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2015年5月

2015/05/31

■「自民党憲法改正案を読む会」を開きました

参加者は7人、全員男性でした。
改正案を逐条読みながらの議論でしたが、前文、天皇、安全保障、国民の権利及び義務までで2時間半を超えてしまいました。
しかし、ここまでに大きな論点がありますので、ある意味では目的を達成できました。

前文をしっかり読むだけでも自民党改正案の本質がわかります。
できれば皆さんも読んで、いまの憲法との違いを考えてほしいです。
それぞれの文章の主語の違いを比べてみるだけでも、改正案の意図が見えます。
ここでは参加者の一人から、日本人は明治時代の「臣民」からいつ「人民」になったのか。
そして、「人民」ではなくて「国民」であることの意味を認識すべきだと発言がありました。

第1章の「天皇」も、改正案では大きな変質が企図されています。
天皇の人権を無視していいのかという議論も多かったですが、改正案には民主主義や人権尊重という「建前の憲法思想」と整合しない根本的矛盾があります。
「天皇を救え!」という思いが出てこない日本国民の薄情さを私は感じます。
私は、あの「オメラスの話」を、いつも思い出します。
http://homepage2.nifty.com/CWS/heilsham.htm

第2章は、現行憲法の「戦争の放棄」が改正案では「安全保障」になっていますが、この考え方が時代錯誤だという意見が多かったように思います。
この章名は「安全保障」ではなく「安全の放棄」にした方がいいような内容だと私は思います。

第3章の国民の権利及び義務は、もう情けなくなってきます。
憲法とはとても言えない内容のような気がします。

そんな感じで、改正案のあまりのお粗末さに、この改正案は本気でつくったのかという疑問が出てきます。
しかし、どんなものでも、一応、与党の公式の改正案ですから、これがデファクトとしていつのまにか「認知」されていきかねません。

条文から離れて1時間ほどの話し合いをしましたが、なかなか止まりません。
なんとか議論を収斂させようと試みましたが、その都度、また新しい論点へと広がって止まらないのです。
それで無理やり切って、最後にそれぞれが感想を言って、何とか4時間近い議論を終えました。

私は次のような感想を述べました。
改めて憲法を読んでみると、現行憲法も含めて、「統治基本法」でしかないこと。
それでも現行憲法にはわずかに残っていた理念や普遍性志向が削除され、ますます手続法になってしまっていること。(たとえば、現行憲法の97条が削除されています)
立憲主義の理念は失われ、臣民の守る道を示す「ありがたい存在」を目指していること。

私たちは、日本国憲法のもとで「人民」へと変われるはずだったのに、やはり「国民」という名の臣民にとどまっているのを見透かされてしまっているのです。

こういう学びや話し合いの場は、意味を持っているのでしょうか。
今回、物足りなかったのは、自民党の改正案に賛成する人がいなかったことです。
意見の同じメンバーが話し合っても意味はありません。
もしみんなの意見が同じであれば、次は行動に移さねばいけません。
そんなわけで、それぞれ何かアクションにつながるように考えようという提案をしました。
私は最近、政府向けのデモよりも、まずは自分の思想を磨くことが大切だと思い出しています。
そのためにも、この種のテーマの話し合いの場を続け、参加者を広げたいとと思います。
それが私の、当面のアクションプログラムです。

今度は現行憲法を読む会をやる予定です。

ちなみに、自民党憲法改正案に関する私見は以前、このブログでも書きましたが、その総集編が次にあります。
http://homepage2.nifty.com/CWS/kenpo13.htm

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■コムケアサロン「貧困を考える」の報告

「貧困問題を考えるサロン」は途中までの参加も含めると14人になりました。
貧困への関心の高さがわかります。
見えていない人には見えませんが、きちんと生きている人には痛いほどわかる問題なのです。
もし皆さんが、「貧困」という言葉になにか感ずることがないとしたら、要注意です。
老後は不幸になるかもしれなません。

自立生活サポートセンター・もやいの理事長の大西さんの話はとてもわかりやすく、話し合いもはずんだので、30分以上も伸ばしたのですが、まだまだ話したかったという人が多かったです。
貧困問題からはいまの日本社会の実相が見えてくると同時に、私たちがいま正すべき課題も見えてくるような気がします。

今回は特にホームレス問題に関して、もやいが作成した「貧困問題レクチャーマニュアル」を使ってミニワークショップも組みいれてくれました。
たとえば、朝起きたら、家の前でホームレスと思われる人が寝ていたら、あなたはどうしますか、というテーマでの話し合いです。
自分の問題として考えると、問題がまた違って見えてくることをみんな実感したと思います。

ちなみにこのマニュアルはとても示唆に富んでいます。
自立生活サポートセンター・もやいのホームページからダウンロードできますので、多くの人に読んでほしいと思います。
http://www.npomoyai.or.jp/wp-content/uploads/2015/04/hinkonlec.pdf

私自身は、日本では、トリクルダウンの論理を使った、巧妙な貧困層の暮らしの市場取り込みの結果、逆再配分機能が発揮されて格差拡大が制度化されたと考えているのですが、そう考えると貧困層は「経済成長」のための不可欠な要素にされているような気がしています。
また多くの場合、住む場所(ハウスとホーム)こそが貧困問題を解決するカギだとも思っています。
必要なのは「雇用の場」ではなく「暮らしの場」だと思いますが、そういう意味から、貧困問題や経済の捉え方も見直していく必要があるようにも思います。

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2015/05/30

■節子への挽歌2808:目のない話

朝の挽歌に、「純な目」を持たなければいけないと書きました。
目の話を書きます。

私は、家族から「目がない」と言われています。
たしかに目がほとんどないのです。
生まれた時はそうではありませんでした。
目が細くなってきたのは、コンタクトレンズのせいです。
乱視が強く、学生のころからハードコンタクトでないと矯正が難しかったのです。
ですから大学時代からコンタクトレンズを着用しています。
昔はよく落としましたが、次第に上の瞼が下りてきて、目が細くなったのです。
これは病気だそうで、最近は簡単に手術で治るのだそうです。
しかし、まあいいかと思っていて医者に行かないうちにどんどん上のまぶたがおりてきて、いまや目を覆いだしているのです。
ですから目がないような状況になっています。

しかも、そのコンタクトレンズの取り扱いがよくありません。
もう10年以上前のものを着用しています。
なにしろ目をまぶたが覆ってきたので、最近はレンズを落とすどころか、はずそうと思ってもはずれないことさえありのです。
ですからなくなりようがありません。
そのためたかもしかしたら目に合っていない可能性が強く、コンタクトを入れても読書は不便です。
さらに手入れがよくない。
ほとんど洗ったことがないのです。
雑菌でいっぱいかもしれません。
いつも家族から注意されていますが、医者に行く気も、レンズの洗浄をきちんとやる気もありません。
まあ、これは私の生き方の一つの象徴ですが、生物的な自分の身体的ケアにはほとんど関心がないのです。
健康のために何かをやるということができない人間なのです。
やろうと思うことは、時々あるのですが、続きません。
困ったものですが、そういう性格はそう簡単には直せません。

そんなわけで、私は今や目がなくなりつつあるわけです。
そのため視野が狭く、世界が暗く見えています。
それが私の性格をゆがめているのかもしれません。
まあそれも定めでしょう。

最近、また読書に目覚めました。
それで目の手術に行こうかと思ったりしたのですが、まあ残す時間はそうもないだろうから、このままいきそうです。

節子はもう少し目のある人がよかったようです。
節子に会った時は、いまよりもだいぶ目があったのですが。

昨夜、寝たのが遅かったのですが、久しぶりにうなされる夢を見ました。
妖怪の世界に迷い込んで、自分も妖怪のふりをしなければいけないという夢です。
夢の中では、目の大きさと関係なく、現世よりも世界が見えるような気がします。
よく見えることが必ずしも良いことではないことを、昨日の夢で実感しました。

つまらない記事ですみません。
昨夜は寝不足です。

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2015/05/29

■節子への挽歌2807:輝いている人に会いました

節子
昨日は川口市の国際箸会館の集まりに行ってきました。
そこで、実に幸せそうな人に会いました。
長野県の篠ノ井にある児童養護施設円福寺愛育園の藤本光世さんです。
コミーの小宮山さんからは何回もお話をお聞きしていて、いつかお会いしたいと思っていました。
面識はなかったのですが、会場に言った途端に、ああたぶんこの人が藤本さんだなとわかりました。
輝いていたからです。
頭も輝いていましたが、全身からなにか明るさと元気が出ていたのです。
人は、こうでなくてはいけないと思いました。
最近の私は、たぶんその反対にいるからです。

集まりの後、交流会がありました。
そこで、藤本さんに声をかけさせてもらいました。
そして、幸せですね、と会った途端に不躾にも言ってしまいました。
さすがにそれだけでは伝わらないと思い、子どもたちはみんな純ですからと付け加えました。
藤本さんはすぐに反応してくれました。
現場で子どもたちときちんと付き合っていることが、痛いほど伝わってきました。
現場で、本当の仕事をしている人は輝いています。
最近は私は、そういう場を失ってきています。

昨日は主催者の小宮山さんも輝いていました。
私はいささか疲労気味で、存在感さえ薄かったと思いますが、いろんな人に久しぶりにお会いできました。
途中、交流会を抜けだし、近くにある小宮山さんの会社に気になっていた人がいたので、会いに行きました。
元気そうでした。
私が考えていたことは、会った途端に吹っ飛びました。
彼もまた現場を持っているからだなと気がつきました。

節子は小宮山さんをよく知っています。
こんな経営者がいるのかと節子の世界を広げてくれた人です。
以前は湯島にもいろんな社長が来ました。
節子が好きになれなかった社長は、どこか共通点がありました。
その直感は、私にはとてもよくわかりました。

藤本さんのように、輝かなければいけません。
「純な目」を失わずに、嘘をついてはいけないのです。

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2015/05/28

■節子への挽歌2806:人は常に自らとしか話していないのかもしれません

節子
朝早く、Kさんから電話がありました。
奥さんの入院する病院がようやく決まったという連絡です。
精密検査の結果、思っていたのよりは少し良かったようで、数日前の電話とはまったく違っていました。
私も、前に電話をもらった日よりも精神的に安定していたのと、昨夜遅かったため起きたばかりだったので心が澄んでいて、前回とは違ってきちんと話ができました。
来月、東京に来るというのでお会いすることにしました。

