道からは読み取れない話が山のようにありそうです。

平和な宗教だと言われていたイスラムが、なぜこれほどに暴力的になったのか。
そのことを忘れていないでしょうか。

それにしても、力による抑止論は役に立たないことをどうしてみんな受け入れないのでしょうか。
集団的自衛権の基本にある「力による抑止論」は、私には悪魔の選択としか思えませんが、それがまさに日々、証明されているような気がします。
力によって得たものは、力によって失われていくことは、歴史が教えてくれています。

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2014/09/25

■節子への挽歌2582:仕方ない。神様がそう決めたんだ。

節子
また思いもよらない人からメールが届きました。
以前、この挽歌を読んで、突然にメールをくださった田口和博さんです。
田口さんは、「小さな村の物語 イタリア」のプロデューサーです。
今回は挽歌とは関係なかったのですが、田口さんからメールをいただいたので、「小さな村の物語 イタリア」の最近、心に響いた言葉を書かせてもらうことにしました。

先月放映された、コッタネッロが舞台になった179話です。
その回の主役は、夫を亡くしたヴァンダさんと妻を亡くしたベニートさんの話です。
それぞれの生き方にたくさんの気づきと勇気をもらえますが、1か月たっても忘れられない言葉が一つあるのです。
それを思い出して、今日また録画していたものを見直しました。

ベニートさんは、奥さんを亡くしてもう8年近くになります。
今も週末だけの理髪店を開き、村人と楽しく過ごしていますが、夜になると亡くなった奥さんを思い出すと言います。

 夜になると妻を思い出す。
 目の下にそばかすがあるとか、そんなことを思い出す。
 まるでそこにいるように思い出す。
 すると僕は眠れるんです。眠気がやってくる。
 彼女は本当にいい妻だった。
 涙もでないほど…

とこう言って、ベニートさんは涙ぐみます。
そのシーンに、私は心がふるえましたが、心に残ったのはしばらく間をおいて発せられた次の言葉です。

 残念だけど彼女はもういない。
 仕方ない。神様がそう決めたんだ。

残念だけど、神様がそう決めたんだ。
神様がそう決めたのであれば、それには意味があるのだろう。
いつかその意味が、わかる時が来るかもしれない。
仮に、わからなくても、それはそれでいいのではないか。
最近、私もそう思えるようになってきたのです。

それにしても、この番組は、引き出し上手です。
普通の人から、実に深遠なメッセージを引き出します。
有名人の言葉にはあまり共感しない私も、この番組に登場する普通の生活者の言葉からは、多くのことを気づかされます。
やはり長く人生を生きることで得るものはたくさんあるのでしょう。
翻って、私自身を顧みると、あまりにも浅薄な言葉しか出てこないのが恥ずかしい限りです。

この番組は最後に毎回、しめくくりのナレーションが語られます。
今回のメッセージはこんな内容でした。

心の奥にある引き出しから、思い出がひょっこり顔をのぞかせる。
  無理に引き出しを閉じなくてもいい。
  たまには眺めていればそれでいいのだ。

たまには眺めていればいい。
そうなのですが、しかしそれはとても難しいことなのです。
ベニートさんの涙ぐんだ表情が、やはり忘れられません。
今日は眠れるでしょうか。
  

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■節子への挽歌2581:俗物根性はなくなりません

節子
NHKの朝ドラ「花子とアン」になんと茂木健一郎さんが出版社の社長役で登場しました。
いささかセリフは棒読みでしたが、存在感がありました。
まさかあの茂木青年が、これほど多面的な活躍をするとは思ってもいませんでした。

私たちが茂木さんと会ったのは、彼がまだ高校生の頃です。
あるチームで、ハワイのキラウエア火山に行った時の、最年少のメンバーが茂木さんでした。
今の茂木さんは恰幅もよくアクティブですが、高校生の茂木さんはすらっとして控え目でした。
数日間の旅行中、何を話したかの記憶もありません。

旅行から数年して、参加者に声をかけて湯島で集まりをやりました。
そのツアーに参加したメンバーは、みんな個性的な人たちでした。
大阪在住の人も2人参加してくれました。
その時の茂木さんは、もうあの時の茂木さんではなく、よく話す茂木さんでした。
あまりに話しすぎるので、大阪から参加した一人が、ほかの人の話も聞きたいと、たしなめたほどでした。
茂木さんの才気は、その時にはもう十分に輝いていました。

少したって、茂木さんはイギリスの大学に移りました。
渡英後もメールでのお付き合いはありましたが、いつの間にかつながりが切れてしまいました。
そしてそれからしばらくして、そこらじゅうで茂木さんの名前を見るようになりました。
私たちにとっては実にうれしい話で、節子も茂木さんの名前を見つけるといつも私に教えてくれました。

テレビや新聞で、時々、昔付き合いのあった人に出会います。
最近は毎日のようにテレビに登場する人もいます。
私も、社会のなかで仕事をしていた時代があったのです。
そうした生活を続けていたらどうだったでしょうか。
もし伴侶が節子でなかったら、続けていたかもしれませんが、節子のおかげで生き方を変えることができました。
自分をしっかりと生きることができているのは、節子のおかげです。

人生の幸せとはなんなのか。
それは、自分をしっかりと生きていけることでしょう。
しかし、人生は自分だけのものではありません。
みんなつながっているのです。
そのつながりがどこまで見えるか。
それによって、幸せの実感は変わってきます。

社会のど真ん中で活躍している以前の知り合いの姿を見ると、少しうれしくなります。
昔の、もう一つの私の人生を思い出させてくれるからです。
また会って話したいなとも思いますが、相手が有名になってしまえば、会いに行くのははばかられます。
それに、たぶんもう私とは違う世界にいることでしょう。
しかし、どこかにちょっとだけうらやましがっている自分もいます。
つまり、まだ未練がましさと俗物根性が残っているのです。
節子が一緒だったら、そんな未練や俗物根性は沈められるのですが。
困ったものです。

しっかりと世を捨ててから、彼岸には旅立ちたいと思いますが、うまくいかないかもしれません、

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2014/09/24

■節子への挽歌2580:農作業中には雑念は起きません

節子
連日の農作業でいささか疲れましたが、病院に行くよりはたぶん効果はあったでしょう。
しかし身体じゅうがかゆくて仕方がありません。
蚊にさされただけではなく、草にかぶれたのでしょう。
突然やってきて草を刈りだした侵入者に対して、草も防衛策を発動したわけです。
その攻撃は、甘んじて受けなければいけません。

農作業をやっている時には、少なくとも雑念は消えてしまいます。
ともかく無心で草を刈るわけです。
それも篠笹の多いところですので、土中に根切り鎌を入れて根こそぎかりとるのです。
中腰だと疲れるので、地面に足をついて、作業しています。
もちろん衣服は泥だらけ。
草の丈が長い場合は、顔に草が反抗してきます。
雑念ではないのですが、時折、この草は残しておけばよかったと思う時もありますが、そう思う時にはもう切ってしまっています。
生き物にはそれなりに注意していますが、作業をしている時には、あまり気にする余裕はありません。
まだ要領が悪いので、そんな感じです。
もっとも、雑念がないためか、作業が止まらなくなります。
疲れさえ感じなくなるのです。

体力の限界に達したところで、はっと気づいて作業を中止し、地面に腰を下ろして、持参した飲み物を飲みます。
本来、これも手作りのお茶が理想的ですが、ついつい手軽な栄養ドリンクなどを持って行ってしまいます。
これではいかにも農本主義者にふさわしくないのですが、エネルギー補給も兼ねているのです。
もっともエネルギー補給になるかどうかはわかりませんが。

実は、この時が問題です。
空の青さに見とれたり、草の中の生き物に出会ったリすることもありますが、「雑念」がわっと浮かぶことがあります。
なんでこんなことを一人でやっているのだろう、と思うのです。
節子と結婚しなかったら、こんなことは今、していないだろうな、と思うのです。
家庭農園などもなかったでしょう。
その引き込み役の節子は、なぜいないのか。

しかし、そうした雑念も最近は次第になくなってきました。
ただ無為に風に心身を任せることが増えてきました。
農作業の効用が少しですが、わかってきたと言ってもいいでしょう。

休んだ後がまた大変です。
刈った草を燃やすことができれば、土壌も豊かにできるのですが、たき火は禁止なので、袋に詰めてごみとして回収してもらいます。
1日の作業で大きな袋が少なくとも5~6個はできます。
それを少し離れた自宅に届けるだけでも一仕事です。
これだけの労働をしても、作物の出来が悪くて、収穫はゼロなのです。
いや、収穫は本当はとても大きいのかもしれません。
雑念のない時間を過ごせる、それこそが報酬なのかもしれません。

今日は脳作業をやめて、湯島に来ています。
ここにも作業はそれなりにあるのです。


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■私の意識の改革

改革を考えるシリーズをとりあえず今回で終了です。
最後は私自身の意識の改革について、少し考えてみます。

川内原発が再稼働しそうです。
反対運動はありますが、やはり日本人の多くの人たちは再稼働を望んでいるのでしょう。
そうでなければ、こんなに簡単に原発依存社会に戻るはずがありません。

「戦争でもあれば、ちっとは景気もよくなるのに」。
日本の経済が大恐慌に陥った昭和初期によく話された言葉だそうです。
「原発が再稼働したら、景気もよくなるのに」という人を見ると、いつも思い出す言葉です。
こういう発想をする人たちは、たぶん「戦争」も望んでいて、だから集団自衛権にも賛成するでしょう。

問題は、私自身はどうかです。
もちろん原発も戦争も拒否したいです。
しかし、どこかにこういう発想をする人と同じものを持っていないか。
そう厳しく問われれば、胸を張って、ノーとは答えられません。

私は最近毎日1時間半ほど農作業をやっています。
すべて手作業ですが、あまりにも大変なので、やはり耕耘機を購入しようかと考えたりします。
幸いにあまりお金がないので、まだ購入はしていませんが、最近は買う方向に傾いています。
耕耘機の先に、原発があると考えるのは、考えすぎかもしれませんが、油断はできません。
福島の農家の人たちの苦労は知っていますが、福島産と西日本産の野菜が並んでいると無意識のうちに西日本産を選んでしまいます。
経済成長反対などと言っているくせに、企業の仕事で収入があれば、もう少し活動ができるのになと思ったりもします。
マスコミ報道を真に受けて、イスラム国や北朝鮮に悪意を感じます。
反原発のデモにも行かずに、時代の流れを諦めている自分に気づくことがあります。
ニーメラの教訓から学ぶこともありません。
こういう人間の存在が、たぶん日本を戦争へと導いたのでしょう。

最近の日本は、戦争に向かって一直線に進んでいた昭和初期に似ている気がして、とても不安です。
しかも、その不安に蓋をするように、みんな思考停止して、目先の与えられた仕事に忙しく(つまり心を失って)取り組んでいることに怒りを感じます。
社会から人間が消えつつあるようにさえ思います。
しかし、考えてみれば、私自身がまさにそうした生き方をしているのです。
そこから正していかないといけません。
さてどうすればいいのか。
農作業の合間に、もう少し考えてみようと思います。
自分の生き方を考えないようになったら、時代の流れに抗うことはできません。
ただただ流れに加担する存在になりかねません。
それだけは避けたいのですが、そういう考え方そのものが卑劣なような気もします。
しかし、改革を期待するのであれば、まずは自らの生き方を捉え直さなければいけません。
そこからすべての改革は始まるからです。

この答えは、いつか「改革を考える」の続編で書こうと思います。

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2014/09/23

■政治改革への基本的な思想

改革シリーズも9回目になりました。
とりあえず10回まで書こうと思いますが、今日はいささか理念的な話です。

昨今の政治状況での大きな問題は、政治を担う議員への信頼感が失われていることです。
なぜ信頼感が損なわれているのかは、いくらでも理由が挙げられるでしょうが、基本は情報社会の到来です。
議員の実態が見えてきたからです。
しかし、なぜ実態が見えてきたら議員への信頼感が失われるのか。
それは、多くの人が期待しているような人が議員になっていないからです。
ではなぜそうなっているのか。
それは、現在の選挙制度の問題になります。

投票日に、投票したい人がいないと悩んだ人は決して少なくないでしょう。
私などは毎回のように悩みます。
なんとか辻褄を合わせて投票していますが、どうしてこんなにも投票したくなる人がいないのか残念です。
しかし、それは当然のことです。
現在の選挙制度は、政治的野心や経済的野心を持って、自薦してくる人の中からしか、選べないようになっているからです。
つまり、選ばれたい人たちの中からしか、選べないわけです。
しかも、最近のような小選挙区制度では、よほどのお金持ちでない限り、政党の支持をもらわない限り、当選はできません。
政党の方針に合わせるために、自分の信念を二の次にせざるを得ません。
当選のためには信条さえも犠牲にする。
立候補の目的は、政治的野心の実現になっていく。

つまり、政治権力への野心を持つ人しか立候補しない仕組みになっているわけです。
しかも、そういう人たちは、当選してしまえば、自分の利益でしか行動しない。
そういう事例は繰り返し見せられていれば、議員への信頼感、さらには選挙への信頼感、そして政治への真摯な期待は失せていくでしょう。
そこを変えない限り、政治改革などは実現しようはずがありません。

ではどうすればいいか。
極めて簡単なことです。
立候補したい人から政治家を選ぶのではなく、政治を託したい人に政治を託すればいいのです。
もちろんこれは理念の話です。
その理念をどう具現化していくかは、難しい話です。
しかし、難しいからと言って、あきらめたら、改革などは起こせません。
たとえば、人の見える地域社会を基盤として、自分たちの代表を選んでいく仕組みを基本にして、政治体系のベクトルを反転させることができれば、事態は変わります。
立候補したい人の自薦主義ではなく、立候補してほしい人の他薦主義も検討に値します。
場合によっては、無作為の抽選でもいいかもしれません。
ネグリとハートのマルチチュードによる政治もそのひとつです。
30年ほど前にリンカーンクラブを立ち上げた友人の武田文彦さんの究極的民主主義の提案も、それにつながっています。

