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2015年2月

2015/02/27

■太平洋銀行

とてもいい言葉に出会いました。
「太平洋銀行」です。
Eテレの「こころの時代」で石清水八幡宮の田中宮司さんが、津波に被災した岩手県の漁師の方から聞いたという話をされていました。
その漁師の方は、とても明るくこんな話をしてくれたそうです。
今は津波で何もかも失ったが、漁場はもっとよくなって、私たちに富を与えてくれる。
いまは太平洋銀行に預金しているのです。
いずれは必ず恵みを与えてくれるでしょう。

私も南相馬の漁師だった方にお会いした時に、その方がこういっていたのが印象的でした。
すべてを失って気がついたのですが、私たちは海をはじめとした自然から、たくさんの恵みをもらって生きていた。
それなのに、お金儲けのために余計なことをしていたのかもしれない。
その方は、一時期、北海道などに避難されていたそうですが、やはり故郷に戻ってきて仕事を始めたそうです。
その時はまだ量はできない状況でしたが、今頃はどうされているでしょうか。

自然は大きな銀行なのかもしれません。
その銀行に、私たちは預金もせずに引き出してばかりいたのではないか。
生き方を変えなければいけません。

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2015/02/26

■節子への挽歌2733:平安な節子がうらやましい

節子
気が滅入っている時には、さほど大きな問題ではなくても負けそうになります。
挽歌を書くと、ますます暗い内容になりそうなので、今日は書くのをやめます。
心が冷えていたせいか、天気まで今日は冷え冷えしていました。
平安に過ごしている節子がうらやましいです。

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2015/02/25

■節子への挽歌2732:悪いニュース

節子
出鼻をくじかれました。
ようやく動き出そうとすると何かが起きます。
神様は私に重荷ばかりを背負わせます。
どうしていつもいつもこうなのでしょう。
恨みたくもなります。

「悪いニュースや」
いつものような声で、電話は始まりました。
悪いニュースには慣れていますので、どうせ大したことではないだろうと次の言葉を待ちました。
「このままだと1週間、長くて余命6か月だと言われたよ」。
一瞬、心身が凍りつきました。
彼らしく、淡々と話します。
電話の主は、死ぬことにはそうこだわっていない友人です。
今週にでも会う予定の友人でした。
彼の言葉に合わせて、何か言わなければいけないと、あまり的確とは思えない言葉を次々に発してしまいました。
正直、おろおろしてしまったのです。

話しているうちに少し落ち着いてきました。
相手ではなく私がです。
ようやく私も自分を取り戻しました。
自分のことだと大丈夫なのだが、やはり人のことになるとおろおろしてしまうものだね。
そういうのが精いっぱいでした。
この言葉だけが真実で、ほかのたくさんの言葉は無意味な言葉だった気がします。
こうした場合によく使われる言葉の羅列です。
そんな言葉は当事者には無意味どころか、むしろマイナスだというくらい、私もわかっているのですが、何か言葉を発しないと落ちつけなかったのです。

その人の夢の実現に、私も少し応援するつもりでした。
その話をつい少し前にしたばかりでした。
しかもその実現に向かって動き出そうとしていた矢先です。
衝撃以外の何物でもありません。

前にもこんなことがあったなと思いだしました。
黒岩さんのことです。
しかも同じ病気です。

昨日は来客やらサロンで考える時間がなかったのですが、
終わって一人になって、またドシンと衝撃に襲われました。
彼にどう話したらいいでしょうか。
まだおろおろしています。
電話もかけられない。
今朝起きても気分が静まりません。
私よりも一回りも若いのに、なにをやっているのかと、彼を蹴飛ばしたい気分です。

付け加えれば、その電話の後、もう一人、今日会う予定だった人から連絡がありました。
余命6か月ではないですが、こちらもそう簡単な話ではないようです。
会うのを延期しました。
なんでこうも次々と悪いニュースが届くのか。
私は、前世でいったい何をしてしまったのでしょうか。

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2015/02/24

■節子への挽歌2731:人の死は人の生のためにある

節子
先日のサロンの後、何人かで居酒屋に行ったのですが、そこでこんなことが話題になりました。

悲惨な状況の中でも、親は自らを犠牲にしてまで、子どもだけを助けようとする。
しかし、悲惨な状況の中で一人残された子どもはどうなるのか。
むしろ残すことなく最後まで一緒にいたほうがいいのではないか。

自らが死んだら残された子どもたちはどうなるか。
そういう思いで、子供を道連れにする親がいる。
道連れにされた子どもの立場はどうなるのか。

話題になったのは、前者の話です。
後者は、それと関連して、私が思い出した話です。

ところで、前者の話を聞いた時、「それは、子どもを生かしたいということではなく、自分が生きたいからではないか」という気がしました。
そして、節子のことを思い出して、私の体験的な実感を話しました。
愛する人がいる。
その人が死のうとしている時に心身が感ずるのは、その人の死ではなく自らの死です。
その人が死なないように願うのは、自らが生き続けたいと願うことに重なります。
そうであれば、たぶん自らが死のうとする時に思うのは、死を免れない自分の生を生き続けられる可能性をより多く持つ子どもに託するという本能です。
自らの実感を伝えるのは難しく、あまり伝わらなかったと思いますが。

柳田邦男さんは、息子に先立たれています。
脳死状態の息子さんと一緒に過ごした11日間を書いた「犠牲(サクリファイス)」は、私はいまも読めずにいます。
しかし柳田さんのほかの著作の中で、柳田さんの思いはさまざまに感じさせてもらっています。
ある著作の中で、柳田さんはこう書いています。

「彼の存在感は19年経った今も、私の心のなかで1パーセントも薄らぐことなく特別の場所を占めている。彼のいのちは、私の中で傲然とした側面さえ漂わせて生きているのだ。」
命はつながっている。
息子は父の中に生き続け、父は息子の中に生き続ける。
親が子供の生を願うのは、まさに自らの生を願うからなのではないか。
もっといえば、個体としての人の生から解放されれば、不滅のいのちの世界に入れるのかもしれません。
そして、人の死は、人の生のためにあるのかもしれません。

死は、むしろ「別れ」でしかないのかもしれません。
生と死は対称的な存在だということです。
死んだのは私であって、生き残ったのが節子かもしれない。
そんな気もします。

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2015/02/23

■節子への挽歌2730:日常のなかの異邦人

節子
「日常のなかの異邦人」という言葉があります。
哲学者の鷲田さんが言いだした言葉のようです。

「異邦人」といえば、どうしてもすぐにカミユを思い出します。
あの小説を読んだ時の衝撃は忘れられません。
しかし、異邦人は何も特殊な存在ではなく、人は時々、自分が異邦人であるような気分に陥ることがあります。
自死遺族の人と話していると、時々、この人は現世にはいないのではないかと思うことがあります。
いや他人事ではありません。
私自身、節子に旅立たれて数年は、自分がこの現世に居場所がないような気がしていました。
いまもなお、時にそうした気分になることもあります。

ある意味では、私は小さな時から異邦人気分を持っていました。
うまく説明できないのですが、どこか世間の常識に適合できないのです。
不登校にはなりませんでしたが、勉強が好きだったくせに、学校は嫌いでした。

今日、時評編に「りんご2つとみかん3つ、合わせていくつか」という話を書きました。
友人の太田さんから聞いた話です。
とても共感できる話です。
太田さんは最近湯島によく来ます。
しばらく交流が途絶えていましたが、密接な交流が再開したのは、節子のことを知って、太田さんが突然わが家にお線香をあげに来てくれてからです。
どこかで何かがつながったのかもしれません。
太田さんは間違いなく異邦人です。

湯島には、そういう異邦人がよく来ます。
社会の中心を歩いている人も来ますが、そういう人はだいたい一度で来なくなります。
しかし、異邦人の要素を少しでも持っている人は、たぶん居心地がいいせいか、長居をしたり繰り返しやってきたりします。

私も世間に居場所のなさを感ずることは多かったのですが、節子がいたころは、そう思ってもいつも寄港してこころ休まる港がありました。
節子のことです。
節子はいつも私に安堵を与えてくれる存在でした。
私のどんなわがままも受け入れてくれました。
ですから、自分が異邦人と思ったことはありませんでした。
一人とはいえ、同邦人がいるのですから。

節子が旅立って、私は、カミユの異邦人とは違う異邦人という存在がよくわかりました。
だれとも心がつながらないのです。
いまだから言えますが、むすめたちとも心が通じない。
現世にいながら、現世を実感できないのです。

いま思うと、もしかしたら節子も、最後の闘病の時、異邦人の孤独を味わっていたのかもしれません。
一度だけ、そういうまなざしを私は感じたことがあります。
その時には、おろおろしてしまい、うまく節子の心を抱きしめてやれませんでした。
時々、そのことを思い出すと今も恐ろしいほどに滅入ってしまいます。
どんなに寄り添ったつもりでも、寄り添えないものなのです。
私だけがそうだったのかもしれませんが、時々、そんな気がして、悲しさに襲われます。

異邦人が何人集まっても、結局はみんな一人ひとりの異邦人。
今日は一生懸命、仕事をしましたが、夜になって、無性にさびしいです。
なぜ節子はいないのでしょうか。

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■りんごが2つ、みかんが3つ。全部でいくつでしょうか

友人の太田さんが子供の頃体験した話です。
私は何回か聞いていますが、聴くたびに、その深い意味への理解が深まります。

太田さんが子供の頃、学校で、先生がこんな問題を出したそうです。
「ここにリンゴが2つ、みかんが3つあります。さて全部でいくつでしょうか?」
たまたま最初に当たったのが太田さんでした。
太田さんは答えました。
「リンゴが2つ、みかんが3つです」
先生は、次の人に訊きました。
次の生徒は「5つです」と答えました。
先生は、「そうですね、5つですね」とその子を褒めました。
太田さんは正解にしてはもらえなかったのです。
そこから太田さんの素晴らしい生き方が始まったのです。
太田さんは、なんでりんごとみかんを同じものとして数えるのかに不満があったのです。
その太田さんの世界観は、いまもなお健在です。

