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2015/03/27

■城里町のみなさんから学ぶこと〔6〕

いよいよ問題の引っ越し作業に職員が取り組んだ問題の是非です。
まず結論を述べれば、私は、それは「当然のことであり、問題になること自体に違和感がある」と思っています。

問題を非常に単純化すれば、「職場の引っ越し作業は仕事に含まれるかどうか」です。
それは、仕事をどうとらえるか、職場をどうとらえるか、という問題です。
もちろん、自分の仕事であっても、外注することはあり得ます。
昨今では、かつては「家事」とされた家族の仕事も、外注化されてきています。

1999年の国際労働機関(ILO)総会において、ディーセント・ワーク(Decent work、働きがいのある人間らしい仕事)が提案され、それがILOの目標の一つになりました。
それまで量で考えがちだった(と私は捉えていました)労働組合が、ようやく質の問題に目を向けたかととてもうれしく思った記憶があります。
日本では協同総合研究所の菅野正純さんが、とても誠実にその言葉を考えていたと思いますが、残念ながら菅野さんは急逝されてしまいました。

「仕事」をどうとらえるかは、さまざまな論考があります。
そして、それは、私たちの生き方の問題です。
さらに、社会とは何なのかということにも深くつながっています。
このテーマは、これまでもこのブログで散発的に書いてきましたが、今回はちょっと違った話から始めたいと思います。
まずは、たまたま今朝、読んだ「談」という公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌に出ていた山下祐介さんの言葉を紹介したいと思います。

現代の社会システムは家族や地域をどんどん解体させて、一人ひとりを「労働者」に仕立てることで、市場経済のなかで有効に使え、すべての人たちが国家の成長に寄与するように仕向けすぎてきた。しかし、そのために活き活きとしていた社会が弱り、衰退し、あるいは消滅してしまうほどだんだんと死にかけてきて、場合によっては自らの命を絶ち始めている。

ここで私が問題にしたいのは、「労働者」という概念です。
このシリーズの〔4〕で、「消費者」という概念(言葉)をかなり否定的に扱いましたが、それと対をなしているのが「労働者」です。

近代の発想は、「要素分割」です。
全体を把握するのではなく、部分を対象にしていくことで、全体を知ろうとするわけですが(「要素還元主義」)、それは同時に、部分を操作することで全体を操作するという発想に繋がっていきます。
それは限界があるばかりか、問題を起こすのではないかという議論が当然起こってきましましたが、近代の合理性の思想はなかなか変わらず、事態はますます要素還元主義に向かっているようにさえ思います。。

いうまでもありませんが、私たちは「部分」を生きているのではなく、「全体」を生きています。
労働者や消費者ではなく、生活者だということです。
もちろん、時に「消費」し「労働」するとしても、そこに「者」をつけてしまうと、思考は呪縛されます。
言葉は、人の思考を抑え込んでしまう力があるからです。

何やらまた、小難しく、さらに横道にそれだしていますね。
すみません。
しかし、今回言いたかったのは、「仕事」をどうとらえるかです。
そして、職場ってなんだろうか、という問題です。
きれいに掃除された「檻」の中で、与えられた「課題」をこなすだけの「労働提供者」になることは、私には向いていません。
私がまだ会社で働いていたころは、職場の掃除も自分たちでやっていました。
子どものころは、学校の教室の掃除も、もちろん生徒たちでやっていました。
時にガラス窓をあり、けがをすることもありましたが、それもまた楽しかった記憶があります。

長くなったので、続きはまた明日に。

ちなみに、山下さんは、「生態社会学」を提唱していますが、昨年出版された「地方消滅の罠」(ちくま新書)はとても示唆に富んでいます。
それと、この「談」という年3回発行される雑誌は、私がほぼすべてを完読している唯一の雑誌です。
エディターの佐藤真さんの編集がとても示唆に富んでいるからです。
このような機関誌を出し続けているJT(日本たばこ産業)を敬服しています。
余計なことを書き加えてしまいました。

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