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2015/01/25

■イスラム国からのメッセージ

イスラム国によって拘束されていた一人が殺害されたかもしれないという報道がなされています。
もし事実だとしたら、とても残念なことであり、その行為は許されるべきではありません。

しかし、その一方で、私にはとても気になることがあります。
ほぼすべての報道が、一方的にイスラム国を非難するだけであることです。
しかも、残虐だとか非道だとか、感情を込めた非難が繰り返されています。
もちろん、それを否定する気はありませんが、彼らがなぜそうした状況に追いやられているのかも考えるべきではないかと思うのです。
イスラム国のメンバーもまた、平和のために戦っていることを忘れてはいけません。
そうした想像力が少しでもあれば、事態は違った方向に向きだすかもしれません。

人の命が、もし大事であるとすれば、イスラムの人たちの命も同じように考えなければいけません。
最近の報道は、イスラム国側の非道さ、残虐さばかりを報道していますが、その「自分たちは正義」と言わんばかりの姿勢には違和感を持たざるを得ません。
報道されているイスラム国の姿勢と何が変わるというのでしょうか。

殺害予告の映像を見た時に、そして2億ドルの要求を聞いた時に、私が感じたのは、日本人に対するイスラム国からの強いメッセージでした。
私たちもまた、イスラム諸国の人たちが追いやられている世界を支えているのではないか、少なくとも、そうした世界状況に無関心のまま、中東での「非人道的な状況」を見過ごしているのではないか、ということを、イスラム国は警告しているのではないか。
さらに、日本はその道を意識的に進みだそうとしているのではないか。
昨年の集団的自衛権の閣議決定(7.1クーデター?)は、その始まりを予感させます。
そして、この時期におけるエジプトでの2億ドル支援も、そうした文脈で考えれば、人道支援に名を借りた体制づくりと受けとめられても仕方がないとも思います。
ましてや、こうした状況(拘束された2人の日本人の解放交渉を水面下で進めていたと思われる状況)のなかで、首相が声高らかに明言することは、イスラム国にとっては、実に挑発的な行為に見えても仕方がありません。
「お金」こそが、いまのような状況をもたらしてきたのですから。

念のために言えば、私はイスラム国を弁護するつもりもなく、日本政府を非難するつもりもありません。
ただ、私たちはこの事件でイスラム国の非道さを責めるだけでいいのかということです。
私たちの考え方や行動も、これを契機に問い直す姿勢が必要ではないかと思うのです。

少なくとも、私たちはもう少しイスラム世界のことを知る必要があります。
お互いに知り合い、学び合うことから、平和は始まります。
非難するだけでは状況は変わっていきません。
私が、カルドーの「新戦争論」を改めて読み直したのも、そのためです。

イスラム国からのメッセージを無駄にはしたくありません。
私たちはもっとイスラム世界で起こっていることに、関心を持ちたいものです。
そして、私たちがそこにどうつながっているのかを考えたい。
それこそが、グローバル化された世界の生き方だと思います。
そして、問題は、私の生き方にまでつながっていることを忘れたくはありません。
問題は決して「お金」では解決しないことも。

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コメント

佐藤さん お返事有難うございました。
昨日
http://d.hatena.ne.jp/mikutyan/20150124/1422065493
今日
http://d.hatena.ne.jp/mikutyan/20150125/
と、佐藤さん関係の記事になりました。

お騒がせして申し訳ありません。
よろしくお願い致します。

投稿: 大浦静子 | 2015/01/25 10:37

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