■節子への挽歌2695:中西さんの時計
節子
昨夜、久しぶりにパオスの中西さんにお会いしました。
中西さんは、私の人生を変えたお一人です。
会社時代に中西さんに会うことがなければ、私は会社にずっといたかもしれません。
しかし、人生がこんなに大変で面白くなったのは、中西さんのおかげかもしれません。
中西さん主宰のデザイン戦略経営のビジネススクールで、昨夜はお話させてもらいました。
私の話は、ビジネススクールには向いていませんが、中西さんは毎年私に話させてくれています。
しかも今年は2回も話させてもらうことになりました。
それはともかく、中西さんは、私たちが湯島でオフィスをオープンする時に、自らがデザインした時計を持ってきてくださいました。
いまもその時計は湯島にあります。
ちょっと時計盤の表示が変わっていますので、時々、それに気づいて頭をかしげながら、しばらくしてはっと気づいて笑顔になる人がいます。
それはこんな時計です。
講義の最後で、私のオフィスへのお誘いとともに、その時計の話をしたら、中西さんもそれについて、私が以前たたいた軽口の話をされました。
私が、この時計はデザインはいいが正確に動かないといったそうです。
確かにそんな記憶がありますが、改めて中西さんからそういわれると身が縮こまります。
湯島のオフィスを開いた時、1週間、出入り自由のサロンを続けました。
100人を超える人たちが来てくれましたが、中西さんも結構ながくいてくれました。
中西さんの話は節子にはたびたびしていましたが、節子が直接会ったのは、その時です。
節子は一目ぼれではありませんが、すっかり中西ファンになってしまいました。
そんなことを思い出しました。
中西さんとの思い出はいろいろあります。
生きる世界はかなり違いますので、一緒に仕事をするとか活動するとかいうことはないのですが、なぜかとてもつながるところも感ずるのです。
私の生き方はかなり理解してくれていて、私が時々、愚痴をこぼすと、それがあなたの選んだ生き方でしょと笑いながらちくりというのです。
昨日もまた言われてしまいましたが。
昨夜は講義の前に、中西さんが京菓子の阿闍梨餅を2つくれました。
誰かにもらったおすそ分けだと言って。
こういう、わけのわからない中西さんの行動は私の好みです。
講義とは別に、一度また雑談に行きたくなりました。
節子がいたころに付き合っていた人ではない人との交流が最近は増えていますが、中西さんは節子が元気だった時代を思いださせてくれるお一人です。
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