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2014/09/06

■新潟水俣病資料館に立ち寄らせてもらいました

久しぶりに新潟水俣病資料館の塚田館長に会いに立ち寄りました。
4年ほど前に立ち寄った時の塚田さんの思いの深さと取り組みの柔らかさに感銘を受けて、ぜひまたお会いしたいと思っていたのです。
新潟に来る機会があったのでお訪ねしました。
とても共感できる話やうれしい話をお聞きできました。

資料館のロビーに、小学生たちの熊本の水俣市との交流の報告が展示されていました。
水俣市との交流があり、訪問しあっているそうです。
最近は大人たちも水俣市を訪れるようになっているそうです。

水俣市と新潟市の水俣病の経緯は、日本の政治や行政、あるいは経済団体や企業の姿勢を知る極めてわかりやすい事例です。
そこから私たちはたくさんのことを学べますし、政治や産業界も本来は学ぶべき事例です。
しかし、残念ながら、ほとんど学ぶことはありませんでした。
全くと言っていいほど、同じことが福島原発事故に関して繰り返されているように思います。
そんな話を塚田さんとさせてもらいました。

塚田さんにお尋ねしたいことがありました。
水俣病の経験が、どうも患者の認定問題や補償問題に閉じ込められたり、過去の話として語られたりしていることが、気になっていたので、そのことを塚田さんにお訊きしたのです。
塚田さんのお考えや活動を、改めて知りました。

塚田さんは、もともと獣医です。
ですからやはり「いのち」への思いが強いことも改めて感じました。

お話を聞いた後、また展示場を見せてもらいました。
予算のない中を、工夫しながら、効果的な展示に取り組んでいるのに感心しました。
展示方法なども、いろいろな人たちの意見を積極的に活かしているようです。

帰り際に、塚田さんがポツリと娘さんのことをお話になりました。
ますます塚田さんが好きになりました。

書きたいことがたくさんあるのですが、今日はアイパッドでの入力なので、どうも思うようになりません。
中途半端な書き込みですが、この資料館のことをたくさんの人に知っていただきたくて、書いてしまいました。
いつかまたきちんと書きます。

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