柳田邦男さんが、知的発達に遅れのある女の子が小学校入学前に受けた知的理解力についてのテストの話を紹介しています(「言葉が立ち上がる時」)。

「お父さんは男です。では、お母さんは何でしょう?」。
おそらく小学校へ入学する前の健常児が百人いたら、百人とも即座に同じ答を言うだろう。「女です」と。
しかし、テストを受けていた女の子は、医師が予想もしていなかった答を言ったのだ。「お母さんはだいすきです-」。
こういう答は、学校教育の中では受け入れられない。
「お母さんは女です」と答えないと○を与えられない。正解とされない。
「だいすきです-」では×なのだ。
案の定、女の子はIQ37と判定され、右の質問の答は×とされたのだ。

学校教育とは何なのかがよくわかるお話です。
こうした教育から抜け出さなければいけません。
しかし、私も含めてたぶん多くの人は、骨の髄までこうした教育の成果を身につけているのでしょう。
安倍政権が支持されるのは、学校教育の成果かもしれません。

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2015/02/22

■時評が書けません

「絶望という抵抗」という本を見つけました。
辺見庸さんと佐高信さんの対談です。
読むとますます落ち込むだろうなと思いながらも、前書きとあとがきのお2人のメッセージを読みました。
佐高さんが、こう書いていました。
「7月1日の集団的自衛権行使の閣議決定以来、私自身、身体的変調を来たし、ジンマシンが容易におさまらない」
昨日も湯島の集まりに来てくれた友人は昨年末の選挙の後、おかしくなりそうだと言っていたのを思い出しました。
なんとまあ醜い時代になったことか。
にもかかわらず、世論調査によれば安倍政権の支持率は上昇していると言います。
自分もその一人であることも忘れて、日本人を軽蔑したくなります。
そのせいか、時評が書けません。

しかし、昨日、湯島で、ちょっとハードなカフェサロンをやりました。
矢部さんの『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』を読んだ友人が、放っておけないでしょうと、サロンを主催してくれたのです。
11人の人が集まってくれました。
この時代においてもまともな大学教授のHさんが、あきらめてはいけないと言っていたのを思い出しました。
そのHさんは、昨日も参加して下さり、40年前の著書「社会科学としての保険論」を読むようにと渡されました。
これも「あとがき」を読みました。
Hさんが40年以上も誠実に生きていることを知って、自らの甘えを反省しました。

それにしても、と思います。
この時代の流れはもう反転しないのだろうか、と。
社会や歴史は、個人の思いを吸い取りながら動いていくようです。
流れに抗う思いも、すべては大きな流れを勢いづけるだけなのかもしれません。
民主主義とか自由とかを口実にしたトリックが、しっかりと仕組まれている。
そこから外れるとテロと名指され、挙句の果てにはイスラム国や北朝鮮のように、大きな流れを勢いづけるための道具にされていく。
名もない庶民の一人として、テロ行為さえをも自らのエネルギー源にしてしまう時代の奔流に飲み込まれないように生きていくには、どうしたらいいか。

昨日のサロンで少し元気をもらったので、来週からは時評編を再開できるかもしれません。

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2015/02/20

■節子への挽歌2729:「ゴドーを待つ生き方」

節子
今日はちょっと最近の気分の披瀝です。

有名なベケットの「ゴドーを待ちながら」の舞台は観たことがありません。
戯曲もきちんと読んだことはありません。
なんとなく知っているだけなのですが、「ゴドーを待つ生き方」がなんとなく理解できるようになったのは、節子がいなくなってから数年してからです。
戯曲も読んでいないし舞台も観ていないので、「ゴドーを待つ生き方」と言っても、私の独断的な解釈ですが。

節子を見送って数年は、前に向かって生きようなどという気は全く浮かびませんでした。
生きている意味さえ考えられませんでした。
しかし5年ほどたってからでしょうか、もしかしたら私は「何かを待って生きている」というような気がしてきました。
待っているものが、死かもしれませんし、娘たちの幸せかもしれません。
しかし、どうもそうではないような気がしてきました。
私が待っているのは、まさに「ゴドー」なのです。
前に進もうとする。
あるいは後ろに後退しようとする。
でもその時に、ふと思うのです。
「いや動き出さずに、ゴドーを待とう」と。
ゴドーを待つことこそ、生きるということではないかと。

私もようやく「ゴドーを待つ生き方」の境地にたどりついたのです。
そして、そのゴドーの気配を最近感ずるようになってきました。
来ると信じられるようになれば、待つことが終わります。

何やら禅問答のような話ですみません。
しかし、最近、まさにそんな気分が私を覆っているのです。

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2015/02/18

■節子への挽歌2728:老害注意

節子
今年は温暖の差が激しいですが、私の生活の緩急の差もかなり激しいです。
心身がどうもついていきません。
もっともそうした緩急の差をつくりだしているのは私自身なのですが、動き出すと次々と関心が広がり、余計な寄り道ばかりしてしまうからです。
そのうえ、一番早く取り組むべきことが、いつも最後になるのです。
この性癖は最後まで直りそうもありません。

今日は古くからの知り合いの2人の編集者をお引き合わせしました。
面白いプロジェクトが生まれそうです。
お2人とも20年以上前からの付き合いですが、最後にはっと気づいて、2人に年齢をお聞きしました。
50代後半なのです。
知り合った頃は30代でしたが、私自身はまだその感覚でいたのです。
私がもう隠居した「過去の人」に見えるのは、当然です。
ところが、困ったことに私にはその実感がないのです。

その一方で、私よりも上の世代の人たちと会うと、その加齢ぶりが伝わってきます。
冷静に考えれば、私も加齢でもう「よれよれ」になっているのでしょう。
そういえば、昨日もある人に会いに行ったら、開口一番、「お元気そうでうれしいです」と言われました。
その意味をきちんと受け止めていなかった自分に、今日、改めて気づきました。
自分のことはなかなか気づかないものなのです。
もうよれよれの年寄りだという自覚をしっかりと持たねばいけません。

そうした状況にもかかわらず、今年になって取り組みたいことがどんどん増えているのです。
そしてついつい余計な口出しもしてしまう。
そのうえ、頼まれもしないのに、京都や大阪までで行ってしまう。
これは「老害」かもしれません。
自重しなければいけません。

それにしても、こんなに面白いことが山のようにあるのに、どうしてみんなやらないのでしょうか。
それで、ついついいろいろと関心を持ってしまうのですが、意識はともかく、身体がついていかなくなってきているようです。
まあ動けるうちは、もう少し動こうと思いますが、老害には気をつけようと思います。

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2015/02/17

■節子への挽歌2727:平等院のお地蔵さん

節子
平等院で線香立を買ってきました。
なぜかお地蔵さんの線香立でした。

Photo_2

地蔵菩薩と平等院は、私の頭の中ではつながらないのですが、地蔵菩薩は阿弥陀如来の化身とも言われていますので、考えてみれば不思議ではありません。
しかし、やはりピンときません。

阿弥陀如来の居る浄土は、私にはとても遠い感じですし、なんとなく貴族的なイメージがあり、あまり行きたくはありません。
それに比べて、地蔵は庶民的で、しかも極楽浄土と違って現世に隣接している気がします。
私の好みはやはりお地蔵さんです。

もっとも、阿弥陀仏もお地蔵さんも、その誓願は似ています。
いずれも宮沢賢治的なのです。
衆生みんなが成仏しなければ自らの悟りは得ないと決めているのです。
つまりすべての人の成仏を願い、保証しているわけです。
弥勒にはなにか不安を感じますが、阿弥陀や地蔵には安心をもらえるのです。

ところでお地蔵さんの線香立ですが、わが家の小さな仏壇にはぴったりなのです。
しかし、むすめからは平等院に行って、なんでお地蔵さんなのかと言われてしまいました。
それもこんな子供が喜ぶような、お線香立なのかと。
まあ言われてみればそうなのですが、阿弥陀のミニチュアもあったのかもしれません。
しかし、ミュージアムショップに入った途端に、このお地蔵さんが目に入ってきたため、他は何も見ずに、選んでしまったのです。
相変わらずの「視野狭窄」です。

今朝は、このお線香立で、2回もおまいりをしました。
節子もきっと、好みでしょう。


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2015/02/16

■節子への挽歌2626:人にはそれぞれ縁がある

今日、お会いしたお一人が松本さんです。
これまた実に個性的な生き方をされています。
私が出会ったのは、たぶん10年近くまえですが、以来、年に一度くらいはなぜかお会いします。
松本さんが取り組んでいるのは、「いのちのセキュリティ活動」です。

最初に出会った頃は孤独死防止でした。
具体的な仕組みを開発し、その実現にむけて精力的に取り組んでいましたが、なかなか広がりません。
松本さんの構想がきちんと理解できる人が現れないのです。
それはあまりにシンプルだからです。
私はたぶん理解できていますが、自分で実現に取り組むまでにはいたっていません。
それで関心を持ってくれそうな人や東北被災地の支援者などを紹介したり、東京で説明会をやったりしましたが、うまく行きません。
そんなこともあって、いつも気になっているのです。

大阪に来る前日に、なぜか松本さんを思いだしました。
それで電話しました。
松本さんは枚方のほうにお住まいなので、時間的にはお伺いするのは無理かなと思っていました。
そうしたら松本さんが新大阪まで来るというのです。
それで厚かましくも新大阪駅でお会いしました。

話はここからです。
お会いした途端に、松本さんが話し出しました。
新しい動きが出始めたところだというのです。
それも意外な展開の可能性のある話です。
そして、松本さんは、
何か新しい動きが始まると、なぜか佐藤さんから電話があって会うことになる。
昨日も佐藤さんから電話をもらった時に、奥さん(私も何回かお会いしています)と「佐藤さんは不思議な人だ」と話をしたというのです。
そういえば、いつもお会いする度に、松本さんはわっと新しい動きについて話し出すことが多いのです。
どうやら松本さんと私とは、何かの縁があるのかもしれません。