情報社会は、議員の実態を見えるようにして政治家の信頼を失わせましたが、情報社会は新しい選挙制度や政治制度の可能性を開いてきています。
政治改革が現実的な課題になってきました。
野党再編とか与党再編とか、そんな些末な話は、役割を終わった政治家たちに任せて、新たな政治制度を模索する時がやってきたように思います。

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■節子への挽歌2579:カサブランカの香り

お彼岸なので、娘が節子にカサブランカを供えてくれています。
カサブランカがいくつも開花していて、部屋中に香りが充満しています。
私もこの香りがとても好きです。
節子の葬儀にも、斎場に頼んでできるだけカサブランカを増やしてもらったのを思い出します。

いつもはお墓にも、いわゆる仏花ではなく、節子の好きそうな花を選んでいくのですが、お彼岸の時には両親もいるので、菊の花などの和花の多い、ふつうの仏花になっています。
しかし、自宅の仏壇には、カサブランカがいいので、毎年、娘たちが供えてくれるのです。

このカサブランカの香りは、悲しさも伴っています。
節子がいなくなってから、わが家にはこの香りが充満していました。
そこに包まれての期間が長かったので、いまもそれを思いださせられるのです。
節子がいなくなってからの1年は、私はあまり生きている実感のないまま、この香りに閉じ込められていたような気さえしてきます。
だから、この香りは心身を安らかにするだけではないのです。
思い出しても思い出せない1年の気分を感じるのです。
にもかかわらず、カサブランカの香りは好きです。

香りは、忘れてしまった人の記憶を思い出させます。
今やわが家からは、節子の香りはほとんどなくなってしまいました。
8年目ともなれば、それは仕方ありません。
それに節子は、特別の香水を使うような人ではありませんでした。
ただただ質素に、素直に、生きていただけです。
これといった特別の香りがあるわけではない。
節子を思わせる香りが、カサブランカになってしまったのは、少し残念ではあります。

ちなみに、私がカサブランカが好きなのは、香りだけではありません。
ユリの白い花も、大好きなのです。
そこに、節子を感ずるからでもあります。

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2014/09/22

■節子への挽歌2578:農作業しながら読書する豊かな暮らしのはずなのですが

節子
今日も畑で頑張ってきました。
幸いに娘たちが少し手伝ってくれたので、今日はかなり作業が進みました。
一人での農作業よりも、どこかで誰かが農作業をやっているのが感じられるだけでも、楽しさが高まると、宇根さんが本で書いていましたが、まったくその通りです。
娘がちょっと手伝いに来てくれるだけで、作業への飽きが来ないのです。
それで今日もまた、いささか頑張りすぎてしまいました。

しかし、今日もまた死にそうになるほど疲れました。
節子も知っている、近くの農家の人が、機械でやったほうがいいですよ、と声をかけてくれましたが、農本主義者はできるだけ機械を使わないのがいいのです。
機械を使うと、草や生き物や土の手ごたえを感じにくくなるからです。
そのことは、やっていると実によくわかるようになります。
まあ3日頑張っただけですので、大きなことは言えません。
あなたはちょっとやっただけで偉そうなことを言う、といつも節子に言われていたのを思い出します。
まあ、そこが私の良いところ(節子は悪いところだと言っていましたが)なのですが。

今日は、かなり作業が進み、土が見えだしてきましたので、小さな虫も見えだしました。
以前よりもたしかに生き物は少ない気がしますが、注意してみると、やはり土壌は生きています。
土は生き物だと教えてくれたのは、内水護さんです。
次第にうっそうとした藪に近づいているので、注意しないと蛇を切ってしまいかねません。
ますます機械など使えません。
しかし、逆に蛇に咬まれてしまうかもしれませんので、手袋はきちんとするようにしています。
私は、手袋などがあまり好きではなく、いつも無防備で作業をして、節子に注意されていました。
節子がいなくなった今は、注意しないといけません。
いずれにしろ、農作業とは生き物との交流なのです。
交流があれば、お互いにリスクが発生するのです。

節子は、毎日、庭の花木と交流していました。
しかし、そうするためには、それなりに心に余裕がなければいけません。
私もそうしようと頭では思うのですが、実際には続きません。
私の場合は、まだ「意識」しなければできないのです。
節子は日常化していました。
たぶん花木と付き合うのが好きだったのでしょう。
私はまだそこまでいきません。
生き方に、まだ余裕がないのかもしれません。
農本主義者などと書いていますが、まあ畑作業よりもまだ読書のほうが好きなのです。
節子が元気だったころは、少しだけ一緒にやっても、私はすぐに退屈して戻ってきてしまう。
そんな感じだったのですが、今は私が一人でやらなければいけません。
改めて、農作業の大変さは身にしみます。
体調が悪いなどと言ってはいられないのです。

明日もまた農作業です。
農作業しながら読書する。
実に豊かな暮らしのはずですが、なぜか豊かさを実感できずにいます。
どこかにまだ無理があるのです。
あんまり無理をしないほうがいいわよ、と節子が笑っているような気がしないでもありません。

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■女性の活用と社会の変革

現在の政権のお題目の一つが、「女性の活用」です。
「女性の活用」などという、いかにも女性蔑視の言葉を受け入れている女性の心理が、私にはまったくわかりません。
男女共同参画などという言葉も、前にも書きましたが、どうも違和感があります。
そこには、女性の視点がないように思いますが、そう思う私の考えが間違っているのかもしれません。

日本ヒーブ協議会という組織があります。
最近は、あまり名前を聞きませんが、30年ほど前にはかなり活躍していました。
ヒーブとはHEIB、Home economists in businessの略です。
ウィキペディアによれば、「大学で家政学(生活科学)を修めて、企業の中で生活者としての女性の視点を尊重しつつ、家政学の専門知識を生かして、商品開発や消費者サービス、あるいは販売の現場で専門知識の提供をしながら、購入のアドヴァイスをする女性たち」のことです。
平たく言えば、女性の視点から企業経営に働きかけるプロと言ってもいいでしょう。
私にも、そこで活躍していた友人がいて、一時はその集まりにも顔を出させてもらったりしたことがあります。
私には、とても大きな期待があったからです。
たしか15周年か20周年くらいのヒーブの大会に呼ばれて、お話させてもらったことがあるのですが、それ以来、私はヒーブには興味を全く失いました。
というのは、講演後の質疑応答の時に、資生堂の女性監査役と名乗る人が、「過労死するほど働ける男性がうらやましい」という発言をしたのです。
私が、過労死が起きるような企業を女性の視点で変えてほしいというメッセージを送ったことに対する反論だったように思います。
日本ヒーブ協議会もまた、男性社会に迎合した組織のように思えて、以来、付き合う気がなくなりました。
それ以来、資生堂のイメージも大きく変わり、挙句の果てに企業メセナ論を唱える福原さんの発言さえも虚言に聞こえるようになってしまいました。

数年前、大企業はダイバーシティ戦略と称して、女性の活性化に取り組みました。
女性の活性化がなんでダイバーシティ戦略なのか私には理解できませんでしたが、ある研究会でいくつかの会社のお話を聞いて、ベクトルが正反対を向いているなと思いました。
女性の活用とは、女性を男性社会に同化させる戦略のように感じたからです。

1970年代から盛んに言われていた「女性の社会進出」に関しては、これまでも書いてきているように、社会から労働の場への女性の取り込みであって、むしろ社会からの収奪ではないかと思っていますが、その延長に、昨今の女性活用発想はあるように思います。
ですから、生物としての女性の頭数が問題にされているわけで、内容などあまり関係ありません。
小渕経済産業相が、原発が必要などと話しているのを見ると、この人は本当に母親なのだろうか、つまり女性なのだろうか、と疑いたくなります。
大臣の前に母親、つまり人間であることが、女性の本質だと私は考えているからです。
まあこんなことを言うと、女性差別主義者だと思われそうですが、男性と女性は間違いなく違っています。
差を認識したうえで、きちんとぶつけ合って、お互いに学び合うことが大切です。
男性の論理に迎合する女性は、事態を悪化させるだけでしょう。
だから私は、男性社会で活躍している女性が、どうも好きになれません。
居場所を自分で創り出し、男性社会に抗いながら生きている女性には感謝と尊敬の念を持っています。

壊れつつある社会を変えていくのは女性だろうと思います。
男女が支え合い、平等に語り合った社会は明治維新で壊れだしました。
その仕上げが、いま行われているような気がしてなりません。
私の時代認識は、間違っているでしょうか。
そうであれば、とてもうれしいのですが。

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■節子への挽歌2577:憂社会病

節子
昨日も畑に行ってきたせいか、体調もよくなってきたような気がします。
昨夜は久しぶりによく眠れました。

今朝、私よりも10歳も年上の方から、こんなメールをもらいました。

現在が戦前で、どことなく不穏な国情と、佐藤様のご体調は関連するのかもしれませんね。
満州事変勃発以来昭和20年まで、国情と平行して胃腸を弱らせた人もありました。
神経の鋭い憂国(?)、憂社会(!)の士の宿命ではないでしょうか。
国の責任と個人の責任は別物、と称してけろりと割り切る人もおられますが。
この方は、「やさしさのシャワー」を周りにふりまいて、みんなを元気にし、社会を元気にしている方です。
私にも、そのシャワーを注いでくださったわけです。
過分な評価を真に受けるほど自失してはいませんが、ついついほめ言葉から元気をもらうタイプなので、元気がさらに高まりそうです。

昨夜から、戦前の農本主義者、橘孝三郎を取り上げた「テロとユートピア 5・15事件と橘孝三郎」(新潮選書)を読み出しました。
まだ途中ですが、農行(最近、「農業」ではなく「農行」という表現が気に入っています)はどうも両刃の剣なのかもしれません。
農本主義者が、なぜに5・15事件に連座したのかは、考えさせられる話です。
農行をしていると、時代の実相が見えてくるのでしょうか。

確かに、この方が言われるように、国情への不快感は、私にはかなり影響があります。
そうであれば、行動に移せばいいのですが、それもできない自分への不快感もあります。
ストレスからか口内炎ができてしまいましたし、最近は朝のコーヒーがおいしくないのです。
食欲もあまりありません。
テレビニュースを見ると気分が悪くなりテレビを蹴飛ばしたくなり、キャスターやコメンテーターの発言を聞くとその人まで蹴飛ばしたくなり、どうも心も荒れています。
ちなみに、かなり人嫌いにもなっています。
いや、人不信と言ったほうがいいかもしれません。
自分がどんどん孤立し、自閉に向かっているような気さえしています。
そういう状況では、一番逃げやすいのは、「体調不良」なのです。
私の最近の心身の不調は、仮病かもしれません。
「体調不良」だと、活動をさぼる名目も得られますし。
困ったものです。

ところで、ちょっと気になるのですが、この方は今の日本を「戦前」と捉えています。
戦前を体験された方の体感が、そう言わせたのかもしれません。
たしかにおぞましい未来が、ついそこに来ているような気もします。
日本人がこれほど好戦的だったとは、実に悲しくさびしいです。

こう書いてきたら、また元気が萎えてきました。
さて、今日は午前中に畑に行ってきましょう。
昨日は、大きなガマガエルと小さなバッタに出会いました。
今日はだれに会えるでしょうか。

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2014/09/21

■節子への挽歌2576:新米ですき焼き

節子
もしかしたら、ですが、先日畑に農作業に行ったのはよかったのかもしれません。
体調も少し改善されたような気もしますが、なによりも前に進めるようになりました。
ためておいた友人との約束事もやる気になってきましたし、本もまた読みたくなってきました。
この1週間に読んだ本は、「歴史の進歩とはなにか」「ケアの本質」「思想の冒険」など、昔の本の再読が多いのですが、赤線などが引かれていて、最初に読んだ当時のことを思い出して、少しだけ心がホットになりました。
その勢いで、以前の生活リズムを取り戻せればと思います。
ともかくこの数か月は、生活がいささか沈んでいますから。
そのくせ、見栄を張って、というよりも、責任感から、集まりを企画したり、集まりに参加したりしていますので、精神的にも疲れてきているのです。
そうした状況から抜け出せそうです。

ところが、そうなったとたんに、たまっていた約束事をどっと思い出してしまいました。
約束の期限を遠に過ぎたものもありますが、それはやるべきかどうか迷います。
いまさらやっても、相手には迷惑かもしれません。
しかしまあ、動き出せたのだから動き出すのがいいでしょう。

自分が動けない時には、周りの人たちの動きがとてもうらやましく感じます。
輝いて見えるのです。
そうした連絡があると、うれしい半面、自分の状況を思って、少し落ち込んだりもしてしまうのです。
人間というのは、実にめんどくさくて、ややこしいものなのです。

昨日、節子の姉夫婦から新米が届きました。
今年は天候の関係であまり出来がよくないと言っていましたが、さっそく味わうことにしました。
料理は面倒なので、すき焼きにすることにしました。
私がつくるのですが、うまくいくでしょうか。
娘に手伝ってもらって、材料を買ってきました。
ちなみに、すき焼きは、節子の両親の家に最初に訪ねた時にごちそうしてくれた料理です。
節子にも少しお供えしようと思います。

その前に、お昼過ぎにまた畑に行ってきます。
倒れないといいのですが。
野草を多いので、何かすき焼きに入れられそうなものがあればと思いますが、まあ私の知識では探せそうもありません。
農本主義者として、もっと勉強しなければいけません。

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■個人を壊す企業から個人を活かす企業へ

個人を起点に考える学校について紹介しましたが、企業経営でも「個人を活かす」ということは、よく言われています。
企業組織論でも、自己組織化の考えが導入されたり、創発理論が議論されていますし、「ダイバーシティ戦略」もはやりです。
しかし、私の偏見では、本気で「個人を活かそう」と考えている企業はあまりありません。
むしろ、最近の企業は、「人づくり」から「人こわし」に向かっています。
ブラック企業と言われるような、「若者を使いつぶす企業」も決して少なくありません。

