■すぎのファームの梨
昨日、久しぶりにすぎのファームに梨を買いに行ってきました。
いつもは近くの道の駅で、杉野さんの梨を購入するのですが、なんとなく行きたくなったのです。
車で15分くらいのところです。
いつものように、家族みんなで作業をしていました。
もう豊水がほとんどなくなって、これからは新高が中心だそうです。
新高はなんとなくじゃりじゃり感があって、私の好みではないのですが、杉野さんの奥さんによれば、お店で買うのはそうかもしれないが、きちんと熟したものはそんなことはないというのです。
つまり私たちがスーパーなどで購入する果物は、本当の味のものではないものが少なくないということかもしれません。
確かに、杉野さんの新高を食べたら、新高のイメージが変わりました。
ところで、梨の木には当然寿命があります。
ですから長期的な視点で植え替え計画を立てておく必要があります。
しかし、最近は果樹関係も後継者が少なく、長期的な視点で生産品種の管理をするのが難しくなったといいます。
幸いに杉野家は息子さんたちが継承していますので、長期的な視点で計画的に取り組めます。
その話を聞いて、果樹園に限らず、いろんなところでこういうことが起こっているのだろうなと思いました。
工業化社会では、長期的に考えることができにくくなっているのかもしれません。
それが何を意味するか。
考えてみる価値がありそうです。
20世紀末から、ノーロングターム、つまり長期的に考えるのはやめようという発想が世界を覆いだしています。
持続可能性などという言葉が広がっていますが、そういう言葉を使う人ほど、ノーロングターム派であることも少なくありません。
ともかく目先の利益で動いている人が大きな顔をする時代になってきています。
恐ろしいのは、そういう人ほど、言葉はきれいなことです。
言葉ではなく、生き方や働き方で、人を評価するように心がけていますが、杉野一家は実にうらやましい生き方と働き方をしています。
だから年に1~2回、その空気を吸いに行っているのです。
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