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2014年11月

2014/11/30

■節子への挽歌2646:空虚な週末

節子
人生はなかなかうまくいきません。
いろいろとあってやはりまだ生活が軌道に乗りません。
どうしてこうもうまくいかないのでしょうか。
体調は戻りましたが、生活は戻りません。

この土日は、自宅に居て、何もしない予定でした。
いや事実、何もしなかったのですが、なぜか何もできませんでした。
なんだか禅問答みたいですが、何もせずにやりたいことをやりたかったのですが、そのやりたいこともできなかったということです。
相談ごとの長電話が2本もかかってきたり、半分寝ながらテレビを観ていたり、結局、何をやっていたかわからない2日間になってしまったのです。
今頃になって、挽歌を書いていますが、何もしないとやはり何かすっきりしません。

何もしなくても、節子と一緒にいたら、こんな思いにはならないでしょう。
しかし、一人だとむなしい1日だったという思いしか残りません。
罪の意識さえ感じます。

先週はいろいろとたくさんの刺激がありすぎました。
あまり書けないこともいくつかありましたし、考えさせられることも少なくありませんでした。
娘からは、思いつきで生きるのをやめろと言われていますが、私にもそれなりの苦悩もあるのです。
節子が隣にいてほしい週末でした。

先週前半は体調不良、後半は精神不良でした。
人生は、なかなか平静になりません。
困ったものです。

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2014/11/29

■節子への挽歌2645:葬儀は誰のものなのか

節子
昨日観た映画の余韻がまだ残っています。
はっとしたやりとりがもう一つあります。
これも主人公の言葉ではありませんが。

ジョンの仕事のやり方に批判的な上司が彼に解雇宣言する時に、こんなことを言うのです。
葬儀は遺された者たちのためのものだから、だれも参列しない葬儀は不要だ、ただ火葬すればいい、と。
葬儀とはいったい誰のものなのか。

葬儀は必要か不要か、という議論が日本でもあります。
そういう議論も、このことに深くつながっています。
私自身は、葬儀は「要不要」の議論の対象ではないと思うようになっています。
それを超えて、自然に行われるものだと思うのです。
そして、それは生前のその人とその周りの人たちとの生き方の問題でもあります。
決めるのは当事者であって、一般論で語るべき問題ではないように思います。
それに、それぞれの葬儀のスタイルもありますから、第三者からなかなか見えないものがあります。

葬儀とはいったい誰のものなのか、という問いも難問です。
死者のためか、遺された者のためか。
私は、これには答えられません。
答はおそらく両者のため、さらにはもっと大きな「いのち」のためとしか言えません。

節子も私も、自分のお墓も葬儀も否定的でした。
しかし、死が見えてきた時に、私たちは2人とも自然にいずれをも、当然のように受け入れました。
そのやり方にはいささかの後悔は残っていますが、たくさんの人に来てもらった葬儀が行われたことは、私も節子もよかったと思っています。
節子がそう思っているのが、なぜわかるのかと言われそうですが、通夜に一人で節子の隣にいた時に、それが伝わってきました。
間違いありません。

ついでに言えば、お墓もまた死者のためでも遺された者のためではありません。
死者と遺された者が共に生きるためのものなのだと、最近は思えるようになっています。
まだ現世と彼岸とがつながっていた昔、お墓のスタイルが生まれたのです。
最近はそう思うようになりました。

あんまり映画につながる話は書けませんでした。
何しろ書いてしまうと映画の「ネタバレ」になりかねませんので。

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■「いろんな人がいたほうがよい」

昨日は2つの衝撃的なことがあって、時評を書く余裕がありませんでしたが、「異なっていることこそ正常」シリーズをつづけます。
その3です。

徳島駅に海部(かいふ)町(現在は市町村合併で海陽町)というところがあります。
そこは日本で自殺が最も少ない町のひとつです。
そこをフィールドワークした岡檀さんの「生き心地の良い町」(講談社)という本があります。
生き方を考える上で、とても示唆に富む本なので多くの人に読んでほしい本の一冊です。

岡さんは、とてもていねいな社会調査を踏まえて、5つの自殺予防因子を抽出しています。
それは同時に、「生き心地の良い町」を創りだすヒントでもあります。

海部町は近隣の町とはちょっと違った町のようです。
それがとても具体的に書かれていますが、たとえば、小中学校の特別支援学級の設置について、近隣地域の中では海部町だけが反対なのだそうです。
それは、「他の生徒たちとの間に多少の違いがあるからといって、その子を押し出して別枠の中に囲いこむ行為に賛成できないだけだ。世の中は多様な個性をもつ人たちでできている。ひとつのクラスの中に、いろんな個性があったほうがよいではないか」という海部町民の考え方の現れのひとつのようです。
他にも、さまざまな具体的なエピソードが紹介されていますが、岡さんはこう書いています。

海部町にまつわるこのようなエピソードに一貫してあるのは、多様性を尊重し、異質や異端なものに対する偏見が小さく、「いろんな人がいてもよい」と考えるコミユニティの特性である。
それだけではなく、「いろんな人がいたほうがよい」という考えを、むしろ積極的に推し進めているように見えてならない。
岡さんは、この「いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい」が、自殺予防因子の一つに挙げています。
そして、どうしたらいろんな人が生き心地よく暮らしていけるかについても、わかりやすく語ってくれています。

最近、「多様性」ということがよく語られます。
しかし、多様性を実現させ持続させることができるかについては、あまり具体的な議論はありません。
「多様性」という流行語が、題目だけになっている場合も少なくありません。
あるいは、多様性と均質化が混同されているようなことさえあります(たとえば昨今の企業のダイバーシティ戦略)。
岡さんのしっかりしたフィールドワークからのメッセージは、とても説得力があります。
生き生きした社会には、「いろんな人がいなければならない」のです。
会社も、地域社会も、均質な人だけでは息切れがしてしまうでしょう。
今の日本社会の問題は、そこにあるような気がします。

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2014/11/28

■節子への挽歌2644:「おみおくりの作法」

節子
久しぶりに映画の試写会に行ってきました。
映画は「おみおくりの作法」。原題は「Still life」、静かな人生です。
日本語のタイトルには大きな違和感がありますが、それはそれとして、心に残る作品です。
ヴェネチア国際映画祭などで数々の賞をとった話題の作品だそうです。

舞台はイギリス。
孤独死した身寄りのない人を弔う仕事を誠実に取り組んでいる44歳の民生係ジョン・メイが主人公です。
ジョンもまた孤独です。
主人公のジョンのセリフはあまりなく、サイレント映画のようでもあります。
しかし、それにもかかわらず、ジョンの気持ちは痛いほど伝わってきます。

筋を明かすわけにはいきませんが、私は途中からもう涙が止まりませんでした。
書きたいことがたくさんあるのに、書けないのが残念です。
でも、セリフのひとつ二つは書いてもいいでしょう。
といっても、何しろジョンはほとんどしゃべらないので、セリフはジョンのものではありません。
例えば、「黙ったまま隣り合っていられる相手」がいることの幸せが語られます。
例えば、「彼の過去は知らないのに1日で離れられなくなる」と愛が語られます。
例えば、「彼は命の恩人だ、あの山で俺を見捨てないでくれた」と友情が語られます。
そして、セリフのないジョンのStill lifeが、人間が生きることの哀しさを教えてくれます。
そして、それは喜びにもつながることを。
そして、誠実とはなにかも。

20年前に観たギリシア映画「永遠と一日」に負けずに涙が出ました。
今回も、ずっと節子が隣にいる気持ちで観ていました。
あの時と違って、嗚咽は堪えられましたが、沸き起こった思いのやり場には困りました。
「黙ったまま隣り合って」いてくれる節子が無性に恋しくなりました。

来年の1月からロードショーが始まる映画です。
多くの人に観てほしい映画です。
http://bitters.co.jp/omiokuri/
公式サイトに予告編があります。

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2014/11/27

■「誰一人まともな人はいない」

イタリアには街中によく「近づいてみれば、誰一人まともな人はいない」という標語の書かれた標識があるらしいです。
自分で確かめたことがないので、今度、イタリアに行く娘に見つけたら写真を撮ってきてもらおうと思っています。
どなたかお持ちであれば、送ってください。

イタリアでは精神病院を廃止しています。
だからこの標識があるのではなく、むしろ逆なのです。
この話は、「健康不安と過剰医療の時代」という本の中で井上芳保さんが紹介してくれているのですが、井上さんはイタリアでの精神病院は医師に関連して、こう書いています。

おかしな部分を持っていて苦悩や危機を生きているのは何も精神病者だけではない。普通の人たち自身だってよく考えてみたら十分におかしいし、まともでないというわけだ。この冷厳なる事実への気づきによる「受苦者の連帯」こそは、近代主義に染め上げられた結果、抑庄的なものとして構築された精神医療を根底から変えるために必要なものであろう。
この発想は、ヴァイツゼッカ-の「異なることこそが正常」に繋がっていると思います。
近代は、人の標準形をつくろうとしています。
意識はもちろんですが、姿かたちまでです。
最近では、整形手術によって、みんな同じ顔になってしまってきているような気もします。
前に書いたとおり、それに関してのヴァイツゼッカ-のメッセージも強烈です。
ヴァイツゼッカ-のメッセージを読んで初めて気づいたのが恥ずかしいです。

「誰一人まともな人はいない」という時の「まともな人」とはどういう人でしょうか。
どういう人が「まとも」とされているかで、その社会の実態が見える気がします。
日本では、「まともな人」は、褒め言葉でしょうか。
たぶん褒め言葉でしょうが、イタリアでは「まともでない人」もまた褒め言葉かもしれません。
私見では、「まとも」とは自分を生きている人です。
しかし、工業化社会では、「まともな人」ではないのかもしれません。
つまり、「まともでない人」が「まともな人」なのです。

多様性の大切さが叫ばれていますが、それはそれだけ現実が均質化していることの現れです。
絆やつながり、ささえあい。
そうしたことの前提にあるのは、「異なることこそが正常」の社会です。
「まとも」の定義によっては、絆やつながりや支え合いは、ちょっと不気味なものになるかもしれません。
なにが「まとも」なのかを、きちんと考える必要があるように思います。

「まともに生きているか」と問われたら、「はい」と自信を持って言えるような「まともでない人」になりたいと思っています。
ややこしい話ですみません。
今日もけっこう疲れる1日でした。

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■節子への挽歌2643:病気の節子のことを思い出すと辛くなります

節子
入院中のTさんから電話がありました。
10日の予定が延び延びになっていて、もう40日を超えていました。
様子を訊く勇気もなく待っていましたが、そろそろ見舞いに行こうかと思っていた矢先です。
正直、今でも私には、病院への見舞いは結構ストレスなのです。
そのTさんからの電話でした。
元気そうな声で、疲れ切った感じの私の声を聞いて、逆に心配されてしまったほどです。
「そういえば佐藤さんのほうが年上だよね」と言われました。
それで、私も、「まあ歳の順にしたいよね」と答えましたが。
Tさんは、節子のこともとても心配してくれた人ですが、節子亡き後の私のことも心配してくれているのです。まあ、「たぶん」ですが。

Tさんからの電話は朗報ですが、これまた節子もよく知っているKさんからは、気管支ぜんそくで入院していたという電話がありました。
気管支ぜんそくと言えば、節子もとても悩まされた病気で、2回も入院しています。
その時の節子のことは思い出すだけでもつらいものがあります。
病気に関する節子の思い出もたくさんあります。
あまり思い出したくない記憶ですが。
病気の節子のことを思い出すと辛くなります

私は、入院経験は親知らず歯を抜くとき一度経験しただけです。
入院と言っても気楽な入院でした。
病気に関しては、当事者になったことがないのです。
だからきっと入院に関する感受性は弱いでしょう。
人は体験しないことは、理解はできても感じられないものです。

昨夜、娘に勧められたサプリメントを飲んで寝たら、体調が回復していました。
体調が戻ったら、今日は天気も良くなりました。
私の大好きな広くて深い青空です。
Tさんは見ていないでしょうね。

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2014/11/26

■節子への挽歌2642:ヒューマニズムが見たい

節子
昨日、私のホームページを見て湯島に訪ねてきてくれた人がいます。
世界にはいろんな人がいて、いろんな生き方をしていることを、少しは知っていますので、どんな人に会っても滅多には驚きませんが、今回はちょっと驚きました。
私よりも1歳年上ですが、私に比べると段違いに純真で開放的な人です。
由緒ある来歴の人ですが(話していてわかりました)、それを話しもしなければ隠しもしません。
その人にとっては、たぶん「瑣末なこと」なのでしょう。

かなりの時間話しましたが、お互いにほぼすべてのこれまでの生き方を象徴的にわかり合った気がします。
その方も言ってくれましたが、私たちにはその価値観や生き方において、共通するところがかなりあります。
だからきっと、突然に電話をかけてきて、湯島にも来てくれたのです。

その方のライフワークは、ヒューマニズムがあふれたテーマパークづくりです。
というか、たぶんヒューマニズムを見たいのです。
ヒューマニズムを見たい、というのはわかりにくい表現ですが、そんな気がします。
実は、私もそう思っているからです。

もうひとつ共通点がありました。
伴侶がおらずに、毎日、一人で寝ていることです。
一人で寝ているとさびしいですと、心底、さびしそうに話されました。
こんなに素直に心情を豊かに話された人は初めてです。
私まで涙が出そうになりました。

長寿の家系だそうです。
「あったかいテーマパーク」を創れれば、いつ死んでもいいということですが、逆に言えば、「あったかいテーマパーク」を創るまでは死ねないのです。
その人がいつでも死ねるように、何かできることはないか。
昨夜から、その問題を考え続けています。
私も、いつでも死ねるように、抱え込んでいる問題を解決してくれる人がほしいです。

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■異なっていることこそ正常です

「運命の子」の著者でもある、小児外科医の松永正訓さんの講演をお聞きしました。
13トリソミーの子どもを授かった家族との交流を通して、障害児の受容や生命倫理の問題、さらには出生前診断の問題などを、ご自身の実践を踏まえた言葉でしっかりと問題提起された、素晴らしい講演でした。
2時間のお話の後、私は心身が揺さぶられたようで、しばらくうまく話せなかったほどです。