人にはそれぞれの縁がある。
と私は思っています。
ずっと忘れているのに、なぜか突然に思い出す人がいる。
思い出すには、必ず理由がある。
松本さんと話していて、改めてそう思いました。

ところで、松本さんが「いのちのセキュリティ活動」に取り組み出したきっかけは、松下幸之助さんの奥様のむめのさんの一言なのです。
この話は実に面白いのですが、それはいつかきっと松本さんが本にしてくれるでしょう。
そう期待しています。

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■節子への挽歌2725:生き方が間違っていたようだ

節子
今日は大阪にいました。
いい天気で、コートはいらないほどでした。
新大阪駅界隈で、朝からいろんな人たちに会いました。
人に会うと元気がでます。
いろんなところに友人がいることはとても幸せなことだと改めて思いました。

会社時代の友人にも会いました。
昔、一緒に萬福寺に行った吉田さんです。
入社は同期ですが、年齢は私よりも上で、入社時代、いろいろとお世話になりました。
考えてみると、その頃から私はいろんな人のお世話になる存在だったようです。
要は頼りなかったのでしょう。
その吉田さんが、こう言いました。
最近、自分の生き方は間違っていたような気がする、と。
実は最近、私もそう思うことがあるというと、吉田さんは、自分だけではないのかと少し安堵したようでした。

吉田さんは、最初に会った時から、実に個性的で素直な生き方をしていました。
つまり「自分の生き方」をしっかり持っている人でした。
ですから、この言葉を聞いた時は意外だったのです。
しかし、吉田さんにしてそうであれば、そう考える人は少なくないのかもしれません。
かくいう私もそうですし。
もしかしたら、それが歳を重ねるということかもしれません。
もちろん、だから後悔しているということではありません。
ただどこかおかしいことに気づいたということです。
自分の生き方を相対化できるようになったと言ってもいい。

そう思って、これまでの自分の生き方を振り返ると、たしかにおかしいのです。
しかし、「おかしい」ということは,よくいえば、「自分を生きてきた」とも言えるのです。
過去を振り返って、悔いや迷いのない生き方は、退屈な生き方かもしれません。
もしもう一度、人生があるとしても、多分、私も吉田さんも今回と同じような「間違ったかもしれない生き方」するような気がします。
しかし、吉田さんがなにかまじめに、そうつぶやいたのが心に残りました。

吉田さんと会った前後にも、実に個性的な生き方をしている人と会いました。
もうお一人だけ、書いておこうと思います。
節子の知らない人ですが。

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2015/02/15

■節子への挽歌2724:宝蔵院

節子
今日は久しぶりに宇治の萬福寺に行く予定でしたが、途中についつい平等院と宝蔵院に寄ってしまったら、約束の時間に間に合わなくなりそうになってしまい、肝心の萬福寺は三門だけの見学に終わってしまいました。
しかし、宝蔵院ではとてもいいものを見せてもらいました。
ここは有名な大般若経の版木が6万枚も保存されていて、いまも実際に手刷りされているのです。
版木は300年以上前のものです。
ちょうど経蔵の片隅で手刷りをされていたので、見学させてもらいました。
刷り師は矢部さんという方で、もう30年ほどやっているそうです。
注文を受けてするのだそうですが、1枚ずつ丁寧に刷っていました。
今回の注文は4000枚だそうです。
気が遠くなる枚数です。
Houzouin
Kyouzou Yabe

それを見ながら、黒岩さんもきっとこの風景を見たのだろうなと思いました。
黒岩さんは五木寛之さんの「百寺巡礼」の編集をされていましたから、きっと五木さんに同行されているはずです。
「百寺巡礼」には  この宝蔵院の版木のことが書かれていたのを覚えています。

以前、太宰府の観世音寺に行った時も、そこに「百寺巡礼」の本が置いてあったので、同じようなことを思いだしたことがあります。
黒岩さんが彼岸に行って、もうどのくらいでしょうか。
彼岸で節子と会っているでしょうか。

宇治の平等院は、改修工事が終わっていて、とてもきれいになっていましたので、私の好みとは違っていました。
そのせいか、節子と一緒にきた時の記憶がうかんできません。
最近、どこの寺社も観光地もどんどん綺麗になってきています。
それはいいことかもしれませんが、なにか時間の流れが切れてしまうような気もします。        
風景があまり変わらないうちに、節子と一緒に行ったところをまわってみるのもいいかもしれません。

でもがっかりすることになる恐れが多いでしょう。
節子がいなくなった後、日本はなぜか急に大きく変わり出したような気がするのは気のせいでしょうか。

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2015/02/14

■節子への挽歌2723:タイトな日程

節子
だいぶ元気が出てきました。
明日はNPOとのミーティングで京都に行くのですが、ついでに盛り沢山のおまけをつけてしまいました。
元気な時の私のスタイルに、久しぶりに戻りました。
15日は一泊し、16日にたくさんの人に会うことにしました。
前もって相談していた人は1人だけで、あとは私の気力次第と思い、迷っていました。
しかし、昨日からいろんな人に会おうと思い立ちました。
その結果、今現在で5組の人と会うことになりました。
今日になって急に電話を受けた人はムッとされても仕方がないのですが、みんな気持ちよく引き受けてくれました。
しかも、移動時間があまり取れないので、すべて新大阪駅界隈での約束にしました。
遠い人は1時間もかかってきてくれます。
まことに持って自分勝手ですが、みなさん今回は私に合わせてくれました。
東レ時代の先輩は、相変わらずだなという感じで、毎日が日曜だから出ていくよと言ってくれました。
迷惑な話でしょうが、私自身はうれしい限りです。
やさしい友人知人に感謝しなければいけません。

それでホテルも新大阪駅の近くにとることにしました。
駅から2分のところに格安ホテルが見つかりました。
直前割引とかいうのがあって、なんと1泊4000円です。
最近の私の生活にはぴったりです。

16日は朝の8時からスタートです。
テーマはいろいろとありますが、最初は自殺問題に絡むこと、最後は孤独死問題に絡むことです。
ちなみに15日は、認知症予防に絡むミーティングです。
いずれも重いテーマですから、気を張っていなければいけません。
実はまだ5組目の後にも時間が取れそうです。
昔だったら、もう2組ほど入れたかもしれません。
こういう緊張感のあるスケジュールが」大好きなのです。
会社時代の出張はいつもこうでした。
さすがに今はその気力はありません。

こういうタイトな日程を組むことに、節子はいつも反対でした。
もう少し余裕をもたないといけないとよく注意されました。
こうした予定の組み方は、人生設計そのものにつながっているからです。
その私の生き方を見直そうと思った矢先の、節子の病気発見でした。

さて明日は朝7時前には出なければいけません。
寝坊しなければいいのですが。
そろそろ寝ましょう。

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■節子への挽歌2722:花の季節

節子
また節子のまわりが花でいっぱいになりました。
最近、いろんな花を供えていますが、今日は新潟からチューリップがどっさり届いたのです。
大雪の中を金田さんが送ってくださいました。
毎年のことですが、あまりにもどっさりなので、いつもはおすそ分けするのですが、今回は花好きの人が旅行中なのと私自身も明日から不在なのでお渡しできません。
そんなわけで今回は、しばらく家中がチューリップということになりそうです。

私も昨年、畑にチューリップを植えておきました。
昨日、畑に行った時に見たら、芽吹いていました。
うまく咲きそうです。
庭はモグラの攻撃が激しいので、球根物のチューリップはうまくいきません。
節子がいたら大丈夫だったかもしれませんが、最近は諦めています。

チューリップではないですが、庭の河津桜が今年は無事に花芽をつけています。
昨年は手入れ不足で花を咲かせてやれませんでしたが、今年は大丈夫です。

新潟からチューリップが届くと、わが家も花の季節に入ります。

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2015/02/13

■節子への挽歌2721:死後生

先日、何気なくテレビを見ていたら、柳田邦夫さんが「死後生」について語っていました。
その時は聞き流してしまったのですが、今日になってなぜか思い出しました。
何の番組だったのか思い出せないので、内容も確認できません。

柳田邦男さんは、その著者の中で「死後生」について書いてきていますが、私はまだきちんと読んだことがありません。
それでネットで調べてみました。
昨年の「静岡新聞」の元日に、柳田さんと政治学者の中島岳志さんの対談記事があることを知りました。
そこで、柳田さんはこう語っています。

数百人分の闘病記や追悼記を読むうちに気づいた。
死者は生きているじゃないかと。
愛する家族や友の心の中で「死後生」を生きている。
逆を言えば、より良い死後生のために心して今を生きなきゃいかん。
40年かけてたどり着いた死生観です。
柳田さんは息子さんの死を体験されています。
その人にして、この死生観ですから、とても心に響きます。
その柳田さんが、「より良い死後生のために心して今を生きなきゃいかん」と語っていることを今日初めて知りました。
「奥さんのために」とか「奥さんは喜んでいない」などと言われると大きな反発を感じますが、柳田さんのこの言葉は、むしろ実感として素直に響きます。
にもかかわらず、ともすると忘れてしまうことでもあります。

死後生。
死後を生きる。
大切な人を見送ると、そのことがよくわかってくる。
いや、そう思わないと、その死を受け入れられないのかもしれません。

柳田さんは、さらにこう言うのです。

私はね、死者ほど精神性のいのちが躍動し、本質に迫る言葉を発する存在はないと思う。
それに気づいたのは、息子が自死を図った20年前です。
脳死状態にありながら彼は、人間の苦悩をどこまで分かっているのか、と鋭い問いを父親に突きつけてきた。
終末期医療の取材を積み重ねながら、死の本質に触れていなかったと思い知らされ、生と死について考えを深める契機になった。
心の奥底まで響いてきます。
節子もまた、半分彼岸に旅立っていた1か月、私に鋭く問いかけていたのです。
いまから思うと、私はその問いかけを逃げていたような気がしてなりません。
もしかしたら、節子は最後に私への愛想が尽きていたとしても、おかしくないと最近思うことがあります。

