« ■節子への挽歌2697:人生を変えた出会い | トップページ | ■経済成長のための企業か社会をよくするための企業か »

2015/01/18

■大義なき選挙

今日は我孫子市の市長選挙の投票日でした。
1時過ぎに投票に行ってきましたが、1時現在の投票率が12%強でした。
いかにも低いですが、今回はやむを得ません。

昨年末の衆議院選挙では、世間は「大義なき解散選挙」と騒いでいましたが、私は選挙はそれ自体に大義があると思い、そういう記事をこのブログに書きました。
しかし、もしかしたら、「大義なき選挙」というのもあるのではないかと、今日の投票の帰り道に考えました。
そして、今回の我孫子の市長選挙はまさにそれかもしれないと思いました。

ホームページには少しだけ書きましたが、今回、現職に対して立候補したのは私の知人の女性です。
彼女は、無投票はよくない、市政に対する住民の関心を高めるためにも、立候補するのは住民の義務だという思いで立候補したと私には話してくれました。
その考えには共感できるところがありました。
もし明確に現在の市政に異議があり、それに代わるビジョンを住民に伝えたいのであれば、そしてそれに私自身が納得できれば、私も彼女を応援するつもりでした。
しかし、直接会ってお話を聞いたのですが、それが伝わってこないため、彼女を応援するのをやめました。
彼女には、立候補を思いとどまるように2回かお会いしました。
彼女の思いを実現するためには、市長選への立候補はむしろマイナスだと考えたからです。
以前から準備してきたのであれば別ですが、告示の2週間ほど前に決断して動き出すような状況では、逆に選挙に対する住民イメージにもマイナスだと考えたのです。
厳しい言い方をすれば、もっと誠実に選挙に取り組んでほしいと思ったほどです。
選挙にかかる費用も住民の税金なのですから。
しかし、彼女の決意は固く、立候補したのです。
選挙期間は1週間。現職と私の知人の2人の選挙戦でしたが、あまり選挙カーも見かけませんでした。
そんな状況で、たぶん我孫子市の多くの住民は今日が投票日だとさえ気づかない人もいたでしょう。
必ず選挙に行く友人も、今回は投票には行きませんでした。
投票率を低くするのは、必ずしも住民の政治意識が低いだけではありません。
立候補する側の意識の問題も、大きく影響することに気づきました。
「大義なく選挙」もあるのです。

今回の投票率は33%弱でした。
選挙への信頼性や意義は、我孫子ではますます低下してしまったような気がします。
とても残念でなりません。

|

« ■節子への挽歌2697:人生を変えた出会い | トップページ | ■経済成長のための企業か社会をよくするための企業か »

政治時評」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/60995496

この記事へのトラックバック一覧です: ■大義なき選挙:

« ■節子への挽歌2697:人生を変えた出会い | トップページ | ■経済成長のための企業か社会をよくするための企業か »