グローバリゼーションという言葉に合わせて、企業改革や経営改革も話題になりますが、本気で企業を替えようなどと思っている経営者は少ないでしょう。
なぜなら改革がうまくいった企業を、あまり知らないからです。
もちろんゼロではありませんが、相変わらずの経営を続けているところがほとんどのように思います。
実際に、そうしなければ、企業を継続していけないという状況もありますが、そうであればこそ、もっと本気に企業の設計思想を変えていかねばいけません。
私も昔は、そうしたことに取り組みたくて、いくつかの試みをしたこともありますが、力量不足と信念不足と怠惰さのために、いずれも挫折してきています。
だからあまり偉そうなことは言えません。

しかし、どう考えても、今の企業は壊れだしています。
働く人のためにではなく、お金のために存在しているという、主客転倒を感じます。
まあ、これは企業だけではなく、最近の組織全体がそうなってきているような気もします。

企業が個人を壊している事例は、よく報道されていますが、例えばその一つの表れが「自殺問題」です。
今年の初めから、「自殺に追い込まれることのない社会のために何ができるか」をテーマにした連続ラウンドミーティングを開催しています。
その一つが、「会社で働く人編」ですが、こうした話し合いの場に企業の経営管理者の人を巻き込むのは簡単ではありませんでした。
幸いに今は、大企業の人が中心になって、ささやかながら会を継続しています。
私の関心は、自殺にあるのではなく、そこから見えてくる企業経営の問題の把握です。
そしてどうしたら、企業がもっとイキイキしたものになり、みんなを幸せにしてくれる存在になるかです。
それこそが、私が考える企業改革であり、経営改革ですが、共感してくれる人は多くはありません。
私の本業の一つは、企業経営コンサルタントですが、残念ながら仕事はこの10年ほど、全くと言っていいほどありません。
利益を上げるよりも社員が幸せになる企業経営が私のビジョンですが、それでは企業が対価を払ってくれるはずもありません。
しかし、そうした状況こそを変えていきたい。
そう思っています。
もっとも最近は年齢のため気力体力ともに萎えてきていますので、もう仕事はできないでしょうが、思いだけは強いのです。

最近の日本の企業を見ていると、先行きがとても不安になります。

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■個人を起点とした学校教育

昨日、教育改革に関して書きましたが、パラダイムシフトの改革という点で、とてもわかりやすい事例があります。
一時期、話題になった「きのくに子どもの村学園」です。
この学校は、イギリスの実践的な教育学者のアレクサンダー・ニイルの思想に基づいて設計された自由学校です。
もちろん、文部科学省から学校法人として認可された学校です。
ニイルの基本思想は、「学校という制度に生徒を合わせるのではなく、実際に入学してきた生徒に合わせて学校を設計する」というものです。
ニイルは、子供の幸福こそ、子供のしつけや養育の中で最も重要なものと見なされるべきであり、この幸福への最も主要な寄与は、子供にその個人的な自由を最大限認めてやることだと考えていたのです。
その思想に共鳴した大阪の堀真一郎さんが設立したのが、「きのくに子どもの村学園」です。
書籍もたくさん出ていますし、一時はテレビでもかなり取り上げられたのでご存知の方も多いでしょう。

「きのくに子どもの村学園」には3つの原則があります。
子どもがいろいろなことを決めていくという「自己決定の原則」。
一人ひとりの違いや興味が大事にする「個性化の原則」。
そして、直接体験や実際の生活を学習の中心に置く「体験学習の原則」です。
それを実現する仕組みが、とても魅力的ですが、詳しくは本やネットで読んでみてください。
たくさんの示唆をもらえるはずです。

「きのくに子どもの村学園」を卒業した子どもたちが、どんな社会を目指していくかは、とても興味がありますが、学校全体の実態が目指すべき社会を象徴しているのです。
言い方を替えれば、いじめや競争主義が日常化し、制度に合わせる仕組みに合わせて強制が行われる(たとえば国家斉唱)学校が目指す社会は、明らかでしょう。
つまり、「そうした社会」に順応する人間を育てているのが、今の多くの学校です。
それを前提にするか、それを変えていくかが、教育改革の出発点ではないかと思いますが、それを変えようとする教育改革は、私は耳にしたことはありません。
もちろん、そうしたことを目指す「学校改革」の事例は、「きのくに子どもの村学園」のほかにもいろいろと聞いていますが。

個人を起点とした社会に向けての改革が必要だと考えている私にとっては、世上、言われている教育改革は、方向が反対だと思えてなりません。

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2014/09/20

■節子への挽歌2575:お墓は彼岸に通じているのか

節子
お彼岸が近いので、ちょっと早かったのですが、娘たちを誘ってお墓に行きました。
先日、墓荒らしにあって、修復の必要もあったからですが、まあたいしたことはありませんでした。
それでも墓石をずらして、お墓の中を見てみました。
なんと元気そうなトカゲが一匹、遊んでいました。
お墓の蓋がずらされたので、その隙間から入ったのでしょうか。
蓋をしなおす前になんとか、トカゲを外に出そうとしましたが、10分ほど頑張りましたが、ダメでした。
トカゲは土を掘って、土中に潜れますので、まあ何とか外部に出られるでしょう。
そう願いながら、蓋を閉めてしまいました。
そして、私も間もなくここに入るのかと思いました。
閉所が好きではない私の趣味ではないのですが、仕方ありません。
でもここから彼岸への道も開かれているのでしょう。

今朝、テレビで隠岐の海士町の近くに散骨できる無人島があると報道していました。
私は散骨派でした。
開かれた大地に戻りたいというのが、私の単純な考えだったのです。
しかし日本では散骨は難しいようです。
海への散骨は比較的やりやすいようですので、海への散骨を最初は希望していましたが、最近は海への散骨は溺れそうな感じで拒否感が出てきました。
ということで、やはり私も結局は、お墓に入ることでよかったような気がしてきています。
こういうのは、決めておいても、いざその時になると、考えが変わるのかもしれません。
節子が、まさにそうでした。

節子の母親は、もうじきお迎えが来るからと、死をあっけらかんと語る人でした。
それに比べて、私の母は、死に関しては全く言葉にしない人でした。
節子とよく、対照的だねと話し合っていたものです。
私たちはどうだったでしょうか。
やはりそれぞれが親の傾向を継いでしまっていたようです。
私は、節子の死を、一度も口にしたことはなく、考えたこともありませんでした。
だから、私には節子の死は、突然起こったことでした。
周りの人たちは、みんな間もなく訪れる節子の死が見えていたのでしょうが。
私と家族だけが、別の世界を生きていたわけです。
いまから考えると、実に不自然なのですが、当時はまさにそうだったのです。
以前書きましたが、私には死は突然やってきたのです。

ところが、両親の場合は違いました。
死を予想できたのです。
節子の場合、私には自分のことでもあったから、死が見えなかったのです。
その延長で考えると、私自身の死も、私には見えないことでしょう。
だから私には死が怖くないのかもしれません。

あのトカゲはどうしたでしょうか。
娘は、このトカゲは節子じゃないのか、と言っていましたが、そうだったのかもしれません。
実に色艶のいい。元気なトカゲでした。
もう彼岸に戻ったでしょうか。

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■教育改革はどこを目指すのか

今週のNHK朝ドラ「花子とアン」にはいろいろと考えさせられるセリフが多かったです。
NHKが自己反省と自己弁護をしているようなセリフもありましたが、まあ、それは考えすぎでしょう。
戦時中、花子はラジオで兵隊さんがお国のために頑張っているという話をしていました。
そのことを息子に戦死された蓮子から指摘され、悩むのですが、それを知って、幼馴染で学校教師の朝一が、自分も子どもたちに「お国のために頑張れ」と教えてきたことを悔いていると述懐します。
若者を戦場に送り込むうえで、学校の役割は非常に大きかっただろうと、私も思います。

学校教育は、言うまでもなく、ある目的のための手段です。
問題はその「目的」です。
明治の学校教育は、工業化社会に向けての「教育」でした。
戦時中の学校教育は、戦争を勝ち抜くための「教育」でした。
1945年以後の日本の学校教育はなんだったのでしょうか。
「平和の実現」と「個人の尊重」が重要な目的だったように思いますが、残念ながら、そういう方向にはいきませんでした。
この目的は理念的で抽象的すぎて、具体的なカリキュラムにまで展開するのは難しかったからかもしれません。
それに、貧しさの中で、多くの人たちはそれどころではなかったのかもしれません。
そして、ある時期から、ふたたび産業社会の労働力養成機関になったようにも思えます。

教育基本法は2006年に「改正」されました。
ある人は、「私たちのための教育から国家のための教育へ」と向かうための準備だと指摘しましたが、私も同感です。
かくしてまた、「お国のため」の「教育改革」が進められてきているわけです。

私には、「改革」の方向性が真反対を向いているように思います。
いま必要なのは、「お国のための教育」から「幸せのための教育」ではないかと思います。
「お国のための教育」は、「豊かさのための教育」を装いますので、個人の生活の視点があるように見えてしまうのですが、そこでの豊かさの基準は「お金」です。
豊かさも本来、個人によってそれぞれに違うのですが、国家視点から豊かさを議論すると、GDPなどに象徴される金銭経済基準になってしまいます。
しかし、幸せは国家の次元には還元できません。
「国家の豊かさ」という言葉はありますが、「国家の幸せさ」という言葉はありません。
「幸せ」に視点を移すと、必然的に、個人視点にならざるを得ないのです。
もっとも、功利主義者は「最大多数の最大幸福」という言葉を創り出しました。
私にはあまり理解できない概念なのですが、なんとなくわかったような気になってしまう、恐ろしい言葉です。
これに関しては、以前シリーズで書いた「オメラスとヘイルシャムの話」にもつながってきますが、アプローチの方向が間違っていると思います。

「教育改革」にとって大切なのは、社会の方向性です。
「どういう社会を目指すのか」がないと、教育は取り組めないでしょう。
つまり、教育改革とは社会改革なのです。
その肝心のところが議論されない「教育改革」が、いかにも手際よく進められているような不安を感じています。

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2014/09/18

■節子への挽歌2574:農作業の効用は不明です

節子
オフィスに行こうか、病院に行こうか、畑に行こうか、迷ったのですが、昨日の決心通り、畑に行ってきました。
半端でなく、草が生い茂っていました。
なんでこうも元気なのでしょうか。
おそらく自然のままに、素直に生きているからでしょう。
見習わなければいけません。
しかし、草っていうのは、悩むことはあるのでしょうか。

鍬まで持って行ったのですが、耕すどころではなく地面が見えないほどの茂りようです。
根扱ぎ鎌で草刈りに挑むことにしました。
問題はどこからやるかです。
まずは栽培していたミニトマトや唐辛子の周りを整理することにしました。
ミニトマトは、今年は連作したせいかあまり出来は良くありません。
唐辛子は、生い茂った草の中で頑張っていました。
不注意にも1本は草と一緒に抜いてしまいましたが、唐辛子も赤くなっていました。

しかし、いくら草を刈ってもあんまり変化がありません。
それほど茂っているわけです。
それで道沿いの花壇のところの草刈りをすることにしました。
なんと草の中で、マリーゴールドがまだ咲いていました。
しかし、ここが花壇だったとはだれにも分からないほどの悲惨な状況です。
案の定、途中でお手上げになりました。

それでも1時間半ほど頑張ったのですが、焼け石に水といった感じです。
どっと疲れが出てきて、立ちくらみがしてきました。
昔からそうですが、思い立ったらすぐに頑張ってしい、自制力が働かないのです。
畑の草の上で寝てしまいました。

実は先日、素晴らしい本に出会いました。
宇根豊さんの「農本主義が未来を耕す」です。
私は、農本主義者だと確信が持てたのですが、その本によれば、たとえ草刈りであろうと楽しいはずだと書いてありました。
注意すると虫の声や草の声が聞こえるはずだというのです。
寝ながら、というよりも、倒れたまま、耳を澄ませましたが、聞こえてきません。
聞こえてくるのは、自分の激しい息切れの音です。
しかし、とてもきれいなシジミチョウのつがいが飛んできました。
彼らにしばらく見とれていましたが、目の前で少し休んだ後、何も語らずに飛び去ってしまいました。
宇根さんが言うほど、楽しくはありませんでした。

そのうちに、幸いに気分も収まり、立ちくらみもなくなりました。
冷静になって、周囲を見ると、やはり気になることがあります。
バッタ類に出会いません。
生き物に会うのが楽しいと、宇根さんは書いていましたが、今回、会ったのはやぶ蚊だけでした。
デング熱にはかからないでしょうが、ともかく蚊にはよく刺されて、身体中がかゆくなりました。
蚊にとっては、いい日だったかもしれません。
私も少しは蚊には役立ちました。
しかし、あんまり楽しくない農作業でした。

ところで、元気のほうはどうでしょうか。
疲れすぎて、体調が悪いかどうかよくわかりません。
農作業の効用は、かくして確証は得られませんでした。
宇根さんが言うように、続けなければいけません。
理屈だけの農本主義者には、草も虫も土も何も語ってくれないのです。
節子なら、私よりも耳がいいので、何か聞こえたかもしれませんが。

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■司法の社会化

司法改革に関しては、これまで何回もブログで書いてきました。
これは実に悩ましい問題で、私にはまだ整理できていませんが、今の司法改革には違和感があります。

司法は、「法を司る」ところです。
現在の国民主権国家においては、法の役割も見直されるべきですが、法を基準にして問題を調停し、時に人を「裁く」仕組みも根本から見直されるべきだろうと思います。
司法が違憲判決を出しても、行政は言動を変えないという現実が、今の日本にはあります。
だれが司法を統治しているかは明らかです。
冤罪の多さが、それを物語っています。
あるいは水俣病補償がこれほどまでに伸びていることが、それを示しています。
司法改革は、そこを問題にすべきではないかと思います。
単なる手続きの問題ではありません。

国家は、秩序維持のために暴力を独占したといわれます。
暴力の独占には、当然ながら「立法」と「司法」も含まれます。
それでは国家の暴走が抑えられませんので、三権分立が考えだされたわけですが、それは権力内での役割分担の話であって、国民主権国家の「主権者」の視点は希薄です。