昔、会社時代に、柳田邦男さんの取材を受けたことがあります。
喫茶店で1時間ほど話をさせてもらいましたが、あんなに誠実に真摯に取材されたことは前にも後にもありません。
その柳田さんの言葉は、単なる言葉ではなく、たくさんの死後生たちのいのちの声のように私には響きます。
もっと誠実に真摯に生きなければいけません。

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■節子への挽歌2720:いつまでも自慢の子ども

節子
息子さんを亡くされた方からメールが来ました。
こう書かれていました。

母親にとって子供というのはいつになっても自慢の子供です。
ですが、亡くなった子供の事をいつまでも言っていると、
友人や家族にさえもうんざりとされてしまうんです(;^ω^)
ですので、言いたくても言えない人もかなりいらっしゃると思っております。
そういうお母さんに集まってもらい、自分の(亡くなった)子供の年表のようなものを
作って自慢をしていただこうと思っていたのですが。
過去形で書かれているのが気になりますが、それはそれとして、この方のお気持ちはよくわかります。
それに、これは私にも当てはまることだからです。
「亡くなった妻の事をいつまでも言っている」ので、たぶんうんざりされている人も少なくないでしょう。
挽歌以外では、言ってはいないつもりですが、時に話し出してしまうこともないわけではありません。

この挽歌も、あまりに長く続いています。
でもまあ、同じように娘さんを亡くされた方も、ずっとブログを書き続けています。
http://d.hatena.ne.jp/mikutyan/
その方からは時々エールを送ってもらっています。
時に、そのブログに私の挽歌も取り上げてもらってもいます。
まだお会いしたことはない方ですが、どこかで心が通じています。

自慢の子どもに比べて、節子は私の「自慢の妻」だったわけではありません。
自慢でないからこそ、愛おしさや悲しさがあるのかもしれません。
それに、いつになっても私の妻であることは間違いありません。
疎まれようとも、挽歌は続けていこうと思います。

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2015/02/12

■畑を耕しながら考えました

近くの空き地を利用して、畑作業をしています。
と言っても、始めたのは数年前からです。
農地ではないので、土壌が固く耕すのが大変です。
これまで2年かかって、何とか畑に近づきましたが、放射線汚染もあって、野菜を栽培しても食べられないので、モチベーションは低いのです。
しかし、今年は何とか食べられる野菜を栽培しようと思います。

それで今日、思い立って今年最初の鍬入れをしました。
耕耘機がないので鍬で耕さないといけません。
しかし、これが思った以上に大変なのです。
無理をして倒れたこともありますので、あまり無理もできません。
しかし、春になって野草が生えだすと見る間に草で畑は覆われます。
草刈りのスピードより野草の成長の方が早いのです。

しかも近くに竹林があるため、笹の根が地下に縦横に広がっています。
いくら鎌で買っても、根っこから切っていかないとすぐまた復活してくるのです。
しばらくぶりだったので、今日は死ぬほど疲れ、休む時間の方が長かったです。
笹は大変だから除草剤をまくしかないと農業をやっている人から言われましたが、除草剤をまけば土壌も殺されます。
だから大変でも少しずつ野草を刈り取り、土を掘り返し、荒れた土地を畑地にしていかなくてはいけません。

あまりに疲れて畑に転がって、空を見ながらふと、これはイスラム国との戦いと似ているなと思いました。
有志連合は、めんどうなので除草剤を空爆でばらまいているのだなと思いました。
昔、ベトナムの上空を飛行機で飛んだ時に、枯葉作戦で茶色になったベトナムに衝撃を受けたことがありますが、あれと同じだなと思いました。
結局は、ベトナム戦争は住民が勝ちました。

イスラム国は極悪非道だと言われていますが、ベトナム戦争とは違い、住民はどちらなのでしょうか。
そこが少しややこしいですが、やはり空爆はよくありません。
丁寧に少しずつ豊かな土にしていかなくてはいけません。
しかし、それがあまりに大変だと、ついつい除草剤をまきたくなります。
耕耘機を使いたくなります。
でも土中にいる微生物やミミズなどを殺しては、豊かな野菜は育ちません。

しかし、イスラム国のような篠笹の攻撃には、どう対処したらいいでしょうか。
笹には悪意などありません。
根っこから刈り取る時には少し痛みも感じます。
こんなことを考えていたので、結局、ほんのわずかしか耕すことができませんでした。
明日もまた行かなくてはいけません。

イスラム国はこれからどうなるのでしょうか。
畑の行方も心配ですが、やはりそちらの方がより心配です。

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■節子への挽歌2719:今年最初の農作業

節子
久しぶりに畑作業をやりました。
午前中に地元の市民活動の件で会っていた原田さんと少しだけ農作業の話になったのですが、その話で急に畑に行きたくなったのです。
冬の間は草も成長しないので、最近、作業のためには行っていないのです。
しかし、作業をしなくても行かないといけません。
放っておくとせっかく植えたチューリップの球根も芽を出さないでしょうから。
花は、愛情だと節子も言っていました。

それで行くには行ったのですが、やはり行ってみると草がもう芽生えだしています。
冬の間に畝づくりをしようと思っていたのですが、このままだとまた野草との戦いになりそうです。
耕耘機は買うかどうか迷ったのですが、いまの私には7万円はちょっとつらいのでやめてしまいました。

幸いにチューリップは少しだけですが、芽を出し始めていました。
空き地の道沿いはかなりの急勾配です。
以前は節子が瓦礫や石などで、ロックガーデン風にしていましたが、いまはもう跡形もなく、ただただ荒れているだけです。
昨年はマリーゴールドやヒヤシンス、ひまわりなど、いくつか植えましたが、お金を節約して少ししか植えなかったので、花畑とは言えない状況でした。
今回はまずはチューリップを30個、植えましたが、特売の球根だったのでいささか心配です。
それにあまり花壇として整地されていないので、難しさがあるのです。
今年は少し花壇らしくしようとは思いますが、問題は実は費用ではなく労力なのです。
それはそれは大変で、いつも死にそうなくらい疲れます。
人には得手不得手があるのでしょうか、私の容量がきっと悪いのでしょう。
畑作業に関しては、私よりも節子が得手でした。

今日は急に思い立ったこともあって、準備もせずに行って、急に鍬で開墾し始めました。
10分で完全に息切れです。
何しろきちんとした農地ではなく、宅地の空き地なのです。
そのうえ、小さな笹が根をめぐらしてもいるのです。
節子なら、少しずつ丁寧に耕していくでしょうが、私はそういうのは不得手で、粗雑に広い範囲をやってしまうので、結局、疲れる割には報われないのです。
途中で娘に飲み物を届けてもらい、何とか1時間近く畑に居ましたが、作業時間は半分くらいでした。
半分は畑の土の上に寝転ぶほどではありませんが、倒れかけていました。
ちょっと危ない風景だったかもしれません。
そのうえ、帰宅後、またおかしくなってしまいました。
めまいと視野異常が発生しました。
ひどくなる前に横になって休んだので、事なきを得ました。
そういえば、また最近、高血圧の薬を飲むのを忘れていました。
危ないですね。
困ったものです。

農作業も不得手ですが、薬を飲むのも不得手です。
また教予定していた課題をやらずに、終わってしまいました。
これもまた困ったものです。
そのうえ、今日、お会いした原田さんから宿題ももらってしまいました。
だから人に会うのは嫌いなのです。
しかし、畑に行っても、人に会うのと一緒で、いやそれ以上の宿題をもらってきてしまいました。
この世で生きていると、毎日宿題をもらうような気がします。
彼岸ではどうでしょうか。
輪廻転生を目指した宿題があるのでしょうか。
節子がうまくこなせているといいのですが。

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■節子への挽歌2718:すべては「自分自身」

節子
寒さの中にも春を感ずるようになってきました。
一進一退ですが、私の気分も少しずつ前を向きだし、そのせいか、前向きの話が多くなってきました。
それで気がついたのですが、同じ話も気分次第で、後ろ向きにも前向きにもなるものです。
よく言われるように、すべては「自分自身」なのです。

日曜日から京都と大阪に行くことにしました。
何人かの人たちに会ってくる予定ですが、その一人は、息子さんを自死で亡くされた方です。
その方は、同じような悲しみを起こさないようにと、さまざまな活動に取り組んでいます。
私は2年ほど前にお会いしたのですが、彼女の活動に見えないくらいささやかな支援をしています。
彼女の活動も、ようやく一つのかたちになりだしています。
その話をお聴きして、何かできることを考えようと思っています。

彼女の場合、息子を失った母親の強い愛情を感じます。
喪失体験を乗り越えるには、再生のための創造体験が必要だということを、痛感します。
なかには過労死するくらい働きだしてしまう人もいます。
私のように、動けなくなる人もいますが。
さまざまな人を見ていると、すべてはその人自身なのだと感じます。
誰かを真似てみても、うまくいきません。

しかし、私の場合は、ライフステージもあり、穴の開いた心身の思うがままに任せることができました。
その余裕が与えられたことには感謝しなければなりませんが、その余裕を創りだすために節子との時間をゆっくりと楽しむことがなかったことはいくら悔いても悔い足りません。
しかし、それもまた、考え方次第です。
苦を共にすることもまた、楽を共にすることと同じことかもしれません。
それに、私たちには「苦」という概念はありませんでしたし。
ただもう少しゆったりした旅行を楽しめばよかったと思います

すべては自分自身。
それは私の信条だったのですが、最近は忘れかけていました。
少し意識を引き締めなくてはいけません。

もうじき春です。
今年はお花見に行けるようにするつもりです。
こうやって書いておかないとまたくじけそうなので、節子への決意表明です。

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2015/02/11

■「安全保障のジレンマ」異論

ウィキペディアによれば、「安全保障のジレンマ」とは、「軍備増強や同盟締結といった自国の安全を高めようと意図した国家の行動が、他国に類似の措置を促し、双方が欲していない場合でさえも、紛争をもたらす緊張の増加を生み出してしまう状況」と説明されています。
これは、安全保障の逆説ともいわれることもあります。

