■節子への挽歌2765:感受性を高めなければいけません
節子
最近また、偶然の一致が周りで起こりだしまいた。
まあ小さな話が多いのですが、例えば、昨日、テレビに録画していた松本清張の「砂の器」を見ました。
玉木宏と小林薫の2011年版(テレビ朝日)です。
前にも見ているのですが、なぜかまた見たくなったので、録画していたのです。
そこに、島根県の亀嵩という場所が出てきます。
今日、杉原さんと食事をしたのですが、杉原さんの地方転居の話になりました。
前から聞きいていましたが、どこに行くのかは詳しくは聞いていませんでした。
ところが、その場所が亀嵩だというのです。
おやおや。
ある集まりのゲストが決まりませんでした。
苦肉の策として、あの人に相談してみようかと思っていたら、その人からメールが来ました。
しかも今度の集まりに話をさせてくれないかというメールです。
もちろん喜んでお願いしました。
などなど。
まあ、いずれも大した一致ではありませんが、時々、こういう時期がやってきます。
なにかが起こるかもしれません。
こういう時には、感受性を高めておかなければいけません。
気が弱まっているために、何か見落としていることがあるのかもしれません。
なにかが始まるといいのですが。
どうも最近は退屈で仕方がありません。
| 固定リンク
「妻への挽歌14」カテゴリの記事
- ■第1回リンカーンクラブ研究会報告(2021.09.06)
- ■節子への挽歌2800:不安や怒りのはけ口のような存在(2015.05.23)
- ■節子への挽歌2799:支えてくれる人が無性にほしくなりました(2015.05.22)
- ■節子への挽歌2798:来客の合間(2015.05.21)
- ■節子への挽歌2797:ひがみ根性を捨てなければいけません(2015.05.20)
コメント