■節子への挽歌2739:今年は河津桜が咲きました
節子
今日、気づいたのですが、庭の河津桜が今年は咲きました。
一昨年は手入れ不足で、枯れそうになってしまい、花どころではなかったのですが、何とか持ち直しました。
地植えではなく、大きな鉢に育てているのですが、そのため、きちんと水をやらないと弱ってしまうのです。
まだ元気とは言えず、頼りない咲き方ですが、咲いてくれたことに感謝しなければいけません。
河津の桜はもう満開で、にぎわっていることでしょう。
わが家の桜は見る人も少ないので、かわいそうです。
人は、さびしさを知ると、他者のさびしさにも気がいきます。
その対象は、決して人ばかりではありません。
山川草木、すべて、寂しさを感じていることが、少し実感できるようになるのです。
自分に余裕がないと、庭の花への関心もでてきません。
おそらく咲いたのは今日ではないでしょう。
数日前から咲いていたのに、誰も気づかなかった。
余裕のない暮らしをしていると、こんなものでしょうか。
余裕のなさのために、よいことにも気づかず、ますます余裕をなくしていくのでしょう。
反省して、今日は、庭に出て、花々に声をかけ、咲いている水仙を節子に供えました。
畑まで行けば、チューリップも咲いているかもしれません。
河津桜も一輪供えようと思いましたが、やめました。
一輪さえもが貴重なほどの、頼りない咲きっぷりですので、
少ない仲間から一輪だけを引き離すことができませんでした。
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