その講演の最後に、松永さんは、ドイツの大統領だったヴァイツゼッカーの言葉を引用されました。
それがこの記事のタイトルの「異なっていることこそ正常です」です。
ヴァイツゼッカーの演説はいずれも素晴らしく、演説集が日本でも翻訳されています。私もいくつか読んでいるのですが、この言葉は記憶にありませんでした。
帰宅して早速、3冊ほど読み直してみました。
しかし見つかりません。
そこで松永さんにお尋ねしたら、岩波書店からの「ヴァイツゼッカー大統領演説集」に掲載されているということでした。
手元にはなかったのですが、今日、入手して読んでみました。
1993年に行われた障害者団体の全国組織の年次大会開会式での演説の中に、この言葉が出ていました。
最初と最後に2回も。
この演説もまた素晴らしいです。
これもまたたくさんの人に読んでほしいものです。
岩波からは、ヴァイツゼッカーの演説集は数冊出版されていますが、掲載されているのは1995年出版のこの本だけのようです。
岩波書店は、この演説もきちんと掲載してほしかったです。

短い演説なのですが、はっとさせられる言葉がたくさん出てきます。
中途半端に引用すると、中途半端にしか伝わらず、誤解さえされそうですが、2つだけコメントなしで紹介させてもらいます。いずれもちょっと長いのですが。

「ある種のメディアが伝える理想的な身体になるために、彼らは不健全なダイエット、極端なスポーツ、それどころか美容整形にまでふけっております。これが障害を持つ人びとに対する不寛容を間接的に大いに助長いたします。美容整形工場で人工的で画一的な身体になろうと懸命になっている男女に取り囲まれていたいとは私は思いません。」

「障害に対するわれわれの反応が、相手の個人的感情に実に大きな影響を与えるものだからです。障害を持たない人の反応に出会って、「私は自分がこれほどに障害を受けている身とは知りませんでした」と狼狽して語る人もいます。障害者の重荷を軽くするには、障害のない人びとが認識を改めねばなりません。

いずれの言葉にも、はっとさせられました。

この演説のタイトルは、その本の中では「障害者に公正に」となっていますが、ヴァイツゼッカーのメッセージは間違いなく「人間に公正に」です。
事実、そうした言葉も実際に語られています。

松永さんからこの数か月教えられてきたことは、ヒューマニズムの本質だったのです。
世界が少し広がったような気がします。
松永さんに感謝しています。

そういえば、昨日、湯島の「日本にヒューマニズム」に満ちた場を創り出すことをライフワークにしている人が訪ねてきました。
なにか応援できることがあればいいのですが。

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2014/11/25

■節子への挽歌2641:いのちのつなぎ方

節子
湯島で時間ができてしまいました。
ちょっと書き遅れている挽歌を書くことにしました。

昨夜、テレビで5歳未満の子どもの臓器移植が報道されていました。
すべてうまくいったそうで、とても安堵しました。
しかし、ドナーの家族のことを思うと心が重くなります。
どんなに複雑な思いにあることでしょうか。

以前、ドナーの家族のご夫妻とお付き合いがあり、ささやかにその活動にも関わらせてもらいましたが、今はどうされているでしょうか。
娘さんのお一人を交通事故で亡くされたのですが、一人でも欠けてしまうと家族は変質しがちです。
家族というのは、実に微妙な関係でもあるのです。
思いが深すぎて、それが逆作用することもあります。

とても仲の良いご夫妻でしたが、それぞれに重い荷物を背負っているのをいつも感じていました。
もう15年ほど前のことですが、今とはだいぶ世間の理解度も違っていて、ドナー家族は大きな精神的な負担を背負うような時代でした。
私と出会った時には、精神的にも不安定だったのだと思います。
最初のコミュニケーションはあまりうまくいきませんでしたが、すぐにお互いに心が開けました。
しかし、たぶんそれはあくまでも浅い意味の心であって、私はご夫妻の悲しみの半分もわかっていなかったでしょう。
当時、様々な問題を抱えている人たちと、できるだけ素直に、そして誠実にお付き合いさせてもらいましたが、今から思えば、まだまだ第三者的でした。
そうしたことに気づかされたのは、やはり節子のおかげです。
当事者の思いは、第三者とは全く違います。
当然ではありますが、だからこそ支え合うこともできるのです。

節子は病気でしたので、臓器移植はできませんでした。
しかし、誰かが節子の一部でも引き継いでくれていたらと思うことがあります。
いや私自身が何か引き継ぐことができなかったのだろうかとも思います。
そんなことを口にしたら、ドナー家族を傷つけるかもしれません。
でも、どこかで愛する人が生きていると思えるような気もします。

命をどうつないでいくか。
それがそのご夫妻の課題でした。
この報道をどんな思いで見ているでしょうか。

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■内気は病気なのか

この数日、体調があまりよくありません。
昨日はゆっくり休んだのでもう大丈夫と湯島に出てきたら、やはりあんまり調子がよくありません。
今日は2組の人と会う約束なのです。
私のフェイスブックを読んで、いずれからも「大丈夫か」と問い合わせがありましたが、まあ人と会ったほうが元気になるので、大丈夫と答えました。
でもやはりだんだん調子が悪くなってきました。
もう今更キャンセルはできませんが、まあ会えば元気になるでしょう。
もしかしたら、高血圧の薬を飲むのを止めてしまったからかもしれませんが、たぶん、病気ではないでしょう。

ある本で、血圧は200を超えなければ大丈夫というような記事を読んで、なるほどと思って、薬を止めてしまったのですが、こういう生兵法が一番悪いのでしょう。
しかし、そうは言うものの、やはり病気の概念が広がりだしているのは気にいりません。

最近読んだ本にこんな広告の写真がありました。
2003年に雑誌に載った広告です。
有名な製薬会社ファイザーの「抗うつ剤ゾロフト」の広告です。
「彼女はただ内気なだけ? それとも、社会不安障害?」(Is she just shy? Or is it Social Anxiety Disorder?)と呼びかけています。
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この広告が紹介されていた本は、5年前に翻訳出版されたクリストファー・レーンの「乱造される心の病」です。
原題は「shyness became a sickness」。
著者は、今や「内気」ということさえが「病気」にされる時代になったというのです。
「ゾロフト」は英米ではものすごく売れているようで、日本でも名前を変えて売られているそうです。
クリストファー・レーンによれば、「現在では精神科医も医師も、社交性に欠けるのは精神の病気ではないかと疑ってかかる」そうです。
日本ではどうでしょうか。
もしかしたら、英米以上に「精神障害病」が広がっているのかもしれません。
日本人は、私もそうですが、ともかく「暗示」にかかりやすいですから。
そのうち、私も隔離されるかもしれませんが、少し早く生まれたおかげで今のところ無事に過ごさせてもらっています。

しかし、精神に障害のない人などいるわけもありません。
「内気が病気」とされる時代の先にあるものが恐ろしいです。

今日の体調の悪さは、病気ではなく、ただ疲れているだけでしょう。
疲れるのは、健全な証拠です。
でもちょっと疲れすぎかもしれません。
明日はまた休みましょう。

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■節子への挽歌2640:「死」と「別れ」

節子
今日はさらに寒い日になりました。
そのうえ、雨です。
せっかく今日から元気になろうと思っていたのに、困ったものです。
寒いと元気が出ません。
また倒れないように、注意しなければいけません。

しかし状況を変えるために湯島に行くことにしました。
わが家は寒いですが、湯島はエアコンがあるので暖かくできます。
家だと暖房施設のない私の書斎(仕事場)ではパソコンをする気にもなれません。
それに今日は、まだ会ったことのない人が湯島にやってくるのです。
どういう人でしょうか。

ところで有名な話ですが、昨日、観た映画「シェーン」に関して、殺し屋との打ち合いでシェーンは死んだという説があります。
これは、最近の、たしか007の映画でも劇中で話題になっていた話です。
「シェーン」のラストは、ジョーイが馬に乗って去っていくシェ-ンに向かって、
「シェーン カムバック」と叫ぶシーンです。
それに応えることなく、シェーンは去っていくのですが、その時にすでにシェーンは死んでいたという説が一時期、広がったのです。
それに関して、いろいろな理由付けがされたのです。
実に平和な時代でした。

「死せる孔明、生ける仲達を走らす」という話も有名ですが、諸葛孔明の死はどの時点とすべきでしょうか。
もちろん息を引き取った時点が本人にとっては死でしょうが、ほかの人にとっては、必ずしもそうではありません。
愛する人の死を、いつまでたっても受け入れられない人もいます。
その場合は、たぶん、その人の世界ではまだ死は起こっていないのです。

「別れ」と「死」。
「死」とは必ずしも「別れ」ではないのかもしれません。

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2014/11/24

■節子への挽歌2639:「好きになると別れがつらくなる

節子
今日はテレビで古い映画のDVDを観ました。
今日は休もうと決めていたのですが、何もしないのは実に退屈で、ついつい観てしまいました。
観た映画は、古い西部劇映画の「シェーン」です。
私が小学校の時に初めて観た西部劇映画です。
この映画で、私は西部劇ファンになりました。
ただし、1960年代までの西部劇ですが。
なんでいまさらという気もするのですが、手元のDVDを探していたら、これが出てきたのです。

ところが映画が始まって、あの有名な音楽が流れだしたら、それだけで涙が出そうになりました。
昨日の余韻ではないでしょうに、なぜか最近は涙がよく出ます。
かつては有名だったこの映画も、今では知らない人の方が多いでしょう。
流れ者の元ガンマンが開拓移民をガンマンから守るために立ち上がり、去っていくという話です。
当時は、主役のアラン・ラッッドの早打ちと殺し屋のジャック・バランスの不気味さと子役のブランドン・デ・ワイルドが話題になりました。
しかし、この映画は、単なる活劇ではなく、そこに甘酸っぱい人情劇が絡んでいるのです。

シェーンが厄介になったジョーの妻のマリアンが、息子のジョーイにこういうのです。

シェーンを好きになってはいけない。
好きになると別れがつらくなるから。

この言葉は、実は自分に言い聞かせている言葉でもあるのです。
久しぶりにこの言葉を聞きました。

人を好きになることはうれしいことです。
しかし、それは同時に、別れを背負い込むことでもあるのです。
人生とは、実に皮肉なものです。

今日はなんだか涙の多い1日でした。
そういう日は、本当にたわいないことでも涙が出るものです。
明日からはしばらく涙はやめましょう。

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■節子への挽歌2638:気が弱まっているとやさしくなれるのかもしれません

節子
昨日書きましたが、体調があまり良くなく、昨日は小児外科医の松永さんの講演を聴きに行ったのですが、終わった後の話し合いや懇親会に出られず、途中で退席してしまいました。
楽しみにしていたのに、とても残念でした。

松永さんのお話は、感動的というか、心揺さぶられるものがありました。
いのちとは何か、人間の尊厳とは何か。
理屈ではなく、松永さんの実践体験から積み上げられたお話は、心身を揺さぶられるものがありました。
質疑応答の最後に、私の隣の人が手を挙げて発言しました。
その発言が、さらに私の心身を揺さぶりました。
その方は、トリソミー(染色体異常)の子どもを持つ父親でした。
当事者でなければ決して発言できないお話でした。
最近いろいろな当事者と直接話す機会に恵まれてきていますが、そうした人と話していると、知識だけで話している「専門家」の言葉が白々しく感じられるようになってしまいます。
私自身もまた、「白々しい思いの世界」にいることを思い知らされます。
だから当事者のお話を聞くと心身がゆさぶられるのです。
ちなみに、お話された松永さんは「医師」ですが、当事者の世界で生きている医師です。
私が松永さんにほれ込んだのは、こんな人がお医者さんにもいるんだという思いからです。

ところで、終了後、発言した隣の人に話しかけようと思ったのですが、声をかけた途端に、胸がつかえて、声が出ず、代わりに涙が出てしまいました。
隣の人はさぞ驚いたことでしょう。
自分でも驚きました。
後になって気づいたのですが、今回過剰すぎるほどに心身が揺れたのは、私の体調が悪かったからかもしれません。
そう思わないと理解できません。
松永さんのお話は前にもお聞きしていますし、元気な時にお聴きしていたら、感動だけで終わったかもしれません。
隣席の人への声掛けも、もしかしたらしなかったかもしれません。
体調不良で気が弱まっていると、人の感受性は高まるのかもしれません。
そんな気がしました。

そういえば、節子がいなくなってから、ある意味での感受性が高まったことは間違いありません。
人はやはり悲しみを体験しなければいけません。
そしてまた、悲しみを乗り越える必要もないのかもしれません。
悲しみの中にあればこそ、他者の哀しみも感じられます。
そうなれば、自らの幸せもまた、強く感じられるようになるかもしれません。
人は、それぞれにみな哀しく、幸せなのです。

帰りの電車の中で、体調が悪くて途中で帰宅とフェイスブックに書き込みました。
そうしたらいろんな人がエールを送ってくれました。
気が弱まっていると、そうしたエールも素直に受け入れられます。
天邪鬼の私は、いつもはエールを素直には聞けないタイプなのです。

昨夜は8時に就寝、今日は1日、本を読んだりテレビを見たりで過ごしました。
そのおかげで、どうやら元気になりました。
もう大丈夫でしょう。
少しだけ心が不安なのは、きっと寒いせいでしょう。
明日は暖かいといいのですが。

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2014/11/23

■節子への挽歌2637:世間と付き合うべきかどうか

節子
昨夜はちょっとした「異変」に襲われました。
病気の多くは、自分で呼び込むことなんだなと改めて実感しました。
夕食を食べていたら、突然、視野がおかしくなりました。
まあ年末によくある異常なのですが、何時もとはちょっと違っていました。
異常な不安が全身を襲ってきたのです。
食事を辞めて、30分ほど横になっていたら、ほぼ以前に戻りましたが、血圧を測ったらそれなりに高いので、降圧剤をついに飲んでしまいました。
まあ仕方がありません。
娘に過剰な迷惑をかけてはいけないので、すぐに寝ることにしました。
早く寝たせいか、夜中に目が覚めて、困りましたが。

今朝は、いつもより遅く目覚めましたが、どうもすっきりしません。
休んでいたかったのですが、今日はいくつか約束があり、出かけてきました。
夕食も約束しているのですが、調子が悪かったら失礼しようと思っています。

ところで、昨夜、横になっている時に、いろいろと考えました。
もしかしたら自分で病気を呼び込んでいるのではないのか、と。
もう一つ思ったことは、世間との付き合いをさっぱりやめたらもっと平安な暮らしができるだろうなということです。
どうも余計なことを引き受けてしまい、勝手に苦労しているのかもしれません。
この性分は、しかし、なかなか直りません。

今は湯島にいます。
午前中に人と会っていたのですが、かなりストレスフルな話でした。
こういう話が、一番よくないのです。
気分はますます悪く、やはり今日は自宅で寝ていたほうがよかったなと思いだしていました。

