« ■節子への挽歌2667:あっという間の1年 | トップページ | ■節子への挽歌2668:いろんな人と付き合うと寛容になれます »

2014/12/20

■魂の限界と相沢さんの謝罪

STAP細胞検証結果の記者会見について、昨日のブログで、どうもすっきりしないと書きましたが、
今日、記者会見を改めて、新聞や映像で見直しました。
2時間全てというわけにはいきませんでしたが、もう少し自分なりにすっきりさせたかったからです。
特に、相沢さんが会見終了後に話したことが気になっていました。
毎日新聞に(たぶん)全文が書かれていました。

2時間あまりに及ぶ記者会見が終了し、報道陣が退室を始めた午後0時45分ごろ、相沢氏がマイクを握って再登壇。「検証実験は、(小保方晴子研究員を監視するための)モニターや立会人を置いて行われた。そういう検証実験を行ったことは、責任者としてものすごく責任を感じている。研究者を犯罪人扱いしての検証は、科学の検証としてあってはならないこと。この場でおわびをさせていただく」と述べ、頭を下げた。【毎日新聞デジタル報道センター】
相沢さんの無念さを強く感じます。
この一言で、私はかなりすっきりできました。
そう思っている人がいるのだということです。
相沢さんは、たぶん怒りの矛先を見つけられずに、謝罪の形で真情を吐露したのだと思いました。

ニュートンが錬金術に強い関心を持っていたことは有名ですが、科学者の中には「小さな論理」に呪縛されている人と「大きな論理」に自らを開いている人とがいるように思います。
そして、科学の発見には、常に「小さな論理」では説明できない「神秘的」「霊的」なものが作用しているということも、しばしばいわれます。
私は、心身を開いた時にこそ、新しい発見はもたらされるのではないかと思っています。
相沢さんは、今回、そういう場をつくれなかったことに、良心の呵責を感じている。
私はそう感じました。
STAP細胞の存在は、「科学者としては」あるとは言えないと反されたところにも、相沢さんの誠実さを感じます。

事件のど真ん中にいる小保方さんが昨日、発表した手記の文章も、私にはとても納得できるものでした。

予想をはるかに超えた制約の中での作業となり、細かな条件を検討できなかった事などが悔やまれますが、与えられた環境の中では魂の限界まで取り組み、今はただ疲れ切り、このような結果に留まってしまったことに大変困惑しております。
小保方さんは「魂の限界」と語っています。
科学を支えているのは、魂だと私は思っていますので、少し納得できました。
いまの科学の最大の問題は、哲学の欠落です。
とりわけ「いのち」に関わる場合は、哲学や霊性が重要な意味を持っています。
哲学の欠落によって、経済行為になりつつある医学の実態を思い出せばいいでしょう。

相沢さんや小保方さんが、そうしたメッセージを出してくれたことが、私には大きな救いです。
私はSTAP細胞はあると思っていますが(論理的な裏付けは皆無の直観です)、私が生きている間には確かめられることはないでしょう。
しかし、この事件からはたくさんのことを気づかされました。
最近書き続けていることに即して言えば、「科学からも人間がいなくなりつある」ということです。

それにしても、謝罪するべき人は、相沢さんではなく、ほかの人のように思えてなりません。


|

« ■節子への挽歌2667:あっという間の1年 | トップページ | ■節子への挽歌2668:いろんな人と付き合うと寛容になれます »

医療時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/60837221

この記事へのトラックバック一覧です: ■魂の限界と相沢さんの謝罪:

« ■節子への挽歌2667:あっという間の1年 | トップページ | ■節子への挽歌2668:いろんな人と付き合うと寛容になれます »