しかし、きちんと考えればこれはジレンマでも逆説でもなく、本来的に「安全保障」の捉え方を間違っているだけの話だろうと私は思っています。
とりわけ、最近何回か書いた「国家安全保障」においては、少し考えればすぐわかることです。
「抑止力理論」が示しているように、自国の安全保障を高めるということは、相手の安全を危険にさらすことによって担保されます。
そうした状況が、安定した関係や全体の安全性を危ういうものにすることは明らかでしょう。
しかし、これが国際政治学においては「安全保障」と言われているのです。
生活者の視点から考えれば、なんと馬鹿げたことでしょうか。
不安な状況を創り出すことで、安全が保障されるというのですから。

専門家の難しい理論や言説には、こうした「裸の王様」的な理論が少なくありません。
ですから私は、専門家のいうことだから正しいなどとは思うことはありません。
専門家ほど、専門分野における知識が少ない人はいないとさえ思っています。
知識は、相対的な位置づけがあってこそ、意味があります。
そういう認識のない専門家の知識は、私には無意味なものにしか思えません。

最高の安全保障は、宮沢賢治のいう「みんなが幸せにならないと自分も幸せにならない」ということだろうと思います。
イスラム国を非難し、追い込むだけでは安全な社会は決して来ないでしょう。

発想を変えなければいけません。
追い詰められた人の反撃をなくすには、追い詰めることをやめればいいだけの話なのです。
専門家の難しい議論に騙されないように、無垢な子どもの目を持ち続けたいと思っています。
そして、宮沢賢治がそうであったように、隣に困った人がいれば、自分に何ができるかを考える生き方をしたいと思っています。
もっとも、最近は自分自身に困ったことが増えてきているのが問題なのですが。

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■STAP細胞事件と理研の対応

理研は、昨日の記者会見で、STAP細胞事件で世間の話題になった小保方さんの刑事告発を考えていると発表しました。
驚きました。
そこまでやるかという感じです。
理研のトップをはじめとした「経営者」側は何の責任も謝罪の言葉もない中で、現場の人だけが苛め抜かれている構図を感じます。
いささか大仰ですが、イスラムの人たちを追い詰めて、過激派を生み出している世界の構図と、どこか似ているような気がしてしまいました。
それにしても理研のトップの野依さんはどう考えているのでしょうか。
かつていささかひどいことを書いてしまったのが気になっていましたが、やはり野依さんはそういう人だったようです。
みんな祭り上げられると世界が見えなくなるのかもしれません。
やるべきことをやらないことは、私には恥ずかしいことです。
まわりに誰か諭す人はいないのでしょうか。

STAP細胞事件は、さまざまなことを気づかせてくれましたが、科学技術の世界がお金まみれになっていることも、気づかせてくれた一つです。
原子力ムラに関しても盛んに言われましたが、真理のためよりも金銭のために動く研究者が増えているのでしょう。
手段だった金銭が、いつのまにか目的になってきているわけです。
一番不幸なのは、科学者たちでしょうか、そんな流れを受け入れてしまったのでしょうか。

これは私の妄想だけではないようです。
世間から脱落しながら生きていると、いろんな人が来てくれて、いろんな話をしてくれます。
そうした話をつないでいくと、お金まみれのアカデミズムの実相も垣間見えてきます。
科学技術立国という言葉の意味も、もしかしたら私の理解と世間の理解は違うのかもしれません。

昨日の理研の記者会見は、とても後味の悪いものでした。
小保方さんいじめとしか思えません。
弱いものいじめの世界からなぜみんな抜けられないのでしょうか。
いじめるとしたら、強いものを対象とすべきでしょう。
安倍いじめが起こらないのが不思議です。
それが今の日本社会の本質なのでしょうか。

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■節子への挽歌2717:仏たちに会いたくなりました

節子
今日は父の命日なので、いまお墓に行ってきました。
父の葬儀の日は実に寒い日でした。
節子の父も12月に亡くなりましたが、その日も雪の降る寒い日でした。
あの頃は、まだ人が死ぬとはどういうことか、よくわかっていませんでした。
伴侶を見送った母や義母の気持ちなど、まったくわかっていなかったことに気づいたのは、節子がいなくなってからでした。
体験しなければわからないほど、私は愚鈍でした。

今日も寒いですが、陽射しがあるので気分的には暖かです。
寒いと心身が委縮してしまい、何もやる気が起きません。
それで午前中、録画していた「みちのくの仏像」展の紹介テレビを見ていました。
いま東京国立博物館で展示中です。
行きたいと思いながら、忘れてしまっていました。
幸いに娘が録画していて、思い出させてくれたのです。

東北の仏像は、これまでほとんど拝顔したことがありません。
いずれもとても個性的です。
仏像の表情は、時代や社会を反映しています。
私はどちらかと言えば、端正な表情が好きなのですが、東北の仏たちは、けっこうおどけた表情をしていました。
とても親しみが持てる感じです。
やはり展示会に行きたくなりました。
仏に会えば、気分も変わるかもしれません。

こうした時も、節子がいた時にはすぐ予定が決まり、行くことになったのですが、一人だといつでも行けると思いながら、結局は行かずに終わることも少なくありません。
その結果、ますます出不精になってしまっています。
しかし、来週には東京博物館に行ってみようと思います。

テレビで紹介された仏の中に、初期の円空仏がありました。
言われなければ円空の作品だとは気づかないでしょう。
円空は、どういう気持ちで、あれほどたくさんの仏を生み出したのでしょうか。
初期の円空とその後の円空は、世界観が全く違っていたのでしょう。
何がそうさせたのでしょうか。
観念の仏ではなく、たぶんどこかで円空は仏に出会ったのでしょう。
そんな気がします。

人はめったに仏には会えません。
でもひょっとした時に、仏を感ずることはあるはずです。
そして、自分の中に仏のイメージをしっかりとつくり上げている人もいるでしょう。
私にも、私の仏のイメージが心身の中にあります。
さまざまな個性的な仏像を見ながら、そんなことを考えていました。

午後から畑に行って、少し耕しだそうと思っていましたが、寒いのでやめました。
風邪はもう大丈夫でしょうが、気を許してはいけません。
まだどこか完全ではないような気もしますので。
午後もまた怠惰な1日になりそうです。
仕事場に暖房がないのが問題ですね。
仕事がまったくできません。

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2015/02/09

■節子への挽歌2716:気づかないことが多すぎました

節子
うかつにも気づかなかったのですが、湯島のオフィスの西側に大きなビルが建ち始めています。
今までのように、夕方の落日の風景が見られなくなってしまいました。
湯島に来るたびに、外は見ているのですが、そしてそのビルが建ち始めていたのは気づいていましたが、その意味を「意識」したのは今日が初めてです。
つまり、建物が建つことと夕日が見られなくなることとがつながっていなかったのです。
こういうことはよくあることです。

節子がいなくなってから、その意味をさまざまな形で思い知らされていますが、人はあまりに身近にあるもののありがたさになかなか気づかないものです。
それは、しかし、節子に関してだけの話ではないかもしれません。
娘に言わせると、私は周りの人の苦労や気遣いなどに気づく心遣いに欠けているようです。
自分では決してそんなことはなく、むしろ気遣いのあるほうだと思っていたのですが、娘からの言葉はどうも正しいようです。
言葉で相手を傷つけていることも少ないようです。
たぶん節子も最初はかなり傷つけられたことでしょう。
いや最後までそうだったかもしれません。
しかも、発言する私自身に、そうした意識が皆無ですから、ますます持って始末が悪いわけです。

私の生活が、かなり破綻気味なのは、節子がいなくなってしまったためではなく、いなくなったことをしっかりと「意識」していないためかもしれません。
破綻しているのが、自分でも気がつかないのです。

今日も寒い日でした。
大学教授をしている古い友人が訪ねてきてくれました。
しばらく会っていない間に、良い先生になっていました。
いろいろと刺激を受けました。
前に向かって進んでいる人はまぶしく感じます。
しっかりしなければいけません。

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2015/02/08

■人間ロボット社会

新しい経済は、政治にも深くかかわってきますので、「新しい経済」シリーズと並行して、イスラム国事件から発したシリーズも並行して続けます。

イスラム国の兵士たちを見ていると(もしテレビ報道が正しいとしてですが)、個人の主体性は奪われていて、ロボット兵士のように感じます。
自爆テロリストにも2種類あるでしょうが、子どもまでも「自爆者」に仕上げるというやり方は、人間から主体的な思考を剥奪しているとしか思えません。
彼らは「大義」のために消費される存在であり、いわば「体制」のための部品です。
であれば、人間というよりも、ロボットに近い存在です。
そうした人間ではないロボットと戦うのですから、大変です。

しかし、ではロボット兵士を相手にしている有志連合や日本の人たちはどうでしょうか。
こちらもロボット化しつつあるのではないかという思いが拭い切れません。
報復合戦になってきている状況を見ていると、行動がかなり対称的だからです。
戦うことが目的化した社会は恐ろしい。

そういえば、オウム真理教による犯罪の実行者も、同じようでした。
彼らは自ら思考することなく、指示に従って行動したように思います。
どうもこうしたことは、今回に限ったことではなさそうです。
人間の本性に関わっているのかもしれません。

「民意のつくられかた」という本で、ジャーナリストの斎藤貴男さんは、集団的自衛権の閣議決定に関連して、「事態の重大さに照らせば、この国の世論の寛容さは異様なほどではあるまいか」と書いています。
寛容さには、思考による寛容さと思考停止による寛容さ(無関心さ)があるのかもしれません。
もしかしたら、私たちもまた、ロボット化の道を進んでいるのかもしれません。
そういえば、企業の経営管理者の研究会で、会社で働く人は「部品」のようになってしまったという話になったことがあります。
会社の部品、つまりロボットです。

