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2014/09/09

■節子への挽歌2564:秋になりました

節子
節子が好きだった秋になりました。
節子の病状が一時回復し、近場の旅行が出来るようになった頃、節子はいろいろなところに私を誘い出しました。
印象に残っているのは、紅葉した風景です。
節子が残した日記などを開けば、もしかしたら押し花になった紅葉が出てくるかもしれません。

一番印象に残っているのは、高尾山です。
高尾山は、節子が東京で最初に登った山です。
まだ結婚する前に、私の両親に引き合わせるために、2人で東京に来ました。
翌日、2人で、スイカを買ってケーブルカーで高尾山に登りました。
いまほど人が多くなかった時期です。
山頂のベンチに座って、スイカを手で割って、2人で食べた記憶があります。
その頃の私は、今よりもさらに非常識な自由人でした。
生真面目な節子は戸惑いながらも、私との行動を楽しんでいたように思います。

闘病中に登った時は、まさに紅葉の季節でした。
山頂で、見ず知らずの3人組の食事に紛れ込んで、鍋料理を分けてもらった記憶もあります。
あの時の3人はどうしたでしょうか。
節子がいると、ああした気ままな行動もできますが、1人になった今は、できそうもありません。
私の自由さは、どうも節子に奪われてしまったのかもしれません。

夫婦として長年暮らしていると、夫婦のライフスタイルが決まってきます。
ところが、その片割れがいなくなると、どうも調子が出ません。
かといって、結婚前の自分には戻れません。
そのためか、行動が萎縮し、中途半端になってしまっています。
困ったものです。

今年は紅葉を楽しむ気になれるでしょうか。
7年前の秋の紅葉のことを思い出すと楽しむ気にはまだなれませんが。

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