■節子への挽歌2740:神崎さんからの電話
節子
相変わらず挽歌が書けません。
時評編はお誘いを中心に少しずつ書き出しましたが、挽歌がまだ復活できません。
なぜでしょうか。
もちろん理由などはなく、ただ書けないだけですが。
本人がすでに自分のブログやフェイスブックで公言しているので、実名で書きますが、友人の神崎さんが余命宣告を受けました。
http://blog.goo.ne.jp/kurara_77
もう3か月を切っています。
その知らせの電話を神崎さんから受けてから、どうも何かが変わってしまいました。
神崎さんは手術も終え、いまは自宅で療養です。
私は、見舞いにも行かず、電話もメールをしていません。
何と言えばいいのか、なんと書けばいいのか。
彼の目をしっかり見ながら話せるかどうか。
しかし頭から離れたことはありません。
その神崎さんから電話がありました。
全くいつものように、屈託のない話しぶりですが、いつもとは違います。
話の内容は書くのをやめますが、私が神崎さんに伝えようかと思っていた通りの決断をしたようです。
長い電話でしたが、私は今回もうまく受け答えができませんでした。
そのうえ、神崎さんは自分のことよりも私のトラブルに関する心配をしてくれていました。
そして、電話で、佐藤さんは頼りないから心配だよというのです。
すっかり見透かされてしまっています。
まあ、しかし神崎さんに言われるほど、頼りなくもないのですが。
電話を横で聞いている人がいたら、私が余命宣告を受けたのだと思ったかもしれません。
神崎さんと出会ったのは、節子がいなくなってからです。
ですからまだそう長い付き合いではありません。
ですが、なぜか神崎さんとはどこか通ずるものがありました。
神崎さんと話していると、節子とのことをなぜか思い出すのです。
神崎さんは、「余命宣告」を受けた時に、残された時間でいろんな人にあいさつができるから交通事故での突然死よりも幸せだとブログに書いています。
私も、そんなことを、この挽歌に書いたことがあります。
しかし、どちらが幸せかは、いまの私にはわからなくなってしまいました。
神崎さんとの電話の後、また心身が動かなくなってしまいました。
しばらくして、畑に行って、少し回復してきましたが。
今日は暖かな日ですが、なぜか心身が震えるほどに寒いです。
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