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2015/04/07

■節子への挽歌2760:晴耕雨読

節子
この2日間は、晴耕雨読でした。
先週後半から日曜日にかけて、一人になる時間がなかったので、無性に一人になりたかったのです。
幸か不幸か、天気もあまりよくなく、まさに晴耕雨読の2日間になりました。

昨日は午後から久しぶりに長い時間、畑にいました。
いつもは1時間もすると疲れ切るのですが、昨日は休み休みの畑作りで、3時間近く畑で過ごしました。
かなりがんばったので、全面積の半分以上が、なんとなく畑になってきました。

疲れると畑の土の上にすわって、土を見ています。
衣服は泥だらけです。
その雰囲気は、ホームレスどころではありません。

昨日は、せっかく耕したところに、アリが巣をつくっていました。
迷ったのですが、殺蟻剤を散布しました。
畑を耕すということは、生き物との戦いでもあるのです。

ただ無駄な殺生はしたくないので、鍬を入れる時も、それなりの注意はします。
昨日は20センチくらいのミミズに出会いました。
幼虫もかなり出てきました。
土の中も、春になってきているのです。

今日は雨でしたので、読書でした。
フェイスブックで、松永さんが紹介していた「生命倫理の源流」(岩波書店)を読みました。
300頁ほどのハードブックですが、副題が「戦後日本社会とバイオエシックス」とあるように、主に1960年から80年代にかけての概論です。
この時代は、まさに私の生きた時代です。
バグウォッシュ会議とかアシロマ会議とか、私の生き方に大きな影響を与えた話が出てきました。
最近は、技術倫理に関心を持っている人でさえ、バグウォッシュ会議もアシロマ会議も知らない人が多いのですが、やはりこの2つの会議は倫理を考える人には要の会議なのだと改めて私の生き方の幸運さを実感しました。
おそらく私の生きた時代は、人間が輝いていた時代なのです。

昨日も本を読みおえました。
先週の出張の電車の中で読みだしていた新書の「経済学からなにを学ぶか」です。
新書ですが、かなりテキスト的な経済学史で、読むのが結構つらくて、難儀しましたが、昨日、読了しました。
面白いと300頁でも一気に読めますが、気が乗らないと新書でも4日もかかってしまいます。
しかし、これも読んでいて、経済という面でも、私の生きた時代は、いろいろな変化や発見があった時代だったことに気づきました。

考えてみると、いろんな意味で、私は「良い時代」に恵まれました。
そのまさに、「良い時代」を、節子と一緒に過ごせたことは、何よりも幸運でした。

生まれる時代によって、人の幸不幸は決まるのかもしれません。
何よりも、お互いの生まれる時代によって、出会えるかどうかも決まるのですから。

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