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2014/12/05

■節子への挽歌2653:三島駅からの富士山

久しぶりに東海道新幹線に乗りました。
浜松行きなので「ひかり」に乗車しましたが、三島停車の列車でした。
いま三島に到着、目の前に富士山がくっきりと見えます。
久しぶりに見る雲のない富士山です。
その前に、「TORAY'」の大きな看板があります。
私の会社生活はここから始まり、ここで終わりました。
節子との出会いも、ここがあればこそです。

この東レの工場で2か月実習しました。
若い工場のひととの6人部屋での共同生活は、実に刺激的でした。
一番年上は確か「加藤さん」と言い、私よりも少し年上でした。
もう一人、いまでもはっきり顔を覚えている若者はビートルズのファンでした。
休日にみんなで散歩したきおくがあります。
その時も、富士山も見た気がします。
その後の付き合いはありませんが、時々思い出します。
みんなどうしているでしょうか。
三島駅からの富士山
工場での実習は重合課というところの夜勤もあるシフト作業でした。
夜明けに重合塔の見回りがあって、最初に塔にのぼった時に、目の前に富士山が突然見えてきた時には感動しました。
工場実習を終え、正式に配属されたのが滋賀工場。
そこで節子に出会って人生を変えました。

東レでの最後の仕事はCI という仕事でした。
ボスに提案して、やらせてもらったのですが、今から考えれば無謀なプロジェクトでした。
東レのシンボルマークも一新しました。
三島工場の看板は巨大でしたから、新しくするのは大変でした。
それに発表までは隠さなければならず、新幹線の駅の正面にあることもあって、作業にも苦労しました。
このサインには、そんな思い出があります。
その仕事は、私の人生を再び変えました。
その仕事が、私の東レでの最後の仕事でした。

この風景を見ていると、何かとてもしみじみしてしまいます。

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