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2015/01/05

■節子への挽歌2684:永遠と一日

節子
ギリシア映画「永遠と一日」を有楽町のシャンテ・シネで一緒に観たのはもう15年ほど前になるでしょうか。
私はギリシア映画は苦手なのですが、古代ギリシアの会パウサニアス・ジャパンの事務局長をやっていたので、節子を誘って出かけたのです。
ギリシア映画は重いので、一人で見る自信があまりなかったからです。
節子はこういう形で、よく付き合わされて迷惑だったことでしょうが、いつも気持ちよく付き合ってくれました。

この映画の監督は、テオ・アンゲロプロスという巨匠です。
名作をたくさん残していますが、私は見た後、疲れ切ってしまうので苦手でした。
「永遠と一日」も、私には苦手の展開でした。
ところが、どうしたことか、最後になって、涙が止まらなくなったのです。
涙だけであれば、いいのですが、嗚咽を止められないほどでした。
終わってからも止まらず、映画館を出ても止まらないのです。
泣きながら有楽町の人混みのなかを歩いたわけですから、すれ違った人はどう思ったでしょうか。
節子はさほどでもなく、後でどうしてあんなになったのと笑われるほどでした。
しかし、無性に泣きたくなったのです。
最近は涙もろくなったのですが、当時はそんなことは滅多にありませんでした。

この映画のテーマは「愛と死」です。
ホームページでよく著書を紹介させてもらっている一条真也さんが、その映画を観て、感想をブログにお書きになりました。
http://d.hatena.ne.jp/shins2m+new/20150104/p1
一条さんらしく、とてもていねいに解説されていますので、みなさんもぜひ読んでみてください。
感受性豊かな一条さんの感想を読むと、きっと映画も観たくなります。

実は、私もこの挽歌でこの映画のことに言及しているだろうと思っていました。
しかし探してみましたが、記事の中に少しだけ言及されてはいましたが、きちんと書いたことがないことに気づきました。
節子を見送った後、この映画のことをよく思い出しています。
何回か見ようと思ったこともあります。
しかしやはり観ることはできませんでした。

私のホームページを探してみたら、アンゲロプロス監督の「エレニの旅」に関して書いた記事に、私が「永遠と一日」で号泣した記事(2005年3月)がありました。
「エレニの旅」は観ないと断言していますが、その時に私の気持ちが思い出されます。
2005年といえば、節子はもう発病後です。
観ないと明言することで、私の気持ちを表現していたのです。
ホームページには節子の病気のことは基本的に書かないようにしていたのです。

「永遠と一日」であんなに涙が止まらなかったのは、節子をもうじき見送ることを無意識に感じていたのではないかと思うことがよくありました。
そうでなければ、あんなに嗚咽するはずもありません。
しかし、私たちが「永遠と一日」を観たのは、節子の胃がんが発見される数年前です。

一条さんのブログに、この映画のタイトルの意味が書かれています。

アレクサンドレ(主人公)が亡き妻に「明日の時の長さは?」と問いかけると、妻は「永遠と一日」と答えます。
節子を見送って、数年して、私はこの意味をようやく実感できるようになりました。
私もどこかにDVDがあるはずなので、思い切って観てみようかと思います。

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