なぜKさんがよく電話してくるかと言えば、なぜか私の声を聞くと元気が出るからだというのです。
私がどんなにひどいことを言っても、それはたぶんKさんには聞こえていないのです。
話していて、そう感ずることが少なくありません。
だから逆に私の言葉はきつくなるのですが、Kさんはそれも聞き流すので、私のトーンも下がってしまうわけです。
人は、聞きたいことしか聞こえてこないものなのかもしれません。
快適に生きるための自己防衛機制が人にはたぶん備わっているのでしょう。
そう考えると、人は常に自らとしか話していないことになります。
そう考えると納得できることが少なくありません。

自らとしか話さないとしても、相手はやはり必要なのです。
独りごとでは、自分とは話せません。
相手が発する言葉を、自分流に解釈し、それを「もう一人の自分」に置き換えて、話すことが大切なのです。
その時、その相手は自分をよく理解してくれている人であることが望ましいでしょう。
いや、正確に言えば、相手が自分を理解してくれていると確信できる人というべきでしょう。
その人が、自分を理解しているかどうかなどは大した問題ではありません。
それにもともと人は他者を理解などできるはずもありません。
大切なのは、理解されていると思えるかどうかです。

もう一人の自分こそが、時に伴侶であり、時に家族であり、時に親友です。
だから、その人がいなくなると、自分もいなくなってしまったような感じがしてくるのかもしれません。
もう一人の自分が不在のまま、8年近くが経とうとしています。
だから時々、無性に人と話したくなるのかもしれません。
そして時々、だれとも話したくなくなるのかもしれません。

今日は午前中は、少し畑にでも行って、鋭気を養い、午後は川口に行こうと思います。
国際箸学会の小宮山さんから誘われていますので。
ちょっと疲れますが。

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2015/05/27

■節子への挽歌2805:節子は決して「これはいい考えだ」に賛成しませんでした

節子
前にも書きましたが、ふと「これはいい考えだ」と思うことがあります。
大体において、そういう時は、あまりいい考えではなくて、後悔することが多いのですが、今日もそれをやってしまいました。

3時から飯田橋である集まりがありました。
その1時間前に湯島で時間ができたのですが、ぼーっと外を見ているうちに、そうだ、自転車で飯田橋まで行こうと思いついたのです。
普段はカジュアルな服装で湯島に来ていますが、今日はその後、お茶の水のビジネススクールで講義を約束していましたので、暑い中を背広で来ていたのを忘れていました。
湯島には小さな折りたたみ自転車があります。
変速ギアなどついていないので、結構疲れる自転車です。
出かける時に一瞬迷ったのですが、まあ気分転換にもなるしと思ったので決行してしまいました。
さて、それからが大変でした。
走り出してから15分も立たないうちに後悔しました。
あまりにも暑いのです。
その上、地図をきちんと頭に入れてこなかったので、途中で迷子になってしまったのです。
先日も千駄木で迷子になって大変でしたが、今日は広域での迷子なのでさらに大変でした。

ちなみにこの自転車はベランダに置いているので、汚いうえに、私がタイヤのパンクを粗雑にセメダインで直したので、もう廃棄されている自転車より汚いのです。
そのため一度、交番に道を訊きに寄ったら、乗り捨ての自転車を盗んだのではないかと疑われたこともあります。
ホームレスの人に間違えられたのでしょうか。
まあ、ムッとしますが、そういう雰囲気をつくったのは私でしょうから仕方がありません。
身だしなみには私はほとんど無頓着ですから。
それ以来、道に迷っても交番には寄らないことにしています。

それにしてもなぜか老人が小さな汚い自転車で、よろよろと都心を走っているのは不思議な光景でしょうね。
さすがに、暑いので背広の上着は脱いで出かけましたが、自動車は迷惑したことでしょう。
それにかなり疲れてしまい、その後の講義は大変でした。
栄養ドリンク剤を飲んで、なんとか3時間、話しました。

決して、「いい考え」ではなかったのです。
ちなみに、節子は、結婚後、数年してからは、私の「これはいい考えだ」に決して賛成しませんでした。
きっと私より先に、学んだのでしょう。
間違いは人を賢くさせるものです。
私も少し賢くなりました。
はい。

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■節子への挽歌2804:夢のない余生はよくないかもしれません

節子
朝の草花への水やりは、今まで以上にていねいにやれるようになってきました。
時々、自分でも思うことがあるのですが、節子がいなくなってから、生き方が随分と粗雑になっています。
気づいてはいるのですが、なかなか直りません。
まずは、毎朝の水やりから正していこうと思います。

昨日、ジュンのパートナーの峰行が、わざわざ手作りのケーキを作ってきてくれました。
少し早い私の誕生日祝いです。
彼は柏でイタリアンのお店をやっていますので、帰宅するのが真夜中の12時を過ぎることも多いようです。
昨日も12時過ぎに帰宅し、それから作ってくれたのだそうです。
とてもおいしいケーキでした。
節子にもお裾分けをお供えしました。

ケーキを食べながら、質問されました。
今年の夢はなんですか、と。
即座に、夢はない、と口に出てしまいました。
せっかくの元気づけの行為を無にする反応です。
そこが私の一番悪いところなのですが、まあ、彼ももうわかっていることでしょう。

最後まで夢を見続けられる人もいます。
いや、夢を持ち続けることが生きる意味を与えてくれるとも言えるでしょう。
言い方を変えれば、夢があれば生きる意味がある。
しかし、生きる意味への関心を失ってしまうと夢は不要になり、生き方も粗雑になりかねません。
まさに私はこの数年、そういう状況に置かれています。

生き方はかなり粗雑にはなっていますが、だからと言って、他者をぞんざいに扱うことはしていません。
というか、実は昔から他者への言葉を取り繕うことは不得手ですので、それがぞんざいだといえば、昔からぞんざいでした。
娘のジュンから、お父さんと話をして、もう2度と来ないと思う人も多いだろうね、と言われました。
そういえば、湯島に来て、私のあまりに「不躾な」言葉に腹を立てる人は、私が自覚している人だけでも3人はいますし、たしかに来なくなる人もいます。
節子が湯島に一緒にいた頃は、来客が帰った後、あの言い方は失礼でしょうとよく注意されたものです。
しかし、私には悪意はほとんどありませんから(2度ほどは悪意を自覚していたことがありますが)、直しようがありません。
正直な反応をすることこそが、誠実なのだと私は思い込んでいるからです。
困ったものです。

さて、もう少し生き方を丁寧にし、夢もきちんと意識するようにしましょう。
そこからまずは自分を変えていく。
頑張らなくてはいけません。

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2015/05/26

■節子への挽歌2803:解けない命題

節子
久しぶりに、ある読者からコメントをもらいました。
pattiさんです。
pattiさんが最初にこの挽歌にコメントしてくださったのは、もう4年近く前だったと思います。
私と同じように、かけがえのない伴侶を喪った後、この挽歌に出会ってくださったのです。
時々、コメントを下さっていましたが、2年半ほど前からとまっていました。
それが久しぶりにコメント送ってきてくれました。
とてもうれしいことです。

というのは、最後のコメントがいささか気になる内容だったからです。
その一部を引用させてもらいます。

私も最近はずっと挫けていました。 彼は私が謝ることは何もないと言ってくれていました。 それでもなお悔いと孤独に喘ぐ日々が続いていたのです。 気がつくと謝る言葉ばかり。 そんな言葉は彼は望んでいませんね。 佐藤様のコメントにはっとさせられました。 ありがとうございます。

このコメントを最後に2年半、コメントが途絶えていました。
だからうれしいコメントだったのです。

この挽歌に出合って、コメントくださる人がいます。
なかには直接に訪ねてきてくださる人もいました。
愛する人を喪うと、みんな混乱してしまうのです。
ですから、こんな自分のための繰り言の文章にさえ、反応してしまうのです。
でも、次第に落ち着いてくれば、他者の挽歌よりも自分の挽歌の世界を生きられるようになります。
それは、とてもいいことです。
ですから、いろんな人が通り過ぎていくことは、私にはうれしいことでもあるのです。
しかし、どこかに少しだけの寂しさが残ることもあります。
一瞬とはいえ、悲しさや寂しさを共有したという思いがあるからです。
特に、pattiさんのように、ご自分の真情を吐露してくださったかたの場合はどこかに残ってしまいます。
ましてや気になるコメントで途絶えてしまうと、どこか気になってしまうのです。

2年半ぶりの、pattiさんのコメントはうれしい内容でした。

コメント欄を読んでもらえればいいのですが、一部を引用させてもらいます。

「かけがえのない伴侶」を喪ってからどのように生きていったらいいのか、という命題が解けないまま続いています。 それでも時間は解決してはくれないけれど、「されど時間」ということも実感しています。 この世に自分は生きているという違和感、浮遊感は変わらないけれど社会や世界を知っていくことが止まらない日々を重ねるようになりました。

解けない命題。
されど時間。
とても共感できる思いです。
そして、
「社会や世界を知っていくことが止まらない日々を重ねるようになりました」。
前に向かいだしたpattiさんに、私も少し元気をもらえたような気がします。
pattiさんに感謝しなければいけません。

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■節子への挽歌2802:リズムある生活への第1日目

節子
朝、きちんと庭の花木に水やりをすることにしました。
まずは「リズムある生活」の回復です。

相変わらず何かに追われている感じから抜け出られません。
別に契約相手がいる「ビジネス」ではなく、すべてがほぼ自発的な活動なのですが、なんでこうもいろいろと手出ししてしまっているのだろうかとわれながら驚くほどです。
なかには、ちょっと後悔しているものもありますが、基本的にはすべて私が勝手に引き受けてしまったことですから、誰かの責任ではありません。
それに、最近は経済的にもいささか厳しいので、昔ならば専門家に頼んでいたことも、すべて自分でやらなければいけません。
つぶれないで何とか続いている私の会社の決算も、知人を支援するために作ったけれど、結局つぶれてしまった会社の決算も、自分でやらなければいけません。
会社はまだかなりの借金がありますが、節子がいなくなってからは支出ゼロに近づけて、わずかの収入を返済に充てています。
しかし、昨年は、友人を支援するためにまた借金も増やしてしまいました。
にもかかわらず、彼を救うことはできませんでした。

