■節子への挽歌2710:寒中見舞い
節子
風邪の悪化は何とか食い止めたようですが、喉も胸も何か違和感があって、全身にも違和感があります。
まあ、これが老化ということかもしれません。
今日もまた1日、何をやるでもなく過ごしました。
テレビは見る元気もなく、本も読む気力もなく、パソコンに向かうのもおっくうで、結局、何もしないで終わってしまいました。
やはり自宅にいるのが良くないのかもしれません。
今日で3日間、自宅引きこもりです。
人と会う約束もいくつかあるのですが、どうもその気になりません。
約束している人には申し訳ないのですが。
夕方、友澤さんから寒中見舞いが届きました。
友澤さんは節子の友人で、節子の葬儀にも、またわざわざわが家への献花にも、倉敷という遠方であるにも関わらず来てくださいました。
その中に、こう書いてありました。
佐藤様のお文が届かない正月は何やら淋しい気持ちでございます。
そして、節子も知っている知人の方が昨年亡くなられてことも書いてありました。
文中の「佐藤様」は、節子のことですが、節子がいなくなってからは、私がずっと、いわば「代筆」してきました。
今年は、実は年賀状も寒中見舞いも書いていないのです。
最近は、小正月と言われる1月15日頃に、いただいた年賀状でメールをやっていない方には、年賀はがきで寒中見舞いを出すようにしているのですが、今年は出していないのです。
ハガキは用意しておいたのですが、まだ白紙のままです。
しかし、友澤さんのように、心配してくれる人もいるでしょうから、遅まきながら節子の誕生日にでも出すことにしましょう。
風邪は今日で終わりにして、明日からは少し動き出しましょう。
挽歌も、もう少しきちんと書くようにしたいと思います。
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