そろそろ次に約束のところに移動しようと思っていたら、続けさまに電話がかかってきました。
一つは見知らぬ人からでした。
私のホームページを見て電話してきてくれたのです。
最近はホームページの更新も最小限になっているので、以前のように読者も多くなく、連絡もない状況なので、少しうれしくなりました。
早速お会いすることになりました。
もう一つは、これまた意外な内容の電話でした。
もしかしたら朗報かもしれませんが、そうでなくとも、またちょっと私の周りに波風が立ちそうです。
波風は私の好物の一つです。

それで、少し元気が出ました。
まさに病気は気分次第です。

そういえば、別の友人が骨折して寝ているという連絡も今朝ありました。
崖から落ちても、けがもしないような頑強な友人ですが、痛くてたまらないそうです。

まあ世間とつながっていると、いろいろとあります。
世間づきあいをきっぱりやめたら、どんなにすっきりするかわかりませんが、やはり朗報や悪報があればこそ、人生は豊かなのです。
苦労のない人生はたぶん退屈でしょう。
胃の痛みも、耐えなければいけません。
そんな気もして、もう少し世間づきあいを続けようと思います。

高血圧の薬はどうしようか迷っています。

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2014/11/22

■なぜ日本は「こんな安心なところはない」と言ってもらえるのか

立憲デモクラシーの会の本「私たちは政治の暴走を許すのか」を読みました。
岩波ブックレットの1冊で、1時間もあれば読める本です。
税込626円ですので、コーヒーを1杯我慢して、選挙前にぜひ読んでみてください。
と言っても、なかなか読んでもらえないので、私が一番、心に残った部分を引用させてもらいます。

社会思想家の西谷修さんが、山口二郎さんと杉田敦さんとの鼎談で話している言葉です。

日本に旅行する外国人はよく「こんな安心なところはない」と言います。それはなぜか。戦後の日本では、組織的に若者に人殺しの訓練をさせてこなかったからです。社会の中に攻撃性を訓練するようなシステムがなかった。しかし、社会の軍事化によってそれが変わっていく。暴力の行使、殺人や破壊が奨励されるようになり、根本的な転換が起こる。それが、いわゆる集団的自衛権の容認ということに関わっていると思うのです。
とても納得できる話です。
もっとも、日本には攻撃性を訓練するようなシステムはまだないとは言い切れません。
私は、経済の世界のあり方がとても気になっています。

政治の世界には、「常在戦場」という言葉が使われているようですが、経済においても、競争戦略重視の「常在戦場」文化が広がり深まっています。
人を豊かにするはずの、経世済民の学が、いつの間にか軍事用語で語られるようになったのは、とても残念ですが、そうした風潮は教育や文化やスポーツの世界にもどんどん広がっています。
競争と攻撃は紙一重です。
こうした風潮には、どうも違和感があります。

こうした風潮が、日本の社会を荒廃させ、これまであまりなかったような事件をすでに起こしだしています。
西谷さんは、それは憲法9条の位置づけと関係しているというわけです。
憲法9条は、対外的な戦争を抑止していたのではありません。
私たちの心の平和を守ってくれていたのです。
西谷さんのメッセージが含意するところを、多くの人にわかってほしいと思います。

集団的自衛権の容認が、日本の社会をどう変えていくか。
そうしたところまで視野において、今回の選挙に向かいたいと思います。
政治の暴走を止めるチャンスを、安倍首相は与えてくれました。
それに応えなければ、私たちは暴走に加担することになります。
争点は「経済」などではないのです。

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■節子への挽歌2636:また底なし沼に引きずり込まれそうです

節子
最近、毎日のように不愉快なことがあります。
さして大きなことではなく、実に些末で、節子に話したら笑われそうなことですが、私自身にとっては結構不愉快なことなのです。
身勝手な言動は、たとえどんなに小さくとも、いやなものなのです。
たとえば、言葉だけの人はどうも許せないタイプなのです。
おそらく私自身も、同じようなことをやっているのでしょうが、どうも「自分に甘くて、他者に厳しい」のかもしれません。
しかし、どんどんと人嫌いになっていくのが、いささかやりきれないです。

歳をとるにつれて、寛容さが増す人もいれば、逆の人もいます。
私の場合は、後者かもしれません。
いろんなことが見えてきてしまう結果、小さな事さえ気になるのかもしれません。
これを「偏屈」というのでしょうか。
大らかさが消えてしまえば、残されるのは生きづらい人生です。
これは実に困ったことです。

しかし、もっと本質的な問題は、私自身の世界が固定化していることかもしれません。
世界がどんどん広がっている時には、寛容さが維持できます。
というか、寛容でなければ、その広がりについていけないのです。
そして、その寛容さを楽しめもします。
しかし、世界の広がりが止まりだすと、現状をより良いものにしたいという思いから、細かなことが気になりだすのかもしれません。
どうも最近は、些末なことが気になります。
その結果、なにやら不愉快なことがどんどんと蓄積されていくわけです。

不愉快なことがあるから精神が安定しないのか。
精神が安定しないから、小さなことまで不愉快に感ずるのか。
たぶん後者でしょう。
些末なことを不愉快に感ずるような生き方に、今の私は陥っているようです。
伴侶がいないと、こういう時に助けてくれる人がいないのがつらいです。

どうもまた最近うじうじしだしています。
困ったものです。

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■ルサンチマンの哀しさ

解散後の各政党の発言を聞いていると、ほとんどの発言が同じように聞こえてきます。
一言で言えば、ルサンチマンの繰り言です。
そうした雰囲気が日本には充満しているような気さえしてきます。

ルサンチマンとは、一言で言えば、弱者の恨み節です。
まあそういう意味では、このブログも、たぶんにルサンチマンの匂いがするかもしれません。
ただ、私の意識には、恨みや憎しみはあまりないのですが。

野党は相変わらず解散を非難しています。
テレビに登場する国民の多くも、そうです。
解散してくれた安倍さんに感謝すべきだと思いますが、そういう声はめったに聞けません。
アベノミクスや突然の解散を批判しているだけでは、むしろ反発されるだけでしょう。
そうした声を聞く国民もまた、ルサンチマンの沼に放り込まれてあがいています。
皮肉なことに、ルサンチマンは威勢のいい強者に魅かれる傾向があるのです。
与党はどうか。
安倍政権や自民党は、アメリカという強者に媚びていることからわかるように、これまたルサンチマン・コンプレックスから抜け出せません。
つまり、いずれの側にも、そして国民にも「誇り」を感じません。
これまた皮肉なことに、自信と誇りを持っているのは、安倍首相だけかもしれません。
しかし、小泉さんの時と違って、自らを相対化しておらず、迷いを突き抜けた強さを感じません。
安倍さんの強いルサンチマン・コンプレックスを感じます。

私の選挙予測は、これまでほぼ完全に外れています。
それだけ社会から脱落してしまっているわけですが、今回は野党の逆転勝利になるような気がしています。
勝利と言っても、当選人数ではなく、政党への投票数という意味です。
にもかかわらず、相変わらず当選者は自民党が多いでしょう。
そこに、ルサンチマン社会の悲しさがあるのかもしれません。

もっと原発と平和が語られてほしいです。

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2014/11/21

■「小さな差異のナルシズム」

選挙に向けて、各党のメッセージが出され始めてきました。
野党はうまく連携できたら、自公よりもたくさんの当選者を出せる素地はありますが、なかなか連携は進みません。
私は、逆転大波乱の可能性はゼロではないと思うのですが、本気でそう考えている人はあまりいないようです。
しかし、むしろそうした展望を持ってこそ、選挙の意味はあるのだろうと思いますが。
思わなければ、何も始まりません。

社会学者のリチャード・ソネットは、「消費政治」という言葉を使って、経済のかたちと政治のかたちを比べています。
一言で言えば、ポピュリズムにつながる話ですが、経済が「小さな差異」を大仰にブランド化したのと同じことが政治でも起こっていると指摘しています。
成熟社会の政治とはそういうものかもしれませんが、成熟社会の政治であればこそ、その次を目指すべきだと私は思っています。
小さな差異ではなく、大きな差異こそを問題にすべきなのです。
しかし、経済で現状の消費社会に馴化されてしまった私たちには、それがなかなかできません。

大量生産の時代においては、商品の基本的設計はほとんどすべて同じです。
まずは標準的な製品が基本に置かれます。
標準化することで、世界的な広がりでの分業ができる単純労働化が実現したわけです。
そして、最後の仕上がりに、ちょっとした味をつけることで、高級品やブランド品がつくられます。
成熟社会の消費者は、そのわずかばかりの「差異」に高いお金を払うわけです。
これが昨今のマーケティングやブランドの実体です。

これと同じことが政治の世界でも展開されています。
アメリカの共和党と民主党は、その基本政策においてはほぼ同じです。
同じですから、政権交代可能な二大政党と言われるわけです。
そして日本もそれを目指してきたわけです。

いまの日本の政治状況は、一強多弱と言われるように、野党がたくさんありますが、その多くはかつての民主党から別れた人たちです。
そしてその民主党でさえ、かつての自民党から出た人が何人もいます。
そうしたことからもわかるように、彼らの主張は実はそう変わらないわけです。
ただし、大きな問題では明らかに違うところもあります。
たとえば、原発や憲法9条です。
しかし、最近の日本では残念ながらそうした大きな論点は政治の争点にはなりません。
国民は目先の足元にしか関心はなく(そうさせたのも経済と政治の結果です)、目先の生活に直接影響があると思い込んで、社会保障とか経済成長に目を向けているからです。
そして、そうした面では、自民党も含めて、ほとんどの政党が基本的には同じなのです。
つまり、各党の政策の差異は、まさにフロイトの言う「小さな差異のナルシズム」なのです。
にもかかわらず、彼らは連携できません。
そこに、私たちの不幸があります。

政治もまた、消費経済化してきているのが恐ろしいです。

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2014/11/20

■節子への挽歌2635:世の中には悪い人もいるかもしれない

節子
最近、私の考えがもしかしたら間違っているのかもしれないという気がしてきています。
この歳になってそう思いだすのは、かなりつらいものがあります。

私は、この世の中には「悪い人」はいないと考えています。
節子には必ずしも賛成されませんでしたが、少なくとも節子は私のその生き方を否定はしませんでした。

「悪い人」はいませんが、「悪い言動」はあります。
このブログの時評編では、私もまた、時々「悪い発言」をしていますし、これまでの人生において私も「悪い行動」をしたことも少なくないでしょう。
しかし、それにはそれぞれ理由があるわけで、悪い行動をする人も、ほんとはそんなことをやりたくはない、というのが私の考えです。
そういう視点に立てば、悪い言動をする人には同情するべきであって、非難するべきではない、ということになります。

そういう考えだと、時々、周りの人にも迷惑をかけることさえ起きます。
できるだけ迷惑をかけないようにしていますが、時には思ってもいないような迷惑をかけていたことに気づくこともあります。
その迷惑を一番受けたのは、家族です。
もう取り返しがつかないのですが、最近反省させられることが多いのです。

しかし、悪い人はいないと考えて生きることで、得たものや生きやすさもあります。
それは、たぶん節子も味わったのではないかと思います。
迷惑と得たものとのバランスがとれていたかはわかりませんが、良し悪さの評価基準も相対的なものですから、考えてもあまり意味がありません。
ただ、節子が「良い人生」だったと言ってくれたのは、本意だったと思います。
私もまた、いまのところは、とても良い人生でした。

しかし、この歳になって、人生を少し客観的に見えるようになると、いかにも自分勝手で自分本位の生き方をしてきたと思わざるを得ません。
そう思いだすと、心身が重くなってきます。

そんな心境の中で、もしかしたら世の中には「悪い人」もいるのかもしれないと、最近思うようになってきたのです。
具体的にどうだと言う話ではありません。
そう考えると、自分を正当化できるからです。
しかし、正当化したところで何かが変わるわけではありません。

自分が創り出した「まわりの人への迷惑」はなんとか収めようと思うのですが、なかなかうまくいきません。
節子がいなくなってからの私の言動は、やはりバランスを崩してしまっていたようです。
その重さに、いささか打ちひしがれてしまっています。
こころが晴れないのは、まさに自業自得です。
私の反省点は、「良い人」に「悪い言動」をさせてしまったことです。
哀しいですが、やはり家には鍵をかけないといけないのでしょう。
それが私にはなかなかできませんでした。

ちなみに、家の鍵はたとえであって、わが家に泥棒が入ったという意味ではありません。
念のため。はい。

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2014/11/19

■節子への挽歌2634:褒めてくれる人

節子
高倉健さんが亡くなりました。
テレビはそれに関連した番組が多くなっています。
高倉健さんが多くの人に愛されていたのを改めて感じます。

ちらっとしか見ていないのですが、高倉さんが昔書いた文章が報道されていました。
お母さんが亡くなった時のもののようです。
それは、お母さんに褒められるために、自分は頑張ってきたという内容で、最後に、「お母さんがいなくなって、代わりに褒めてくれる人を探さないといけない」というような言葉で締められていました。
意外な話ですが、高倉さんのお人柄が伝わってきます。

私には、そういう気持ちは全くありませんでした。
両親を喜ばせようと思ったことは一度もなく、逆に迷惑ばかりをかけてきました。
しかし、結果的には両親は私の生き方を喜んでくれたはずです。
褒められたことはありませんが。
ただ両親が節子を私に褒めていた記憶はあります。

私を褒めてくれたのは、もしかしたら節子でした。
もっとも節子から直接褒められたことはあまりありませんが、節子の葬儀の後、節子の友人から節子が私のことを褒めていたという話を聞いたことがあります。
私は、むしろほかの人に伴侶を褒めることは厳禁だという考えでしたし、節子もそう思っていたはずなので、それは意外な話でした。
どう褒めていたのかは、今ではもう確かめようもありませんが、私の価値観はちょっと歪んでいるので、それが私にとっての褒め言葉かどうかはわかりません。
しかし、その話を聞いた時、正直、少しだけうれしかったのも事実です。

今日、高倉さんの言葉を聞いて、私が楽しくやってこられたのは、そして何事もうまくできたのは、節子が褒めてくれていたからかもしれないという気がしてきました。
そういえば、節子がいなくなってからは、だれも私を褒めてくれません。
そのせいか、最近はうまくいかないことが多くなっています。

私は誰かを褒めるのがとても不得手ですが、褒められるのはもっと苦手だと思っていました。
しかし、褒めるということは、そして、褒められるということは、人を元気にしてくれるのでしょう。
気づくのが遅すぎました。