お金をもらう仕事はほとんどしていませんが、逆に何もしていないのに、毎月、会社に入金してくれる人たちもいます。
それで何とか湯島のオフィスは維持できていますし、時に私も仕事ができます。
会社時代には、仕事をするとお金をもらえましたが、いまは仕事をするためにはお金がかかります。
自分がしたいと思って取り組む仕事だからです。
もう少しお金があれば、もっと仕事ができるのですが、最近は出張もままなりません。
それが悪いわけではなく、そのおかげで、私自身は楽ができるのです。
しかし、その分、よけいな約束をしてしまい、時間に追われてしまうことになるわけです。
私はやはり「仕事」が好きなのでしょう。
節子は、いつもそれを少し嘆いていましたが。

しかし、ようやく最近、いろいろと吹っ切れだしました。
自分の愚鈍さが、心底、わかってきたからかもしれません。
私が、少しだけ「賢く」感じられたのは、たぶん節子のおかげです。
自分一人では何もできない自分を、最近、厳しく思い死らされています。

娘たちが、少し早目の誕生日をケーキで祝ってくれました。
しかし、誕生日がめでたいと思ったことは、実は私はこれまで一度もないのです。
せっかくなのでお祝いを受けることにしましたが、子どものころからそうなのです。
でもまあ、これを機会に、もう一度、生活を整えだそうと思います。
最近、気が起きてこないのは、生活にリズムがないからでしょう。

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2015/05/25

■自民党憲法改正案を読む会へのお誘い

5月31日(日曜日)の午後、湯島で、自民党憲法改正案をきちんと読む会を開催します。
これは、4月にスタートした、「戦争反対カフェサロン」の第2回目です。
自民党憲法改正案を実際に読んだことのない人が多いのではないかと思いますが、きちんと読むと、唖然とすることも少なくありません。
サロンはいつも話が拡散してしまいますので、今回は前半はきちんと改正案を読むことに専念します。

参加者は、各自、改正案(必要があればメールで送ります)を読んで参加し、サロンでも改正案を逐条的に読みながら、武田文彦さん〈究極的民主主義研究所所長〉に「抑え気味」に解説してもらい、どこが問題なのかをそれぞれが考えるというスタイルです。
話し合いの時間はあまり取れませんが、まずは事実をしっかりと確認する勉強会です。
最初の2時間が「勉強会スタイル」、最後の1時間が話し合いを想定しています。
みなさんの参加をお待ちしています。

○日時:2015年5月31日(日曜日)午後1時半~4時半
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
○会費:500円
○テーマ:自民党憲法改正案を読む
○解説者:武田文彦(究極的民主主義研究所所長)
○参加申込み先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)
参加される方は事前にご連絡ください。
https://www.jimin.jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf

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2015/05/24

■節子への挽歌2801:久しぶりの墓参り

節子
もう1年近くになりますが、どうも生活リズムがとりにくくなっています。
自分がしっかりしていないせいで、さまざまなトラブルに巻き込まれたり、あるいは周辺の動きに的確に対応できずにいたり、さらには余分な問題を引き寄せたりしているような気がします。
これでは節子がいなくなった当時よりも、生活は不安定になっているとさえ言えます。
しかし、それは当然のことかもしれません。
社会もそうですが、個人も崩れていくのは、徐々になのです。
自分の生活を顧みると、それが実感できます。

最近会う人から言われる言葉に、「お元気そうですね」というのがあります。
この背景には、「元気でない私」が想定されているということですので、言われた本人にはあまりうれしくない言葉です。
同時に、元気が当然の人にはそんな言葉はかけませんから、その真意は元気ではないということでもあるでしょう。
そうした「言葉の機微」が、最近はよく伝わってくるようになりました。
それは、私自身の気が弱くなっているということの現れでしょう。

いずれにしろ、この1年は、それなりに厳しい1年でした。
しかし、そろそろ決着をつけたい気がしてきました。
私も、この30日で、74歳になることも関係しています。
私自身は、誕生日にはあまり意味を感じないのですが、なにかの節目にすることはできます。
とりわけ、四半世紀を単位に生きようと決めたこともありますから、いささか「長い第3四半期」はそろそろ終わりにしたい気もします。
節子が元気だったら、2年前に第4四半期に移っていたはずです。
それができないままに、ぐずぐずしているのも、生活リズムが壊れた理由の一つかもしれません。

ここしばらくお墓にも行けずにいました。
気にはなっていたのですが、いろんな意味で余裕がなかったのです。
今日、行ってきました。
本堂にもお参りしてきました。
挽歌も「2800」を超しました。
気分を改めて、前に向かおうと思います。

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■コムケアサロン「貧困をどう考えるか」のお誘い

5月のコムケアサロンは「貧困をどう考えるか」をテーマに、NPO法人自立生活サポートセンター・もやいの大西連さんに問題提起をしていただきます。

大西さんは、これまでもコムケアの活動に何回も関わってくれていますが、
今回は自立生活サポートセンター・もやいでまとめた、貧困問題をわかりやすく解説した「貧困問題レクチャーマニュアル」をベースに、
最近の貧困問題の実状や生活に困窮している人への支援の仕組み、
さらにはそうしたことに関わってきている大西さんの思いをざっくばらんにお話しいただき、それをもとに参加者で話し合えればと思います。

併せて、自立生活サポートセンター・もやいの活動についても少しご紹介いただこうと思います。

若い世代の大西さんが、実践活動を通して、最近の社会をどう感じているか、そして、どう実際に行動されているか、たくさんの気づきやヒントをもらえると思います。
ぜひ多くの人に参加していただきたいと思っています。

なお、「貧困問題レクチャーマニュアル」は、自立生活サポートセンター・もやいのホームページからダウンロードできます。
参加される方はできれば事前にお目遠しいただければと思います。
http://www.npomoyai.or.jp/wp-content/uploads/2015/04/hinkonlec.pdf

●日時:2015年5月29日(金曜日)午後7時~9時
●場所:湯島コムケアセンター
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
●話題提供者:大西連さん(NPO法人自立生活サポートセンター・もやい)
●参加費:500円
●申込先:comcare@nifty.com

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2015/05/23

■節子への挽歌2800:不安や怒りのはけ口のような存在

節子
最近、いろんな重い話に覆われているのですが、今朝の金田さんからの電話も重すぎて、少し金田さんには失礼な応対をしてしまいました。
私が感情的になってしまう話題はいくつかあるのですが、がん治療の話は、いまもってダメなのです。
どこかで頭が混乱してしまい、ついつい聞きたくないというメッセージを発してしまうのです。
今日も最初は自重していたのですが、途中でやはりおさえられなくなってしまいました。

幸いに金田さんも頭が混乱しているのと、話すのに夢中で、私の言葉は届かなかったかもしれません。
その証拠に、佐藤さんの元気な声を聞くと元気になると言ってくれました。
私が元気だったのでなく、いささかいらだっていただけのことなのですが、それが金田さんには元気に感じたのでしょう。

そしてその後に、金田さんが、こういう話は誰にもできないので、佐藤さんにしか言えないのですと言ってくれたので、私は大いに反省しました。
がん治療の話を聞くのはやはり私には耐えがたいのですが、
そんな思いで電話してきてくれたのに、なんと冷たい対応だったことか。

つづいて、今度は違う意味で「重い電話」がかかってきました。
武田さんが、安保11法案の閣議決定後の安倍首相の記者会見の新聞記事を読んで、どうしようもなく腹が立ったので電話したというのです。
とんだとばっちりです。
迷惑だよと言ったら、こういう話をわかって聞いてもらえるのはあなただけだからというのです。
なんだか私は、不安や怒りのはけ口のような存在の気がしてきました。

そこで、はっと気づいたのですが、もしかしたら、節子は私にとっての「不安や怒りのはけ口」だったのかもしれません。
いや、間違いなくそうだったでしょう。
だから私は、節子が元気だったころは、ストレスとは無縁でした。
しかし、私は、節子にとっての「不安や怒りのはけ口」になれていたでしょうか。
なれていたようでもあり、なれていなかったようでもある。
いささか微妙です。

最近、私が精神的に不安定で、気が高まらないのは、「不安や怒り」を内蔵しているからかもしれません。
どこかに行って吐き出せるといいのですが、私にはそういうことがほとんどできないのです。
節子はそれを知っていました。
だから私の話はすべて(聞き流しながらも)受け止めていてくれたのです。
かけがえのない、良き伴侶でした。

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2015/05/22

■節子への挽歌2799:支えてくれる人が無性にほしくなりました

節子
夢で目が覚めました。
節子の夢です。
昨夜は節子からの電話の夢でしたが、今朝は節子が隣で寝ていて、節子の寝顔に見とれていたら、夢の中で、もうひとりの節子がやってきて、起こされました。
節子の夢を見ると、いつもは快さが残るのですが、この2日は寂しさだけが残りました。
最近の夢は、その気になれば、簡単に解き明かせるほどの「簡単なメッセージ」を持っているものが多いのです。
その集積が、私をさびしくさせているのでしょうか。

最近、あまりに様々なことが起きました。
いつもはトラブルさえもある意味で「楽しめる」のですが、最近は逆にトラブルから逃げたくなります。
生命力が弱まっているのでしょう。
それが、夢にも出ているのかもしれません。

最近、だれかに支えてほしいと思うことがあるようになりました。
この数日、無性にそう思います。
もしかしたら、生まれてはじめの気持ちかもしれません。
いつも私は、自分でも気づくことのない誰かに支えられてきたのでしょう。
だから、誰かに支えてほしいという気持ちはあまり記憶にはありません。
いまも多くの人たちに支えられている。
頭ではそう思うのですが、心身はそうは感じられなくなってきています。
孤独感とでもいうのでしょうか。
いや、そんな一言で表現できるようなものではありません。
もっと深くて、悲しいものです。

