■政治改革への基本的な思想
改革シリーズも9回目になりました。
とりあえず10回まで書こうと思いますが、今日はいささか理念的な話です。
昨今の政治状況での大きな問題は、政治を担う議員への信頼感が失われていることです。
なぜ信頼感が損なわれているのかは、いくらでも理由が挙げられるでしょうが、基本は情報社会の到来です。
議員の実態が見えてきたからです。
しかし、なぜ実態が見えてきたら議員への信頼感が失われるのか。
それは、多くの人が期待しているような人が議員になっていないからです。
ではなぜそうなっているのか。
それは、現在の選挙制度の問題になります。
投票日に、投票したい人がいないと悩んだ人は決して少なくないでしょう。
私などは毎回のように悩みます。
なんとか辻褄を合わせて投票していますが、どうしてこんなにも投票したくなる人がいないのか残念です。
しかし、それは当然のことです。
現在の選挙制度は、政治的野心や経済的野心を持って、自薦してくる人の中からしか、選べないようになっているからです。
つまり、選ばれたい人たちの中からしか、選べないわけです。
しかも、最近のような小選挙区制度では、よほどのお金持ちでない限り、政党の支持をもらわない限り、当選はできません。
政党の方針に合わせるために、自分の信念を二の次にせざるを得ません。
当選のためには信条さえも犠牲にする。
立候補の目的は、政治的野心の実現になっていく。
つまり、政治権力への野心を持つ人しか立候補しない仕組みになっているわけです。
しかも、そういう人たちは、当選してしまえば、自分の利益でしか行動しない。
そういう事例は繰り返し見せられていれば、議員への信頼感、さらには選挙への信頼感、そして政治への真摯な期待は失せていくでしょう。
そこを変えない限り、政治改革などは実現しようはずがありません。
ではどうすればいいか。
極めて簡単なことです。
立候補したい人から政治家を選ぶのではなく、政治を託したい人に政治を託すればいいのです。
もちろんこれは理念の話です。
その理念をどう具現化していくかは、難しい話です。
しかし、難しいからと言って、あきらめたら、改革などは起こせません。
たとえば、人の見える地域社会を基盤として、自分たちの代表を選んでいく仕組みを基本にして、政治体系のベクトルを反転させることができれば、事態は変わります。
立候補したい人の自薦主義ではなく、立候補してほしい人の他薦主義も検討に値します。
場合によっては、無作為の抽選でもいいかもしれません。
ネグリとハートのマルチチュードによる政治もそのひとつです。
30年ほど前にリンカーンクラブを立ち上げた友人の武田文彦さんの究極的民主主義の提案も、それにつながっています。
情報社会は、議員の実態を見えるようにして政治家の信頼を失わせましたが、情報社会は新しい選挙制度や政治制度の可能性を開いてきています。
政治改革が現実的な課題になってきました。
野党再編とか与党再編とか、そんな些末な話は、役割を終わった政治家たちに任せて、新たな政治制度を模索する時がやってきたように思います。
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