ちなみに、自分を褒めてやりたいという言葉は、私にはまったく理解できない言葉です。
どちらかといえば、好きになれない言葉です。
だれかに褒められたいというのはもっと嫌いな言葉でした。
しかし、もしかしたら、節子に褒められていたので、それで十分だったのかもしれません。
いまもまだ、節子は私のことを褒めつづけているでしょうか。
残念ながら、確信は持てません。

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■解散の大義を活かさなければいけません

衆議院の解散が決定しました。
それへの反応を見る限り、共産党は別ですが、それ以外は「与党寄生党」のように思います。
本来的な意味での政権野党がいない状況は、相変わらずなのかもしれません。
どうして野党は、政府に対してネガティブな恨み節しかいえないのか。
ネガティブな発言しかできないのでは政権は取れません。
一人称自動詞で語っているのは共産党くらいですが、その共産党も解散の大義がないと言っているようです。

解散の大義はあります。
代議制民主主義は、民主主義の考えをベースにおいて作られた擬制的民主主義です。
国民主権と言われますが、国民が主権を発揮できる機会は選挙の時だけです。
一度、選挙で国会議員が決まれば、その議員たちの考えが国民を代表する制度です。
しかし複数の人を一人の人が代表することなどできませんし、国民の意見は状況の変化で変わっていきます。
その変化によって修正されるのが、4年から6年おきというのが日本の選挙制度です。

解散総選挙とは、そうした制度の中で、臨時に国民主権に基づく民意の表明ができるということです。
独裁国家ではないことの表れです。
その機会を創ったということが、解散の大義ではないかと私は思っています。
つまり、解散は常に大義を持っているのです。

しかし、これは一般論ですが、それを踏まえてもっと具体的な大義を見出すのは、まさに政党の使命です。
解散の大義はそれぞれが見つけなければいけません。
政治ジャーナリストには、そうしたことをきちんと整理する役割があると思いますが、
「大義なき解散」などという俗説に乗っかるだけの人が多いのが残念です。
国民も国民で、解散の意味がわからないなどというのではなく、国政の方向づけに一票を投ずる機会が与えられたと受け止めるべきです。
もし現在の政治状況や経済状況に満足していないのであれば、それは大歓迎のはずです。
飲み屋や井戸端会議で、愚痴をこぼしているくらいなら、自らの意見を投ずるチャンスは歓迎できるはずです。
暮れの忙しい時に迷惑だと言うような人は、実質所得の目減りや原発再稼働に不満を言う資格はありません。
そうした姿勢が、ナチスを生み、先の戦争につながっていったのです。

野党には、解散に大義がないとか、アベノミクスの失敗とか、そんな無意味な発言に時間を割くのではなく、国民の心を動かすメッセージを出してほしいです。
私たちは、このチャンスを生かすために、もし現状に不満があるのであれば、きちんと考え、一票を活かすことに努めたいものです。

「解散の大義」の意味は、自らがつくらなければいけません。
「解散総選挙の大義」を生かすも殺すも、自分なのです。
それを活かせない国民には、民主主義など語る資格はないと私は思っています。
このチャンスを活かせるかどうかで、私たちと日本の未来が決まるように思っています。

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2014/11/17

■会社制度を創ったのはだれだ!

一昨日、若手起業家たちの集まりのパネルディスカッションがありました。
私は、コーディネーター役でしたが、パネリストのお一人は、障害者雇用で有名な株式会社アイエスエフネットの社長の渡邉幸義さんでした。
渡邉さんは実にわくわくするような話をしてくれました。
他のお2人も実に魅力的な人でしたが、話し合いの中で、渡邉さんが私に質問してきました。
それも簡単に答えられる質問ではありません。
渡邉さんは、今の会社制度には大きな異論があるようで、会社制度(ルール)をつくったのは誰だと怒っているのです。
そして、その矛先が私に向いてきて、誰ですか?と投げかけてきたのです。
私は形にはまった報告型のパネルディスカッションは大嫌いですが、話し合うという本来のパネルディスカッションは大好きです。
特に、コーディネーターが好きなのです。
退屈なコーディネーターの進行でのパネルディスカッションは苦痛ですので出たくはないのですが、コーディネーター役であれば、万難を排して参加させてもらうようにしています。
しかし、パネリストの人から、こんな大きな質問を受けたのは初めてです。
しかし、渡邉さんの怒りには、実に共感できます。

会社制度は歴史的には東インド会社が始まりだと言われます。
しかし、もちろんそんなことを渡邉さんは訊いているのではありません。
渡邉さんの怒りの起点は、もしかしたらドイツのビスマルクかマックス・ウェーバーかもしれません。
あるいはピーター・ドラッカーかもしれません。

知識もないのに、あんまりいい加減なことを言うのも無責任ですが、ウェーバーの有名な「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」はどうも違和感があります。
ウェーバーは、20世紀が武力闘争のエトスに覆われることを危惧しながらも、近代における組織モデルは、軍隊にあると主張していました。
20世紀後半になって、ミルトン・フリード-マンのような人に、いや、合理的モデルは市場だと言われだすまでは、たぶんそれが世界の基本になっていたはずです。
企業経営の世界は、まさに軍隊モデルによって、企業制度をパワーアップしてきたのです。
同時に、経済そのものの方向付けもしてきたと言えるかもしれません。
経営の世界に「戦略」という言葉を導入したのは経営学者ドラッカーだそうですが、ドラッカーの頭にもまた「戦闘」の概念が強くあったのかもしれません。

渡邉さんの質問には答えられていないでしょうが、ドラッカーへの異論を持つ私にとっては、渡邉さんのような経営者がいることを知っただけで、感激した次第です。

会社経営の「常識」に呪縛されて、経営を忘れてしまった経営者と経営学者には、もう飽き飽きしてきています。
一昨日の3人のパネリストはいずれもそんな人ではありませんでした。
ほかの2人は、㈱GHIBLIの坪内知佳さんとカネパッケージ㈱の高村賢二さんでした。
3人の共通した意見は、制度に合わせる経営はしたくないということでした。
制度は、みんなで見直しながら育てていかなけてはいけません。
守るだけでは呪縛になります。
3人にお会いできて、少し元気が出ました。

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■節子への挽歌2633:「生涯現役」という生き方

節子
また喪中ハガキが届く季節です。
知らなかった人もいますが、改めて親しい友人のハガキが届くとドキッとします。
やはりもういないのだと思うわけです。
めったに会わない友人の場合は、正直に言えば、訃報を受けた時や葬儀では悲しいですが、3か月も経過すると意識の外に行ってしまいます。
親しい友人の場合も、そうです。
もちろん頻繁に会っていた友人の場合は違うでしょうか、遠くに住んでいて、数年に一度くらいしか会うことのなかった友人の場合は、記憶から外れてしまい、そのうち、亡くなったことさえ意識しなくなるのです。
私が薄情のせいかもしれませんが、少なくともこれが事実です。
それに、会うことは友情の必須要件ではありません。
まだ一度もお会いしたことのない友人も、私には数名います。
相手の方が友人と思っているかどうかはともかく、私の心象世界の中では、友人であり、姿かたちのイメージもあります。
大変不謹慎な話ですが、万一、その方が亡くなったとしたらどうでしょうか。
会ったこともない人との別れは、どんなものでしょうか。

歳をとって世間から隠棲する意味は、友人知人の死を悲しまないため、あるいは自らの死で友人を悲しませないための、知恵だったのかもしれません。
「生涯現役」という生き方は、もしかしたら、そうした人類の知恵に反する生き方かもしれません。
今日も届いた数通の喪中ハガキに目を通しながら、そんなことを考えました。

若い友人から、佐藤さんのように「生涯現役」を目指したいと言われたことが2回ほどあります。
私は、決して「生涯現役」を目指してはいません。
ただ素直に、生きたいように生きているだけです。
しかし、やはり生き方はもう少し考えたほうがいいかもしれません。
人は自然に滅んでいくのが理想です。

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■沖縄と福島、そして衆議院議員選挙

沖縄県知事選の結果を見て、少し安堵しました。
やはり文化のある地域の人たちは信頼できます。
福島県知事の選挙は、結果を見る前から大きな違和感をもっていましたが、

沖縄県知事選は、争点にしっかりと向き合う姿勢が伝わってきました。
福島県知事選は、あきらかに争点から逃げていました。
本来は、原発事故の被害を強く受けた地域として、反原発をしっかりと争点にすべきだったと思いますが、地域エゴ的な争点に矮小化されてしまいました。
あそこまで悲惨な目にあいながら、と哀しい気になりました。
もちろん批判するつもりはなく、ただただ悲しかったのです。
沖縄県民は違いました。

私たちは、問題に正面から向かい合わない生き方に逃げ込んできています。
それは国政にも感じられます。
衆議院が解散され選挙になりそうですが、2つの違和感があります。
まずは、なぜか「問うべき論点」が、消費税増税の延期です。
その議論はもう終わっているはずで、国民に問うべき問題は原発再稼働と集団的自衛権ではないかと思いますが、なぜか消費税増税です。
しかも「増税延期」が論点というのは、私にはまったく理解できません。

もう一つは、野党が納得できない解散だと言っていることです。
それが本心かどうかは分かりませんが、野党としては絶好のチャンスのはずですし、安倍政権の行き方をあれほど批判しているのであれば、争点をきちんと創り出せばいいはずです。
民意を問うべきチャンスが目の前にあるのですから、何が本来的な争点かを明確にして、問題の姿を顕現化すべきです。
野党再編も些末な議論ばかりですが、反独裁という視点で野党は一致団結することができるはずです。
いまこそ小異を捨てて、大同を取る時です。
こんなチャンスはおそらく後にも前にもないはずです。
小賢しさを逆用し、流れを変える絶好のチャンスではないかと思います。

もう一つ違和感を付け加えれば、年末の忙しい時期に、数百億円の費用を使って総選挙をすることの意味がわからないと話すコメンテーターや街頭インタビューを受けてそう答える街の人です。
自らの意見を国政に反映させる機会が、数百億円で実現するのであれば大歓迎すべきです。
歓迎しないのは、おそらく現政権に賛成しているか、政治に無関心なのかのいずれでしょう。
そんな声をテレビで流すべきではありません。
そこに衆愚を目指す日本のテレビ界の姿勢を感じます。

ちなみに、その数百億円は経済成長にプラスの効果を与えます。
それが多くの人たちが好む「経済成長」の意味です。
経済成長の世界には「無駄遣い」という概念はありません。
日銀が放出した「無駄な貨幣」の使途が、わずかに増えただけの話でしょう。

もし12月に衆議院選挙があるとしたら、政治の流れを変えるか、このままいくかが、争点であることをしっかりと意識したいと思います。
私はいずれにしろ、反安倍政権の視点で投票します。
いまの流れの先に、恐ろしさを感ずるからです。

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2014/11/16

■節子への挽歌2632:たくさんの柿とみかん

節子
敦賀から、庭になった柿とみかんがどっさり送られてきました。
野菜もたくさん届きました。
毛虫付きの白菜もです。
節子がいたころは、みかんが酸っぱくて食べられませんでしたが、今年のミカンはなぜか美味しく、それで送ってきてくれたのです。

節子たちの姉妹は、とても仲良しでしたから、いまもいろいろと送ってきてくれます。
なにかお返しと思いますが、そういうのが全く不得手で、いつも失礼をしています。
娘からも言われますが、私には誰かに何かをプレゼントするというのが苦手なのです。
自分のものでさえ、買うのが嫌いで不得手ですので、以前はすべて節子に任せていました。
ですからお金を使うのが非常に苦手なのです。
節子がいたころは、誰それにお世話になったので、何か送っておいてよ、と言えば、すべて解決していましたが、娘にはさすがに言えません。
なにしろ節子への誕生日祝いまでも、節子に何か買っておいてよというほどでした。
全く誠意もないわけですが、私自身はそういうことにほとんど関心が持てないのです。
実に困ったものです。
しかし、そういう性分なのだから仕方がありません。
それに財布も持っていないので(最近はようやくカードを使えるのですが)、以前は買い物自体ができなかったのです。
無理してプレゼントを探したこともありましたが、やはり楽しいものではありません。
贈り物という文化が、私にはどうも苦手なのです。
理解できないと言ってもいいかもしれません。

結婚以来、節子がいたころは、レストランでお金を払ったことは一度もありません。
だから一人ではレストランには、いまも入りません。
時に間違ってカフェに入ると支払わずに出てしまいかねなので、先払いのカフェに入るようにしています。
大学生のころは、決してこうではなかったのですが、節子に依存して暮らし続けたせいかもしれません。
しかし、おかげで、お金と切り離して生きることになじみやすくなっています。
これは、節子のおかげです。

そういえば、先週、きちんとした立派な富有柿も送ってもらいました。
節子が富有柿が好きだったことを知っている佐々木さんが送って下さったのですが、敦賀の柿は普通の家に鈴生りになっている柿です。
大きさも見栄えも全く違いますが、当分は果物は買わずにすみます。
こんな調子で、わが家には消費税はあまり関係ないのですが、消費税増税は延期になるようです。

今日は実に怠惰に過ごしました。

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2014/11/15

■節子への挽歌2631:それでももう少し続けましょう

節子
3日間、また挽歌をさぼってしまいました。
最近、気分の起伏が大きいのと、友人知人のことが気になってしまっているとで、なんとなく落ち着かなく、挽歌も時評もあまり書く気が起きないのです。

しかし、節子のことを思い出さない日はありません。
それに、節子を思い出させることに出会うことも少なくありません。

たとえば、先日、テレビで映画「ジェロニモ」を見ていたら、こんなセリフに出会いました。
ジェロニモは妻を先になくすのですが、その時に、ジェロニモは「生きる意味を失った」というのです。
昔、見た時には、まったく気にも止まらなかったセリフです。
今回は奇妙に心に残りました。

例えば、これも映画ですが、妻を亡くした人が「一人で寝るのはさびしいですね」と言われて、「眠れないよ」という場面がありました。
私は、幸か不幸か眠れますが、さびしいことには変わりがありません。

ハワイのキラウェア火山の溶岩が家屋を焼き払ったシーンが出てくれば、節子と一緒に行った時のことを思い出します。
今日は、萩市の人に会いましたが、そういえば、萩も節子と自転車で回りました。
こんな感じで、いろいろと思いだすことは多いのです。

思い出すことが多くなったので、挽歌が書けなくなっているのかもしれません。
しかし、ここまで続いたので、なんだかやめる気になれません。
ますます内容がない挽歌になってきていますが、ともかく書き続けようかと思っています。
困ったものです。