どうしてこんな気持ちになってしまったのか。
なぜこんなにさびしいのか。
人は一人で生きているという言葉ほど、理解できない言葉はありませんでした。
いつも、良い友だちに囲まれて、だれかのことを心配し、誰かに何かできることはないかと、考えているのが私の生き方でした。
いまも、気になっている友は少なくありません。
しかし、いまはそうした世界とは別の世界に引き込まれようとしているのかもしれません。
とりわけだれもいない時に、たとえようのない、恐ろしいほどのさびしさが襲ってくる。
それは多くの場合、ほんの一瞬なのですが、誰かに思いきり抱きしめてもらいたいと思うほどです。
象徴的ではなく、物理的に、です。
子どものように。

今朝の目覚めは、その気分でした。
これから、庭の草花に水をやり、動き出せば、この気分はたぶん消えるでしょう。
今日は久しぶりに、小美玉市にある文化センターの「みの~れ」に行き、旧友たちと会いますが、みんなと会っている時には、いつものような気持ちに戻って、寂しさなどはみじんも感じさせないでしょうし、私自身も感じなくなっているでしょう。

でも、今朝の孤独感と無性な寂しさは消えることはないでしょう。
明日も、襲われるかもしれません。
今朝の気持ちを残しておきたくて、書き残してしまいました。

節子の寝顔を実に美しかった。
あれはもしかしたら、節子ではなく、私の理想の伴侶だったのかもしれません。
だから、本当の節子が起こしに来たのかもしれません。
もちろんそれも夢の中で、ですが。

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2015/05/21

■節子への挽歌2798:来客の合間

節子
今日はまた夏のような暑い日です。
湯島は今日も朝から来客続きで、いささか疲れていますが、まあ初夏のような感じなので、疲れも気になりません。
ベランダの草木の手入れをしないといけないのですが、最近はちょっと余裕がありません。
せめて枯らさないようにしようと思っていますが、いまのところ大丈夫です。

一寸来客が途切れて、いま一人でホッとしています。
今日、最後のお客様は杉本さんです。
まもなくお見えになるでしょう。

節子の訃報を聞いて、杉本さんはわが家にすぐに駆けつけてきてくださったのですが、開口一番が節子さんも「同士」でしたから、という言葉でした。
杉本さんは私よりもかなりご高齢ですが、しっかりしたビジョンを持って、社会と関わっています。
杉本さんの行動力には、私自身大きな影響を受けていますが、その杉本さんも最近は年には勝てないようです。
私も理事を務めさせてもらっているNPO科学技術倫理フォーラムをどうするかを考えだしています。
このNPOは、杉本さんがあってこそのNPOなので、私は収束するのがいいと思っていますが、杉本さんはどうお考えでしょうか。
今日は、その相談ではなくて、最近、杉本さんがある学会で発表したことのお話と同時に、そこでの新しい発見のお話の予定です。
宿題をもらわないようにしなければいけません。
杉本さんから言われると、自分ができないかもしれないと思っていても、断れないのです。
困ったものです。

杉本さんは、時々、湯島に立ち寄ってくださいますが、杉本さんに会うたびに、節子のことを思い出します。
私たちが杉本さんにお会いしてから、もう30年以上経過しています。
言葉は決して多い人ではないですが、なぜか私には会うだけでホッとする人です。
ちなみに、私たちは意見はそれぞれに違うことも多いので、時々、激論になることもあるのですが。
今日は、論争は避けようと思います。
私の心は、今日もまた、かなり折れそうになっていますので。

ところで、湯島での来客の合間は、いつもとても感傷的になるのです。

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2015/05/20

■節子への挽歌2797:ひがみ根性を捨てなければいけません

節子
今日はさわやかな日になりました。
気持ちも明るくなります。

一昨日、企業関経営関連のシンポジウムがありましたが、気分が全く乗らずに、話したいことがなかなか話せずに、場違いさを感じ滅入っていました。
自分が、いかに「いまの企業」の世界から脱落してきているかを改めて思い知らされていました。
しかし、最後に主催者の人から「佐藤さんの話はとてもわかりやすかったと参加していた某大企業の社長が言っていた」と教えてもらいました。
ちょっと元気になれました。
しかし、私が「しかし今日は疲れていたせいか、うまく思いを話せなかった」というと、それくらいがいいのかもしれませんよ、と笑いながら言われました。
実は、この人も、某大企業の社長だった人です。
この言葉は、どう受け止めたらいいでしょうか。
いつもは、いささかラジカルすぎて、伝わっていないのかもしれません。
そのことを、柔らかく指摘してくれたのかもしれません。

シンポジウム終了後、わざわざ3人の人が挨拶に来てくれました。
これも少し元気をもらいました。
翌日、お礼のメールを送ったら、その一人が、「切り口が新鮮で、いつも大変勉強になります」と書いてきてくれました。
どうも以前から私のことを知ってくれていたようです。
これが褒め言葉かどうかは微妙なところですが、少しだけ伝わっていることもあるのかもしれません。

25年前は、思い切り伝えたくて、いろんなところで話をさせてもらいました。
しかし、あの頃はまだ頭で考えるだけでした。
いまは、かなり先が見えるような気がします。
そして、ますます社会から脱落していく自分を感じます。
昔は、それが快かったのですが、最近は時に弱気になるのです。
節子が隣にいないためかもしれません。
絶対的に信じてくれて、運命を共にする人が一人でもいれば、人は強くなれます。

最近、私自身がひがんでいて、自分を社会から疎外しているのかもしれません。
これは一種の甘えかもしれません。
もう少し強くならなければいけません。
何しろ私には未来が見えているのですから。

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2015/05/19

■節子への挽歌2796:ふと節子を思い出すことが多くなりました

節子
先日、ある集まりの様子をICレコーダーで録音したのですが、その時に、数年目に大日寺に行った時の節子との交流のやり取りが、まだそのままレコーダーに残っているのに気づきました。
聞き直したこともないのですが、消去されないように、パソコンに取り込みました。
あの体験は不思議な体験ではありましたが、まだはっきりと覚えているので、聞き直すこともありません。
それに機械を通すと、実際とは違って、論理だけが伝わってきますので、記憶が壊れてしまいかねません。

人によって違うのでしょうが、私は節子に何する過去の記録に触れる気があまり起きません。
写真もビデオ映像も、むしろ見る気が起きません。
節子が残した日記も読む気が起きません。
できるならば、過去の節子とではなく、いまの節子と出会いたいからです。
いまもなおどこかに節子の死を受け入れられずにいるのかもしれません。
実際に出会えることはできないのですが。

それにしても、生活の中で、節子とのつながりを感じさせられることはいまも多いのです。
庭の手入れをしていても、湯島のオフィスで書類を片づけていても、街を歩いていても、テレビを観ていても、お風呂に入っていても、電車に乗っていても、ふと節子を思い出すことがあります。
それが40年以上、一緒に生活していたということなのでしょう。
最近は、なぜかふと節子を思い出すことが多くなっています。
あまりに日常的な事なので、むしろ挽歌が書けません。

残念ながら、私をこんな風に思い出してくれる人はないでしょう。
夫婦と親子は、たぶんまったく違うような気がします。

遺された者は、実に割が悪いです。
今日はまた寒い日になりました。
気温の寒暖差が激しいので、どうも体調がすっきりしません。
困ったものです。

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■橋下大阪市長の敗北宣言は心に響きました

大阪都構想は住民投票で僅差でありましたが、否定されました。
橋下大阪市長は政界から身を引くことになりました。
その記者会見の様子は、実に鮮やかであり、改めて「橋下」現象の意味を教えてくれました。
彼が、その記者会見で残した言葉は、多くの人が考えるべきことをたくさん含んでいます。
記者会見での彼の表情は、やっとこれで解放されるという感じでした。
7年間、私利を超えてよくやったと思います。

私自身は、橋本さんの基本的な考えには賛成できませんし、彼の視野の狭さにも共感はできません。
しかし、価値観は違っても、彼の小気味よい生き方には惚れてしまいます。
ぶざまな言動も決して少なくありませんが、それも彼の極めて主観的な感情が出ていますので、好感がもてていました。

しかし残念なのは、日本の地方自治体制が、揺るがなかったことです。
いまの日本の自治体制は、中央集権のための自治体制です。
住民の生活の視点から構築されているわけではありません。
明治維新の近代化構想ももちろんそうですが、第二次世界大戦後のアメリカによる2度目の近代化は、さらに統治のための自治を構造化しました。
それを壊していかなければ、住民自治は実現しません。
団体自治は、決して地方自治の本質ではありません。

大阪では、橋下行政の反動が起こりだすでしょう。
橋下さんを継ごうとしている若者たちが、どこまでそれを食い止められるか。

書きたいことはたくさんありますが、書く気力が出てきません。

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■人が基本が金が基本か

私が関わっている経営道フォーラムの発表会がありました。
企業の経営幹部の人たちが、半年間、チームを組んで研究してきたことの発表会です。
今回は4つのチームが発表しました。

この発表会には、もう20年以上参加していますが、その時々の企業の置かれている状況が伝わってきます。
今回は私だけではなく、みんなにも伝わったようで、発表の後の話し合いなどでも、結局、企業経営は人が基本だ、という受け取り方がほとんどだったように思います。
そうなったのは、たぶんいまの企業から「人が基本」という文化が消えてしまっているからでしょう。
いまの企業は、「人が基本」ではなく「金が基本」なのかもしれません。