そもそも法は何のためにあるのかは難しい問題です。
よく憲法は権力を制限するものだと言われます。
しかし、国民主権国家にあっては、権力は国民に所在します。
立憲主義は、統治者を制限する体制と言われますが、統治者は主権者ではなく、主権を遂行する主権預託者です。
そこがややこしいところです。
しかし、現在の日本の法体系に基本には、国民主権国家というよりも、王権国家の枠組みが底流にあるような気がします。
たとえば、刑法は一般に懲罰の上限を決めています。
日本の法律では、加害者の人権問題が重視されています。
つまり、裁く人への信頼感がないのです。
これは権力の暴走を制限するという法の起源以来のスタイルです。
しかし、これは逆にいかようにも軽い懲罰ですませるということでもありますから、まさに国民の生命と生活を管理する仕組みとしては、好都合のルールでもあります。
飲酒運転で人を殺傷しても、自動車免許は剥奪されません。
私には理解できませんが、そうしては困る人がいるのでしょう。

大切なことは、だれが、何のために、裁くかということです。
フランス革命時のような、人民裁判は大きな危険性を孕んでいますが、だからと言って、権力代行者に任せるのがいいわけでもないでしょう。
それに、そもそも「権力の分立」などは、そう簡単にはできません。

少なくとも、最低限必要なことは、司法の場の透明性の確保です。
それだけで、司法の形は変わるでしょう。
権威づけられた司法の実態を、もっと明らかにしなければいけません。
裁判所のレイアウトから変えなければいけません。
裁判を傍聴した人は実感されているでしょうが、実に威圧的です。

同時に、司法に生活面での常識を導入することです。
権力維持のための司法ではなく、人々が安心して生活できるための司法にしていかねばいけません。
つまり、上からの秩序維持ではなく、みんなが一緒になっての秩序形成の発想です。
それがどういう形になるのか、それを根本から考える司法改革が求められているような気がします。
まさに「司法の社会化」が課題ではないかと思います。

司法の歴史は長いですが、人間社会ができてから、ほとんど変わっていない気がします。
そろそろ根本から考え直してもいいように思います。
かなり暴論のような気もしますが、今の司法界にはどうも違和感があるのです。

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■「○○ハラスメント狩り」への危惧

「男女共同参画社会推進議員連盟」の会長を務める野島善司都議が、16日の総会後の取材に「結婚したらどうだ、というのは僕だって言う。平場では」と発言したことがまた都議会の「セクハラ発言」事件を再燃させています。
まあ発言するほうもするほうですが、いつまでこんなことを繰り返しているのかといやになります。
都議会では真剣に都政を議論しているのだろうかと心配ですが、こういう問題に報道の焦点を置くマスコミには嫌悪感があります。
取材したマスコミ関係者の質問に誘発されたのだろうと思いますが、質問した記者を蹴飛ばしたくなります。
もっと都政の内容に関することに関心を向けてほしいですが、マスコミは極めて表面的な発言のレベルで問題を形成してしまうので、たぶん物事の本質はいつも隠されたままで終わります。
前にも書きましたが、何かの意図を感じます。

人はだれも間違いを犯します。
あるいは考えは人それぞれです。
昨今のセクハラ基準は、私にはいささか異常に感じますが、それはセクハラに限った話ではなく、ダジャレ風に言えば、「ハラハラ」も問題にしてほしい気がします。
つまり「○○ハラスメント」という言葉での暴力です。
「○○ハラスメント狩り」が広がる中で、委縮している人も少なくないでしょう。
人のつながりが大事だと言いながら、人のつながりを妨げる圧力がどこかで働いています。
私は、そこにこそ危惧を感じます。

今回の件に関して言えば、野島都議に発言が問題なのではなく、そういう人を会長にした都議たちの不見識の問題だと思いますが、いつも問題になるのは、個人の発言です。
個人の信条や考えを非難するべきではありません。
野島さんを弁護するつもりはありませんが、自分の考えを自由に発せられない社会に加担する人は、思想の自由や表現の自由などを口にしてほしくはありません。

それにしても、いやな時代に向かっています。
こういうことを娘に話したら、娘から、お父さんも昭和の人だね、もう平成になってから26年だよと言われました。
ほんとうに住みにくい時代です。

もっと大きな問題を、マスコミは追及してほしいものです。

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2014/09/17

■節子への挽歌2573:体調を治す方法が見つかりました

節子
わが家の農園に最近行けていません。
唐辛子はどうなっているでしょうか。
花畑はもう全滅でしょうか。
天候の関係もありますが、体調がもう一つなので、なんとなく行く元気が出てこないのです。
しかし、もしかしたら因果関係の捉え方が間違っているのかもしれません。
農園に行かないから、体調が良くならないのかもしれません。
なぜなら、体調が悪いと言っても、どことなくという感じですから。

因果関係を逆転させるというのは私の好きな発想です。
それは、論理演算ゲームとしても面白いですし、長く状況が変わらない時には、そういう発想の転換が効果的なこともあります。

友人から、こんな手紙が届きました。
無断転載ですが、匿名なので許してくれると思います。たぶん。

この1週間は不安感が強くあり、それまで半信半疑だったのが、「本当にうつ状態だろうか?」と思えてきました。

焦りと不安感、頭も回らず本も読めない、というのです。
さて、これらの要素の順番関係はどうでしょうか。
「頭も回らず本も読めない」ので「うつ状態かもしれない」という「不安と焦り」に襲われるのでしょうか。
「うつ状態かもしれない」という「不安と焦り」があるために「頭も回らず本も読めない」のでしょうか。
あるいは、「焦りと不安」が起こり、「頭も回らず本も読めない」ので「うつ状態かもしれない」と思うのでしょうか。

ここでの3つの要素のうち、主体的に変えられるのは、「頭も回らず本も読めない」だけです。
だとしたら、解決するためには、頭を回して本を読めばいいだけの話です。
と、こういう風に考えるのが、私の事態解決策なのです。
このように考えていけば、ほとんどの問題は簡単に解決します。
いまの私の場合で言えば、体調がなんとなく悪いので畑に行けない、ということを逆手にとって、畑に行けば体調は良くなるというわけです。

また、わけのわからないことを書いているような気がしてきましたが、実は節子が元気だったころは、こういう話をよくしていたものです。
節子は、いつも私に騙されたと言って、怒っていましたが、最後のころは、「はいはい」と言って聞き流していました。
しかし、こういうことが事態を変えることもあるのです。
まあ、もちろん事態を悪化させることもありますが、それは仕方がないことです。

さて、明日はオフィスに行く予定でしたが、それをやめて畑に行ってみようと思います。
さてどうなるか。
体調が悪化するか良くなるか、私は良くなるに賭けますが、節子はたぶん悪くなるに賭けるでしょう。
節子とは、こんなやり取りが何回もあったのを思い出します。

もしかしたら、節子との大切な時間を、無駄に浪費していたのかもしれません。
いやはや困ったものです。

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2014/09/16

■節子への挽歌2572:「女房とパソコンは古いほど良い」

節子
パソコンを新しいのに変えたら、実に調子が悪いです。
そもそも前のパソコンに入っていたソフト関係を移そうとしたのですが、なかなかうまくいきません。
わざわざワイアレスのマウスにしたのですが、これがまたスムーズではないのです。
やはり使い慣れたパソコンがいいですね。
そのうえ、画面が大きくなるとばかり思ったのに、横幅は広くなりましたが、縦が短くなったので、むしろ小さくなった感じです。
横広になった分だけ、むしろ無駄なスペースが増えた感じです。
機能は確かに増えましたし、きめ細かくなったのかもしれませんが、むしろもっとシンプルにしてほしいものです。
ユーザー仕様ではなく、開発者仕様のような気がします。

とまあ、こんな感じで新しいパソコンに苦戦しているうちに、そういえば、「女房と畳は新しいほうがいい」という言葉があったなと思いだしました。
たしかに畳は新しいほうがいい。

そういえば、「女房と鍋釜は古いほどいい」という言葉もありました。
今回の苦労から言えることは、「鍋釜」ならぬ「パソコン」もまた、古いほうがいい。
いや「古い」というからおかしくなるのですが、「付き合いが長い」と言えば、実に合理的な意見です。
付き合いが長ければ、なじんできて、自分と一体化できますから。

少し前に、関係性のことを書きましたが、関係は人だけではありません。
私たちは、周りにあるすべてのものや自然とつながりながら生きています。
そのすべてに「愛着」を持てるかどうかが大切なことのように思えます。
私の場合は、愛着を持ちすぎて、捨てられなくなります。
書籍や書類はなかなか捨てられません。
節子が使っていた物もなかなか処分できません。

今日、ようやく節子が使っていた鏡台ドレッサーを処分しました。
処分するまでに7年もかかってしまったわけです。
娘は、空間のほうが大事なので、2年使わないものは処分したほうがいいと言います。
そう思うのですが、なかなかそうはできません。

しかし、そのなじんだ女房もいなくなりました。
こうして次第に世界が小さくなり、自分もいなくなるのでしょう。
しかし、節子のドレッサーのように、私がいなくなった後に残ってしまうものがある。
それをいかに少なくするか。
その思いで、これから少しずつ身軽にしていかねばなりません。

まずはパソコンを新しいものに切り替えて、1台にしなければいけません。
さてまたチャレンジしてみましょうか。

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2014/09/15

■地方創生という発想

このままだと896の自治体が消滅しかねないという増田さんの「地方消滅論」が話題になっています。
まさにそれに呼応するように、新たに「地方創生大臣」なるものが「創生」されました。
地方創生戦略も話題になっています。
地方消滅論も地方創生論も、私には同じ発想のように思いますが、そこで議論されている「地方」とはなんでしょうか。
イタリアの「小さな村の物語」のテレビ番組に関して少し書きましたが、そこで取り上げられる小さな村は「地方」なのでしょうか。

日本の高度経済成長を可能にしたのは「地方」の存在でした。
個性豊かな「地域」を「地方」に貶めることから、それは始まりました。
資本経済の外部に存在する農村から労働力を調達し、そのあとは、農村を市場にしていったわけです。
資本経済の成長は外部がなければ実現できないことを、エコノミストの水野和夫さんは指摘しています。
国際経済にとっての外部であった豊かな文化地域の「開発途上国」も、いまや残すところアフリカしかなくなったので、先が見えてきたと水野さんは資本主義の先行きに警告を発しています。
文化は、経済にとっての外部でしょうが、その文化も、今やほとんど資本経済によって市場化されてきていますから、資本主義の終焉は時間の問題かもしれません。

地方創生は、これまで経済化を進めてきた地方を、さらに市場化しようという話だろうと思います。
ですから、私には、増田さんが指摘する地方消滅を加速させるのが地方創生に思えてしまうわけです。

もし経済成長などという不自然なことを考えなければ、イタリアのように「小さな村」は消えることはないでしょう。
インドのラダックの「懐かしい未来」が話題になったことがありますが、その後、ラダックはどうなったのでしょうか。
ブータンはどうなってきているのか。
その教訓を、私たちはもっと学ばなければいけないように思います。

東北の復興は、地方創生なのでしょうか。
農村は工業化された農業の工場になるかもしれませんが、農村ではなくなっていくでしょう。
それが地方創生だとしたら、何か違うのではないかという気がしてなりません。

イタリアの小さな村のような、みんなが支えあって暮らしている村落は、日本ではもう捨てられたのでしょうか。
私自身が、そういう村に住んでいないのに、勝手なことをいうのは気が引けますが、今の地方創生戦略は、どこか大きな違和感があります。
そこには「改革」や「未来」を全くと言っていいほど感じられないのです。

問題は「地方」にあるのではなく、人間を材料にして、膨れ上がっている「中央」にあるような気がします。
パラダイムを変えなければ、いけないのではないかと思えてなりません。

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■節子への挽歌2571:死ぬとき心はどうなるのか

節子
昨夜、NHKスペシャルでテレビで「臨死体験 死ぬとき心はどうなるのか」をやっていました。
立花隆さんが、世界各地の専門家を訪ねての思索ドキュメントです。
立花さんも74歳。
別れた奥様のがんに続いて、ご自身もがんを患って、死を意識されていると思いますし、何よりも歩く姿や語りの表情に、これまでとは違う立花さんを感じました。
やはり、人は自らの周りにさまざまなことが起こると、世界を変えていくのかもしれません。

番組の最後に、立花さんはレイモンド・ムーディ博士を訪ねます。
ムーディ博士は臨死体験をし、死後の世界を信じるようになった人ですが、立花さんをこのテーマに誘った人でもあるそうです。
それで、立花さんは会いに行きたくなったと言います。
死んだら心は消えてしまうと考える立花さんとはムーディ博士の考え方は違いますが、この番組で改めて思索した立花さんの考えは変わったのでしょうか。
久しぶりに会った立花さんに、ムーディ博士は「お元気ですか」と挨拶をしますが、立花さんは「そうでもありません」と応えます。
実に象徴的な一瞬でした。

番組では、最後に立花さんがこう語っています。

今回、死ぬことがそれほど怖いことじゃないということがわかった。
人生の目的というのは心の平安。
人間の心の平安を乱す最大のものというのは自分の死について頭を巡らせること。
いい夢を見たいという気持ちで人間は死んでくことができる。
立花さんは「心の平安」を「アタラクシア」という言葉で表現していました。
私には違和感がありました。
これでは古代アテネのエピキュロスと同じではないか、と思ったのです。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2010/02/post-2edd.html
人生の目的はアタラクシアではなく、エラン・ヴィタール(生の躍動)ではないかと、私は思っているからです。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2009/01/post-a6fe.html
そして、以前の立花さんは、私には輝いて見えていたのです。

ムーディ博士は「客観的に考えてみれば死後の世界があるとはっきりいえる自分に矛盾を感じます。でもそもそも人生は死ぬまで理解できないものなのです。私たちは自分が紡いできた物語つまり人生とは何だったのかその意味を知りたいと思いながら最後のときを迎える。そして臨死体験が待っている。私もあなたも好奇心を抱きながら人生を全うしていくのでしょう」と立花さんに話します。
そして、また向こうで会えると言うのです。
立花さんの答えは、残念ながら画面には出てきませんでした。

