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2015/03/18

■節子への挽歌2742:記憶の大海の中の孤島

節子
人はちょっとしたことが契機になって、昔の記憶をよみがえらせることがあります。
前にも「マドレーヌの回想」の話を書いたことがあります。
プルーストの『失われた時を求めて』の冒頭にでてくる有名な話です。
記憶の世界は広く深く、意志によって呼び覚ます記憶は、ほんの一部です。
記憶はむしろ、私たちの意志の外にあります。
ですから、思ってもいないことで、あるいは思ってもいないタイミングで、記憶が想起されるのです。
フロイトは、記憶は意識によって、抑圧されて、無意識の世界に追いやられると言いましたが、「意識」というよりも「意志」の呪縛から抜け出るのが記憶ではないかと思います。
ただ、フロイトが言うように、「無意識には時間がない」ようです。

最近、続けざまに、その「マドレーヌ」に出会っています。
あまりに多いので、偶然とも思えないほどです。
そういう体験を続けていると、もしかしたら、人は記憶の大海の中の孤島に住んでいるのかもしれないという気になってきます。
そして、何かのはずみに、大波にさらわれて、記憶の大海の中に放り出されてしまう。
よほど泳ぎが達者でないと、おぼれかねない。
そして、もしかしたら、私は今、まさにおぼれかけているのかもしれない。

海でおぼれないコツは、むやみにもがかないことです。
もがけばもがくほど、記憶の大波は大きくなる。
逆に、静かにしていれば、人の身体は自然と浮いてくる。
波に身を任せれば、また島に連れて行ってくれる。
それはわかっているのですが、ついついもがきだすのも、また人なのです。

でもまあ、もがくのも少し疲れました。
そろそろ身を任せましょう。
記憶は意志によってはどうしようもなく、身を任せるしかないのですから。

今日はまた、ちょっとつらくて、みじめな1日でした。
春は来るようで、なかなか来ません。

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