しかしいつかまた内容がある挽歌が書けるようになるかもしれません。

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2014/11/12

■節子への挽歌2630:不安な1日を安心して過ごしましょう

節子
久しぶりに不安な夢を見ました。
いろいろと気になっていることが、悪い形で夢に現れてきます。
歳を重ねるとこういうことが増えてきます。
悪い夢は誰かに話せばいいと言われますが、話す気にもなれない夢もあります。
言葉にすると、まさにそれが実現してしまうのではないかという不安もあります。
静かに吉報を待つことにしました。

夢というのはとても不思議です。
前にも書いたかもしれませんが、3.11の前には海の波が襲ってくる夢をよく見ました。
私自身が山に逃げあがる夢も何回も見ました。
時に節子と一緒に、時には節子と離れ離れに。
節子がいたら、そうした夢についてたぶん話し合ったでしょうが、なぜ津波の夢を見るのか不思議でした。
しかし、3.11が起きてからは、津波の夢を一度も見ていません。
単なる偶然なのか、私だけではなく、多くの人が3.11の前に津波の夢を見ていたのか、ちょっと知りたい気もします。

節子がいなくなってから、見るようになった夢のひとつは、飛行機に乗り遅れそうになる夢です。
最近は飛行機に乗る機会はほとんどないにもかかわらずです。
乗り遅れそうになる理由はいつもほとんど同じです。
荷物の整理が間に合わないのです。
これは考えようによっては、今の私へのメッセージかもしれませんが、この1年ほどは、あまり見なくなりました。

私は暗示にかかりやすいタイプなので、夢にはあまりこだわらないようにしています。
幸いに、夢というのは、気にしないようにしていると、すぐに忘れるものです。
昨夜も、とても懐かしい人に会ったような気がしますが、今ではもう思い出せません。
ところが、冒頭に書いた不安な夢は今もはっきりと思いだせます。
ある人からの電話ですが、会話が成り立たないのです。
これ以上書くのはやめましょう。

今朝も気持ちが凍えるような寒さです。
暖房器具のない寒い書斎から、外を見たら、近くの電話線に大きなカラスがとまっています。
気のせいか、時々こちらを見ています。
さらに気持ちが冷えました。

というわけで、今日は出かけるのをやめることにしました。
明日は来客で、出かけられないので、今日は湯島に行こうと思ったのですが、なにやら不安感があるのでやめました。
幸いに約束がありませんでしたので。

なにやら不安な1日を、今日は過ごそうと思います。
とここまで書いた時に、つまり、いまですが、大きな地震が来ました。
やはり今日は不安な1日になりそうです。
家にいたら、たぶん安心でしょう。

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■解散に期待します

なぜかここにきて急に解散風が吹き出しました。
私にとってはうれしい話ですが、絶対多数を確保している安倍政権がなぜ解散に向かうのか、私の頭では理解できません。
テレビでいろんな人が解説してくれますが、いずれも理解できないのです。

それはともかく、もし解散が実現した場合、どうなるのかはとても関心があります。
本心を言えば、その結果で、日本の国民を信頼するかどうかを決めて、その結果次第では、もう金輪際、社会活動はやめようかとも思います。
まさに隠遁です。
社会に生きる意味はなくなるでしょうから。

私にとって、問われるべきテーマは経済ではありません。
消費税を上げるかどうかなどは、長い歴史で見れば、些末なことでしかありません。
大切なのは、原発と集団的自衛権です。
そう考えれば、ともかく自民党の議席を減らさなければいけません。
しかし、いまの政党の状況では、それはかなり難しいことです。
だとしたら、せめて、自民党への投票数を減らすことでしょう。
それも圧倒的に、です。
野党は分裂していて、選挙を戦えないという意見が圧倒的に多いですが、そんなことはありません。
反自民で決断すれば、選挙区のだれでもいいですから、野党議員に投票すればいいわけです。
私が注目するのは、その結果です。

もっとも、相変わらず世論調査では半数ほどの人が自民党を支持していることになっています。
この数字を信じているわけではありませんが、やはり私には「悪夢」のような話です。
解散しても国民は自民党を勝たせてくれると政府は思っているのでしょうか。
まさに、情けない政府にふさわしい、情けない国民です。

それにしても、どうして政府が解散を考え出したのか、やはり理解できません。
理解できない私がバカなのか、政府が狂っているのか。
私には、後者だろうと思いますが、狂った政府ほど恐ろしいものはありません。
となると、やはり私の方が間違っていると考えたほうが、気がやすまります。
私が社会から完全にはじき出されて、時代を理解できなくなってきたのかもしれません。
いや、健全な老化の結果、痴呆化が進んだのかもしれません。
困ったものです。

でも解散になるとちょっとうれしいです。
うまくいけば、社会から離れられるかもしれませんし。

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2014/11/11

■ホームレスに食事与え逮捕という事件

あるメーリングリストに、アメリカのクリスチャンポスト紙の記事の紹介がありました。
タイトルは、「90歳男性と牧師2人、ホームレスに食事与え逮捕」とあります。
記事をご覧いただきたいですが(しばらくは読めると思います)、概略こんな話です。

米フロリダ州南東部フォートローダーデールで先週末、90歳の男性と2人の牧師が、ホームレスに食事を与えることを禁止する新しい条例に違反したとして、逮捕された。
逮捕されたのは、2人の牧師と90歳のアボットさんで、3人は、市街にいる貧しい人やホームレス数百人に毎週食事を与えていた。
3人は、各々500ドル(約5万7千円)の罰金と最大60日間の収監に直面している。
アボット氏は、貧しい人に食事を与えるために絶えず闘ってきた運動家だ。
先週同市で施行された新しい条例によって、炊き出し所は居住地から最低500フィート(約152メートル)離さなければならないことなどの制限が決められた。
アボット氏は、新しい条例を憲法違反として市を告訴する計画を立てているそうだが、何度告発されたとしてもこの活動を続けるつもりだという。
この情報を流してくださった方は、こう書いています。
資本主義の成れの果てとみることもできます.
でも「無知の知」を忘れてしまった人類の行く末とみることもできます.
人間本来の姿を,自分で作った理論によって失うのです.
滑稽というには悲しすぎます.
同感です。
でももしかしたら、日本でもこんなことにならないとは限りません。
いまならまだ間に合うと思いますが、最近の状況を見ていると、確信は持てません。

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■節子への挽歌2629:アリ

節子
昨日の出来事です。

湯島で来客から来客の間、30分ほど一人になることがありました。
マグカップにコーヒーを入れ直そうと思って、少し離れたところに置いていたカップに目をやると一匹のアリが、マグカップの側面を歩いていました。
どうしてこんなところにアリがいるのだろうかと思っているうちに、アリはカップの後ろ側に回ってしまい見えなくなりました。
それで、カップを取り寄せて、後ろを見たのですが、なぜかアリがいません。
カップはテーブルの真ん中に置かれていたのですが、周りを探しまてもいないのです。
近くには何もない状態でしたから、隠れようはないはずです。
そんなはずはないと思い、懸命に探しましたが、結局、見つかりませんでした。

夢を見たのでしょうか。
なにやら不思議な気分になりました。
しかし、そもそもテーブルの上に、アリがいることが考えられません。
部屋の中でアリに会ったことは、少なくともこの数年はありません。
見間違えでしょうか。
そう考えなければ、辻褄が合いません。

まあ、それだけの話なのですが、1日経った今日も、どうも気になります。
あのアリはだれだったのだろうか、と。

実は、その少し前にブログに「蟻のように生きる人生」という記事を書いたところで、アリのことをいろいろ考えていたのですが、その影響で幻想を見たのかもしれません。
しかし、そのアリは、たしかにマグカップの側面を横に歩いていたのです。
そして消えてしまった。

昨夜、薄暗い庭に出た娘が蛇がいると言うので、懐中電灯を持って出てみたら、枯木がちょうど蛇のように見えたものでした。
人が見る風景は、自分の頭の中で創り出したイメージであることは、少なくありません。
あのアリも、私の脳が創り出したものだったのでしょうか。
そう思うと、だんだんそんな気がしてきます。
見えるはずのない、アリの顔までが浮かんでくるのです。
脳が創り出したものは、どんどんと脳が育てていくのでしょうか。

湯島では、時々、こんなことを体験します。
一人でいると、いろんなことを体験するのです。
そういえば、2か月ほど前には、テーブルの上に置いた部屋の鍵が忽然と消えてしまったこともありました。
この部屋は、もしかしたら、彼岸とでもつながっているのでしょうか。
もしそうなら、今度は、アリではなく、節子を出現させてほしいものです。

今日はまた、凍えそうなほどに寒い日になりました。

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2014/11/10

■節子への挽歌2628:夫婦の別れは先に旅立つ方がいい

節子
節子がいなくなってから、いろいろなことがありました。
私の生き方は間違いなく変わりましたし、考え方も変わりました。
しかし、外から見ると、あまり変わっていないようです。
変わったと思っているのは、もしかすると、私だけなのかもしれません。

今日も、久しぶりに会った人から、変わっていないねと言われました。
幸いに、今日は「良い意味」で言われたのですが、時代が変わる中で変わっていないのは、実は変わっていることでもあるのです。
人は環境の中で生きているのですから。

なぜ自分では変わったと思うのに、人にはそう見えないのか。
節子がいなくなってから、自分が見えるようになってきたのかもしれません。
しかし、見えてきた自分は、実はあんまり好きになれない自分なのです。
その、好きになれない自分へと変わっていくのが自覚できます。
それにしても、正直、自分がこれほどまでに頼りにならない存在だったかと思い知らされる毎日です。
それは、あんまり気分のいいものではありません。

節子が元気だったら、こんな自分に出会わずにすんだだろうと思います。
あまりに、節子に依存して生きてきた自分に、いささかの嫌悪を感じます。
しかし、もし立場が逆だったら、節子はきっと、もっと悲惨だったでしょう。
最近、そう思うことがあります。

夫婦の別れは、先に旅立つ方が幸せです。
つくづくそう思います。

今日はちょっとさびしい日でした。

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■蟻のように生きる人生

先日、「人は夢だけでは生きていけない、のか?」ということに関して、ある人から、五木寛之さんの著書「他力」の一節を教えてもらいました。

私はかつて、リュビーモフという著名なユダヤ人演出家に会った際、生きるということは、蟻のように生きることと同じか」と、詰問されたことがあります。
(中略)
彼は、「五木さんは、蟻のように生きる命にも価値があると思うのですか」と訊いてきたのです。私は、「当然でしょう」と答えました。
人間の中で善と悪が共存しているように、「よく生きること」と「生きて存在すること」もまた、二重螺旋構造の形をとって共存している。
それに対して、人間らしく生きなければ生きる資格がないと一方的に断定するのは、間違っている、
人間の生命は、いかに人間らしく生きるかという方向を志向する本能的な力を持っているのだ、と私は考えています。
廃虚のような世界に孤立している人間にとっては、まず生きて存在することが大事なのではないでしょうか。
同じころ、挽歌編で「他力」を感じさせることを書いていたために、そして五木さんのお名前も出したために、思い出してくださって、紹介してくれたのです。

私も、この文章に異論があるわけではありません。
ただ、少しだけひっかかるのは、「人間らしく生きなければ生きる資格がない」という表現です。
人間は人間ですから、そもそもその生き方そのものが「人間らしい」はずです。
猿が主語なら「人間らしく生きる」という文章は成り立ちますが、人間が主語では論理的に成り立たないように思います。
人間が主語であれば、「蟻のように生きる」というのは理解できます。
しかし、それは人間の生き方の表層でしかありません。
人間は、常に人間として生きている、つまり「人間らしく」生きているのです。
人間が人間らしく生きるとはトートロジーでしかありません。

もちろん、「人間らしく生きよう」という言葉はよく聞きますが、私はどこかに違和感を持ちます。
文化人類学者たちは、「未開社会」の人たちの生き方をどう捉えていたのでしょうか。
またこのように説法する人の目線はどこにあるのでしょうか。

五木さんは、「人間の生命は、いかに人間らしく生きるかという方向を志向する本能的な力を持っている」と言っています。
では、人間らしく生きるとは何か。
それを「夢を果たす」と言い換えると、こうなります。
「人間の生命は、いかに夢を果たすかという方向を志向する本能的な力を持っている」。
「夢」という言葉に勝手な定義を与えていると指摘されそうですが、モリスに触発された國分さんの言葉を使えば、「バラ」でもいいのです。
「生きる意味」でもいいし、「自己判断力」でもいい。
もっと平たく言えば、「意識」です。
それが機械とは違うことだと思います。

「人は夢だけでは生きていけない、のか?」で言いたかったのは、生きていることは実は誰もが夢に関わっていることだと言うことでした。
生きている、そのことが、夢を持っているのだと言うことです。
それを忘れてはいませんか、というのが、私の問いかけです。
人間は、夢を見る能力、あるいは資質を獲得した。
そして、一人ひとりが表情を持つようになった。
それは一説には今から3500年ほど前だとも言われています。
ジュリアン・ジェインズの「神々の沈黙‐意識の誕生と文明の興亡」には、その仮説が興味深く書かれています。
また、トール・ノーレットランダーシュの「ユーザーイリュージョン」も、わくわくするような本です。

蟻のように生きる人生を生きる人も、間違いなく、夢を持っている。
だからこそ蟻のように働ける、と私は考えています。
しかし、恐ろしいのは、いつの間にか、人間であることを忘れてしまうことにならないかということです。
だからこそ、夢を忘れてはいけません。
人生にはバラが必要なのです。
たとえ絶対他力に身を任せるとしても。

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■「運命の子」と出会って考えたこと~障害胎児の命を抱きとめる~講演会のお誘い

9月のちょっとハードなカフェサロンで、お話をしていただいた松永正訓さんの講演会が11月23日に開催されます。
http://homepage2.nifty.com/CWS/action14.htm#09132

松永さんのお話は、ぜひとも多くの人に聴いていただきたいと願っています。
障害の問題や私たちの生き方を考える上でのたくさんの示唆をいただけます。
同時に、これからの医療のあり方を考える、大きなメッセージも感じます。
今回は公開講演会です。
私も参加させてもらう予定です。
会場でお会いできますように。
詳しい案内は添付のチラシをご覧ください。
http://homepage2.nifty.com/CWS/matsunaga.png

■演題:「運命の子」と出会って考えたこと~障害胎児の命を抱きとめる~
■講師:松永正訓さん(小児外科医) 
■日時:11月23日(日)14時~16時
■場所:練馬区立区民・産業プラザ Coconeri3階 研修室 1
     (西武池袋線・都営大江戸線・営団有楽町線練馬駅北口1分)
■参加費:500円(学生無料)
■公式サイト:http://lifecafe.jimdo.com/
■申込み:lifecafenerima@gmail.com