立花さんが最後に語った「いい夢を見たいという気持ちで人間は死んでくことができる」というのは、これまでも多くの臨死体験者が語った、大きな幸せの光に包まれることです。
節子もきっと、その光に包まれながら旅立ったのでしょう。
その時に、節子は「生の躍動」を感じたでしょうか。
私の関心事はそこにあります。

私もいつかそれを体験するわけですが、そう思えば、自分の死は何の恐れもありません。
ただ私には、残された者たちのことが気になるだけですが、それもまた勝手な思い込みなのかもしれません。
それを「執着」「煩悩」というのかもしれません。

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2014/09/14

■節子への挽歌2570:人は関係性の中で育っていく

節子
昨日、湯島で、小児外科医の松永さんを中心にしたサロンを開きました。
時評編などにも書いていますが、松永さんは昨年、「運命の子 トリソミー」という本で小学館ノンフィクション大賞を受賞した方です。
その本は、私のホームページでも紹介させてもらいましたが、短命という定めを持った男の子を授かった家族の物語です。
松永さんは、その家族との出会いの中で、命とは何かを考えていきます、
そのご自身の体験に沿って、すばらしいお話をしてくれました。
いつもはゲストが話し終わると、すぐに発言が出るのですが、今回は話の重さからかしばらく沈黙があったほどです。

私は、松永さんの紹介で、「こんなお医者さんがいるのだと驚きました」と、ついつい話してしまいました。
私が考える「本当の医者さ」です。
時評編に、少し医療改革のことを書きましたが、書いているうちに、節子の2人の主治医のことを思い出しました。

人は関係性の中で育っていきます。
18トリソミー(染色体異常)の朝陽ちゃんの家族は、たぶん朝陽ちゃんとすでに一体になっているでしょう。
祖母は、最初は怖かったそうですが、今は大の仲良しのようです。
重度の障害児を授かった両親は驚きと怒りを感ずるようですが、時間とともに、それを受容し、自分の一部にしていきます。
つまり関係性の中で、人の生は営まれているのです。

節子との関係性が、私という人間をつくりだしたように、人は一人では生きていらずに、誰かと生を分かち合うことで、「自分」を形成していきます。
たとえどんな人であろうと、関係が育っていくと、自分の一部になってしまいます。
最近問題になるDVやストーカー問題には、そうした悩ましさがあります。
また喪失体験による自己破綻も、そうしたことの結果です。

松永さんのお話を聞いていて、節子との関係性を思い出していました。
もはや私には、自分を作り直す気力はありません。
最後まで、節子と一緒に、その関係性を引きずりながら、生きていこうと思ます。

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■医療の何が「改革」されるべき

改革シリーズの最初は「医療を取り上げたいと思います。
昨日、小児外科医の松永さんに、「運命の子 トリソミー」のお話をしていただき、それをもとに話し合うサロンをやったばかりですので、そこで考えたことなども少し書きたいと思います。

私は以前から、医師中心の医療に疑問を持っています。
たとえば、2002年にホームページに医療のパラダイムシフトのことを少し書いています。
http://homepage2.nifty.com/CWS/kousou2002kannsou.htm#am
そこで書いたのは、次の3点です。
①「医術基軸から看護基軸へ」
②「病気づくりから健康支援へ」
③「医療制度や医学知見に合わせる治療から個々の生命に合わせる治療(支援)へ」
当時はまだこなれていませんでしたが、妻が胃がんになり病院に足繁く通うようになって、その思いは深まりました。
結局、妻は病院ではなく、自宅で看取りましたが、幸いに近くの往診医やそこと連携した派遣看護師センターがよくしてくれました。

病院で感じたのは、よく言われるように、医師は患者を見ずに病気を診るということです。
幸いに、妻の最初の主治医は「人」を見ていましたが、病状が進行して交替した主治医は、診察時にほとんど妻の顔を見ずにパソコン画面を見て話をしていました。
「がん患者学」を著した柳原和子さんは、ただの人としてではなく、患者として付き合ってほしいと話していましたが、そこに込められた意味も大きいです。
http://homepage2.nifty.com/CWS/katudoubannku2.htm#1014

先の医療のパラダイムシフト、つまり医療改革に関する基軸は、「病気治癒ではなく、命の輝きを支援するというのが医療」ということです。
昨日のサロンでも「いのち」という言葉が何回も出ました。
しかし、私の思いは「いのち」ではなく「命の輝き」です。

病気を治療することは大事なことです。
しかし、それは個人の人生のほんの一部かもしれません。
病気治療のために病院に隔離され、手術されたり薬漬けにされたりすることが、もし人生の邪魔をするのであれば、それが絶対視されるべきではありません。

私は、「大きな福祉」という理念で、ささやかな社会活動をしています。
http://homepage2.nifty.com/CWS/comcare-message.htm#ookinahukusi
その視点から言えば、「医療」もまた「大きな福祉」の一手段でしかありません。
昨日、お話を聞いた松永医師は、治療行為だけではなく、障害児のいる家族の生活に寄り添う生き方をしています。
治療する方法が「医学的」には見つかっていない難病を持つ人に対して、治療パラダイムの医療は何もできません。
しかし、生活を支え、いわゆるQOL、生活の質を支える行為であれば、医師にできることはたくさんあります。
それに、命の輝きは時間で測るべきではありません。
いかに短命であろうと、輝く人生は長く続くのです。
松永医師の取り組みは、そのことの大切さを教えてくれます。

昨日のサロンの話と改革の話が、いささか混在してしまいました。

医療改革はさまざまな形で進んでいるようです。
しかし、病気治療を目指す医療から人間の暮らしの福祉を目指す医療へと、起点を変えない限り、事態は悪化こそすれ良くはならないような気がします。
医師を頂点にし、病院を主舞台とする日本の医療コンツェルンを見直し、新しい医療の役割や社会の中のポジションを考えるべき時期に来ているように思います。
そうすれば、おそらく医師のミッションも変わっていくでしょう。
私の周りでも、そうした動きの予兆が感じられます。

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2014/09/13

■なぜ改革は達成されないのか

20世紀末から21世紀にかけて、さまざまな分野で「改革」が叫ばれてきました。
政治改革、行政改革、司法改革、教育改革、医療改革、経営改革など、いささか聞き飽きた感があります。
しかし、残念ながら、改革が実現したという話は聞いたことがありません。
なぜでしょうか。
私には、それは当然のことのように思えます。
そもそも最初から「改革」などしようとしていなかったからです。

こんな言い方をすると、身も蓋もないのですが、そう思っています。
以前、仕事で関わっていた企業変革に関してもそう思っていました。
それに関しては、大昔、雑文を書きましたが、変革や改革は「その気」になれば簡単ですが、「その気」になることが大変なのです。
「企業を変えるのは簡単です。変えるつもりがあればですが。」

現状に満足していない人たちは「改革」という言葉に踊らされがちです。
逆に言えば、「改革」が魅力的な言葉として受け入れられるのは、現状に満足していない人が多いということでもあります。
しかし、どんな状況においても、実際には現状に満足していない人と満足している人がいます。
言うまでもないでしょうが、「改革」を望むのは満足していない人ですが、多くの場合、その状況を創り出し、その状況の中で利益を得ている人たち、つまり体制のリーダー層から「改革」を呼びかけられることが多いのです。
なぜなら、不満を持っている人たちに対して、とても「受けの良い」言葉だからです。
だから、「改革」は単なる希望を与え支配下に置くためのスローガンになりやすいのです。

満足していない人たちからの改革の声は、「革命」と言われます。
革命は、「既成の制度や価値などを根本的に改革すること」です。
つまり、根本的に改革することが革命なのです。
言い換えれば、根本的に変えない改革があるということです。
さらに言えば、現状維持のための「改革論」があるということです。

根本的とはどういうことか。
私は「パラダイム」を変えるということだろうと思います。
パラダイムとは思考する枠組みの基本原理です。
私のホームページやブログの基本的な視座は、すべて「人間起点」、それも表情ある「個人起点」を目指しています。
それは、私の生き方でもあります。
26年前に会社を辞めた時に、私は生き方のパラダイムを変えたつもりです。

その視点から考えると、世間で言われている改革の多くは、既成の枠組みの中での弥縫策、いやむしろ保全策に感じられます。
例えば、前にも書きましたが、司法改革は、権力者の自衛策の司法パラダイムから抜けていませんし、行政改革は目的不在の手続きパラダイムから抜けていません。
医療改革のような、具体的な分野でも、医療そのものの役割の見直しまでには視野が届かずに、狭義の医療防衛の視野狭窄から抜けていません。
経営改革には企業の意味の問い直しが欠落していますし、教育改革は相変わらず人間を道具とする訓練志向に凝り固まっています。

私の友人の川本さんが、「右傾化に打ち克つ新たな思想」という本を出しましたが、その根底にあるのは「人間を起点とした社会哲学」です。
私が考えている「人間起点の発想」と通ずるところがあるので、川本さんにお願いして、「人間を起点とした社会哲学」のサロンを開催しました。
それが契機になって、「ちょっとハードなカフェサロン」が始まりました。
今日はその3回目です。
今日のテーマは医療と生命倫理にかかわるものですが、この継続サロンで、「人間を起点とした社会」を考えていきたいと思っています。
関心のある方はご連絡ください。

明日から少し「改革」に関する私見を2~3回書いてみようと思います。
1回で終わるかもしれませんが。

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2014/09/12

■節子への挽歌2569:よいことば

節子
仕事場の資料を整理していたら、節子が残した便箋などの箱がでてきました。
そのなかに、毛筆用の和紙の便箋が出てきたのですが、表紙に、節子が筆書きで「よいことば」と書いていました。
最後のページは、「一日の旅 おもしろや 萩の原」でした。
これが、和室にかけてある節子の作品になっているのですね。
ですから、この「よいことば」を書いたのは、節子が病気になって、東さんのところに書を習いに行っていた時でしょう。

そこに書かれている「よいことば」は、いかにも節子らしいものばかりでした。
そのなかに、こんなものがありました。

不幸を知らない人は 幸福も知らない
悲しみを知らない人は 喜びも知らない

これを書いた時の節子の思いは、どんなものだったのでしょうか。
悲しみを乗り越えて、喜びに出会っていたでしょうか。
そんな思いも持ちましたが、もしかしたらこれは私へのメッセージなのかもしれないと思い出しました。
改めて読み直してみると、どうも私あてのものではないかと思えるものばかりです。

たとえば、

心をこめて きけ
心をこめて はなせ

これは、節子が私によく言っていた言葉です。
私は、言葉を軽く扱いすぎるというのが、節子の不満でした。
たしかに、その気があります。

特に私あてだと思われる言葉がありました。

善いことでも
まわりをよくみて
やりなさい
本当のことでも
相手のことを
考えて言いなさい

はい
そうします。
実はいまもそれができずに、娘にも叱られています。

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■節子への挽歌2568:庭を少し元気にしよう

節子
今年の夏は自宅にいることが多かったのですが、そのせいか、気になることがいくつかありました。
その一つは、セミが少なかったことです。
毎年わが家の庭には朝、セミの抜け殻が見つかるのですが、今年はほとんど見つかりませんでした。
セミの鳴き声も少ないです。
あげは蝶は時々やってきますが、小さな蝶々もまた、最近は見かけなくなりました。
自然が貧しくなっていると一概には決めつけられませんが、何か自然から動きが弱まっているような気がします。

もっとも自然は手入れ次第でもあります。
節子がいたころと違い、庭の手入れはどうしても十分にはできません。
狭い庭とはいえ、庭の草花に声をかけなければどうしても草花の元気は出ません。
草花が元気がなければ生き物も集まっては来ないのでしょう。

節子が手入れしていたころは、たぶん庭と節子はかなり一体感があったでしょう。
でも今は残念ながら、毎日草花に声をかけるようにはなっていません。
リビングから見えるところには気が行きますが、家の裏とかふだん見えないところはどうしても気が行きません。
久しぶりに裏に行ったら、黄色な曼珠沙華が4本も咲いていました。
昨年は赤だったような気がしますが、今年は全部黄色でした。
とても立派な曼珠沙華でした。
1本だけ切って、節子に供えましたが、曼珠沙華が咲くところはちょうど死角になっていたのです。

人の住まない家は傷みが早いと言います。
目を向けない庭も同じで、荒れてしまうのでしょう。
朝起きたら、家を一周することを明日からの日課にしようかと思います。
そうすれば、草花から元気をもらえ、草花に元気を与えることができるかもしれません。

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■小さな村の大きな経済

BS日テレで毎週放映されている「小さな村の物語 イタリア」は、私の好きな番組の一つです。
http://www.bs4.jp/document/italy/
もう180回を超えていますが、毎回、実に新鮮な気付きを与えてくれます。
登場する人たちの生き方は、みんな実に豊かです。
日本でも同じような番組ができるのではないかと思ったことがありますが、たぶん180回は続けられないような気がします。

一番新しい181回目はサルディニア島のレーイが舞台です。
毎回、そこで暮らす住民が主役です。
冒頭に、そのレーイ村の全景が映し出されます。
広い平原を見渡す丘の中腹にある小さな村です。
日本であれば、限界集落とか過疎集落にされてしまうようなところかもしれません。
しかし、遠くから見ても絵になる集落です。
住民たちは野山を耕し、家畜を飼い、放牧をして暮らしています。
たぶん会社などはない農村です。
今回に限らず、毎回そんな集落が舞台なのですが、そこでの暮らしはうらやましいほどに人間にあふれています。
今回の主役の一人は、65歳の酪農家のピエートロです。

ピエートロは50歳過ぎまで学校の先生でした。
しかし、その傍ら、家の酪農を手伝ってきました。
そして、早めに学校を退職して、家業の酪農を本業にしたのです。
ピエートロは、学校の先生の仕事の傍ら、家業を手伝っていた。
そして、たぶん子育てが終わったころに、家業を継いで、好きな酪農を始めたのです。
ちなみにピエートロは、子供のころから牛の乳搾り手伝っていました。
酪農は、生活そのものに深くつながっていたのです。
いささか小難しく言えば、ピエートロはマネタリー経済の仕事とサブシステンス経済の仕事をずっとやってきて、いまは後者の仕事を生活にしているということです。

