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2014/12/04

■「大政翼賛会に抗した40人」

10年ほど前に出版された本ですが、「大政翼賛会に抗した40人―自民党源流の代議士たち」(朝日選書)を読みました。
先日、その40人の一人の息子さん(と言っても私よりも年上です)が湯島に来たのがきっかけです。

日本の国会からすべての政党が姿を消し、大政翼賛会ができたのは1940年、私が生まれた前年です。
議会政治は終焉を迎えそうになったわけです。
しかし、そうした状況の中でも、死を覚悟して、流れに抗った人たちがいたわけです。
そして、その人たちが、戦後の自民党の源流になったのです。
その自民党は、今やまったく変質しましたが。
いや、小選挙制度によって、政治そのものが変質したというべきでしょうか。
私が生きているうちに、立憲議会政治がなくなることは考えたくないですが、あながちそれは杞憂でもないのかなと、この本を読みながら思いました。

40人のうち、37人は軍部の意向に逆らって大政翼賛会に反対し、議会政治を守ろうと「同交会」を結成し、激しい弾圧の中で選挙をたたいました。
当時の状況の中で、彼らは「明治憲法で定められた立憲政治の大道に則した政治を求めた保守派」と位置づけられます。
つまり、当時の台頭してきた軍国主義こそが、「革新派」だったのです。
保守と革新という言葉には気をつけなければいけません。

「同交会」は、政友会少数派から純無所属、社会党系、院外団といった「一種の混合団体」で組織されていたそうです。
このことにも、多くの学ぶべきことがあります。
小異を捨てて、組織を超えて、大同団結することを、彼らは知っていました。
いまの政治家たちにもぜひ学んでほしい気がします。
いや、政治家のみならず、私たち有権者もまた、学ぶべきです。

ちなみに、このグループに中から、戦後の首相が3人も出ています。
そのことからも、いまの政治家は学んでほしい気がします。

著者の楠誠一郎さんはこう書いています。

現代の政治家には周囲を見渡して多数につき、保身をはかる者が少なくない。
戦前に、生命を賭けて自分の意志を貫いた気骨ある政治家がいたことを心に留めたい。
まったく同感です。
40


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