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2015/04/07

■節子への挽歌2761:「感じるところがあります」

節子
私と同じく、大切な「節子さん」に先立たれた、挽歌の読者のSさんからメールが来ました。

最近節子さんへの挽歌がよく途切れているので、心配もありますが、感じるところがあります。(中略)
たぶん自然にそうなっているのだろうと勝手に想ったりしています。(中略)
そしてまた勝手に思ってるのですが、畑を頑張ろうという気持ちもなんとなくわかった気がしています。
たぶんSさんが「感じていること」は当たっているでしょう。
畑をがんばろうという気持ちも、もしかしたら、私よりもわかっているのかもしれません。
そんな気もします。

私の生き方は、目線を同じくするということです。
しかし、最近つくづく思うのは、そういう生き方ができていなかったことです。
目線を同じくして生きるということは、実際にはとても難しいことです。
他の人の言動が目線の高いことには、すぐ気づくのですが、自分の目線の高さはなかなか気づきません。
しかし、同じ体験をしたり同じ状況にある人同士は、目線は自然と同じくなります。
目線が同じくなると、相手のことが自然と伝わってきます。
だから、Sさんの「感ずるところ」は、たぶん私が無意識に感じていることなのです。

言葉にはなかなかできないのですが、最近、私はかなり自然に生きられるようになってきました。
自然に生きるということは、実に意味深いことです。
これも言葉にすると誤解されそうなので、言葉にはしませんし、またできないのですが、そんな気がしています。
Sさんも、最初と違って、いまはかなり自然に生きているような気がします。

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