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2014/09/22

■女性の活用と社会の変革

現在の政権のお題目の一つが、「女性の活用」です。
「女性の活用」などという、いかにも女性蔑視の言葉を受け入れている女性の心理が、私にはまったくわかりません。
男女共同参画などという言葉も、前にも書きましたが、どうも違和感があります。
そこには、女性の視点がないように思いますが、そう思う私の考えが間違っているのかもしれません。

日本ヒーブ協議会という組織があります。
最近は、あまり名前を聞きませんが、30年ほど前にはかなり活躍していました。
ヒーブとはHEIB、Home economists in businessの略です。
ウィキペディアによれば、「大学で家政学(生活科学)を修めて、企業の中で生活者としての女性の視点を尊重しつつ、家政学の専門知識を生かして、商品開発や消費者サービス、あるいは販売の現場で専門知識の提供をしながら、購入のアドヴァイスをする女性たち」のことです。
平たく言えば、女性の視点から企業経営に働きかけるプロと言ってもいいでしょう。
私にも、そこで活躍していた友人がいて、一時はその集まりにも顔を出させてもらったりしたことがあります。
私には、とても大きな期待があったからです。
たしか15周年か20周年くらいのヒーブの大会に呼ばれて、お話させてもらったことがあるのですが、それ以来、私はヒーブには興味を全く失いました。
というのは、講演後の質疑応答の時に、資生堂の女性監査役と名乗る人が、「過労死するほど働ける男性がうらやましい」という発言をしたのです。
私が、過労死が起きるような企業を女性の視点で変えてほしいというメッセージを送ったことに対する反論だったように思います。
日本ヒーブ協議会もまた、男性社会に迎合した組織のように思えて、以来、付き合う気がなくなりました。
それ以来、資生堂のイメージも大きく変わり、挙句の果てに企業メセナ論を唱える福原さんの発言さえも虚言に聞こえるようになってしまいました。

数年前、大企業はダイバーシティ戦略と称して、女性の活性化に取り組みました。
女性の活性化がなんでダイバーシティ戦略なのか私には理解できませんでしたが、ある研究会でいくつかの会社のお話を聞いて、ベクトルが正反対を向いているなと思いました。
女性の活用とは、女性を男性社会に同化させる戦略のように感じたからです。

1970年代から盛んに言われていた「女性の社会進出」に関しては、これまでも書いてきているように、社会から労働の場への女性の取り込みであって、むしろ社会からの収奪ではないかと思っていますが、その延長に、昨今の女性活用発想はあるように思います。
ですから、生物としての女性の頭数が問題にされているわけで、内容などあまり関係ありません。
小渕経済産業相が、原発が必要などと話しているのを見ると、この人は本当に母親なのだろうか、つまり女性なのだろうか、と疑いたくなります。
大臣の前に母親、つまり人間であることが、女性の本質だと私は考えているからです。
まあこんなことを言うと、女性差別主義者だと思われそうですが、男性と女性は間違いなく違っています。
差を認識したうえで、きちんとぶつけ合って、お互いに学び合うことが大切です。
男性の論理に迎合する女性は、事態を悪化させるだけでしょう。
だから私は、男性社会で活躍している女性が、どうも好きになれません。
居場所を自分で創り出し、男性社会に抗いながら生きている女性には感謝と尊敬の念を持っています。

壊れつつある社会を変えていくのは女性だろうと思います。
男女が支え合い、平等に語り合った社会は明治維新で壊れだしました。
その仕上げが、いま行われているような気がしてなりません。
私の時代認識は、間違っているでしょうか。
そうであれば、とてもうれしいのですが。

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