まさに「マトリックス」の社会です。
これが私たちの目指す社会なのでしょうか。
そんなはずはないのですが。

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2015/02/07

■TBS報道特集「検証イスラム国人質事件」が明らかにしたこと

今日のTBS報道特集「検証 イスラム国人質事件」は衝撃的でした。
新しい発見が少なからずありました。
政府が意図していたことが明白に示されたように思います。
日本政府が考えている「安全保障」が一義的には国民のためではないこと。
またアメリカがやはり日本の政府の上位にあること。
安部首相と菅官房長官の非道さです。
岸田外相も加えるべきでしょう。
沖縄県知事にも会おうとしない2人の姿勢と通ずるものがあります。
こんな人たちに日本の未来をゆだねた私たちは、イソップ物語の蛙たちと同じレベルなのかもしれません。
原発事故の結果を従容と受けざるを得ないと同じように、彼らの暴挙もまた私たちが引き起こしたことを忘れてはなりません。
そんな人たちと同じ時代を生きていることに私は厭世観を高めているのですが、たぶん私も同じように蛙の次元なのでしょう。

ほぼ同じ時間に、WOWWOWで、昨年話題になった「ハンナ・アーレント」を放映していました。
それがとても象徴的でした。
昨年観た時には、いささか期待外れに感じたのですが、もう一度ゆっくりと観てみようと思います。

TBS報道特集が報じた新事実は、本来であれば政権をさえ揺さぶるだろうと思いますが、結果は逆になる恐れもあります。
報道ステーションから古賀さんが外されたという話も聞きますが、キャスターの日下部さんや金平さんが外されないことを祈るばかりです。

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■節子への挽歌2715:デュークエイセス

今日2回目の挽歌です。
先の挽歌を書いてテレビを見に行ったのですが、曜日を間違えていました。
「笑点」は日曜日でした。
それでほかのチャンネルにしてみたら、デュークエイセスが「生きるものの歌」を歌っていました。
前にこの挽歌でも書いた「生きるものの歌」です。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2014/11/post-2c56.html
何回聞いても涙が出ます。

テレビをそのままにしていたら、次の曲は「友よ さらば」でした。
http://www.uta-net.com/movie/172569/
いろんな思いが浮かんできます。
デュークエイセスも、私たちがよく聴いていたころのメンバーは2人になりました。
それとも重ねながら、聴いてしまいました。

友よ さらば
まさか 君が俺より先に逝くなんて

友よ、さらば また会う日まで
しばらくの別れだ
友よいずこ さびしくないか
大丈夫 俺もそこへ行く

もう少し 待ってくれ
しばらくの別れだ
友よ また会おう

節子は、私にとっては、友でもありました。
その友も、もういない。
デュークエイセスのメンバーも年老いました。
それを見ていると私自身の老いも実感できます。

デュークエイセスの「にほんのうた」シリーズは、どれもこれおも、私も節子もとても好きでした。
一緒に暮らしだしたころに全曲が生まれたので、ふたりでよく聴きました。
だから、私たちが一番楽しかった時代と重なっているのです。
少し哀しくもあり、少し滑稽でもあり、少し輝いているのです。
いまネットで調べていたら、男声合唱団Mというグループが、「にほんのうた」の全曲?を歌っているのを見つけました。
https://www.youtube.com/watch?v=7pGZGk0shKk

ところで、デュークエイセスを聴いて、ちょっと気分がよくなったのですが、そのあと、TBSの報道特集「イスラム国特集」を見てしまいました。
平安になった心が、また暗澹たるものになってしまいました。
政府というものの残酷さを改めて思い知らされました。
もしかしたらすべては自衛隊のイラク派兵から始まったのかもしれません。
節子と一緒に反対のための国会デモに参加したことを思い出します。
いまもし節子が元気だったらデモに参加できるのですが、行く元気が出てきません。

今日は在宅でしたが、いろんなことを思う1日になってしまいました。

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■節子への挽歌2714:「笑点」をみて心を平安にさせましょう

節子
どうも明るい話がありません。
気分が沈んでいるせいかもしれません。
なかなか流れを反転させられません。
こういう時は、何をやってもうまくいきません。
セールスの電話〈自宅にいるとよくかかってきます〉の受け応えさえ、終わった後で(断った後で)嫌な気分になってしまうほどです。
困ったものです。

気分転換に、映画「マトリックス」を観ました。
先日、そのメイキングを観て、また観たくなっていたのです。
たぶん3回目ですが、なぜか観ていてイライラします。
なぜ以前はあんなに面白く思ったのだろうかと不思議です。
主人公たちがみんな愚劣に見えてしまいます。
「愛」が救世主を復活させるというくだりは、白雪姫の方がまだましだと思えるほどです。

そのくせ、ある意味ではやけにリアリティがあります。
この世界は、コンピュータの中で構成されているシミュレーション世界なのだという話は、40年ほど前のSFでよく語られていましたが、最近はなにやら現実感が出てきています。
そう考えると、ますます気分が沈みます。

さらに悪いことに、テレビの次に「民意のつくられかた」という斎藤隆夫さんの本を読んだら、その第1章「言論人が国策を先導するのか」で、ますます平静さを保てなくなりました。
斎藤さんの怒りが伝わってきたのかもしれません。
無性にまた厭世観が強まってきました。

こういう時は何をしてもダメですね。
ストレスがかなり溜まっているようです。
節子がいるころは、ストレスなどたまらなかった気がしますが、すべては節子が受け止めていたのかもしれません。

こういう時はどうしたらいいか。
本当は畑仕事がいいのですが、いまからでは遅すぎます。
そういえば、テレビで「笑点」が始まる時間です。
私が最近、土曜日に在宅の時はいつも見ている番組です。
むすめたちからは、お父さんもこういう番組を見るようになったかと笑われますが、別に面白いわけでもないのですが、なぜか心が平安になるのです。

大切な人を失った人の人生とは、みんなこんなものなのでしょうか。
最近そんなことを時々思います。

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2015/02/06

■トリクルダウンの逆再配分機能

イスラム国関係の事件のために、しばらく「あたらし経済」シリーズをかけずにいましたが、また再開します。
なお、前回までのものは、下記にあります。
http://homepage2.nifty.com/CWS/neweconomy.htm

この間、「21世紀の資本」の著者のトマ・ピケティが日本に来て話題づくりをしていきました。
ピケティは、膨大なデータ解析の結果、格差の問題の根底に、「資本収益率は経済成長率よりも大きい」ことを発見し、このまま放置していたら格差は構造的にっさらに拡大すると指摘したのです。
何をいまさらという気もしますが、格差の拡大が資本主義さえも危うくするということを経済学者が明言したことには大きな意味があります。

前回も少し言及しましたが、たとえば「トリクルダウン」についてもう一度考えてみましょう。
トリクルダウンのイメージは、シャンペングラスをピラミッドのように積み上げ、その最上部のグラスにシャンペンを注いでいくと、あふれたシャンペンが次々と下の階層のグラスを満たしていくイメージでとらえていいでしょう。

ここには2つの問題があります。
第1は、グラスの大きさの問題です。
上部のグラスほど、大きいと考えていいでしょうが、そのためピラミッドとしては不安定な構造になります。
上があまりに大きくなりすぎると、ピクティが危惧しているように、社会は壊れます。
第2は、上から注ぎ込むシャンペンはどこから持ってくるのかという問題です。
現実には、シャンペンを作っているのは一番最下層なのかもしれません。
しかし、それでも限界はあるでしょう。
もしかしたら、シャンペングラスピラミッドの世界の外部から持ってきたのかもしれません。
ピラミッド内部の下層からすくいあげて、上から注ぐとすれば、結局、下層にいる人たちは、自らが生み出した富、あるいは保有している富の一部しか取り戻せないということです。
となれば、トリクルダウンとは、富の再配分システムではなく、逆再配分システムということになります。
さらに、ピラミッド内部ではなく外部から取り込んでくるとすれば、それは外部からの富の収奪でしかありません。
これもまた「南北問題」という形でかつて大きな問題になったことであり、世界を今のようにゆがめてしまった原因と言うべき、世界レベルでの逆再配分システムです。
さまざまな仕組みで、南北問題は覆い隠されてしまっていますが、実態はますます深刻化し、いま起こっている「イスラム国」問題の遠因も、ここにあるのかもしれません。

現場から吸い上げて、一部を現場に戻すという発想と仕組みは、さまざまな分野に展開されています。
企業の社会貢献活動もその一つです。
あるいは生活保護制度や自立支援制度も、その応用系です。
念のために言えば、それが悪いと言っているわけではなく、そうしたサブシステムをつくっていかないとシャンペングラスピラミッドは崩れてしまいかねないということです。
つまり、資本主義が壊れてしまうということです。
だとしたら、資本主義や社会を壊さないためにも、事態をきちんと捉えなければいけません。
ピケティへの関心が高いのは、そういうことを背景としているとも言われています。
シャンペングラスピラミッドが崩れ去って、一番困るのはピラミッドの上にいる人たちだからです。

トリクルダウンが、きちんと再配分機能を果たしていた時代はあったかもしれません。
しかし、少なくとも今の日本では、逆再配分の仕組みになっているように思います。
トリクルダウン発想で、安直な経済成長を考える経済学からは抜け出なければいけません。

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■国家を中心とした安全保障か、人間を中心とした安全保障か

冷戦後の世界では、国家を中心とした安全保障から人間を中心とした安全保障へと視点が変わってきていると言われています。
しかしながら、今回のイスラム国日本人殺害事件に関する日本政府の考え方は、それとは反対の動きを示しています。
いま国会で行われているやりとりを聞いていて、それがよくわかります。
菅官房長官が2日午後の会見で、政府としては身代金を用意せず、犯人側と交渉するつもりはなかったこと(事後の発表ですから、これは「事実」です)を明らかにしたことに関して、孫崎さんがテレビで強く批判していましたが、日本人が拘束されている状況の中でも相手と「交渉しない」というのは、私には犯人側の一方的な攻撃姿勢と同じように思います。
全く交渉しないということは、解決するつもりがないということと同じです。
つまり、日本政府は最初から2人を「コラテラル・ダメッジ」として考えていたということになりかねません。
日本政府は、国家を守るためには日本人を犠牲にするということです。
もしそうであれば、イスラム国と全く同じではないかとさえ思ってしまいます。
原発事故やその後の原発輸出の動きにも、そうした日本政府の安全保障観が感じられます。