企業経営にとって重要な3つの要素は「組織」「戦略」、そしてそれを動かす「人間」です。
組織や戦略は論理で考えられますが、人は論理だけでは考えられず、そこに難しさとともに可能性があります。
これまでの経営の基本は、組織や戦略に人を合わせることでした。
しかし、社会や経済が成熟してくるにつれて、人を基軸にして戦略や組織を考えることが重要になってきています。
組織や戦略が人を使うのではなく、人が組織や戦略を活かしていくということです。
それはある意味では、経営における人間観を変えることであり、経営のパラダイムシフトを意味します。
しかし、そういう方向に企業経営を変えていくことは簡単ではありません。
最近の日本企業をみていると、グローバリゼーションによる競争激化を口実に、むしろ、組織や戦略に人を合わせるという姿勢を強めているようにさえ見えます。
そのため、社員の持っている力を十分に引き出すことにあまり成功していないような気がします。
その一つの現れが、企業で働く人たちのメンタルヘルスの問題の増加です。
それは、当人にとってはもちろんですが、企業にとっても、経済にとっても、好ましいことではありません。

私のところには、若者たちがよくやってきますが、会社に入ることに不安を感じている若者が多くなってきています。
彼らは、先輩などを通して、会社の実状をなんとなく感じているようです。
企業を選ばずに、NGOを選んだり、自分たちでソーシャルビジネスを起業するという若者も増えています。
いまの企業は、やる気のある若者たちにとって魅力的な場になっていないのかもしれません。
せっかく入社したのに、やめてしまう若者も少なくありません。
もし、人が企業を育てていくのであれば、これは大きな問題です。

そうしたことの背景には、非正規社員の増加や即戦力になる人材の中途採用の広がりなど、経営要素としての人材に対する企業の考え方が大きく変わってきているという事情があります。それでいいのかどうか。
その一方で、正規の社員の意識も大きく変わってきています。
そうしたことに、いまの企業はしっかりと対応できているのかどうか。

そうした視点で、4つの発表を聞いていましたが、言葉とは裏腹に、ほとんどの人がまだ「金を基本」としているような気がして、聞いていて滅入ってしまいました。
言葉を変えるのは簡単ですが、考えを変えるのはどうも難しいようです。

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■節子への挽歌2795:供物のお裾分け

節子
少しずつ生活のリズムが取り戻せそうです。

節子の生家から大きな荷物が届きました。
何だろうと思って開けてみたら、法事の供物のお裾分けでした。
先日、法事があったのですが、行けなかったのですが、なんと私にまで送ってきてくれたのです。
この供物を参加した人たちで分かち合うという文化が、最初は私には新鮮でした。
ご仏前などの金銭とは別に、みんな思い思いの品物を持ってくるのです。
だいたい参列者の数を見越して、その数だけ持ってきます。
お菓子もあれば、果物もあれば、日用品もあれば、いろいろです。
昔はたぶんお金ではなく、こうしたものを持ち寄ったのかもしれません。
法事が終わると、それをみんなで分けるのです。
私は、世事に疎い人間でしたので、そうしたことがとても興味深かったのです。
節子が元気だったころ、節子の生家の法事での私の仕事は子どもたちと一緒にそれを仕分けすることでした。
大きな法事の時は一人では持てないほどになります。

今回は、そのお供え物のお裾分けが送られてきたのです。
実に懐かしい気持ちになりました。
節子の姉夫婦と一緒に、私もささやかなお供え物をしました。
それも私の名前入りで入っていました。
自分にも戻ってくるのが素晴らしいです。

故人をみんなで思い出しながら、飲食を共にし、お互いの健康を気遣い合いながら、お供えをみんなでシェアする。
こういう文化が、都会にはもうほとんどないと思いますが、香典文化ではなく、供物文化のほうがあったかくていいです。

以前、香典を用意できないのでお葬式にいけなかったという話を聞いたことがあります。
お供え物であれば、道端に生えている草花でも大丈夫です。
しかし、都会では、その草花さえ手に入れにくい。
さびしい時代になってきているような気がします。

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2015/05/18

■節子への挽歌2794:出鼻をくじかれています

節子
最近、私のまわりで起こっていることは、シンクロニシティと出鼻をくじかれることの2つです。
それらが関係あるのかどうかわかりませんが、後者もまた大きな意味でのシンクロニシティかもしれません。

この1年近く、あまり心身共に調子がよくありません
どこと言って大きな不具合があるわけではありませんが、基本的には気が起きてこないのです。
時々、気が起きて、さぁ、始めようと思うと何かが起きて、気をそいでしまいます。
それも瑣末なことが多いのですが。

最近、ホームページの行進がままならないことが多いのですが、昨日は予定通り更新を終えて、アップしようと思いました。
ところが何回やってもアップできないのです。
前のパソコンで真でやってみたり、いまのパソコンを復元してみたり、いろいろと試みましたが、ダメです。
今朝も朝から何度か試みましたが、ダメなのです。
まあ、これはほんの一例ですが、こういう瑣末なことが、私の出鼻をくじいています。

今月はたまりにたまっている課題をこなさなければいけませんが、どうも気が起きないのです。
まるで誰かが、私の今のような不安定で無気力な状況を維持させたいと思っているようです。
事実、そうなのかもしれませんが、社会と付き合っていると、わがままの限界というのもあるものです。

もちろん私の周りにも、新しい風は吹いています。
それに魅かれることがないわけではありませんが、気が起きなければ、動きようがありません。

ホームページが更新されていないと心配してくださる人がいますので、更新できないのは私の理由ではないことを知らせたい気もあって、書かせてもらいました。
何かが邪魔をしているのでしょうか。
まあ、これは無意味な偶然だとは思っているのですが。

それにしても、気分がすっきりしないまま1年も経ってしまいました。
そろそろ前に動きたいものです。

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2015/05/16

■節子への挽歌2793:「異邦人」のようなさびしさ

節子
どう考えてもこの世は不条理だ、などとムルソーのようなことは言えませんが、最近、どうも自分が「異邦人」のような気がすることがあります。
社会が悪いのではなく、もちろん私が悪いのでもなく、ただ世界が少しだけずれているだけなのだろうとは思いますが、そのずれは、私に限らず、だれにもあることでしょう。
しかし、それにしても、あまりに違いすぎる。
最近、ようやくそれに気づきだしました。
節子がいたころは、そんなことなど考えたこともありませんでしたが、世界をシェアできる人がいなくなると、そういうことが見えてきます。
そして追いやられてしまう。
どうせだれもが分かってくれないのだからと、暴発することもあるでしょう。
ムルソーを暴発させたのは太陽の陽射しではなく、その違いの格差の持つエネルギーかもしれません。
もしそうであれば、私も十分に暴発のパワーはあるかもしれません。
ただ幸か不幸か、それを現実化するほどの体力がありません。
だから、注意しないと、そのエネルギーが自らに向かって、世捨て人になる恐れもあります。
世捨て人は、私の価値観では、死者と同じですので、避けなければいけません。

私は、もともと言語能力がかなり弱いのですが、最近、思うのは、これまでの70年、いろいろと話してきたけれど、ほとんど誰にも私の話は伝わっていなかったのではないかという気もします。
そう思うことで、自分を納得させたり、慰めたりすることができるから、そう思うのですが、その反面、あまりの違いに生きる時代を間違えたのだという寂しさも感じます。

節子も当初、私の言葉はほとんど理解不能だったようです。
あなたの話は、どこまでが「本当」で、どこまでが「うそ」かわからないとよく言われたものです。
言葉には、本当もうそもありません。
本当やうそがあるとしたら、それがあるのは言葉の奥にある世界です。
ですから、その問題の立て方自体が、間違っていると私は思いますが、一緒に暮らしているうちに、次第に多くのことが「うそ」ではないことを実感してくれたようです。
さすがに、昔、大宰府に住んでいたとか言う話は信じませんでしたが。
でも、否定もしませんでした。

横道に入りますが、私が昔、大宰府に住んでいたことを知ったのは、20年ほど前に大宰府の観世音寺を訪ねた時です。
そこを歩いていて、あっ! ここには前に住んでいたことがある、と突然に感じたのです。
もちろん前世の話です。飛鳥の頃でしょうか。
現在の科学では証明しようがないので、そう思ったら信ずるしかありません。
それが、私にとっての「素直に生きる」ということです。
時間は少しかかりましたが、節子とは世界をシェアできていた気がします。

私は、思いがほぼすべて身体に出るタイプなので、隠せないならすべてを開いていけばいいという生き方になったのですが、だからと言って、それが誰にでも伝わるとは限りません。
むしろ、言葉や知識が、それを妨げてくれるのです。
ほとんどの人は、私の言葉を信じません、いや理解しようともしない。
それぞれがみんな自分の言語体系、知識体系で受け止めるからです。
これは、節子から教えてもらったことです。
同じ言葉も、話す人によって受け取られかたが違うことを。
私の場合、そのおかげで私の真意は冗談と受け取られて、これまでむしろ生きやすい人生を送ってきたのかもしれません。

しかし、それこそが、私自身、中途半端な生き方になってしまった理由かもしれません。
そして、いま無性に孤独を感じている。
やはり、この世は、不条理ではなく、条理に従っているようです。
もし不条理があるとすれば、世界をシェアしたパートナーがいなくなり、世界だけが残ったことかもしれません。

何やら長い挽歌になってしまいました。
今日もまた寝不足です。

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2015/05/15

■節子への挽歌2792:実際に見える顔と写真の顔

節子
昨日はそんな気分ではなかったのですが、小学校時代の仲間と食事をすることになっていたので、重い気分をひきずって大森まで行ってきました。
私は、同窓会というのがあまり好きではないので、滅多に参加しませんが、そのため、時々、個別に呼び出されるのです。
昨日は、節子も知っている湯島にも来たことのあるメンバーたちです。

ところが、鰻屋さんの2階の個室で話していて、いざ帰ろうとしたら、お店の人が誰もいないのです。
予定の時間を過ぎてしまっていたため、もう帰ったのかと思われたようです。
帰るに帰られず、困っていましたが、1時間ほどしてお店の人が、まだいるのですか、と言ってきました。
それで無事、解放されました。
鷹揚なお店か、いい加減なお店か、よくわかりませんが、おかげでさらに疲れました。

まあそれはどうでもいいのですが、みんなそれぞれに病気を抱えています。
今度、会う時は誰が欠けているだろうかという話になり、私も立候補しました。
しかし、大体において、そうした時に立候補するのは残ってしまうものです。

