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2015/03/23

■城里町のみなさんから学ぶこと〔4〕

そろそろ「みなさんへの質問です」に関する私の意見を書こうと思います。
なお、この間、フェイスブックでもいろんなコメントをもらいました。
私のフェイスブックは公開なので、次から読めると思います。
https://www.facebook.com/cwsosamu/posts/10200245669260288?comment_id=10200247428184260¬if_t=like

〔3〕で紹介した埋田さんのコメントで、私が言いたいことのほぼすべてが言い尽くされていますので、少し違った形で私見を書くことにします。
まずは論点の整理です。

論点はいくつかありますが、備品の再活用に関しては、反対する人は少ないでしょう。
廃校に残されている備品は、たぶん倉庫に眠ったまま、いつか費用をかけて廃棄処分される可能性が強いからです。
したがって、ほとんどの人は反対しないでしょう。
しかし、私たちの実際の生活は、必ずしも、そうではないのです。
私たちは、まだ使えるものを、デザインが古いとか、機能的に不十分だという理由で廃棄しています。
廃棄するには、自らが直接的に費用負担することは少ないですが、当然ながら「費用」は常にかかっています。
ただ、それに気づいていないだけです。
しかも、経済成長志向の社会では、このことは「無駄」だとは意識されずに、奨励されています。
「消費」こそが生産を支えるからです。
ちなみに、今も各地に「消費者の会」なる組織がありますが、時代錯誤も甚だしいと、私は思っています。
自らを経済成長支援チームと表明しているわけで、せめて「生活者の会」くらいに改名する「時代感覚」は持ってほしいと思っています。
かつて消費にストップをかけるかもしれないと期待した「コンシューマリズム」も、今ではすっかり変質してしまっています。
これに関しては改めてもう少し詳しく私見を書きます。

備品の再活用には異論が少ないだろうと書きましたが、経済成長主義者は、実際にはこういう生活スタイルを自らは実践していません。
そうしたことを考え直す契機にできれば、美j\本妻活用の意味はさらに大きなものになります。
古い備品を使うことに抵抗があるか人もいるかもしれませんが、役場の総務課の人は、自分が使う机は廃校の校長の机(「校長」と机の横に書かれていました)だったと、テレビではうれしそうに話していました。
備品の再活用の意味は、たぶん「予算削減」ではないところに、大きな意味があるように思います。

引っ越し作業を自分たちでやったというところには、さまざまな意見があるでしょう。
情報をきちんと押さえてはいませんが、職員には休日出勤手当を支給したのか、シルバー人材センターは有償だったのか、という問題があります。
後者、つまりシルバー人材センターは間違いなく有償でしょう。
日本では「ボランティア」というと「無償」と捉えられますが、それこそ「金銭社会に埋没した発想」です。
ボランティアとは、自発性の意味であり、私は、強制されない活動と受け止めています。
つまり、自分で仕事を選べるということです。
前者に関しては、「金銭手当の支給」か「代休付与」かという選択肢があります。
私は、たぶん「代休」かあるいは「無償」ではないかと思いますが、確かめたわけではありません。
そこで問題は、「もし金銭換算したら、業者に外注するよりも高くなったのかどうか」、そして「もし無償で働かせた場合は、搾取になる」ということです。
私見を述べれば、そもそもそういう発想が問題だと思います。
これは、「仕事観」、あるいは「組織との関係」、つまり「生き方」に関わる問題です。

思いつくだけでこれだけの問題が示唆されています。
明日から、一つずつ私見を書いていきたいと思います。

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