冷戦後に、国家起点ではなく人間起点で安全保障を考えるという動きが出てきたのは、核兵器の出現と無縁ではありません。
抑止力を高めるために核兵器増強競争をしているうちに、核兵器そのものの存在が自らの存在さえをも危険にさらずようになってきたのです。
つまり、脅威は他国の核兵器ではなく、核兵器そのものになったわけです。
それが結局は冷戦を終焉させる契機になったわけですが、同時に、国家(体制)維持のための安全保障ではなく、人間の生活安全を中心にした安全保障へと大きく流れを変えだすことになったように思います。

テロ行為もまた、核兵器と同じように、国家を超えだしています。
イスラム国は、国と言っていますが、これまでの国家概念には当てはまりません。
いまの構図は、国家を超えた「テロ活動」と社会の関係だと思いますが、9.11を契機に、ブッシュ政権はテロと国家の対立構図をつくってしまいました。
ですから、「イスラム国」などという、わけのわからない存在が生まれてきたのだろうと思います。
そして、最近の日本政府もまた、「イスラム国」と似てきているような気がします。

人間を中心とした安全保障は、むしろ日本がイニシアティブをとっていた時代もありました。
しかし、小泉政権から方向は変わりだしました。
それに関しては、ホームページで何回か書いたことがありますが、安倍政権(第1次も含めて)になって、まさに反転した感があります。

イスラム国問題は、福島とも深くつながっています。
そのことを見落としてはならないと思っています。

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■ちょっと知的なカフェサロンを始めます

湯島のオフィスで、ちょっとハードなカフェサロンというのをやっていますが、それとは別に今度は「ちょっと知的なカフェサロン」を始めることにしました。
「知的」とは何かと言われそうですが、要は私が「面白い」と思ったテーマでのサロンです。
「ハードなカフェ」との違いは、事前準備が不要で、当日、ただ話を聞くだけでもいいというカフェです。
その第1回目は、星座と神話をテーマにした写真家の橋本武彦さんにお話をお聴きすることにしました。
橋本さんが「発見」した、オリオン座と古代の紋章の謎を読み解くことで、古代の信仰について話をしていただきます。
橋本さんは、ギリシアやトルコに住みながら、星座を追いつづけてきています。
その作品は、橋本さんのサイトに一部紹介されていますので、ご覧下さい。
http://www.geocities.jp/TakeAratus/
また今回のテーマをまとめた膨大な原稿もすでにありますが、残念ながらまだ出版はされていません。
今回のサロンを契機に、橋本さんが出版にまた動き出してくれることを期待しています。

ともかくワクワクするようなサロンになりそうです。
よかったら遊びに来てください。

○日時:2015年2月24日(火曜日)午後7時~9時
6時半には開場しています。
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○テーマ:「オリオン座から読み解く古代紋章の謎」
○話題提供者:橋本武彦さん
○会費:500円
○申込先:qzy00757@nifty.com

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2015/02/05

■節子への挽歌2713:男前も気弱になることがある

節子
今日は東京も雪が積もるようです。
我孫子も朝はみぞれでした。
そんな中を今日は湯島に来ました。
昨日、電話があり、相談ごとで呼び出されたのです。
相談相手は「男前」のKさんです。
Kさんは最近いろいろありすぎて、一時はかつての面影がないほどにやつれていましたが、苦境を脱したはずでした。
「男前」に生きていると、けっこう大変なのです。
それと対照的に、弱みとダメさ加減をそのままに生きている私でもそれなりに生きづらくなっているのですから、Kさんは大変でしょう。
それが「相談」があるのですから(もちろん彼は相談があるなどとは一言も言いません)、よほどのことでしょう。
雪の日は出かけたくないのですが、仕方ありません。

思った以上に大きな相談でした。
それに、Kさんにしては、いつもになく「弱気」です。
もう疲れたというのです。
「男前」に生きている人が発する言葉ではありません。
困ったものです。
しかし、前回会った時よりも、表情がよくなってきていました。
もっとも体調のほうは悪くなっているそうですが。
体調が悪いと気も萎えてしまうのはよくわかります。

Kさんは、いまは一人住まいです。
昨年は1週間ほど動けずに寝ていたことがあったそうです。
それがこたえたのでしょう。
出身地に帰ろうかと思うと相談に来たのです。
いざという時、息子が近くにいると心強いというのです。
Kさんからこういう言葉を聞くとは思いませんでした。

Kさんの夢を知っているだけに、それが実現しないのが残念ではありますが、Kさんには生きづらい社会になってきているのでしょう。
息子が近くにいないと心細いというのは、口実かもしれません。
出身地に帰れば仲間がいます。
都会で生まれる「仲間」はどこまで「仲間」でしょうか。
信じた人に裏切られると、心が萎えます。
Kさんが出身地に帰りたくなったのは、たぶんそのせいでしょう。
男前の生き方は、信じた人は最後まで信じなければいけません。
たとえ裏切られたとしても。
しかし、気が萎えていると、裏切られてもいないのに、そう思うこともあります。

バランスをとるために、私も彼に頼みごとをしました。
男前の生き方をしている人には、借りをつくらせてはいけないのです。
それに、Kさんの弱音など聞きたくはありません。
Kさんには、早く元気になってほしいものです。
せめて私程度には。

節子
一人で生きていくのは、それなりに辛いものです。
節子が先に逝ったのは、よかったことかもしれません。

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2015/02/04

■節子への挽歌2712:「偉大で輝かしい冒険」

節子
今日は節子の誕生日です。
もし現世にとどまっていたら、70歳ですね。
70歳の節子は想像ができませんね。
まあ73歳の私も想像できませんが。

死者の特権は、歳をとらないことかもしれません。
最高の時に死を迎えるのも、ある意味では幸せかもしれません。
そんなことを言うと、不謹慎の誹りを受けるでしょうが、そんな思いも持てるようになってきました。
念のために言えば、節子がそうだったという意味ではありません。
節子にはもう少し生きていて、その最高の時を迎えてほしかったと思います。
残念ながら私たち夫婦は、そんな「最高の時」を迎えることなく、私も含めて、人生を終えてしまったような気がしています。
まあ、こういうのを「強欲」というのかもしれませんが。

先日、テレビの番組でコナン・ドイル(シャーロック・ホームズの生みの親)の最後の言葉を知りました。

読者は私がたくさんの冒険をしたとお思いだろう。
でもこれからなによりも偉大で輝かしい冒険が私を待っている。
最高の時、よりももっと大きな人生が、旅立ちの後にある。
そう思うと、また世界は違って見えてきます。

現世では、私と結婚すること自体が、たぶん節子には大きな冒険だったはずです。
みんなから反対され、あまり常識的でない生活に付き合わされたのですから。
でもまあ、私たちには十分にワクワクするような人生も少しだけ楽しんだことは、節子も賛成してくれるでしょう。
節子はいま、彼岸でどんな冒険をしているでしょうか。
私が行くのを待っているのでしょうか。
まあ、そんなことはないでしょう。
もう少し私は現世に滞在することにしました。

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2015/02/03

■節子への挽歌2711:風邪はやめたのですが

節子
風邪は今日でやめました。
節子はいつも同意してくれませんでしたが、意識を変えれば病は終わりますから。
まあ、そうではない病もありますが。
明るく前を見ないといけません。
連絡しなければいけない、いくつかの用件にも取り組みだそうと思います。

そんなわけで、まずは昨日決意した年賀状の返信から始めました。
ところが、最近きちんとした手紙を書いていないので、文字がうまく書けないのです。
それなりに苦労してほぼ仕上げました。

その合間にテレビをつけると、相変わらずイスラム国と後藤さんの番組ばかりです。
また気力が萎えておかしくなるといけないので、テレビはすぐに消して、本を読もうかと思うのですが、どうもまだ本を読む元気はもどっていません。
3日も寝込むと足が弱くなるとよく言われますが、3日も何もせずにぐうたらしていると思考力も弱くなるようです。
いやもしかしたら、まだ風邪なのかもしれません。

そんなわけで、「やりたいこと」をリストに書き上げました。
なんとすぐに10項目を超えてしまいました。
しかし、本当は「やらなければいけないこと」をリストアップすべきでしょう。
節子がいつもそう言っていました。
「やりたいこと」を優先すべきか、「やらねばいけないこと」を優先するかは、私と節子とではいつも意見が分かれました。
私は前者、節子は後者でした。
にもかかわらず、節子は私よりも早く逝ってしまいました。
これは大きな矛盾です。

ところで、「やらなければいけないこと」はいくつくらいあるでしょうか。
恐ろしくて、書き出す気にもなりません。
何しろこのひと月、忙しさを理由に怠惰に過ごしてきてしまいました。
そういえば、歯医者さんへの予約も、もう半年以上、遅れています。
また注意されるでしょう。
いささか憂鬱ではあります。
風邪をひいている方が、人生は楽ですね。
ちょっと決断が早すぎたでしょうか。

娘からインフレエンザが流行っていると聞きました。
抵抗力が弱まっているので、気を付けないといけません。

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■平和日本60年の終焉

今回のイスラム国日本人殺害事件は残念な結果になってしまいました。
すべては「後知恵」ですが、いまから考えるとこの結末は、1月20日に殺害予告が公にされた時にほぼ決まっていたのかもしれません。
中途半端な浅慮で、希望的見通しを持ったことを反省します。
時代は思っている以上に早く進んでいるようです。
改めてニーメラーの思いを噛みしめなければいけません。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2005/02/post_1.html
後藤さんが身をもって教えてくれたことも忘れてはいけません。

後藤さんの行動に関しては、さまざまな議論が起きていますが、いつものように関心が些末なところに行ってしまい、いつのまにか忘れられることが心配です。
しかし、この事件は、日本が外部からどう見られているかを示すものでもあります。