マネタリー経済の世界と違って、サブシステンス経済の世界では、必ずしもお金は必要ではありません。
お互いに手伝い合うことで、事々交換がなりたつのです。
同じ村で羊を飼っている知人が、手伝いに来ていましたが、たぶん彼もまた手伝いに行くのでしょう。
事々交換は仕事だけではありません。
お互いの家で、自家用のパンを作る時には、女性たちが集まります。
ピエートロ家では2か月分のパンを一気に作るのですが、近所から3人の助っ人が来ていました。
家によってパンの大きさや作り方も違うのだそうですが、長年の付き合いで、みんなお互いの家のパンのことも知っているようです。

もう一人の主役は85歳のアンジェラですが、彼女の場合はこうです。
若くして夫を亡くしたアンジェラは、女手ひとつで娘を育ててきましたが、その忙しい合間に野草のつる草で籠を作るのが趣味です。
その籠の作品がたくさんありました。
お金が必要な時には、それを売ってお金を得たそうですが、お金が必要ない時には、売りません。
ですから自宅にたくさんの籠があるのです。
別に使ってはいませんが、苦労して作ったのだから、売りたくないと言うのです。
たぶんお金はあまりないでしょう。
考えさせられる言葉です。
彼女も保存食を作っていましたが、材料の一部は野草です。
自然ともたぶん、事々交換、あるいは物々交換しているのです。
もちろんそこではお金など媒介にしていないでしょう。

こういう暮らしぶりを見ていて、はっと気づきました。
なんという「大きな経済」を彼らは生きているのだろう。
それに比べて、昨今の私たちはなんと小さな経済に生きているのだろうか、と。

イタリアは一時期、国家財政破綻などと言われた時があったような気がします。
しかし、破綻が問題のなったのは、マネタリー経済の話で、国民の生活はその時も豊かだったのでしょう。
経済の豊かさと生活の豊かさは、全く別物なのです。
本当に生きていれば、それに気づくはずです。
お金などなくても、ピエートロもアンジェラも、豊かな暮らしを守れるでしょう。
人や自然や大地に守られているからです。

しかし、日本のように、金銭にあまりに依存した生活では、そうはいきません。
グローバル経済は、実に矮小化された経済なのだと、この番組を見ていて、気づきました。

そういえば、この番組のプロデューサーの田口和博さんが、日伊協会の会報に「小さな村の大きな人生」というエッセイを連載しています。
「大きな人生」。
これも、私たちがいま、忘れてしまった生き方かもしれません。

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2014/09/11

■最近のマスコミ報道に何か「意図」を感じてしまいます

最近、警告があまりに盛んに行われるので、感覚的に麻痺していかないかと気になります。
用心するにこしたことはないのでが、いささか不安を与えすぎではないかと思います。

気象予測でも最近はかなり大仰な言葉が使われます。
経験したことのないような、とか、数十年に一度とか、なにやら「脅されている」ような気分になってしまいます。
警戒心を高めるには効果的でしょうが、そのうち、言葉に麻痺していかないかと心配です。

デング熱にしても、なぜこれほど盛んに報道されるのかよくわかりません。
今年になって突発したわけでもありませんし、いささか過剰報道のような気もします。
何かを隠すように、あるいは人々を委縮させるように、だれかが意図的にやっているのではないかとさえ勘ぐりたくなるほどです。

この数年のマスコミ報道は、どこか意図を感じるのは、私だけでしょうか。
私たちは、見事に「教育」されているようで、不安です。
ネットの世界も、それに輪をかけて、操作されているのかもしれません。
事実がなかなか見えなくなってきているので、私自身よく判断ミスをするようになってきました。
行動する世界を広げるしか、対抗力はないのかもしれません。

それにしても、いったい「誰の意図」なのでしょうか。
個人ではなさそうですが。

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■悪魔に魂を売りたくはありません

川内原発が再稼働にまた近づいてしまいました。
住民たちの発言を封ずる田中委員長の顔が、私には悪魔に見えました。

挽歌編に、テレビの楢葉町の取材番組のことを書いていたら、時評編にも書きたくなりました。
何やら怒りがこみあげてきてしまったのです。

番組というのは、NHKで時々放映している「72時間」という番組です。
あるところを舞台にして、そこの3日間の動きを淡々と放映する内容です。
私が見たのは、福島原発の近くの楢葉町の72時間です。
楢葉町は原発事故の後、生活禁止になっています。
ただ、原発の最寄駅のあるところなので、昼間はたくさんの人が電車でやってきます。

カメラは、駅から原発に向かう人たちを映し出しますが、その光景は異様です。
みんな急ぎ足で、黙々と原発に向かって歩いていきます。
取材者が声をかけても無言です。
時に対応する人がいても、どこまで話していいかわからないのでと言うのです。
まるで機械のロボットのような不気味さを感じました。

もちろんその人たちを非難しているのではありません。
むしろ危険をおかして働きに来る使命感には感謝すべきでしょうし、敬意を持ちます。
でもどこかおかしな風景です。
もっと胸を張って、明るくすべきだと思いますが、そうではないのはなぜでしょうか。
それに、どこまで話していいかわからないという発言が出ること自体、おかしいのです。
誰かが真実を隠そうとして、働き手に圧力をかけている。
それに反すれば、「謀殺」さえも辞さないのではないかという恐怖が支配しているのかもしれません。
それは決して事実無根のことでもないでしょう。

挽歌に書いたのは、住民がいなくなった楢葉町に空き巣が入らないように見回りをしている、男性の話です。
挽歌編から引用します。

その人が番組の取材で思わず話し出したことがあります。
その人の奥さんは、原発事故の後、避難生活の疲れで亡くなってしまったのだそうです。
60歳。とても明るく元気な人だったそうです。
彼はしみじみと、原発事故さえなかったら、楽しい老後生活になったのにと語ります。
事故の数日前に、夫婦で年金の手続きに行ったのだそうです。
話しながら、その人は涙をこらえきれませんでした。

原発さえなかったら。
原発は、私には悪魔のような存在に見えます。
にもかかわらず、日本の政府は原発依存から抜け出ようとしていません。
まさに悪魔に魂を売った人たちの政府のような気がします。
その人たちに、この人の悲しみはわからないでしょう。
原発がないと生活ができないなどと言っている人もまた、同罪です。
そういう人には、妻を失ったこの人の思いなどわかるはずもない。

原発事故のために、大切な人を失った人たちの悲しみを、私は知る由もありません。
しかし、その悲しさを利用している人たちへの怒りは忘れることができません。

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■節子への挽歌2567:心を開くと軽くなる

節子
衝撃的な911からもう13年がたちました。
個人の思いなど無関係に、時間はあっという間に過ぎます。
時々、思うのですが、私がいなくなったところで、世界は変わりなく続いていくのだろうと思うと、日々の喜怒哀楽など些末なことなのかもしれません。
妻の死は、夫にとっては大事かもしれませんが、世界中で毎日、たくさんの人が同じ体験をしていると思うと不思議な気もします。
しかし、そうしたことは自分で体験してみないと、まったく気付くことはありません。
自分で体験すると、ちょっとした報道でも、その先が見えてきます。

先日、NHKで福島県楢葉町の72時間を放映していました。
たまたま私の知人が登場するというので観たのですが、悲しい内容でした。
楢葉町は原発のすぐ近くで、まだそこでの生活は禁止されています。
昼間は、原発に働きに来る人たちがたくさんいますが、彼らは取材者に向かってほぼ無口で、機械のロボットのように働き場(原発)に向かいます。
その風景は、実に異様です。
しかし、私の心に残ったのは、そうした人たちではありません。

留守になった住民の家に空き巣がはいるため、避難している住民が時々自動車で見回りをしていますが、その人が番組の取材で思わず話し出したことがあります。
その人の奥さんは、原発事故の後、避難生活の疲れで亡くなってしまったのだそうです。
60歳。とても明るく元気な人だったそうです。
彼はしみじみと、原発事故さえなかったら、楽しい老後生活になったのにと語ります。
事故の数日前に、夫婦で年金の手続きに行ったのだそうです。
話しながら、その人は涙をこらえきれませんでしたが、私も同じでした。
そして、その人は言いました。
こんな話はしたことがなかったけれど、ついつい話してしまった、と。
取材者との心の距離感が、ちょうどよかったのでしょう。
でも想いを話せて、心が少し軽くなったのではないかと思います。
悲しみは、誰かが開いてやらなければいけません。

原発は、私には悪魔のような存在に見えます。
にもかかわらず、日本の政府は原発依存から抜け出ようとしていません。
まさに悪魔に魂を売った人たちの政府のような気がします。
その人たちに、この人の悲しみはわからないでしょう。
原発がないと困るなどと言っている人もまた、同罪です。
そういう人には、妻を失ったこの人の思いなど分かるはずもありません。

911で大切な人を失った人たちの悲しみを、私は知る由もありません。
しかし、その悲しさを利用している人たちへの怒りは忘れることができません。

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2014/09/10

■すぎのファームの梨

昨日、久しぶりにすぎのファームに梨を買いに行ってきました。
いつもは近くの道の駅で、杉野さんの梨を購入するのですが、なんとなく行きたくなったのです。
車で15分くらいのところです。

いつものように、家族みんなで作業をしていました。
もう豊水がほとんどなくなって、これからは新高が中心だそうです。
新高はなんとなくじゃりじゃり感があって、私の好みではないのですが、杉野さんの奥さんによれば、お店で買うのはそうかもしれないが、きちんと熟したものはそんなことはないというのです。
つまり私たちがスーパーなどで購入する果物は、本当の味のものではないものが少なくないということかもしれません。
確かに、杉野さんの新高を食べたら、新高のイメージが変わりました。

ところで、梨の木には当然寿命があります。
ですから長期的な視点で植え替え計画を立てておく必要があります。
しかし、最近は果樹関係も後継者が少なく、長期的な視点で生産品種の管理をするのが難しくなったといいます。
幸いに杉野家は息子さんたちが継承していますので、長期的な視点で計画的に取り組めます。
その話を聞いて、果樹園に限らず、いろんなところでこういうことが起こっているのだろうなと思いました。
工業化社会では、長期的に考えることができにくくなっているのかもしれません。
それが何を意味するか。
考えてみる価値がありそうです。

20世紀末から、ノーロングターム、つまり長期的に考えるのはやめようという発想が世界を覆いだしています。
持続可能性などという言葉が広がっていますが、そういう言葉を使う人ほど、ノーロングターム派であることも少なくありません。
ともかく目先の利益で動いている人が大きな顔をする時代になってきています。

恐ろしいのは、そういう人ほど、言葉はきれいなことです。
言葉ではなく、生き方や働き方で、人を評価するように心がけていますが、杉野一家は実にうらやましい生き方と働き方をしています。
だから年に1~2回、その空気を吸いに行っているのです。

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■節子への挽歌2566:墓荒らし

節子
どうやら節子の近辺にも事件が起きたようですね。
驚きました。
節子は、私の両親と同じお墓に入っています。
予想もしていなかったのですが、旅立ちの直前に節子が希望したのです。
その心境の変化がなぜ起こったのか、理由は訊きませんでした。
なぜかといえば、私は節子に絶対に治るからと言い続けていたからです。
いまにして思えばおかしいのですが、その時には私自身、そう確信していたのです。
理性や客観性を欠いていたといえば、それまでですが、節子がいない世界は、当時の私には想像さえできなかったのです。
現実を見ていたのは、節子だけだったのかもしれません。
だからお墓の話などはしませんでした。

両親の墓は私の兄が守っていますが、同居していたのは私たちでした。
だから直前に兄の了解を得て、両親のお墓に埋葬させてもらいました。
そのため、私もまた意志に反して、そのお墓に入ることになりました。

そんなわけで、節子は両親と同じお墓にいるのです。
ところがそのお墓のあるお寺から、一部のお墓が荒らされた可能性があるので、各檀家で確認されたいという連絡が兄のところにあったそうです。
それで兄はお寺に行って、ご住職と確認してきたそうです。
なんとわが家のお墓も、蓋も開けられた形跡があり、ひとつの骨壺の蓋が逆さまになっていたそうです。
お墓が荒らされるとは、いやな時代になってきたものです。

今年は春にも、蟻がお墓に巣を作って大変でしたが、災難続きです。
私も近いうちに行ってこようと思います。

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■節子への挽歌2565:心機一転、できるような

節子
パソコンを切り替えることにしました。
今使っているパソコンはもう10年ほども使用しています。
同じころ2台のノートパソコンも購入しましたが、その2台はすでにスクラップし、1台は新しく購入しました。
新しいパソコンは慣れていないせいか、どうも使いにくいので、メインに使用する自宅のデスクトップは相変わらずXPを使っていました。
しかしさすがに最近はXPの使用者は少ないようで、送られてきた情報が開けないことが時々あります。
それで新しいPCを購入しましたが、これまでのソフトが使えません。
ですから、プリントアウトもスキャナーの読み込みも、PDFの作成も、ホームページの更新もできなくなってしまいました。
さらに不都合なのは、前のパソコンでは自分用の漢字転換辞書を作成していたので、打ち込みが非常に楽だったのですが、それができなくなってしまいました。

ですから2台のパソコンを並べて、使い分けることにしました。
しかし、そのために散らかりっぱなしのデスクを整理しなければならなくなりました。
私の仕事部屋はとても狭く、その上、机が3つも並んでいますが、これまでそのデスクの上が書類で山積みになっていました。
今日は朝からずっと書類の整理をしていました。
ところが書類の下からなんと購入していたプリンターのトナーが3つも出てきました。
つい最近、予備にと思い新規に購入したところだったのですが、実はすでに買っていたのに、それを忘れてまた買ってしまったわけです。
いやはや困ったものです。

買っていたのを忘れて、また買ってしまうのは、節子もよくやっていました。
まあ私たち夫婦は、いずれもあんまり注意力や記憶力がいいほうではないのです。
考えずに行動してしまう、まあそれが私たちのいいところだったのですが。
そんなわけで、節子がいなくなってから、同じようなものがいろいろと出てきました。
困ったものです。