一人が、まあ最後かもしれないので、写真を撮っておくといって写真を撮ったのですが、デジカメでその画面を見直して、写真だと全然違う顔になっていると言うのです。
それはよくわかります。
会った時には子ども時代の関係に戻って、顔まで子どものときの顔に見えてくるものです。
しかし、写真はうそを言いません。
写真だけではありません。
昨日は、冒頭に書いた理由で予想以上に長く鰻屋にいて、そのあとコーヒーを飲みに行ったのですが、鰻屋の時に見えていたみんなの顔と喫茶店でのみんなの顔が違うのです。
つまり、長く話していて、疲れてしまうと、相手の「今の顔」が見えだすのです。

会った時のはつらつさとは全く違った歩き方で、みんな駅に向かいました。
さて次は誰がいなくなるか。
神に愛される人からだとしたら、もしかしたら誰も呼ばれずに、また4人で会うことになるかもしれません。
困ったものです。

しかし、朝の訃報のショックで、何か頭が疲れ切って、後半は実に辛い2時間でした。
帰宅してお風呂に入る気力もありませんでした。
今朝もまだ頭がすっきりしません。

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■節子への挽歌2791:死にふさわしい言葉は「無念」

節子
昨日訃報を受けた後、最後まで面倒を見ていたHさんと電話で話しました。
彼女にとってもあまりにも突然のことだったようです。

Daxは、男前に生きることを信条にしていました。
しかし、最後はちょっと手違いがあったようです。
いくつかのほころびが感じられます。
彼にしてもやはり、死に直面して、いささか揺らいだのかもしれません。
人であれば、それもまた仕方がないことかもしれません。

彼は献体を望んでいましたが、手続き的な理由で、それができなくなったそうです。
そうなれば、からの次の希望は「散骨」です。
日本海に戻るという彼の希望はかなえられるでしょう。

Daxの余命宣告から始まる展開から、さまざまなことを教えられました。
死は、まさに「祭り」なのだと思いました。
本人にも、周りの人にも。
しかし、祭りの気分の乗れない人がいます。
あるいは、本人自体、ある人との関係においては「祭り」にできないものがあります。
まだ直観的な理解にすぎませんが、そう思います。

Daxが、最後の別れの集まりに、私に来ないように言い、一言ぼそっとつぶやいた言葉が心に残っています。
彼はたぶん、死がお祭りであることを知っていたのです。
一度は、自ら命を断とうとしたしたこともありますから、死にはなんの恐れもなかったでしょう。
ただ無念だったとは思います。

節子もそうでしたが、死に当てはまる言葉は「無念」だけかもしれません。

Daxの冥福をいのるだけです。
最後に一度だけ、夢を見たと彼が話していたのが思い出されます。

Daxの遺したブログがあります。
http://blog.goo.ne.jp/kurara_77

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2015/05/14

■節子への挽歌2790:DAXの死

節子
今朝は天気が良くて、気も晴れそうだと思っていました。
早々と庭の水やりをやり、さて出かけようと思って、パソコンでメールをチェックしたら、思いもかけないメールが、知らない人から入っていました。
余命宣告を受けて福井に戻っていた友人の訃報でした。
つい数日前にはフェイスブックで、昔の兄貴分と別れの食事をしたというようなことが書かれていたので、安心していました。
彼には6月か7月には福井に見舞いに行くと伝えていましたが、間に合いませんでした。

実は、その見ず知らずの人から、彼が入院したというメールが届いていました。
迷惑メールに紛れ込んでいたので気づきませんでしたが、そこに、「もし入院したら私に連絡するように」といわれていたのだそうです。
気づいた時点で、電話すれば良かったのですが、そんなに迫っているとは思わなかったのです。
また間に合いませんでした。
しかし、これもまた、彼の意図したことかもしれません。

東京を離れる時に、彼の送別会がありました。
電話すると、彼は、「佐藤さんが来るような送別会ではない」と言いました。
それで、では夏になったら福井に行くよと言っていたのです。

余命宣告を受ける直前に、彼は湯島に来ました。
これからの生き方を話し合いました。
それに向かって動き出した途端の、余命宣告でした。

心と笑顔のきれいな人でした。
人生の半分は刑務所で暮らしたと話していました。
数年前に、足を洗い、福祉の関係の仕事をしていました。
彼は私には見栄も張らずに心を開いていました。
最後に会えなかったのは、心残りですが、心がつながっていれば、会うかどうかは些末なことなのです。
しかし、彼と出会ったのは、きっと何か意味があったのです。

まだ頭が整理できませんが、彼のことですから、彼岸への旅もきっと楽しんでいることでしょう。

心がまた不安になってきています。
困ったものです。
これもまた、意味があるのかもしれません。

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2015/05/13

■節子への挽歌2789:気分の重い日もあります

節子
節子がいなくなってから、たぶん今日は2812日目です。
この挽歌は、ついに3週遅れになってしまいましたが、やはりパソコンに向かう時間がありません。
物理的にはあるのですが、気分的にないのです。
しかし、3週も遅れてしまうと、挽回しようという気もなかなか起きません。
困ったものです。

それにしても、何が気分を沈ませているのでしょうか。
挽歌だけではなく、時評編も書いていないのですが、社会の動きにも最近は怒りさえ感じなくなりました。
最近は新聞も10分ほどしか読みませんし、テレビニュースもほとんど見なくなりました。
社会からリアリティがなくなってきています。
自分自身の存在のリアリティがなくなっているというべきかもしれません。
そこに居たいと思う「社会」がなくなっているのかもしれません。

こんなことを書いていると「うつ」ではないかと思われそうですが、事実、そうなのかもしれません。
夜中もよく目が覚めます。
いささか不眠気味で、夜は好きにはなれません。

なにやら最近はブラックホールに捕らえられてしまったようで、心身がとても重いのです。
誰かと会っている時は、なぜか元気になるのですが、別れた後はどっと落ち込みます。
軽い躁鬱でしょうか。

節子がいなくなって7年半。
もしかしたら、時間の経過は、人を弱くするのかもしれません。
時間が解決するなどとは、一体だれが言い出したのでしょうか。
時間が経てば経つほど、さびしさや辛さは蓄積されてくるだけです。

今日はちょっと気分が重い日でした。

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2015/05/12

■節子への挽歌2788:家に居てものんびりできませんでした

節子
ゆっくり休もうと思っていたのですが、なかなかそうもいきません。
次々となぜか電話がかかってきます。
携帯電話はどうも好きになれずに、一時、やめていたこともあったのですが、いつの間にかまた復活していました。
もっとも私自身は携帯していないことも多いので、出ないことも相変わらず多いのですが。

幸いに、今日は深刻な電話はありませんでした。
しかし、休もうと思ったら、携帯電話は切っておかなければいけませんね。
と思って、切ったら、今度は家の固定電話に電話が来ました。
電話口にでたらなにやら売り込みの電話でした。
それも2本も続けてきました。
いやはや静けさを確保するのは難しい時代です。

今日ではありませんが、電話に出ると、「奥さまはいらっしゃいますか?」と突然訊かれることもあります。
いまはいませんというと、何時ごろお帰りですか、としつこい場合もあります。
心に余裕がある時は、さあ、聞いていないのですが、と答えるのですが、余裕のない時には、たぶん帰ってこないでしょうと言って、電話を切ります。
相手はどう思うでしょうか。
どういう意味か、少しは悩んでくれるでしょうか。
悩まずに、すぐに次の電話番号にかけるのでしょうね。

在宅しているといろいろのことがあります。
エホバの証人たちがやってきたり、近くの葬儀社からの勧誘があったり、まあいろいろです。
これも、昔は日間に任せて対応したことがあります。
エホバの証人に関しては、編集の仕事をしていた私の知人は、暇だったので相手をしているうちに、それを本にしてしまいました。
そういえば、その人とはもう20年近く会っていません。
どうしたでしょうか。

とまあ、こんなことを考えながら、今日は全く意味もなく1日が過ぎました。
今日中にやろうと思っていたことも手付かずでした。
そのうえ、まだ疲れがとれません。

ちなみに、家庭というのは、一人でいても、決して静かな場所ではないことは、節子がいなくなってから知ったことです。
静けさは、彼岸にしかないのかもしれません。

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■節子への挽歌2787:なんだか時間に追われていました

節子
またまたしばらく挽歌が書けませんでした。
世間では連休ですが、そういう時には仕事とは無関係な相談事が多いのです。
なにしろ暇で暇で仕方がないと公言していますので、暇を埋めてやろうという親切心からなのでしょうが、いろいろとありました。
そしていささか疲れました。
やはり暇の方がいいかもしれません。

まあそれはともかく、連休が終わった後の土日にわが家の庭で散歩市のおまけのサロンをやりました。
そのために、庭の整理をしなければいけないので、娘と少し頑張りました。
節子がいたころとはかなり違いますが、まあなんとか形が整いました。
しかし、その作業でちょっと重いものを運んだりして、私は腰を痛めてしまいました。
以前から腰が痛かったのですが、理由はよくわかりませんでしたが、やはり軽いぎっくり腰だったようです。
花壇用の土の入った容器を持ち運んだ時に、治りかけていた腰の痛みが戻ってきて、しばらく動けませんでした。
さほどひどくはなかったので、しばらくして普通に歩けるようになりした。
そんなアクシデントはあったものの、なんとか庭はお客さまを受け入れられるほどになりました。
残念ながら、花はちょうど藤が終わり、バラは咲き始めでしたが、ジャスミンが満開だったのと庭のシャボンのような匂いのする花も満開だったので、花の香りに包まれた感じになりました。
初日は寒かったのですが、2日目は暖かな絶好の散歩日和でした。
居心地がいいのか、中には3時間以上もいてくれた人もありました。
思ってもいなかった人まで来てくれました。
うれしいことです。

みんなが帰った後、しかし、疲労感がどっと出てきました。
その疲労感が翌日まで残ってしまい、昨日はめずらしく長い昼寝までしてしまいました。
今日もまだ眠いです。
そんなわけで、挽歌も時評も書けないでいました。

明日から少し回復しようと思います。
今日は台風のためか、すごい風です。
たまった約束を電話とメールで消化していますが、脳疲労のためか、効率が極めて悪いです。
困ったものです。