昨年の7月1日、安倍政権は集団的自衛権を閣議決定で認めました。
それは、公約にも掲げずに選挙で大勝した党首が、憲法を踏みにじった「事件」でした。
国会での審議も経ずに、この60年、守り続けられてきた「専守防衛」という国家の基本が崩され、戦争が再び国政の選択肢になったのです。
いまなお世界の常識である「近代国家思想」からすれば、それは「正常化」とも捉えることができます。
そもそも立法・行政・司法という三権分立の上にあるべき「統治」あるいは「軍事」という、近代国家の本質がこの60年の日本にはありませんでした。
しかし、それを「国家の欠陥」と考えるか、「新しい国家への挑戦」と考えるかは、人それぞれでしょう。
私は後者と考えていました。
日本国憲法はアメリカ政府によってつくられたかどうかの議論も盛んですが、統治なき近代国家の実験こそは、新しい世界への挑戦として大きな意味があると考えてきました。
それはまだ、アメリカという暴力管理下型の近代国家のサブシステムでしかなかったかもしれませんが、そこから得た知見は大きく、それを基本にした「新しい世界」構想が可能なのではないかとさえ期待していました。
昨年の7月1日の閣議決定は、それを否定して、歴史を引き戻すことになりました。
日米同盟の事実が、にわかに大きく感じられるようになってきました。

今回の事件が、こうしたことによって引き起こされたとは思いませんが、無縁でもないように思います。
イスラエル国家の樹立をテーマにした映画「栄光への脱出」の最後のシーンを思い出します。
この映画は明らかなプロバガンダ映画ですが、イスラエル国の成立と同時に、仲よく暮らしていたユダヤ人とアラブ人が殺し合いを始めます。
主人公アリ(ユダヤ人)の盟友だったアラブ人は、アリに別れを言って去った後、仲間に殺されてしまいます。
なぜかその時に感じた哀しい記憶を今回思い出しました。
先日紹介した、ボスニアの少年が言ったように、
政治こそが世界に毒を撒いているのかもしれません。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2015/01/post-1bf3.html
そういう政治ではない政治の可能性を、日本の60年に期待していたのですが。
残念でなりません。
たぶんもう元には戻らないでしょう。

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■今年最初の「ちょっとハードなカフェサロン」のお誘い

今年最初の「ちょっとハードなカフェサロン」は、常連メンバーの折原利男さんからの提案で、昨年、出版された『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル)を材料にして、いまの日本の社会の問題を話しあうことになりました。
ご関心のある方はご参加ください。
基本的には、どなたも歓迎です。

企画者の折原さんのメッセージをお読みください。

矢部宏治さんの『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』を読んで、その「秘密」の答えにショックを受けない人はいないでしょう。そしてその現実を乗り越えて進むしか、われわれの未来はないことも確信できると思います。この本が提起する問題を、是非ともカフェサロンの皆さんと共有し、どうしていったらよいのかを一緒に考えていただきたいと願っています。

念のために言えば、「基地」や「原発」がテーマではありません。
私たちの生き方や社会のつくり方がテーマです。

なお、このテーマに関連した、折原さんの評論「金子光晴と現代」を参加者にはあらかじめ送らせてもらっていますので、ご希望の方はご連絡ください。
書籍と併せて、読んでいただければと思います。

●日時:2015年2月21日(土曜日)午後1時半から4時
●場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf」
●問題提起者:折原利男さん
●会費:500円

参加予定の方は私までご連絡ください。

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2015/02/02

■節子への挽歌2710:寒中見舞い

節子
風邪の悪化は何とか食い止めたようですが、喉も胸も何か違和感があって、全身にも違和感があります。
まあ、これが老化ということかもしれません。
今日もまた1日、何をやるでもなく過ごしました。
テレビは見る元気もなく、本も読む気力もなく、パソコンに向かうのもおっくうで、結局、何もしないで終わってしまいました。
やはり自宅にいるのが良くないのかもしれません。
今日で3日間、自宅引きこもりです。
人と会う約束もいくつかあるのですが、どうもその気になりません。
約束している人には申し訳ないのですが。

夕方、友澤さんから寒中見舞いが届きました。
友澤さんは節子の友人で、節子の葬儀にも、またわざわざわが家への献花にも、倉敷という遠方であるにも関わらず来てくださいました。
その中に、こう書いてありました。

佐藤様のお文が届かない正月は何やら淋しい気持ちでございます。

そして、節子も知っている知人の方が昨年亡くなられてことも書いてありました。

文中の「佐藤様」は、節子のことですが、節子がいなくなってからは、私がずっと、いわば「代筆」してきました。
今年は、実は年賀状も寒中見舞いも書いていないのです。
最近は、小正月と言われる1月15日頃に、いただいた年賀状でメールをやっていない方には、年賀はがきで寒中見舞いを出すようにしているのですが、今年は出していないのです。
ハガキは用意しておいたのですが、まだ白紙のままです。
しかし、友澤さんのように、心配してくれる人もいるでしょうから、遅まきながら節子の誕生日にでも出すことにしましょう。

風邪は今日で終わりにして、明日からは少し動き出しましょう。
挽歌も、もう少しきちんと書くようにしたいと思います。

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2015/02/01

■節子への挽歌2709:ジャーナリストの後藤さんの死

節子
風邪は今回は迅速な対応でなんとか防げそうです。
先週はインフルエンザやのど風邪の人と身近で話し合うことがありましたので、今回は大事にしたのです。
のどの調子がまだ悪いですが、なんとか乗り越えられそうです。
でもまあそんなわけで、今日もまた1日、休んでいました。

テレビは「イスラム国」に殺害されたと思われる後藤さんのニュースばかりです。
これに関しては、時評編に書きましたが、私はこういう事態をもたらしたのは政府の対応に大きな理由があると思っています。
政府の意図に従っての結果なのではないかとさえ思います。
日本はまさに「戦争」ができる国に向かいだしました。
80年前もこんな感じで、日本人は戦争に向かっていったのでしょう。
そんな気がしてなりません。
節子は幸せな時代に旅立ちました。

節子がいたらテレビを観ながら、こんな話ができるのですが、一人でテレビを観ていても、実に退屈なのです。
しかし、人間の死は突然にやってくるものです。
後藤さんはまさかこうなるとは思ってもいなかったでしょう。
後藤さんの元気な映像を見ていると、悲しみよりも、いまも後藤さんが生きているとしか思えません。
人はまさに「記憶」の中でも生き続けているものなのです。
この事件がなければ、私の世界に後藤さんが生きることはなかったでしょう。
そう考えるととても不思議です。

やはり喉がおかしいです。
もう寝ましょう。
困ったものです。

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■後藤さんの行為を無駄にしないために思うこと

イスラム国に拘束されていた後藤さんが殺害されたというニュースが流れています。
それもかなり信憑性は高いようです。
事実であるとすれば、実に悲しく、また恐ろしいことです。
終始、毅然としていた後藤さんの生き方に、深い敬意を感じます。
いまの報道が事実でないことを、いまもなお祈りたいと思います。

「非道で卑劣」な行為と相手を責めているだけでは、後藤さんは喜ばないでしょう。
語るのさえおぞましい事件ですが、後藤さんの生命を賭した行動から、私たちは学ばなければいけません。
どんなに「非道で卑劣」な行為に見えても、物事には必ず理由と意味があります。

昨日も書いたように、カルドーは「恐怖と憎悪を蔓延させる戦略に対抗して、人々の感情と理性を育むという戦略」が大切だと語っています。
私には、この言葉が深く心に響きます。
毅然としてテロに立ち向かうことは必要ですが、それは相手を非難し暴力的に抑え込むことではないはずです。
テロを引き起こす状況を克服することにこそ、毅然と立ち向かうことでなければいけません。
恐怖と憎悪の罠に陥ることだけは避けたいものです。
それでは、相手と同じ存在になってしまいかねません。
大切なのは、相手の立場と思いに誠実に耳を傾けることでしょう。

問われるべきは、「彼らはなぜこんな非道で卑劣な行動をしたのか」ではなく、「私たちはなぜ彼らにこんな行動をさせてしまったのか」であるべきでしょう。
そして、自らにもまた、相手にとっての「非道で卑劣な行為」はなかったかを問い質すべきです。
相手を責めるだけでは、問題は解決できません。
まずは、自らが正すべきことはないかを考えることで、事態は変わっていくでしょう。

エジプトで安倍首相が発信した2億円支援をイスラム国は口実にしました。
これは戦闘に加担することではなく、人道支援だと日本は応じました。
しかし、そうした論理への異議申し立てこそが、イスラム国を支えている論理かもしれません。
たとえば、カルドーはすでに15年ほど前に「新戦争論」でこう書いています。

私は、実際の人道的介入は、「新しい戦争」の性質について、一種の近視眼的な認識に縛られてしまっていた点を強調したい。
人道的介入は戦争を阻止することに失敗したのみならず、実際にはさまざまなやり方で戦争が継続することさえ助けたかもしれない。
これだけ引用すると誤解されるかもしれませんが、カルドーは事例を含めてていねいに説明しています。
そして、新しい戦争においては、闘い合う敵同士にさえ、戦争経済面での多層的な依存関係が生まれることも示しています。
人道的介入という言葉で、思考停止してはなりません。
「介入」である以上、戦いの構造をきちんと踏まえておかなければいけません。
わかりやすい例は、アメリカ軍によるイスラム国への空爆です。
空爆はイスラム国を標的にしていますが、イスラム国支配下の住民を殺害してしまうことで、逆効果を生み出す危険性も持っています。
つまり「戦いの構造」と「戦いの目的」が変質していることを認識しなければいけません。

長くなってしまいました。
今回、私が学んだことのひとつは、世界から見たら、日本はもう「平和国家」の道を捨てつつあると思われているということです。
私たちの日本も、イスラム国化していくのかという恐怖です。
今回の事件は、そうした危機への警告のような気がします。

シリアには行けませんが、国会前のデモや都内の集会には、私でも行けるはずです。
シリアの子どもたちのところには行けませんが、私の周りに人たちにささやかなエールを送ることは私でもできます。
シリアに入る前の後藤さんの表情は、とても明るかったのが印象的です。

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