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2015/04/26

■いまの社会は生きづらいのか?

昨日は若者を中心としたカフェサロンの第1回目でした。
3月28日に青山学院大学で開催した、映画「自殺者1万人を救う戦い」を観て、大学生たちが語り合うフォーラムを開催したのですが、そこから生まれた集まりです。
4人の若者と大学の先生が2人、それに企業に関わっている人が2人、社会からの脱落者が1人(私です)集まりました。
私にはいろんな意味で興味ある集まりになりました。
若者と大人とが対等な立場で話し合うことが、いまは少なくなっているのかもしれないと感じました。
それと、若者と大人の時間感が違うことにも気づきました。
若者はさまざまな好奇心を持っているのに、それを果たす場や方法がまだ見えていないような気もしました。

秋には、みんなでちょっと大き目の公開フォーラムを開こうというのが当面の仮目標ですが、そのテーマを話しているうちに、「居場所のなさ」「生きづらさ」という言葉が出てきました。
そこで、私は思わず、若者たちに、今生きづらいのですか? と訊きました。
どうもそうではないようだったからです。
いまの社会は、あるいは会社は、居場所のない生きづらいところだというイメージが深く植え付けられているような気がしました。
かつての若者が感じたであろう「生きづらさ」や「生への不安」とは、まったく異質なもののようにも感じました。

無関係な話ですが、以前読んだ山下祐介さんの「地方消滅の罠」(ちくま新書)を思い出しました。
つまり、地方消滅というイメージを広げることで地方を管理しやすくしているという状況に、みんな洗脳されてしまいました。
原発がないとやっていけないという言説も同じものでしょう。
いや、中国が攻めてくるという言説も流布されてきています。
そして、社会は生きづらいという言説。
言説の呪縛の恐ろしさを改めて感じました。
私も考え直さなければいけません。

話が脱線しました。
ちなみに次回は5月23日の午後です。
若い世代(10~30代)の方の参加を大歓迎します。
同時に、若者への敬意をもっている大人の参加も大歓迎です。
若者を管理したり教育したりしようとする人は、私はあまり歓迎しませんが、門戸は開いています。
関心のある人はご連絡ください。
また近づいたら案内します。
20150425


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