疲れ切ってしまいましたが、部屋はかなり片付きました。
心機一転、明日からまた新しいプロジェクトに取り組もうかという気にさえなってきました。
環境を変えることは大事ですね。
明日はさらに書庫の整理をしようと思います。
ここもまた書籍や書類があふれていますので。
しかし注意しないと、整理しているうちに人生が終わりそうです。
過去を整理すると、当然、未来も整理することになりますので。

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2014/09/09

■節子への挽歌2564:秋になりました

節子
節子が好きだった秋になりました。
節子の病状が一時回復し、近場の旅行が出来るようになった頃、節子はいろいろなところに私を誘い出しました。
印象に残っているのは、紅葉した風景です。
節子が残した日記などを開けば、もしかしたら押し花になった紅葉が出てくるかもしれません。

一番印象に残っているのは、高尾山です。
高尾山は、節子が東京で最初に登った山です。
まだ結婚する前に、私の両親に引き合わせるために、2人で東京に来ました。
翌日、2人で、スイカを買ってケーブルカーで高尾山に登りました。
いまほど人が多くなかった時期です。
山頂のベンチに座って、スイカを手で割って、2人で食べた記憶があります。
その頃の私は、今よりもさらに非常識な自由人でした。
生真面目な節子は戸惑いながらも、私との行動を楽しんでいたように思います。

闘病中に登った時は、まさに紅葉の季節でした。
山頂で、見ず知らずの3人組の食事に紛れ込んで、鍋料理を分けてもらった記憶もあります。
あの時の3人はどうしたでしょうか。
節子がいると、ああした気ままな行動もできますが、1人になった今は、できそうもありません。
私の自由さは、どうも節子に奪われてしまったのかもしれません。

夫婦として長年暮らしていると、夫婦のライフスタイルが決まってきます。
ところが、その片割れがいなくなると、どうも調子が出ません。
かといって、結婚前の自分には戻れません。
そのためか、行動が萎縮し、中途半端になってしまっています。
困ったものです。

今年は紅葉を楽しむ気になれるでしょうか。
7年前の秋の紅葉のことを思い出すと楽しむ気にはまだなれませんが。

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2014/09/08

■なぜ「助けて」と言わせたいのか

6日に新潟で自殺対策のパネルディスカッションがあり、進行役として参加してきました。
会場とのやり取りのなかで、私には違和感がある質問が2つありました。
この質問は、この種の集まりでよく出る意見でもあります。

一つは、自殺の原因別割合はどうなっているのかという質問です。
それも細かく分類できないかというのです。
質問された行政の人は、細かな分析はできていないと応えていました。
「家庭問題」「健康問題」「経済問題」「勤務問題」「人間関係」などと分類されることが多いのですが、そうした原因をさらに詳しく究明してどうしようというのでしょうか。
それを知ったら、対策が考えられるなどと思っているのでしょうか。

自殺に追いやられる人の状況はさまざまです。
しかし、同時に共通していることがあると思います。
助けてくれる人がいないということです。
自殺の原因を細かく分類しても、実際には役立たないでしょうような気がします。
自殺を観察する人と自殺を実行しようとする人とは、切り口が違うのです。

そう思っていますので、自殺の原因別統計を知りたいという質問をする人を、私は蹴飛ばしたくなります。
しかし進行役ですから、そうも言えません。

もう一つの質問は、「日本で自殺が多いのは日本人の自尊心が高く、助けてと言わないからではないか」です。
これもよく言われる言葉です。
自尊心が高ければそもそも自殺など考えないだろうと私は思いますが、それはともかく「助けて」と言わない状況を変えないといけないと多くの人が言います。
これも蹴飛ばしたくなる意見です。
あなたが、助けてというシグナルに気づいていないだけだろうと思うのです。
それに、困ったら「助けて」と言えばいいなどという傲慢さは私にはなじめません。
そういう人たちが、自殺に追い込む社会をつくっているような気がするのです。

たとえば、子どもたちにも「助けて」というように要求するのでしょうか。
声を出せない人にまで、「助けて」と言えというのでしょうか。
普段からきちんと付き合っていて、ほんの少しの気配りをしていれば、「助けて」などと言わせる前に何らかの気付きを得られるはずです。
助けての声が届かないのは、「言わないから」ではなく「聞かないから」です。
もちろん言語だけではなく、言語以外のメッセージも含めてです。
むしろ、「助けてなどと言わせない社会」を、私は目指したいです。
そのためには、みんなもっと余裕を持って、周りの人への気配りや関心を高めればいいのです。
余裕がない状況、つまり「忙しい状況」から抜けなければいけません。
それは相手の問題ではなく、自分自身の問題であり、その気になればできることなのです。
他者の問題ではなく、自分の問題ですから。
まあそう言いたかったのですが、何しろ進行役なので、パネリストの人に答えてもらいました。

大切なのは分析や観察ではなく、どうしたら自殺に追い込まれる状況をなくしていけるか、です。

私の進行がうまくなくて、そこまで届かなかったのが、実に悔やまれます。
人のことをとやかく言う前に、まずは私がもっと適切なファシリテーションができるようにならねばいけません。

しかし、どうして日本人は、分析や観察が好きなのでしょうか。
制度や相談窓口をつくるのも好きです。
それが悪いわけではありません。
しかし、自らの生き方を問い質すことで、自殺に追い込まれることのない社会に近づけることもまた、間違いないことなのです。
自殺防止活動というと、何やら大変なことのように感じますが、まわりの人のことに少しだけでも思いを馳せることも、大事な自殺防止活動なのだろうと思います。
時間がなくなったので、最後にそれだけを話させてもらいましたが、急ぎ足過ぎて届かなかったかもしれません。

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2014/09/07

■節子への挽歌2563:また荷物をもらって帰ってきました

節子
今回の新潟行きは少し疲れてしまいました。
今年の夏ばての影響でしょうか、どうも調子が良くありません。

新潟からの帰りは、東尋坊の茂さんとご一緒でした。
まさか私が、価値をほとんど認めていない形式重視の行政の自殺防止活動イベントに荷担することになるとは思ってもいませんでした。
今回はひょんなことから参加する羽目になってしまいました。

思えば、節子と一緒に東尋坊に行った時に、茂さんと偶然に会ったのが、このテーマに関わる始まりだったかもしれません。
節子がいなくなってから、気力が失せていた時に、茂さんから届いたメールが、なぜか茂さんとの縁を深めることになりました。
茂さんは、その生き方において、私の目指す生き方です。
茂さんが大事にしているには、「知ったものの責任」です。
知ったくせに何もしないのは犯罪だとさえ言うのです。
見習わなければいけません。
口だけの人があまりに多いですから。

昨日は新潟でシンポジウムでした。
テーマは「自殺に追い込まれることのない社会のためになにができるか」でした。
前日、懇親会がありました。
さまざまな意見が飛び交いましたが、いずれも私にはピンときませんでした。
口数の多い人ほど何も語っていないものです。
私も、その一人かもしれません。
自分のことはなかなか見えないものです。
節子がいた時には、注意してもらえたのですが、いまはお山の大将になっているのかもしれません。
しかし、他者のことはよく見えます。
思わず、私は一人称自動詞で語る人しか信頼しませんとよけいな発言をしてしまいました。
酒の席だったので騒がしさにかき消されたのが幸いでしたが。
しかし、どうも大人数の酒の席は好きではありません。
必ず1人や2人、仕切り家がいるからです。

ちなみに新潟でもまた宿題をもらってきてしまいました。
行動すれば必ず荷物を背負い込んでくる。
節子がいた頃と変わっていないのです。
しかも今では、その荷物をシェアしてくれる節子もいません。
だから疲れがなかなか抜けないのかもしれません。
まだ疲れが抜けず、ボーっとしています。

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■ブラック イズ ビューティフル

今年もまた、ブラック企業大賞が発表されました。
企画の趣旨には共感するところもあるのですが、「ブラック企業」というタイトルには大きな違和感をもっています。
なぜ「ブラック」なのか。

私が20代の頃、ブラックパンサーというグループがアメリカで活動していました。
正確には覚えていないのですが、その標語はたしか「ブラック イズ ビューティフル」でした。
日本でも翻訳出版されていたその機関誌を、私も読んでいました。
当時、「ブラック」にはむしろ「正義」のイメージがありました。

そういう記憶があるので、若者たちを使い潰している企業を「ブラック企業」と呼ぶことに、大きな違和感があります。
これは明らかに「差別語」だと思いますが、なぜこんな言葉を使うのか、残念です。
その言葉を大々的に使用する人たちの中に、しっかりした社会活動をしてきた人たちの名前を見つけると悲しくなります。
社会運動は、視野狭窄になりがちですが、それにしてもちょっと考えればわかることなのですが。

もう一つ、気になることがあります。
個別企業を「ブラック企業」として名指すことです。
たしかに、そうしたい企業はあります。
よく話題になる居酒屋の「和民」は、このブログでもかなり早い時期に問題提起していますが、問題なのは企業と言うよりも、経営者です。
企業は経営者によって大きく変わります、
会社としての「和民」が問題なのではなく、その会社を経営している渡邉さんが問題なのだろうと思います。
ユニクロもそうです。
柳井さんは経営者としてもNHKなどからは高い評価を得ていますが、私には最悪の経営者のように思います。
会社は経営者だけのものではありません。
そこで働いているたくさんの社員たちがつくりあげています。
会社全体を酷い会社であると決め付けてしまえば、そこで働いている人たちをも否定しうることになりかねません。
もちろんそうした会社に参加しているだけでも、非難されて仕方がない面もありますが、問題の本質を見誤ってはいけません。
問題にすべきは、経営者ではないかと私は思っています。

組織はあくまでも中立です。
組織に実態を与えるのは、経営者であり、管理者であり、現場の社員です。
しかし、昨今のような状況では、まずは経営者が問われなければ行けません。
だから私は、ブラック企業大賞に違和感があるのです。

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2014/09/06

■節子への挽歌2562:悲しさを吐露する距離

節子
昨日から新潟に来ています。
新潟で新しいネットワークを立ち上げる活動の一環ですが、1日早く来て、新潟水俣病資料館の塚田さんに会いに行きました。
塚田さんとは4年ほど前に資料館を訪ねた時に、とても感銘を受け、もう一度お会いしたいと思っていたのです。
今回もとても共感できるお話をたくさんお聞きできました。
様々なところで、こうした地道な活動が行われているのです。

帰り際に、塚田さんがポツリと娘さんのことを話し出しました。
昨年、がんでなくされたのだそうです。
一時は職場復帰もされたそうですが、とても見事な生き方だったようです。
突然の話だったので、私も少し気が動転して、頭にきちんと残っていないのですが、最後に塚田さんが「すごい娘だったと今は思っています」と言った言葉は鮮明に覚えています。
改めて塚田さんのお人柄に触れた気がします。

悲しさは、やはりだれかにいうのがいい。
でもなかなか近くの人には言えないものです。
塚田さんが私に話してくれたことの意味がよくわかります。
話してもいい人は、わかるものなのです。

またいつか塚田さんに会いに来たくなりました。
資料館の前に広がる福島潟は、心を癒してくれました。
その福島潟が見える資料館の2階のデッキで、塚田さんが話してくれたのです。

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■新潟水俣病資料館に立ち寄らせてもらいました

久しぶりに新潟水俣病資料館の塚田館長に会いに立ち寄りました。
4年ほど前に立ち寄った時の塚田さんの思いの深さと取り組みの柔らかさに感銘を受けて、ぜひまたお会いしたいと思っていたのです。
新潟に来る機会があったのでお訪ねしました。
とても共感できる話やうれしい話をお聞きできました。

資料館のロビーに、小学生たちの熊本の水俣市との交流の報告が展示されていました。
水俣市との交流があり、訪問しあっているそうです。
最近は大人たちも水俣市を訪れるようになっているそうです。

水俣市と新潟市の水俣病の経緯は、日本の政治や行政、あるいは経済団体や企業の姿勢を知る極めてわかりやすい事例です。
そこから私たちはたくさんのことを学べますし、政治や産業界も本来は学ぶべき事例です。
しかし、残念ながら、ほとんど学ぶことはありませんでした。
全くと言っていいほど、同じことが福島原発事故に関して繰り返されているように思います。
そんな話を塚田さんとさせてもらいました。

塚田さんにお尋ねしたいことがありました。
水俣病の経験が、どうも患者の認定問題や補償問題に閉じ込められたり、過去の話として語られたりしていることが、気になっていたので、そのことを塚田さんにお訊きしたのです。
塚田さんのお考えや活動を、改めて知りました。

塚田さんは、もともと獣医です。
ですからやはり「いのち」への思いが強いことも改めて感じました。

お話を聞いた後、また展示場を見せてもらいました。
予算のない中を、工夫しながら、効果的な展示に取り組んでいるのに感心しました。
展示方法なども、いろいろな人たちの意見を積極的に活かしているようです。

帰り際に、塚田さんがポツリと娘さんのことをお話になりました。
ますます塚田さんが好きになりました。

書きたいことがたくさんあるのですが、今日はアイパッドでの入力なので、どうも思うようになりません。
中途半端な書き込みですが、この資料館のことをたくさんの人に知っていただきたくて、書いてしまいました。
いつかまたきちんと書きます。

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2014/09/04

■節子への挽歌2561:新しい年のはじまり

節子
また新しい1年の始まりです。
久しぶりに昨夜は節子が夢に出てきましたが、目が覚めて、奇妙な不安感に襲われました。
具体的な不安ではなく、理由もわからない不安感です。
あんまりよくない新年のはじまりです。

人は、たぶん「だれか」のために生きています。
それが、自分だったり、神だったりすることもあるでしょうが、仮に自分だとしても、それは「もう一人の自分」でしょう。
ともかく「だれか」がいることによって、生きる意味がでてきます。

その「だれか」がいなくなると、それこそ「生き方」がわからなくなります。
混乱してしまうわけです。
改めて、その誰かを「創造」すればいいのですが、それができる人とできない人がいるのでしょう。
私は「できない人」のようです。
宗教に帰依することもできないわけです。
だから、節子がいなくなって以来、「生きる実感」が持てず、したがって「生き方」がわからないのです。