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■「音楽学」をテーマにしたちょっと知的なカフェサロンのお誘い

ちょっと知的なカフェサロンの2回目のテーマは「音楽学とは何か」です。
話題提供者は、音楽研究学者の李祥さんです。
李祥さんは作曲演奏も手がけています。
最近のことですが、李さんは、昔の友人が出てくる暗示的な夢を見た次の朝、屋根裏部屋にある古ぼけたドイツ語の本を手にとったそうです。
色褪せたボロボロのページを繰ってゆくうちに、李さんにとっては驚愕の事実を発見し、発表しないわけにはいかないと決めたのです。
これが、今回のカフェサロンが実現した理由です。
しかし、タイトルは、複雑多岐を避けるために、「音楽学とは何か」というタイトルにしました。

さて、今回はどんな新しい世界に出会えるでしょうか。
もしかしたら、また、とんでもない気づきをもらうことになるかもしれません。
知的なカフェサロンは、話し合いもありますが、基本は「知の世界を広げる」ことなので、話を聴くサロンなので、どなたでも歓迎です。
みなさんのご参加をお待ちします。
レジメの用意の関係で、参加される方は事前にご連絡ください。

●日時:2015年5月16日(土曜日)午後1時半~3時半
●場所:湯島コンセプトワークショップ
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
●話題提供者:李祥さん(西洋音楽研究学者)
●参加費:500円
●申込先:qzy00757@nifty.com

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2015/05/06

■節子への挽歌2786:「暇で暇で仕方がない」ほど忙しい気分

節子
この連休は、暇なのか忙しいのかわからないのですが、なにか余裕のない1週間でした。
どこにも出かけず、自宅と湯島で過ごしました。
それも結構疲れる1週間でした。
たまっていた課題を整理するどころか、むしろ課題を新たに引き受けてしまい、自分で自分を追い詰めているような状況でもあります。
時間が取れずに、お墓参りにも行けない状況です。
困ったものです。

一時、痛みが軽くなった腰も、また痛みが増してきました。
時間がないと言いながらも、畑に行って、草取りなどをしているので、またそれが響いているのかもしれません。
もしそうだとすれば、私の身体もかなり老化が進んでしまったということです。
老化と言えば、身体だけではなく、脳の方もかなり劣化しています。
面倒なことを考えたくない気分が高まってきています。
本を読んでも、以前ほどには早く読めません。
人と会っていても、疲れるようになってきました。
ますます困ったものです。

世間的には、大型連休で、みんな楽しい非日常の時間を過ごしていることでしょう。
そのおかげ、電話やメールがかなり減っているので、私も少しは楽ですが、私の生活は、いつも以上に「日常的」になっています。
生活には「メリハリ」をつけないとどこかで壁にぶつかりがちなので、メリハリをつけたいのですが、節子がいなくなってからはそれが難しくなりました。
ただただズルズルと、平板な生き方が続いており、なんだかワクワクすることがないのです。
だから最近の口癖は、「暇で暇で仕方がない」になっています。
ズルズルしているためか、何をやってもリズムに乗れません。
時間がかかってしまうわけです。

思い切って、湯河原から箱根にでも行ってこようかと思っていたら、昨日から、大湧谷あたりが火山性地震で危険になっているようです。
不謹慎ですが、節子がいたら、節子を誘って出かけるのですが、一人ではそれも気が乗りません。
明日から2日間は、またちょっと時間がありませんが、その先は自宅でカフェを開く予定です。
庭の整理もしなければいけません。
何やら最後まで忙しい連休で終わりそうです。

なにか夢中になれることや目標があればいいのですが、それがないために、年がら年中、

「暇で暇で仕方がない」ほど忙しい気分です。
実に困ったものです。

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2015/05/05

■Proactive contribution to peace

平和に向けて先手を打つ貢献――。
英語の「Proactive contribution to peace」を訳してみた。
実はこの英語も翻訳で、もとは日本語の「積極的平和主義」。
自民党内に「憲法に盛り込もう」という声もある言葉だ。

これは一昨日(2015年5月3日)の朝日新聞の<座標軸:連帯なき「積極的平和主義」>の書き出しの文章です。
筆者は論説主幹の大野博人さんです。
現在の日本の政府は、この「積極的平和主義」に向けて憲法を変えていこうとしています。

言葉は恐ろしいもので、「積極的平和主義」と言われれば、ほとんどの人が肯定的に受け取るでしょう。
しかし、これは両義的な意味を持っています。
誰に「貢献」するかの視点をどこに置くかで、「平和」の意味が逆転するからです。
そもそも「貢献」という言葉ほど、危うい言葉はありません。
「平和のための戦争」という言葉もありますが、平和と戦争はコインの両面です。
平和と戦争は、決して対立概念ではありません。

それを鋭く指摘したのがノルウェーの政治学者ヨハン・ガルトゥングです。
ガルトゥングは、戦争のない状態を「消極的平和」とし、それに加えて、貧困、抑圧、差別などの構造的暴力がない状況を「積極的平和」としました。
安部首相が「積極的平和主義」と言い出した時、私はガルトゥングの「積極的平和」を思い出したのですが、それとはむしろ真逆な概念でした。

大野さんが「平和に向けて先手を打つ貢献」と書かれているのを読んで、思い出したのが、1970年代の戦争抑止議論です。
核による抑止論に対して、アメリカの心理学者チャールズ・オズグッドは、段階的な核軍縮を先導することこそが戦争を回避するというGRIT(Graduated Reciprocation in Tension-reduction)論を提起しました。
この考え方は、戦争に限らず、人の生き方において、示唆に富んでいます。

「Proactive contribution to peace」
「平和に向けて先手を打つ貢献」
どこかに違和感があります。
たぶん、その時の「平和」「peace」が、現場から遠く離れた統治者にとっての「秩序」を意味するからではないかと思います。
大切なのは、生活者一人ひとりのの安心と安全、そして尊厳です。
視点を変えれば、平和の意味は一変するのです。

個人の尊厳や安全を守る視点から発想していかないと、また聖戦論や正戦論が出てきます。
「聖戦」はイスラムだけが使っているわけではありません。
日本でも太平洋戦争は「聖戦」と言われていたことを思い出さなければいけません。
安部首相の頭の中には、いまなおそういう考えが残っているように思えてなりません。

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■節子への挽歌2785:死は何か「ちょっと珍しい日常事」

余命宣告を受けた友人がいます。
余命宣告を超えている友人もいます。
いつ死んでもおかしくない友人もいます。
しかし、いずれの友人にも私には別れの感覚はありません。
これまでと何の変化もないように、それぞれと付き合っています。
ただ相手は、その人によって、微妙に違っているのを感じはしますが。

節子を亡くしてしばらくしてから、死は終わりではないという気が身についてきました。
一種の精神防衛機能が作動したのかもしれません。
そう思わないと耐えられないからです。
そうして今では、必ず来世があると思えるようになってきています。
死に対する感覚は、大きく変わりました。
時間を経るにつれて、そういう感覚が強まり、いまでは死が何か「ちょっと珍しい日常事」のようになってきています。
もちろん実際に死に直面したら、そんなはずもなく、大きな衝撃を受けるでしょうし、自らの死を宣告されたら心が揺らぐことでしょう。
しかし、なにか死が特別のことではないような気が、最近は強まっているのです。
同時に、自らの死が、とても身近に感ずるようにもなってきています。
風邪をひくように、もしかしたら、死も突然にやってくるのかもしれません。
そんな気も、時にすることがあるほど、いまや死は「ちょっと珍しい日常事」になっています。

いずれにしろ、死は終わりではありません。
生き方よりも死に方が大切だという言葉がありますが、そうではなくて、死の先をどう生きるかが大切だと、最近は思えるようになってきています。
死を超えて生きている節子が、少しうらやましい気がします。
私もまた、節子のように、死を超えてもしっかりと生きられるといいのです。

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2015/05/04

■節子への挽歌2784:節子への供物

しばらく挽歌を書いていなかったので、ついでにもう一つ書いてしまいましょう。

一昨日、北九州市の中嶋さんが湯島に来てくれました。
中嶋さんは節子もよく知っている蔵田さんの知り合いです。
蔵田さんが会社を辞めてさっさと戻ってしまった、福岡県の築上町のご出身なのです。
お2人と私とは、まったく違った関係で知り合いました。
中嶋さんは、私のホームページを読んでいて、蔵田さんの名前が出てきたので驚いたそうです。
まあ世界はそれほど狭いわけです。

中嶋さんは湯島に来るのは初めてです。
節子にはもちろん会っていません。
その中嶋さんが、奥さんに供えてくださいと、福岡の湖月堂の栗饅頭とぎおん太鼓を持ってきてくれました。
その気持ちがとてもうれしく、帰宅してすぐに節子に供えさせてもらいました。
一度も会ったことのない人からまで、しかも7年以上たった今も、お供え物をもらえる節子は幸せです。
それもまあ、私がこの挽歌を書いているからかもしれないので、私のおかげかもしれませんが、この挽歌を書き続けているのは節子のおかげなので、結局は節子が出発点と言ってもいいでしょう。

今日は、さびしく一人で、その栗饅頭をお相伴させてもらいました。
私たちには、縁側でゆっくりと日向ぼっこしながら、一緒にお茶とお菓子を食べる幸せはついに訪れませんでした。
池の見える縁側は、一応、つくっていたのですが。

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■節子への挽歌2783:幸せな夫婦

節子
一昨日のオープンサロンに2組の夫婦が来てくれました。
ひと組は初めての参加です。
フェイスブックでサロンを知って、夫婦で来てくれたのです。
2組の夫婦のやってきた時間が違ったために、サロンはなんと4時間も続きました。
なぜか普段とは全く違った疲れを感じました。
いずれの夫婦も、とても仲の良い夫婦だったからでしょうか。

ひとつの夫婦は、2人である事業を起こそうとしています。
農業と福祉を重ねたような、大きな構想に基づいて、とても挑戦的なプロジェクトです。
少なくとも月に1回は湯島に来ます。
私は雑談相手ですが、最初の夢のような話がだんだん形になってきています。
これこそ私が目指している「コンセプトデザイン」なのですが。
2人の価値観は共通ですが、意見や行動の仕方はそれぞれ違います。
2人ともかなり個性的なので、自らの世界をしっかりと持ちながら、共通の夢を追いかけているのです。
とてもうらやましい関係です。