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2014/11/09

■節子への挽歌2627:ナラティブ・グリーフケア

節子
私たちの周りには、たくさんの「死」があります。
テレビや新聞でも、毎日、たくさんの死が報じられています。
以前、私は、そうした報道に触れると、死んだ人への思いをはせました。
しかし最近は違います。
遺された人への思いが、まず浮かんできます。
死のリアリティは、遺された人にしかわからない。
節子との別れを体験して、そう思うようになりました。
節子が、死をどう体験したのかは、とても興味がありますが、それは間もなく私も体験するでしょう。

最近、テレビや新聞で死が報じられることが多すぎます。
事件の場合、それが詳しく報じられることに、とても違和感があります。
日常生活では死を隠しながら、縁の薄い人の死は興味本位の物語として受け止める傾向が強すぎます。
この風潮は、死への冒涜だと、私は思います。
愛する人や大事な人の死を体験すれば、そんな扱いはとてもできないはずです。
それが事件であれば、なおさらです。
他者の死を、軽々しく物語として語ってほしくはありません。

しかし、遺された人にとっては、まさに愛する人の死は物語です。
遺された人は、その別れを物語にしておかないと耐えられないのです。
すぐには受け入れがたい現実を消すために、物語として受け止める。
時間をかけて、物語が生まれてくる。
そして、生きていた時の、その人の物語も、です。

死の報道に触れると、いつも、遺された人の物語を思ってしまいます。
何かできることはないのか。
もしかしたら、私の体験がグリーフケアに役立つかもしれない。
そんな気がしてネットで調べてみました。
ナラティブによるグリーフケアがすでに行われていることを知りました。
やはりみんな考えることは同じなのかもしれません。

ナラティブの主役は当事者です。
物語れるのは、遺されたものだけに許される行為だと、私は思っています。
ナラティブの力は、大きいように思います。

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2014/11/08

■節子への挽歌2626:生きるものの歌

節子
前の記事を書いてから、テレビでも見ようとスイッチを入れました。
デューク・エイセスが歌っていました。
すぐにチャンネルを変えようと思いましたが、間に合いませんでした。
デューク・エイセスが歌っていたのは「生きるものの歌」
あの歌詞に引きずり込まれてしまったのです。

あなたが この世に生まれ
あなたが この世を去る
わたしが この世に生まれ
わたしが この世を去る
その時 涙があるか
その時 愛があるか
そこに 幸せな別れが あるだろうか
節子がいなくなってから、テレビの歌番組は見るのをやめました。
歌は強烈に記憶を呼び起こすからです。
特にデューク・エイセスは思い出したくありません。
節子とのたくさんの思い出があるからです。

私は子供のころからデューク・エイセスが好きでした。
節子と一緒に最初に行った京都でのコンサートも、デューク・エイセスでした。
一緒に住まいだしてからは、ちょうどデューク・エイセスの「にほんのうた」シリーズが始まり、よく一緒に聴きました。
そのせいで、いまもデューク・エイセスを聴くとついつい心がつらくなります。
映像があるとなおさらです。

「生きるものの歌」は、たしかベトナム戦争が終わった年につくられました。
ですから、未来を歌ったものです。
しかし、改めてこの歌を聴くと、以前聴いた時とは全く違ったものに聴こえます。
それにしても、歌の力はすごいものです。

この歌の最後はこうです。
もう忘れていましたが、


世界がどんなに平和でも、悲しい夜は来る。
誰もが耐えて生きている。
思い出と歌があなたを支えてゆくだろう。
思い出と歌。
それが私の支えになるには、もう少し時間が必要のようです。
久しぶりに今日は、涙を止めきれませんでした。
おかげで、たぶん明日はすっきりとするでしょう。
最近は、涙を忘れていましたから。

なお、デューク・エイセスではないですが、次のサイトで瀬戸カオリさんが最後まで歌っているのが聴けます。
私は初めて瀬戸さんの歌を聴きましたが、思いがさらに伝わってきてしまいました。
https://www.youtube.com/watch?v=tGxw90ruxUU

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■節子への挽歌2625:生命を支える場の力

節子
今日もまた寒い日でした。

畑のみかんの樹にみかんが3つなっていました。
まったくの手入れ不足でしたが、今年からなりだしました。
前に1つ収穫したので、今年は4つなったわけです。
最初のは酸っぱくて食べられませんでしたので、残りは熟すまで残していました。
もう少し残しておこうと思ったのですが、最近畑に行く機会が少なくなったので、今日、畑の近くを通ったので、落ちないうちにと収穫して節子に供えました。
見た感じ、まだ酸っぱさそうです。

このみかんは節子が取手の植木屋さんから買ってきたものでした。
転居前の家には果実が成る樹も多かったのですが、なぜか節子はあまり好きではなく、転居後は果実の樹は植えられませんでした。
これは数少ない1本ですが、結局、畑に植えられてしまいました。

そういえば、家の庭にサクランボを植えたことがあります。
私の希望で2本買ってきましたが、1本は枯らしてしまいました。
節子はどちらかと言えば、樹木よりも草花が好きでしたから、家の裏に植えられたためです。
残った1本はいまもありますが、節子に先立たれた私のように、あんまり元気がありません。
さくらんぼは2本ないと実が成らないのですが、花もあまり咲いたのを見たことがありません。
まあ、この10年ほど、わが家の庭の花木はあまりケアもされずに、冬の時代を過ごしてきたのです。
まあかなりの花木を枯らさせてしまいました。
困ったものです。

これは気のせいかもしれませんが、池の魚が原発事故以来、数か月で死んでしまいます。
土砂を入れ替えたり、きれいに洗っているのですが、定着しないのです。
それと同じで、節子がいた頃はあんなに元気だった山ほろしまで枯れてしまい、その後、植え替えたのに一向に大きくなりません。
手入れ不足だろうとは思うのですが、あまりに繰り返されるので、呪いさえも考えたくなります。
放射線量の関係ではないかと思ったりもしています。
春に池に放した魚がまた全滅していたのです。
どうも、今のわが家には生命を支える場の力が萎えているのかもしれません。

そんななかでみかんの収穫はうれしいのですが、考えてみると、これは畑でした。
庭に生命力を取り戻すにはどうしたらいいでしょうか。
まずは自らの生命力の回復です。
しかしこう寒いと心身が凍えてしまい、生命力も萎えそうです。

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2014/11/07

■悩ましい問題

悩ましい問題があります。
もし万一、再稼働した川内原発が事故を起こした場合、薩摩川内市の市民に対する支援活動をすべきか、あるいは損害賠償請求をすべきかという問題です。
事故が起こらないことを祈りますが、福島での事故を体験した以上、起こらないとは断定できません。
正直に言えば、私自身は福島原発事故が起きた時に、福島県民に同情する以上に怒りを感じました。
こんなことを言うと、叱られるでしょうが、相変わらず原発に依存しようとしている福島県民には、いまもどこかに割り切れないものがあります。
しかし、福島の原発事故は、通常の受け身の教育を受けてきた人たちには「想定外」だったでしょうから、仕方がありません。
それに私もまた、やむを得ずとはいうものの、原発の恩恵を受けていたことは否定できません。
こういう社会を構成している一員である以上、福島県民を非難するわけにもいきません。
前にも書きましたが、その罪は従容として受け、福島産の野菜もきちんと食するようにしています。

しかし、福島で原発事故が起こった以上、状況は変わりました。
そうしたなかで、薩摩川内市の市民たちは、反対者はいたものの、再稼働を選んだのです。
そこで悩ましい問題が発生したわけです。

私は千葉県に住んでいますので、川内原発で万一事故が起こっても、すぐには直接的な被害は受けないでしょう。
ちなみに福島原発事故の被害は直接的にも影響を受けています。
たとえば、わが家の農園は作付不能になりました。
でもそれは甘んじて受けましょう。
多くの人にとっては、「想定外」だったからです。
でも今は違います。
この状況で原発再稼働を認めると言うことは、未必の故意が存在します。
危険ドラッグよりもずっと危険な施設を動かすのですから。

薩摩川内市周辺の人たちは、もし事故が起こったらどうするのでしょうか。
避難計画が議論されていますが、それは、事故がありうるということを前提にしています。
安全と言いながらの避難計画、どこかおかしくはないでしょうか。
薩摩川内市の市民たちはそれでいいでしょうが、近隣の地域の人たちはどうするのでしょうか。
それでも薩摩川内市の市民の支援をするのでしょうか。
そういうことを考えると、実に悩ましい。

原発再稼働は一自治体の話ではないはずです。
もちろん一国家の問題でもありません。
稼働するとしても、それをしっかりと認識すべきではないかと思います。

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■節子への挽歌2624:非日常から転じた「ケ」の世界

節子
最近、ケの世界に埋没しているせいか、心身のよどみを感じます。
人にはやはり、ハレの世界が必要のようです。

「ケ」は簡単に言えば「日常」、「ハレ」は「非日常」ですが、柳田國男はこの2つが次第に重なりだしてきているといいました。
たしかに、日常もまた変化のあるものになってきました。
そして、かつてであれば、ハレ時の暮らしが日常化し、暮らしからめりはりが消えつつあります。
ちなみに、ハレにはプラスのハレとマイナスのハレがあります。
非日常という意味では戦争もハレ舞台です。
しかし戦争状態が日常になってしまい、ハレがケに転ずることもあります。
ハレがつづけばケに転じます。
私の場合も、節子との別れという非日常が、日常になってしまい、ハレがケに転じたような気がします。
非日常が日常になれな、なかなか新たなる非日常は得られなくなるのです。

もう30年ほど前になりますが、5人の民俗学者たちが共同でシンポジウムを開催しました。
その報告書はとても興味深いものでした。
桜井徳太郎さんから「ケガレ」という概念が出されたのです。
その時の記録は、「ハレ・ケ・ケガレ」(青土社)という書籍になっています。

ケガレというと一般には「穢れ」「汚れ」を指しますが、私が興味を持ったのは、ケガレとは「ケが枯れる」とい捉え方でした。
ケが枯れる、つまり気が枯れるです。
勝手に解釈すれば、生活には気が必要です。
気をいれておかないと、波風の多い日常生活を乗り切れません。
注意しないと、気が弱まり、枯れてしまいかねない。
そこで、枯渇してしまった気、つまり日常生活を支えるエネルギーを回復するために、「ハレ」の時間が必要になる。
日常を支える非日常が日常を支えているというわけです。
気を取り戻すためには、ただ休めばいいと言うわけではないと言うことです。
極端に言えば、疲れた時には休むより、非日常が効果的というわけです。

節子がいなくなってから、考えてみると、私の生活には、ある意味では「ハレ」がなかったかもしれません。
ですから、私のケ(気)は、もう消尽されつくしているのかもしれません。
気がなくなれば、当然ながら「生命」も消えるでしょう。
となれば、これはあまり誠実な生き方でも、素直な生き方でもありません。
のどが渇けば水を飲むように、気が枯れたら、気をもらわねばなりません。
気をもらうために、ハレの場に行かねばいけません。
ところが、非日常から転じた「ケ」の世界にいると、「ハレ」が見つけられないのです。
困ったものです。
どうしたらいいでしょうか。

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2014/11/06

■節子への挽歌2623:節子に会う前も幸せでした

節子
今日は湯島で少し時間を持て余しています。
時間が許せば、久しぶりに東京国立博物館に行けたのですが、中途半端な空き時間になってしまいました。

私が博物館に通い出したのは、小学4年のころからです。
兄に連れて行ってもらった交通博物館に魅了されて、その後は、同級生を誘って、上野の国立博物館と科学博物館によく行きました。
しかし、次第に足が遠のき、大学時代は特別展でもなければ行かなくなりました。
今はあまり行くことはありません。
それも、少し雰囲気を感じてくるだけです。

時々行くと、今も子供のころを思い出します。
科学博物館は変わってしまいましたが、国立博物館の本館は、今も昔の雰囲気を残しています。
よく通っていたころは、まだ節子とは会う前の小中学校時代ですが、あの頃にはたくさんの夢がありました。
実に懐かしい時代です。
国立博物館の前庭のベンチに座っていると、その当時を思い出します。
当時の社会は、経済的には貧しかったと思いますが、なぜか実にあったかでした。
私の家も、貧しかったですが、私自身は苦労した経験がありません。
今から思えば、大志もなく、実に安直に生きてきてしまった気がします。

そういう私に、生きる意味を与えてくれたのが節子でした。
「生きる意味」とは何かと問われると、答えに窮しますが、自分の人生を素直に生きるということです。
大志や目標はますます縁遠くなってしまいました。
生きることが目的になったのです。
節子に会う前も、私は十分に幸せでした。
しかし、節子に会う前後では、何かが大きく変わってしまったような気がします。
「節子とはいったいなんだったのか」。
最近そんなことを考えることがあります。

節子とも上野の博物館には何回か行ったはずですが、あまり思い出せません。
思い出すのは美術展やコンサートばかりです。
なぜ思い出せないのでしょうか。

近いうちに、また国立博物館に行こうと思います。
薬師寺の聖観音にもお会いできますし。

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■「私は人間としてではなく生きてきた」

五木寛之さんの「私訳歎異抄」を読みました。
まえがきの一文が目に留まったからです。
こういう文章です。

他人を蹴落とし、弱者を押しのけて生きのびてきた自分。
敗戦から引き揚げまでの数年間を、私は人間としてではなく生きてきた。
その黒い記憶の闇を照らす光として、私は歎異抄と出会ったのだ。

数年前に話題になった本があります。
レベッカ・ソルニットの書いた「災害ユートピア」です。
東日本大震災の発生する少し前に話題になった本ですが、3.11はこの本の確かさを実証してくれた気がします。

ソルニットは、災害の襲われた人々の間には、一時的とはいえ、日常の利己的な態度とは全く逆の利他的・相互扶助的な共同体ができると主張します。
被災者も、周りの人も、階層や立場を超えて、支え合う状況ができるというのです。
3.11は、確かにそれを出現させました。
その一方で、やはり話題になった本にクライン・ナオミの「ショック・ドクトリン」があります。
災害という惨状に便乗して、資本が入り込んで市場を拡大してしまうという話で、いわゆる「火事場泥棒」の広がりです。
これも3.11のその後の動きの中で広く見られていることです。

災害には二次災害がつきものですが、問題はそれを起こす人はだれかということです。
それはたぶん被災者ではありません。
被災者を支援しようという「エリート」だとソルニットは言います。
その背景には、大衆を信頼していない、おびえるエリートが垣間見えます。
エリートの支援がなければ、みんな寄り添って社会を再構築するのですが、そうなってはエリートたちは困るわけです。
東北復興の動きに、そういう影を感じます。