それでも時間は過ぎていきます。
もう8年目に入るわけですが、生きる実感もなく、生きる意味もよくわからないのに、生きつづけています。
こうして生きていることは、不思議な気もしますが、以前と何も変わっていないような気もします。
ただ一緒に喜び悲しむ人がいないだけの話です。
そこで、時々、自分は生きているのだろうかと奇妙な疑問が生じます。
喜びや悲しみは、個人のことのようですが、実は関係性のなかで生まれてくるものです。
だから、それを共にする人がいない喜びや悲しみは、とても不確かではかないのです。

今朝の奇妙な不安感は、そのせいかもしれません。
また道が見えない1年が始まります。

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2014/09/03

■無料で食べられる蕎麦屋さん

テレビ朝日の「ナニコレ珍百景」を見ていたら、北海道にある無料で食べられる蕎麦屋さんが紹介されていました。
その仕組みに、感動しました。

ただし、いつでも誰でも無料で食べられるわけではありません。
そのお店では、お客様からチップや寄付をもらうと、その分だけ次のお客様には無料でお蕎麦を提供するのだそうです。
つまり、ちょっと財布に余裕のある人が、ちょっと余計に支払し、お金のない人に振る舞ってもらうという仕組みです。
その仕組みの名前も紹介されていましたが、きちんと聞いていなかったので覚えていませんが、こういう仕組みもあるのです。

要するに、信頼できるお店などに寄付するということですが、寄付を受けたお店は、それを社会の困っている人のために使うという仕組みです。
ペイフォワードという考えに共感し、できればその精神で生きたいと思っていますが、それさえなかなか難しいです。
この仕組みはもっと難しそうですが、それでも少し工夫したら、できるかもしれません。
最近私はお金があんまりないので不安はありますが、それでも時々、クライドファンディングなどにお金を提供したりしていますので、できないことはないかもしれません。

立場を変えると、私はむしろみんなにそうやってもらっているのかもしれません。
湯島でサロンをやる時に、基本は500円、容器にいれてもらうのですが、なかには余分にいれる人もあります。
もちろんそれでは湯島のオフィスは維持できませんが、時に寄付してくれる人もいます。
寄付というのは失礼だという思いからか、何かと名目をつけて振り込んでくれるのです。
ですから湯島を無料で使ってもらうこともできるのです。
ちょっと「無料で食べられる蕎麦屋さん」と似ているような、うれしい気分です。

需給関係を整えるには市場の仕組みが一番いいというのが、最近の新自由主義者の考えです。
しかしそれは理屈の話であって、現実には仲間内だけでしか機能しません。
これは最近ある本で読んだことですが、世界的には毎年22~23億トンの穀物が生産されていて、70億人の世界の人々にそれらの穀物を平等に配分すれば、一人当たり年320キログラムとなり、飢餓は起きないそうです。
しかし実際には、8億人を超える飢餓人口が世界には存在しています。
市場の操作が、その原因の一つでしょう。

先ほどの、持てる人が持たない人の費用を負担してやる仕組みが広がれば、世界から飢餓はなくなります。
お金持ちには蕎麦が1万円、貧しい人には同じ蕎麦が10円というのはどうでしょうか。
実際にそれと似たようなことが起こっているのですから、もう少し工夫したら、そういう仕組みも可能かもしれません。
いや、すべての商品を無料にすれば、もっといいでしょう。
一時期話題になったベーシックインカムの議論はどこに行ってしまったのでしょうか。
私はベーシックインカムにも感動しました。

フードバンクという活動もあります。
それはそれでとてもいい活動です。
でも、お金持ちがレストランにお金を寄付して、貧しい人に無料で食べさせる仕組みはもtっといいですね。

そういえば、イスラムの断食は、貧しい人に腹いっぱい無料で食べさせるための仕組みだと、これもある本で読みました。
断食の時には、夜はどこのレストランでもすべての人に無料で食事を出すのだそうです。
イスラムの世界がもっと広がっていたら、世界はもっと平和になっていたように思います。
イスラムを悪者にしたのは、いったい誰なのでしょうか。

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■卑怯な生き方

最近のNHKの朝ドラ「花子とアン」は、昨今の日本の状況やそこでの私たちの生き方に、鋭いメッセージを突きつけているように思います。
そして、それに続く、「あさイチ」での有働アナの朝ドラへの反応がまた、NHKの姿勢を見事に象徴しています。
今日もまさにそうでしたが、今日の救いは解説委員の柳澤さんが久しぶりに登場して、少しだけ良心的なつぶやきをしていたことです。

ところで、今朝の「花子とアン」を観た人は、タイトルの「卑怯な生き方」が、蓮子が花子に浴びせた言葉だとわかってもらえるでしょう。

花子はラジオ放送で子どもたち向けのニュースを読み上げる仕事をしています。
しかし、戦争にむかっている時代状況のなかで、読み上げるニュースは戦争のことばかり。
花子は悩みながらも、だからこそ花子の「ごきげんよう、さようなら」という呼びかけを待っている子どもたちのために続けてほしいという放送局の人の説得にしたがって、辞めないでいます。
その危険性を、蓮子から指摘されて、「一人だけ抵抗しても時流には抗えない。自分や家族の暮らしを守るためにそこに乗るのは仕方ない」という花子は、まさに昨今の私たちです。
しかし、蓮子は、そうした花子を、「戦争をしたがっている人に動かされているだけ」と厳しく糾弾し、「私は時代の波に平伏したりしない。世の中がどこへ向かおうと、言いたいことを言う、書きたいことを書くわ。あなたのように卑怯な生き方はしたくないの」というのです。

花子のような人たちが、日本を戦争へと導いたわけですが、そういう状況においては周りが見えなくなってしまうのでしょう。
「意味の反転」に気づかなくなるのです。
昨日の放送では、蓮子の夫が平和を画策していた疑いで憲兵に連行されるのですが、それを見て近所の人たちは彼に「非国民」と非難の言葉を投げかけます。
これもまた、昨今の私たちの姿です。
時代を超えて、ドラマで見ると馬鹿げた言動ですが、それを見ている多くの視聴者たちが、そうした言動を実際にとっている現実は、実に哀しいものがあります。
私自身、しっかりと自分の言動を見直さなければいけません。

今朝の「卑怯な生き方」のセリフは好評のようで、ネット上ではすでに盛んに議論されだしています。
共感したならば、「卑怯な生き方」から抜け出なければいけません。
しかし、それが難しいからこそ、ネットでもてはやされているのかもしれません。

改めて、ラ・ボエシの「自発的隷従論」を思い出します。

「あなたがたが、自分を殺す者の共犯者とならなければ、自分自身を裏切る者とならなければ、敵はいったいなにができるというのか」。
私は、卑怯な生き方はしたくないと思っています。

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■節子への挽歌2560:日常生活のなかでの命日

節子
節子がいなくなってから2560日目、8回目の命日です。
といっても、今年は特に法事は用意していないので、私が般若心経をあげ、できるだけ位牌のそばで怠惰に過ごすというだけの話です。

しかし、もうまる7年も経つのかと思うと、不思議な気分です。
あっという間の7年という感じです。
まあ人生そのものが、「あっという間」の出来事なのかもしれません。

8年目にもなると命日意識も薄れ、気がついてみたら、花もあまり用意できていませんでした。
困ったものです。
命日にはこれまでカサブランカは欠かしたことがなかったような気がしますが、今年はカサブランカどころかユリさえありません。
庭の花でもかざろうと思ったのですが、これはという花がありません。

その上、お供え用の果物もみんな食べてしまい、梨くらいしかありません。
畑から野菜を収獲してきて、それでも供えようかと思いましたが、あいにくミニトマトくらいしかなっていないようです。
と言うわけで、今日の節子へのお供えはいかにも日常的です。
何もない命日。
でもこれもまたわが家らしくていいでしょう。
何事もポジティブシンキング、というのが節子の好きな生き方でした。

もう少し誠意を持って、命日を迎えてよ、と節子は笑っているかもしれません。
まあ節子にとっては「想定内」のことでしょうが。

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2014/09/02

■節子への挽歌2559:健全な老化

節子
喉の調子がまだ治らないので、とうとう病院に行きました。
カメラまで入れて検査してもらいましたが、やはり「健全な老化」と考えていいようです。
ただし、あまり喉を酷使しないようにと言われました。
特に、いまは喉に炎症があるので、それを完治するようにと薬をくれました。
実は前のお医者さんからも薬をもらっていたのですが、途中で止めてしまっていたのです。
今日のお医者さんは、実にソフトの人で、軽い薬なので飲むようにとていねいに説明してくれました。
ていねいに説明されると、なんだか飲まないと悪いような気がして、飲むことにしましたが、お昼は早速に飲むのを忘れました。
実に困ったものです。
まあ、こうした忘れがちなのも、「健全な老化」の証拠なのですから、仕方ありません。

ところで驚いたことに薬代が270円だと言うのです。
2週間分です。
これはやはりおかしいでしょう。
日本の医療行政が赤字になるのは当然です。
私は負担率も少ないのでしょうが、270円はないでしょう。
思わず薬局の人に安すぎますね、と言ってしまいました。
それに病院も明るく快適な雰囲気で、スタッフもたくさんいました。
暑い夏には、ここに来て、治療に励む人がいてもおかしくありません。
少なくとも冷房のないわが家よりも快適です。

節子を見送ってからしばらくは、病院に入ることさえできませんでしたが、今日は快適さを感ずるほどになりました。
ただし、まだがんセンターには行けません。
明日は、節子の8回目の命日、2560日目です。

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2014/09/01

■節子への挽歌2558:哀しさや寂しさを緩和させるための忘却

節子
節子の命日を前に、家族でささやかな会食をしました。
節子がいた頃を思い出して、久しぶりに中華料理の知味斎の円卓です。
両親が健在だった頃は、よく行きましたが、次第に行かなくなり、節子が病気になってからはたぶん一度も行ったことはありません。
それでも、中華料理にまつわる思い出はいろいろとあります。

病気になる前に、節子が更年期障害で元気がなくなった時期があります。
その時に、娘たちと3人で、気分転換に香港に行っています。
私は同行していませんが、それが食べ物と買い物のツアーだったからでしょう。
3人が香港にいったことはもちろん覚えています。
湯島で節子に会った私の友人が、わざわざ節子に香港に行ったらここに行ったらいいと地図まで書いて説明してくれていたのを覚えています。
そこまでは覚えているのですが、香港に行った理由を今日初めて知りました。
いや、忘れていたのを思い出しただけかもしれません。
ともかく、節子の気分転換だったのだそうで、当時、節子は心身共に不調だったのです。
そのため、その時に撮った写真を節子は見なかったそうです。
そういえば、香港で作ってきたという、娘たちと節子の写真入りの陶器も、どこかに埋もれていました。
節子は、そこに写っている自分が気にいらなかったのでしょう。
香港旅行の話も、あまり聞いた記憶がありません。

香港での話を今日は少し娘たちに聞かせてもらいました。
前に聞いたような気もしますが、あまり覚えていないのです。
今日に限りませんが、娘たちと話していて、実は私の節子の記憶はかなり失われていることを感ずることがあります。
まあ加齢に伴う忘却かもしれませんが、どうもそれだけではありません。
節子の記憶を軽くしておこうという力が働いているような気が、時にするのです。
大事な人の記憶は忘れないようにしようという心の働きがあるのではないかと思っていましたが、どうも実際は逆のようです。
忘れることによって、哀しさや寂しさを緩和させようとするのが、もしかしたら生命の本質かもしれません。

娘たちが話す節子の思い出話が、私には全く覚えのないことが時々あるのです。
今日もまたそのことを実感させられました。

久しぶりの知味斎の料理は、かなり変化していました。
節子だったら、何と言うでしょうか。
節子は、食べ物にはいつも一家言ありました。
自分では大した料理もできないくせに。
でも、私は節子の下手の料理が大好きでしたが。

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■ビジネスワークとソーシャルワーク

最近、仕事には2種類あることを、自分のことだけではなく、実感してきています。

先日、プロのヴォーカリストの人が湯島にやってきました。
ビジネスは言うまでもなく、「歌うこと」です。
歌うことによって、報酬をもらいます。
しかし、その一方で、その方は高齢者を元気づけたくて、高齢者施設などで歌唱指導やカラオケ活動などをやっています。
高齢社会に向けて、自分が出来ることをやっているわけです。
人は、ビジネスワークだけではなく、ソーシャルワークが必要なのです。

先月、2つの集まりを開催しました。
特にその一つは、実行委員を公募して開催しましたが、10人を超える方が自発的に実行委員になってくれました。
事前の打ち合わせをやったり、資料をコピーしたり、当日は朝早くから準備をしたりで大変でした。
勤務先を休んだ人もいます。
しかし、すべては手弁当です。
その上、その集まりの参加費は、実行委員も負担しました。
実行委員のためにたくさんのおにぎりを作ってきてくれた人が3人もいました。
それもすべて自己負担です。
もう一つの集まりも、まあ同じようなスタイルです。
こうした活動を、ソーシャルワークと呼べば、
ソーシャルワークは、報酬をもらえないどころか、お金がかかるのです。

お金をもらえる仕事とお金がかかる仕事。
だれも、この2つの仕事をやっています。
最近は、お金をもらえる仕事だけが「仕事」と捉えられがちですが、お金をもらう仕事だけでは、たぶん生きる豊かさは得られません。
人はパンだけで生きるのではなく、バラもまた必要なのです。

私は、会社を辞めた26年前に、お金と仕事を切り離して考えるようにしました。
そのために、このブログの記事も、いささかあいまいでわかりにくくなっているかもしれません。
過疎地域には仕事が山積みと私は考えていますが、お金をもらうことを仕事と考えている人には伝わらないでしょう。

そこで、これからは、ビジネスワークとソーシャルワーク、つまり、お金をもらえる仕事とお金がかかる仕事とに分けて考えようと思います。
人生にとって、不可欠なのはソーシャルワークであることは言うまでもありません。
その基本が見えにくくなっていることに、危惧を感じます。

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