もう一組は初対面ですが、私が最初に知り合ったのは、奥さんの方です。
家庭内傾聴ファシリテイタ―として、若者や子供の支援をされています。
彼女が、今日、無理やりというか、あまり説明もせずにパートナーを同行して来たそうです。
パートナーは数年前に会社を辞めて電気工事の事業を起こして、一人で仕事をしているそうです。
一人でやっているので、組織的な管理の世界から自由になって、それはそれは幸せだと言います。
私も会社を辞めた時に、そうだったなと思いだしました。
幸せそうなご夫婦の姿を見ていると、どうしても節子を思い出させられます。
困ったものです。

もう一つ思い出したことがあります。
昔、節子とサロンを一緒にやっていた時、わざわざ足利から通ってくれていた保育園の園長夫妻がいました。
親の園を継いだようで、まだとてお若い夫婦でした。
なぜサロンに来るようになったのか全く記憶がありませんが、ある時からパタッと来なくなりました。
あの夫婦はどうしたのかと節子と話したことを思い出しました。
節子が元気だったら、探して訪ねていけたのですが。

そんなような、ちょっと今頃思い出して、気になっている人が何人かいます。
節子が元気だったら、そういう人を訪ねる旅ができたのですが。
いろいろと思うことがあって、一昨日は疲れてしまったのです。
その疲れが昨日も残っていたようで、挽歌をまた書けませんでした。

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■節子への挽歌2782:藤の花が散りました

節子
今日は強い風の日でした。
そのため、満開だった庭の藤がすべて散ってしまいました。
この藤は、節子がどこかから鉢で買ってきたものを地植えにしたのですが、今は大きく育ち、毎年、楽しませてくれます。
河津桜も、大きな鉢に植え替えました。
これでしばらくは大丈夫でしょう。
まあかなり枯れてしまった花木も多いのですが、これからは少しきちんと手入れをしようと思います。

Fujii2013

藤岡に藤を見に行ったのはいつだったでしょうか。
もう節子は発病していたかもしれません。
ともかくあの頃の記憶は、私の中では時間が混乱しているので、前後関係が整理できずにいます。
最近よくテレビで藤岡の藤が話題になっていますが、それを見るたびに思い出します。
前後関係は全く思い出せないのですが。

今週の土曜日は庭でオープンサロンですが、残念ながら藤もクレマチスも、いまが満開でした。
バラが少しずつ咲きだしていますが、少し早いかもしれません。
なかなかうまくいきません。
しかし、今年の散歩市は5月の開催なので、節子がいたらさぞ張り切っただろうなと思います。


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2015/05/03

■ジョン・ダワーの警告

昨日のTBS報道特集の「ジョン・ダワーの警告」がどうも物議を呼んでいるようです。
この程度の内容でさえ、ひどい攻撃に合うような、貧しい国になってしまったのが、とても寂しいです。

この番組は、私が辛うじて心を穏やかにしてみることのできる番組なのですが、昨日のタイトルは「戦後70年歴史家からの警告」。
日本の近代史研究を専門にする、アメリカの歴史家ジョン・ダワー氏のインタビューでした。
インタビュアーは金平キャスターです。
次のような5つの章に分けて、とても明快なジョン・ダワーの警告が続きます。

戦後70年 戦争の美化
戦争責任 日本とドイツ
沖縄の声を聴け
「普通の国」の正体
日本の若者たちへのメッセージ

ダワーは最後にこう言います。

「かつての日本にあった理想や希望が今ではなくなってきたのでは」と感じるときがあります。 そのことを、とても悲しく、虚しく感じます。 日本には「アメリカのミニチュア版(Little America)」になって欲しくありません。 絶対にならないで。そうなったら最悪ですよ。
とても共感できました。 今日、どんな反応かなとネットで少し調べてみました。 ひどい酷評ばかりが目に入ってきました。 それで今日は、完全に滅入ってしまっていました。 日本はもう終わってしまったとしか思えなくなったのです。

ところが夕方、知人から、この番組をみましたか、とても感動し、みんなに見てほしいという内容でした。
それで、私も思い直して、この番組のことを広げる努力をすることにしました。
いまならまだユーチューブで映像が見られます。
お時間があればぜひ見てください。
https://www.youtube.com/watch?v=nyOsNOj-sRE

ジョン・ダワーの著書「敗北を抱きしめて」も、古い本ですが、お勧めします。

今日は、憲法記念日です。
そこで思い立って、5月31日に、自民党憲法改正案を逐条的にみんなで読む会を開催することにしました。
フェイスブックで呼びかけたら、即座に参加したいという連絡が入りました。
それで少しだけ元気になりました。

まだ遅くないのかもしれません。
もしかしたら。

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2015/05/01

■節子への挽歌2781:畑の様子

節子
実は整骨院に行く前に、少しだけ畑仕事をしました。
この数日、それなりに頑張ったので、畑は畑らしくなりました。
まあそのために腰を痛めてしまったようなのですが。
畑の様子を写真に撮りました。
いまはまだ貧弱ですが、まもなく立派な畑になり、見事な収穫がもたらされるでしょう。
たぶん、いや、もしかしたら、ですが。

Hatake20150501

ここは3年前は荒れ放題でした。
篠笹が生い茂り、大きな蛇が時々姿を見せていたのです。
野草を復活し、刈っても刈っても、追いつかなかったのです。
それが畑になったのです。
節子がやっていた頃ほどにはまだ戻っていませんが、まあかなりよくなりました。

写真には写っていませんが、畑の上の方は斜面の花壇の予定です。
ここはなかなか難航しています。
まだ「きれい」と言われるには程遠いのですが、だいぶ野草は刈り込みました。
節子は、ロックガーデンなどと言って、瓦礫や石を上手く活かしていましたが、私にはそれは無理です。
ここは娘たちに手伝ってもらわなければいけません。

さて畑です。
毎朝、水をやり通い、声をかけなければいけません。
私の場合、3、4日で飽きてしまうので心配ですが、今年は頑張ろうと思います。

写真に写っているのは、じゃがいも、きゅうり、ナストマト、セロリ、ピーマン、ハーブです。
さらにこれからあいているところに、植え込んでいきます。
収穫が近づいたら、また写真をアップします。
さてどうなっているでしょうか。
写真がアップされなかったら、やはり失敗だったということです。


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■節子への挽歌2780:腰の痛みが治ったようです

節子
今日は大忙しの日でした。
しかしすべてうまくいきました。
まあこういう日があってもいいでしょう。

ところで、整骨院に行きました。
娘が紹介してくれましたが、初めてのところです。
ただただ身体を軽くこするような感じなので、効いたのか効かないのかよくわからないという評判が気にいったので、連れて行ってもらうことにしました。

実は1週間前から腰を痛めていました。
普段は痛くないのですが、ちょっと腰を曲げたり力を入れると激痛が走るのです。
もしかしたら、筋肉痛ではなく、内臓のせいかもしれないと思ったこともありますが、先週、その整骨院の話を聞いたので行ってみることにしました。
しかし時間の都合がつかず、今日の午後、行くことにしていたのです。

娘が2時に迎えに来てくれましたので、自動車で整体院に向かいました。
自動車で15分ほどのところです。
到着して自動車を降りる時に、はっと気がつきました。
腰の痛みがあまりないのです。
そういえば、今朝から痛みを一度も感じていません。
あれ、治ってしまったようだと娘に話しましたが、いまさら帰れません。
それに15分もかけてきたのですから、このまま帰るのも気が進みません。
それで治療を受けることにしました。

まず問診です。
どうしたのですかと訊かれて、1週間目に腰を痛めてしまって…、言葉が詰まりました。
いまはどうですか、と訊かれて、治ったようですともいえないので、だいぶ良くなったみたいです、といささか腰の引けた回答です。
それでまだ痛いのですか、と追及されて、まあ痛いと言えば痛いです…
要領を得ないぼけ老人だなと思われたかもしれません。
まあ、それはあながち事実に反しない評価ではあります。

で結局、ベッドに寝せられて、まずは腰を冷やしました。
それから軽い治療というか、軽いマッサージです。
施術後、椅子に座らせられて、治りましたかと訊かれました。
痛みはあまりないのですが、それはここに来た時からあまりなかったのです。
ですから、治ったとは言わずに、痛みはあまりありませんと正直に答えました。
そうでしょう、治ったでしょうと先生は喜んでくれました。
いい先生です。

念のためにと椅子に座ったまま、首と肩をかるくこすってくれました。
首もかたくなっていますよ、と言われました。
実はベッドで30分ほど寝ている時に、姿勢がよくなくて肩が凝ったのですが(途中で先生が直してくれましたが)、そうも言えません。

身体をこすっているのは、気を流すようにしているのですか、とつい余計なことを訊いてしまいました。
先生は即座に、気なんてものはありませんと否定しました。
私の聞き違いかなとも思いましたが、確認する勇気がありませんでした。
もしかしたら、悪い先生ではないかと一瞬頭をよぎりましたが、これほど明確に考えを述べるのは、良い先生の証拠だと思うことにしました。

というわけで、あれほど痛かった腰の痛みは治ったのです。
しかし、身体をちょっとねじるとやはり痛いです。
先生にそう言ったら、身体をねじるような無理をしてはいけませんと言われました。
考えてみれば、先生の言うことは正しいです。
身体をよじらないと行動しにくいのですが、と言いかけて、途中でやめました。
名医にさからってはいけません。
いずれにしろ治ったのだから、それで満足しなければいけません。

うっかりお金を払わずに出てしまいましたが、娘が払ってくれていました。
こういうことがよくあるので困ります。
私にはお金を払うという習慣というか意識がちょっと希薄なのです。

友人が、もし治らなければ「神の手」を紹介してくれると言ってくれていましたが、とりあえず「人の手」で治ってしまいました。
そんなわけで明日は農作業はお休みです。

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