話を五木さんに戻しましょう。
第二次世界大戦の敗戦は、悲惨な状況をもたらしました。
しかし、そうしたなかでも、生命を賭してまで、「人間として生きた人」は少なくないでしょう。
災害ユートピアは、間違いなく生まれたはずです。
しかし、その一方で、人間として生きられない人も生まれたはずです。
だからと言って、後者を責めることはできません。
それは、その人の生き方の問題であって、良し悪しの問題ではありません。
大切なのは、いずれの可能性もあるということです。

夢がなくても生きられるかという記事へのコメントは、そういうことを考えるとても示唆に富む材料を与えてくれました。
たしかに、いま、生きることが精いっぱいで、余裕のない人もいるでしょう。
精神分析を専門とする樫村愛子さんは「生命線ぎりぎりの状態で、ただ働くだけの毎日を生きる「ワーキングプア」は、異議申し立ての声をあげることさえできず「現代の奴隷」となる」とまで書いています。
でも、そうでしょうか。
彼らは充分に異議申し立ての声をあげている。
それに気づかないのではなく、気づこうとしない社会にこそ、問題があるように思います。
そして、そういう社会の構成員の一人でもある私の問題でもあります。

災害が起こると、立場を超えて、みんなが同じ立場になる。
そこに、これからの社会を考えていく上での、大きなヒントがあるように思います。
そして同時に、果たして現代の奴隷はいったい誰なのか、も考えなおす必要があるような気もします。

続きを明日、書こうと思います。

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■節子への挽歌2622:病気や健康という言葉の意味が変わりました

節子
冬を思わせる朝でした。
高血圧のための降圧剤を飲むのをやめて2週間がたちました。
いまのところ異常は起きていませんし、むしろ調子がいいくらいです。
一応、毎日血圧を測り、注意はしていますが、もう少し続けようと思います。
ちなみに、久しぶりにグレープジュースを飲みましたが、期待していたほどおいしくはありませんでした。

最近さらに病気観が変わってきました。
これは、実はこの数年、少しずつ意識するようになってきています。
節子がいなくなってから、病気を治すという言葉にどこか引っかかるようになりました。
節子の病気を治せなかったことへのコンプレックスからです。
さらに健康が大事だとか、長生きこそが幸せ、などという言葉にさえ、心がうずくようになってしまいました。
なにか責められているように感ずるのです。
長生きできなかった節子を否定されているような気さえしたのです。
健康とか病気とかいう言葉の意味が一変してしまったのです。

前にも書きましたが、自死遺族の人から「自殺のない社会をめざす」という言葉を聞くと、自死した父親が責められているような気がすると言われたことがあります。
以来、その言葉は使わずに、「自殺に追いやられることのない社会」と表現していますが、その人の気持ちが理解できたのも、節子のおかげです。
人は、自らの体験で、言葉を解釈します。
自らの体験が気持ちを形成していきます。

節子がいたころといなくなってからとでは、私の言葉への感情も大きく変わってしまっているわけです。
人は言葉を通して社会に生きていますので、そのことは人生を大きく変えてしまいます。
最近、ようやくそのことに気づくことができるようになりました。

病気が悪くて、健康が良いとは言い切れないのです。
その違いも、最近は極めてあいまいに感ずるようになってきました。

それでも、風邪だけは引きたくないと思っていますので、まだまだ矛盾しているのですが。

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2014/11/05

■経世済民としての経済を思い出したい

円がとうとう114円台になってしまいました。
実体経済と切り離されてしまった通貨の需給で、円為替が決まるという仕組みが私にはなかなか理解できないのですが、通貨もまた「商品」になってしまったと考えれば当然のことなのでしょう。
人間も商品になってしまう時代ですから、それは不思議なことでないかもしれません。

しかし、為替動向は私の生活にも影響してきます。
もちろん消費税も影響してきますが、これは論理的にも感性的にも理解できます。
税の使い方には、大いに不満はありますが、賛否はともかく、理解できます。
それに比べて、円安誘導は私には理解不能です。
円為替は、私たちの働きの価値を表しています。
円高であれば、私たちの仕事が創り出す社会的価値が増えたということでしょう。
にもかかわらず、円安誘導に取り組むとはどういうことか。
素朴に考えれば、だれもが円高がいいと思うはずです。

デフレ克服が言われましたが、行き過ぎたデフレは確かに問題があります。
しかし、それを為替につなげるのは、猿ほどの思考力しかない人の発想でしょう。
働く人の仕事の価値をしっかりと評価するだけでも、デフレのマイナスは解消できたはずです。
にもかかわらず、相変わらず過労死の危険をおかしながら、自らの価値を貶めているとしか思えません。
どこか間違っているとしか思えません。

株価の上昇が、年金基金の価値を高めると言われます。
しかし、そんな砂上の楼閣に生み出された利益は、まっとうなものではありません。
上昇した株価が下がれば、元の木阿弥です。

経済は、専門家の人に任せる話ではありません。
経世済民という本義を忘れてはいけません。
民の暮らし、生活者の論理こそが必要です。
消費税増税の当否を議論する「有識者会議」には、生活者はいるのでしょうか。
私が言っているのは、きちんと生活している生活者のことです。
消費者団体のリーダーではありません。
生活保護受給者の代表も入れてほしいものです。

暴論だとまた言われそうですが、私が言いたいのは、「専門家」とか「有識者」の概念を根本から考え直す必要があるのではないかということです。
そして、「専門家」でも「有識者」でもない、私たち生活者は、もっと素直に経済を考えたいと言うことです。
中途半端に学んだ経済学の呪縛から自由になりたいものです。
宇沢さんのように、現実ときちんと向き合う人でなければ、生活の経済など分かるはずがないのではないかと思います。

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■経世済民としての経済を思い出したi

円がとうとう114円台になってしまいました。
実体経済と切り離されてしまった通貨の需給で、円為替が決まるという仕組みが私にはなかなか理解できないのですが、通貨もまた「商品」になってしまったと考えれば当然のことなのでしょう。
人間も商品になってしまう時代ですから、それは不思議なことでないかもしれません。

しかし、為替動向は私の生活にも影響してきます。
もちろん消費税も影響してきますが、これは論理的にも感性的にも理解できます。
税の使い方には、大いに不満はありますが、賛否はともかく、理解できます。
それに比べて、円安誘導は私には理解不能です。
円為替は、私たちの働きの価値を表しています。
円高であれば、私たちの仕事が創り出す社会的価値が増えたということでしょう。
にもかかわらず、円安誘導に取り組むとはどういうことか。
素朴に考えれば、だれもが円高がいいと思うはずです。

デフレ克服が言われましたが、行き過ぎたデフレは確かに問題があります。
しかし、それを為替につなげるのは、猿ほどの思考力しかない人の発想でしょう。
働く人の仕事の価値をしっかりと評価するだけでも、デフレのマイナスは解消できたはずです。
にもかかわらず、相変わらず過労死の危険をおかしながら、自らの価値を貶めているとしか思えません。
どこか間違っているとしか思えません。

株価の上昇が、年金基金の価値を高めると言われます。
しかし、そんな砂上の楼閣に生み出された利益は、まっとうなものではありません。
上昇した株価が下がれば、元の木阿弥です。

経済は、専門家の人に任せる話ではありません。
経世済民という本義を忘れてはいけません。
民の暮らし、生活者の論理こそが必要です。
消費税増税の当否を議論する「有識者会議」には、生活者はいるのでしょうか。
私が言っているのは、きちんと生活している生活者のことです。
消費者団体のリーダーではありません。
生活保護受給者の代表も入れてほしいものです。

暴論だとまた言われそうですが、私が言いたいのは、「専門家」とか「有識者」の概念を根本から考え直す必要があるのではないかということです。
そして、「専門家」でも「有識者」でもない、私たち生活者は、もっと素直に経済を考えたいと言うことです。
中途半端に学んだ経済学の呪縛から自由になりたいものです。
宇沢さんのように、現実ときちんと向き合う人でなければ、生活の経済など分かるはずがないのではないかと思います。

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■節子への挽歌2621:弥陀の本願

節子
五木寛之さんの「私訳歎異抄」を読んでみました。
さほど新しさはありませんでしたが、まえがきに魅かれたからです。
そこに書かれていた五木さんの思いが素直に心に入ってきたからです。
それで、久しぶりに歎異抄を読んだのです。

久しぶりに「弥陀の本願」という言葉に出会いました。
節子の生家は、浄土真宗でした。
結婚してから、節子の生家での法事で、何回も聞いた言葉です。
法事での読経の後、参列者全員で和讃の一部を唱えます。
私には初めての体験でしたが、最初に耳に残ったのが、「弥陀の本願」という響きでした。
和讃は実にリズミカルで、聞いているだけでも、ちょっと彼岸を感じさせます。
それも数十人の人たちによる声明は、心に響きます。
おそらくみんな気分が高揚し、一種の彼岸体験をする人もいるかもしれなと思うほどでした。
参列者で声を出せなかったのは、私だけだったのですが、節子の生家のある滋賀県の高月町は「観音の里」というくらい、参列者全員がお経も和讃も唱えられるのです。
それは実に新鮮でした。

もっと新鮮だったのは、「死」そして「葬儀」が「日常的」だったことです。
そこでは、死がまさに「あっけらかん」と語られていました。
いわゆる「他力の慈悲」のなかで生きる人たちを感じました。
節子の母は、「お迎えが来る」という言葉を、実に自然で使える人でした。
節子もまた、そうした文化を引き継いでいたかもしれません。

節子はいなくなってから、高月の法事にはあまりいかなくなりました。
節子が一緒でない法事が、これほどまでに悲しいものだと気づいてから、あまりいけなくなってしまったのです。
来年は義母の法事があるかもしれません。

ちなみに、弥陀の本願は、すべての人を平安な彼岸に導くことです。
それによって、現世の生にも平安をもたらしてくれるのです。
阿弥陀仏に感謝しなければなりません。

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■コミュニケーションの持続による絆しかないのか

フェイスブックをやっていて感じるのは、今や「自己露出の時代」と言っていいほど、自己の暮らしぶりをさらけ出す文化が広がっていることです。
その一方で、フェイスブックをやっていながら、自らのデータは限られた友だちにしか開示していない人が増えているような気もします。

私がホームページを始めたのは、2002年1月1日です。
完全な手づくりですが、私の生き方に従い、すべてを開示するという方針でした。
最初は双方向で、読者の書き込みや相乗りの仕組みも作りましたが、いろいろとトラブルもあり、やめてしまいましたが、「開かれたコモンズ型」を意図していました。

1989年に、私は生き方を変えました。
25年勤務した会社を辞めました。
その時のことは、当時の雑誌に頼まれて寄稿した記事が残っています。

タイトルは「会社を辞めて社会に入る」で、そこに会社を辞めた時に友人知人に送った手紙の一部を紹介させてもらいました。
こんな文章を書きました。

働くでもなく遊ぶでもなく、学ぶでもなく忘れるでもなく、急ぐでもなくのんびりするでもなく、これから出会ういろいろな世界との関わりの中で、私自身の新しいライフスタイルとこれからの25年間の仕事を発見していくつもりです。

ちなみに、会社を辞めた目的は、転職でも独立でもありません。
その手紙には、「社会への『溶融』を志向しています」と書きました。

そんなわけで、会社を辞めてからの生き方は、すべてを外からも見えるようにしていこうと思ったのです。
そのために、ホームページには、公私を含めて、何でも書き込みました。
あまりに書きすぎて、削除しろというクレームも来ました。
それで私以外の人のことはできるだけ曖昧に書くようにしましたが、基本的には方針は変えていません。

ところが、最近はフェイスブックでの生活の露出が一般的になっています。
食事の内容までがよくアップされます。
私のホームページの比ではありません。
みんな露出症になったようです。

暮らしぶりを公開する意味はなんなのか。
ちょっとわからなくなってきました。
私は、フェイスブック開始2年目からは、内面の思考を中心に書くことにしました。
だから概して長くて小難しい話が多いのです。
人数は少ないですが、それでも読んでくれて、コメントもくれる人がいます。
でも正直に言えば、ほとんど理解されることはありません。
言葉というものは、考えや思いを伝えるには適していないようです。
考えや思いを伝えるには、どうも写真が効果的のようです。
これもフェイスブックで学びました。

しかし、人はなぜ生活を露出するようになったのか。
これは実に興味あることです。
私が、社会とともにあろうと思った26年前とは社会が変質したのです。
おそらく人の生き方も変わってしまった。
社会が壊れてしまい、拠りどころがないのに、仲間もいなくなったのかもしれません。
そして、もしかしたら、自分を開示しておくことが、一番の安心につながるのかもしれません。
ラインでつながっていないと不安になる子どもたちと同じ状況に、多くの大人たちも陥っているのかもしれません。
いまや、生活の露出しかコミュニケーションの契機を持てず、「コミュニケーションの持続による絆」に依存しなければならないほどに、みんな刹那的な生き方になってきているような気がします。
忙しいことを恥じる文化を取り戻さないと、私たちはどんどん物になっていってしまうような気がします。

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2014/11/04

■節子への挽歌2620:余命宣告の罪深さ

節子
余命宣告を受けていた米国の女性が、「尊厳死」を実行しました。
結局、だれも止められなかったわけですが、果たして本当に止めようという働きかけがあったかどうかは疑問です。
世界はすでに大きく変質していることを、改めて実感しました。
世界は、ただ単に「興味」を抱いただけだったのかもしれません。
少なくとも日本のマスメディアの報道からは、そう思わざるを得ません。
私自身は、正直に言えば、目をそらしたい気分でした。

時評編に書きましたが、私にはこの事件は「尊厳死」ではなく、「人間の尊厳性の否定」としか受け止められません。
そして、その背後にあるのは、いのちの私物化であり、人間の事物化です。
私の周りだけではなく世界からどんどん人はいなくなっているのかもしれません。

節子は、息を引き取る1か月ほど前に、もうこれでいいでしょうと紙に書きました。
もう話せなくなっていたのです。
当時、私自身がたぶん正常な判断ができなくなっていて、それに誠実に立ち向かえませんでしたが、それから節子は1か月近く、壮絶な戦いをしてくれました。
その姿を思い出すのがつらくて、どこかで忘れたいという意識があるのですが、忘れることはできません。
あの1か月は、それこそ生きるとは何かを、私たち家族に伝えてくれたように思います。
人のいのちは、個人一人のものではないのです。
節子は、その時、大きないのちを生きていました。

余命宣告を受けて、死を選んだブリタニー・メイナードさんは、29歳でした。
余命宣告の罪深さに憤りを感じます。
神でもあるまいし、中途半端な知識しかない医師に、なぜ神のような余命判断を許しているのか。
医療界にも不信感を持ってしまいます。

