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2014/12/29

■節子への挽歌2676:「人生」は生きている

節子
今日は雪が降りそうな日になりました。
昨日は夕方になって、いろいろとやらなければいけないことを思い出して、挽歌を書き損ねました。
一時期、挽歌書きは習慣化していたのですが、最近は生活リズムそのものが乱調しています。

昨日、東尋坊の茂さんと川越さんたちが、恒例のお餅を送ってきてくれました。
茂さんたちは、東尋坊での見回り活動のなかで、昨日までに507人の「人生に悩める人たち」に出会ったそうです。
年末にも気を許せないのでしょう。
あの寒い東尋坊で見回り活動をしている茂さんたちには頭が下がります。
電話したら、いつもと変わらぬ元気な茂さんの声が聞けました。
節子がいたら、茂さんたちとの関係もさらに深いものになっただろうと残念でなりません。

このお餅は、見回り活動の仲間や人生の再出発に向けて準備している人たちみんなでついたものです。
茂さんは、この餅をみんなの心が込もった「気餅」と言っています。
みんなが和気あいあいと元気よく餅つきをしている風景が目に浮かびます。

人生に疲れて元気がなくなってしまった人には、子どものころに家庭で味わったような、あったかい「おろしもち」を食べてもらおうとはじめた茂さんたちの「おろしもち屋」さんも、もう10年を超えました。
節子と一緒に、そのお餅を食べてからもう10年近くもたつのです。
あの時には、あまりの意外さと話に夢中になってしまい、せっかくのおいしいおろしもちを食べ残してきてしまったことを思い出すたびに後悔しています。
しかし、あの出会いがなければ、私の生き方もかなり変わっていたはずです。

茂さんの協力を得て、今年の9月には新潟でも自殺防止に関わるフォーラムが開催できました。
その開催に一方ならぬご尽力をされた金田さんの人生もまた、少し変わりつつあるでしょう。
こうして人の生き方は変わっていくのでしょう。

人生とはつくづく「生きているもの」だと思います。
私が人生を生きているのではなく、生きている人生に私が生かされているのです。
私の思うようにならないのは当然なのでしょう。
今年も実にいろんなことがありましたが、最後にきて、少しだけ「心の平安」が感じられるようになりました。

今日は寒い雨の中を湯島に出かけます。
今年最後の集まりです。

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