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2015/02/12

■節子への挽歌2718:すべては「自分自身」

節子
寒さの中にも春を感ずるようになってきました。
一進一退ですが、私の気分も少しずつ前を向きだし、そのせいか、前向きの話が多くなってきました。
それで気がついたのですが、同じ話も気分次第で、後ろ向きにも前向きにもなるものです。
よく言われるように、すべては「自分自身」なのです。

日曜日から京都と大阪に行くことにしました。
何人かの人たちに会ってくる予定ですが、その一人は、息子さんを自死で亡くされた方です。
その方は、同じような悲しみを起こさないようにと、さまざまな活動に取り組んでいます。
私は2年ほど前にお会いしたのですが、彼女の活動に見えないくらいささやかな支援をしています。
彼女の活動も、ようやく一つのかたちになりだしています。
その話をお聴きして、何かできることを考えようと思っています。

彼女の場合、息子を失った母親の強い愛情を感じます。
喪失体験を乗り越えるには、再生のための創造体験が必要だということを、痛感します。
なかには過労死するくらい働きだしてしまう人もいます。
私のように、動けなくなる人もいますが。
さまざまな人を見ていると、すべてはその人自身なのだと感じます。
誰かを真似てみても、うまくいきません。

しかし、私の場合は、ライフステージもあり、穴の開いた心身の思うがままに任せることができました。
その余裕が与えられたことには感謝しなければなりませんが、その余裕を創りだすために節子との時間をゆっくりと楽しむことがなかったことはいくら悔いても悔い足りません。
しかし、それもまた、考え方次第です。
苦を共にすることもまた、楽を共にすることと同じことかもしれません。
それに、私たちには「苦」という概念はありませんでしたし。
ただもう少しゆったりした旅行を楽しめばよかったと思います

すべては自分自身。
それは私の信条だったのですが、最近は忘れかけていました。
少し意識を引き締めなくてはいけません。

もうじき春です。
今年はお花見に行けるようにするつもりです。
こうやって書いておかないとまたくじけそうなので、節子への決意表明です。

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