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■「尊厳死」か「人間の尊厳性の否定」か

アメリカで、余命宣告を受けた若い女性ブリタニー・メイナードさんが、医師の支援を受けて自殺しました。
彼女は自殺予告をユーチューブで発信していたので大きな話題になっていましたが、だれも止められませんでした。
やりきれない気分です。
これは、人がもはや事物化されてしまったことを示唆しています。

消費社会論を説いたボードリヤールは、「消費社会は、高度情報化によって、すべての要素を情報化した」と述べ、現実は記号化されて、「知らない間に現実が盗まれた」と述べています。
つまりそこでは、人間さえもが事物化したというわけです。
そして、世界の状況はまさにその方向で動いているように思います。
いまや人間は、商品化するか消費機械化するかの、いずれかのように思います。
ボードリヤール風に言えば、「知らない間に人間が盗まれた」わけです。

ブリタニーさんの事例を「尊厳死」というのであれば、その概念はさらに広がってしまうでしょう。
そして、生命が事物のように、廃棄可能なものになってしまいかねません。
人は往々にして、自らの「生命」を自分だけのものだと考え、私物化してしまいがちです。
それを防ぐために、自殺を禁ずる思想が宗教として成立していました。
キリスト教が自殺を禁じているのは有名な話ですが、仏教も自殺を禁じているはずです。
「大きないのち」とか「生かされている」という発想は、いのちは個人では勝手には扱えないものだということでしょう。

私の妻は7年前にがんで亡くなりました。
最後の1か月は、本人はもとより家族も大変でした。
しかし、妻は最後まで生き抜こうとしました。
改めて妻を誇りに思います。

ブリタニーさんの自殺(私には尊厳死とは思えません)とそれを支援した人たちの自殺ほう助が世界中に映像で発信されたことで、何かとても大切なものが、壊れたように思います。
ブリタニーさんと医師が行ったことは「尊厳死」ではなく、「人間の尊厳性の否定」ではないかと、私は心身の震えをとめられません。

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2014/11/03

■節子への挽歌2619:だれも読まない墓碑銘

節子
月命日なので娘たちを誘ってお墓詣りに行きました。
今年はお墓荒らしにあったりアリの巣ができたり、わが家のお墓にもいろいろとありましたが、少し整え直してきました。

ところで、お墓詣りに来て、いつも思うのは、墓地というのはやはり異様な空間だなということです。
最近では「お墓など不要だ」などという議論もありますが、それはともかく、お墓の形が変わっていくことは間違いないでしょう。
なぜならば、私たちの生き方が変わってきているからです。
お墓は、ある意味では私たちの生き方の象徴です。
いつもそんな気持ちで、墓地を見まわしています。

私の友人は、自分の墓石にある言葉を刻んでもらうことを息子さんに頼んだそうです。
彼は、あることを歴史に残したいからです。
しかし、昨今のように自然災害が多くなると、墓碑銘ですら、長く残るかどうかわかりません。
もし残したいなら、ネット環境のクラウドに墓碑銘を残す方が確実かもしれません。
考えてみると、もしかすると私のホームページは、私の墓碑銘になるのかもしれません。
この挽歌も、その一部になるかもしれません。
不思議な時代になったものです。

最近、ホームページの更新が不十分ですが、墓碑銘を意識して、もう少しきちんとしたほうがいいかもしれません。
しかし、まあ娘たちは、たぶん私のホームページを読むことはないでしょう。
ましてや、それ以外の人が読もうはずもありません。
だれも読まない墓碑銘。
実に私好みです。
ホームページの体裁を少し変えていこうかと思います。
このブログは、このまま続けようと思いますが。

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2014/11/02

■節子への挽歌2618:中途半端な1日

節子
昨年は年末にバタバタしてしまい、大掃除ができませんでした。
それで今年はゆっくり時間をかけて掃除することにしました。
今日はリビングのフロアのワックスはがしをしました。
かなり汚れてしまっていたので、初めての試みです。
予想以上に大変です。
すっかり疲れてしまい、途中でダウンしました。
困ったものです。

後は怠惰にテレビを見てしまいました。
実は読書をしようと思ったのですが、読みだした本が実に難解で、頭に入ってこないのです。
この本はこれまでも何度か挑戦して、そのつど挫折しています。
ピエール・ブルデューの「実践感覚」です。
今回もまた序文で終わりそうです。

それで気分を変えて、録画してあった映画を見ました。
怪盗グルーの映画です。
この映画は2回目なのですが、まったく面白くないのですが、キャラクターがとても気に入っているのです。
ちなみにこの映画はアニメです。
1作目は、怪盗グルーが月を盗む話です。
このアイデアが実に気に入って、私はファンになったのです。
節子はこの種の映画は好きになりませんでしたが、ここに出てくるキャラクターは気に入ったはずです。

というわけで、今日はいろいろと中途半端な1日になりました。
先のない大事な人生において、こんな無駄な日を過ごしていていいものか。
ちょっと罪悪感を持ちながら、今日はもう寝ようと思います。
実は朝がとても早かったものですから。

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2014/11/01

■夢を持たずに生きている人がいたら教えてくださいませんか

昨日の「人は夢だけでは生きていけない、のか?」を、フェイスブックでも紹介したら、いろいろなコメントをもらいました。
東尋坊で人命救助活動をしている茂幸雄さんには、共感してもらいました。
思ってもいなかった人からも元気づけられたと言われました。
それでちょっといい気になっていたら、少し否定的なコメントも届きました。

その一人はベターケアという雑誌の編集長の野田さんです。
こんなコメントでした。

いいね、とは言いにくいご意見です。夢だけでは生きていけないし、夢がなくても生きる意味がない。当然両方あるべきだし、両方あるのが憲法の保障する「自由で文化的な生活」ではないでしょうか。いま、夢をもつことさえあきらめなければならい境遇の人が増えていることを、十分すぎるほどよくご存じの佐藤さんのご意見であることはもちろん、わかっています。そんな状況を変えたくて、佐藤さんが奮戦なさっていることを知っているつもりです。お金よりバラ、と言える人は今、家があり、食べ物があり、服を着ている人です。人間として扱ってくれる友人たちをもっている人です。

それに対してちょっと挑発的にコメントを返しました。

夢を持たずに生きている人がいたら教えてくださいませんか。
生きるとは何かを書いたつもりです。
パンは手段、夢は目的。企業の目的は利益ではなく、事業の価値であるように。

湯島にはいろんな人が来ます。
いささか危うい人も来ますし、死を企図している人も来ます。
不安におののいていたり、悩みに襲われている人も来ます。
しかし話しているとみんな誠実に生きようとしています。
そういう人と話をしていると、例外なくみんな「夢」を持っています。
しかしいわゆる「存在論的不安」の中で、それを忘れてしまっています。
「夢」という言葉が適切ではないかもしれませんが、生きる意味を持っているということです。
とても素直な生き方をしている安冨歩さんは、その著「生きる技法」のなかで、「夢とは、人生の目的に向かう一里塚」と書いています。
一緒に話していると、「夢」に気づく人もいます。
つまり、生きていることに気づくという意味です。

お金とバラとは無縁です。もちろん夢もお金とは無縁の話です。
「パンよりも夢が大切」と表現したのは不適切でした。
お金で買えるバラや夢は、所詮お金の代替物です。
先日、湯島に来た人に訊かれて、水槽のメダカは金魚屋さんから買ったと話したら、冷たい目で見られてしまいました。
反省しました。

イエス・キリストはまさにホームレスでした。
衣服も住まいも、もちろんお金もなかった。
しかし、夢、あるいは信念、役割に気づいていました。
だから死んでも生き続けたのかもしれません。

「何かに慣れるのと、何かを感じなくなるのとは別のことだ」。
1943年にアウシュビッツで虐殺されたエティ・ヒレスムの日記の一節です。
エティが最後まで、人として生きたのは、彼女に神を救おうという夢があったからです。
フランクルが、アウシュビッツを生きのびたのも、夢のおかげかもしれません。
ちなみに、現代において「家がなく、食べ物もなく、服もない人たちの世界」、いわゆる「ホモ・サケル」の世界は、収容所以外のなにものでもありません。
そうであればこそ、夢が必要なのです。
衣食住に満ち足りた人には、夢は不要かもしれません。
夢を持った人たちの強さは歴史が教えてくれています。
夢に価値を見出さない社会は、生きにくい社会ではないかと危惧します。

念のために言えば、夢があれば、必ず衣食住は手に入ります。
これもまた安冨歩さんが「生きる技法」のなかで語っています。
アマルティア・センが証明したように、世界に食糧が不足しているわけではありません。

また野田さんからコメントをもらいました。うれしい限りです。

夢の大切さをしっかり知っている人は、もちろん、何を手放しても夢をしっかり保持し、それだから、友達もいて衣食住も手に入るのでしょう。でも、自覚的な夢をもたない人たちは、夢をあきらめがちではないでしょうか。辛い状況の中でも夢を持ち続けることがきできる人は、やっぱり、自覚的だったり、夢への気持ちが強かったりするのではないかと思うのです。辛い状況のなかで夢をあきらめてしまう人たちに、「夢をあきらめるな」というのは難しいのではないか、と私は思ってしまいます。

論争好きな私は、また反論してしまいました。

「自覚的な夢をもたない人たちは、夢をあきらめがちではないでしょうか」とは観察者の見方ではないでしょうか。私は「夢をあきらめるな」などとは決して言いません。夢は本人にしかわからないからです。私がさまざまな人たちと付き合っていて感ずるのは、たぶん野田さんとは正反対の印象です。お金持ちには友達がいないなどというつもりはありませんが、経済的に恵まれない人たちであればこそ、友だちを大事にします。私が今、収入があまりなくても生きていけるのは、そうした人たちの支えです。

さてこの論争はまだ続くでしょうか。
そして、みなさんはどう思われるでしょうか。
論争好きなのも困ったものです。
友人を失いかねませんし。
そういえば、昨日は、ドラッカーに感動した若者と論争してしまいました。
私はドラッカーにはきわめて批判的なのです。

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■節子への挽歌2617:グループフルーツジュース

節子
今日はもう一つ書いておきます。
広島の折口さんから電話がありました。
いつものことながら、お元気ですかという電話です。
しかしこれは無意味な挨拶言葉ではありません。
折口さんは、私のブログやメーリングリストへの投稿を読まれていて、私が少しおかしいなと感ずると、実にタイミングよく、電話してきてくれるのです。
ですから、いつも折口さんから電話があると、きっとあのせいだとわかるのです。

今回はたぶん、私が降圧剤を飲むのをやめたことを知って、心配してくれたのだろうと思います。
そういえば、ほかにも2人の方からメールをもらいました。
とても心配してくださっているのです。
申し訳ないと思っています。
そんなことをいちいち書くなと言われそうです。

報告ですが、薬をやめたぶん、血圧計で毎日測定しています。
今日も3回測定しましたが、190/90前後でした。
調子はどうかと言えば、今のところ違和感もなく、頭痛も肩こりもありません。
この調子だと、降圧剤を飲まなくても大丈夫そうです。
つまりご心配なくということです。はい。

一番うれしいことは、降圧剤を飲んでいるために禁止されていたグループフルーツジュースが飲めることです。
今日、出かけていたのに、飲みそこないました。
明日は飲もうと思います。
私はアルコールは飲まないので、せめて好きなグループフルーツジュースくらいは飲んでも家計は大丈夫でしょう。

折口さん
ほどほどに元気にしていますので、大丈夫です。
折口さんもご自愛くださいますように。
それにしても、まだ私たちは一度も会ったことがないのです。
人のつながりとは不思議なものです。
私の頭の中には、会ったこともなく写真も見たことのない折口さんの姿がしっかりとあるのです。
どこかで会ったら、わかるかもしれません。
実に不思議です。

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■節子への挽歌2616:冬の始まり

節子
11月になってしまいました。
最近は時間がたつのがとても速く感じます。
今日は寒い1日でした。冬を感じるほどでした。

雨で畑に行けないので、そして寒くて本も読めないので、娘と一緒に大型DIY店のジョイフルホンダに耕運機を買いに行きました。
ジョイフルホンダに行くのは久しぶりです。
節子が元気だったころはよく通ったものです。
そのうち近くにも大きなDIYのお店ができたので、ほとんどの物はそこで用立てられるようになったのです。

ジョイフルホンダのもう一つの魅力は草花や植木がたくさんあったことです。
お正月の花は毎年そこで購入していました。
節子は花好きでしたから、いつもは質素でもお正月の花はかなり頑張ったのです。
花を選ぶだけでいつも30分はかかった記憶があります。
節子は、特に華道を学んだわけではありませんが、節子の活けた花が好きでした。

私の両親と同居していたころは、今では考えられないほどの料理も用意されていました。
来客もあり、いつも賑やかなお正月でした。
30日に家族で買い出しに行き、31日は夜まで調理でした。
元日は兄家族がやってきました。
そしてみんなで初詣に行きました。

わが家の文化が変わりだしたのは、私が会社を辞めてからです。
収入が激減し、支出が急増したためです。
さらに両親が亡くなってからは、メニューは大きく変わり、形が消えだしました。
それでも節子が中心にいたころは、ほどほどのお正月でしたが、節子がいなくなってからは、好きなおせちとお雑煮くらいになってしまいました。
実質的になったというべきかもしれません。
節子がいたら嘆くかもしれません。
お正月から華やかさが消えてしまいました。

変わっていないのは、活け花と初詣ですが、それも最近はだんだん地味になってきました。
金銭的には貧乏であることを、みんな意識しだしたからかもしれません。
節子も私も、金銭的貧乏には関心はありませんが、娘たちは私たちより心配性かもしれません。

久しぶりのジョイフルホンダは、植木や花のコーナーが縮小していました。
これも時代の変化のあらわれでしょうか。
ちょうど、時評編で、人生にはバラも大切だという文章を書いたところですが、節子はバラが好きでした。
もちろん象徴的な意味でのバラです。

食事時だったので、そのお店のフードコートで650円のラーメンセットを娘と食べてしまいました。
娘が連れ合いにメールしたところ、もっときちんとしたものを食べるようにと叱られてしまいました。
しかも、そのお金は娘が出してくれました。
気がついたら私はお金を持っていくのを忘れてしまったのです。
節子がいないと、耕耘機を買うどころか昼食さえも食べられません。
困ったものです。

ちなみに耕耘機は結構大変そうなのと、お金がなかったので、買わずに帰ってきました。
こうして、今年の冬が始まりました。

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