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2015/05/19

■節子への挽歌2796:ふと節子を思い出すことが多くなりました

節子
先日、ある集まりの様子をICレコーダーで録音したのですが、その時に、数年目に大日寺に行った時の節子との交流のやり取りが、まだそのままレコーダーに残っているのに気づきました。
聞き直したこともないのですが、消去されないように、パソコンに取り込みました。
あの体験は不思議な体験ではありましたが、まだはっきりと覚えているので、聞き直すこともありません。
それに機械を通すと、実際とは違って、論理だけが伝わってきますので、記憶が壊れてしまいかねません。

人によって違うのでしょうが、私は節子に何する過去の記録に触れる気があまり起きません。
写真もビデオ映像も、むしろ見る気が起きません。
節子が残した日記も読む気が起きません。
できるならば、過去の節子とではなく、いまの節子と出会いたいからです。
いまもなおどこかに節子の死を受け入れられずにいるのかもしれません。
実際に出会えることはできないのですが。

それにしても、生活の中で、節子とのつながりを感じさせられることはいまも多いのです。
庭の手入れをしていても、湯島のオフィスで書類を片づけていても、街を歩いていても、テレビを観ていても、お風呂に入っていても、電車に乗っていても、ふと節子を思い出すことがあります。
それが40年以上、一緒に生活していたということなのでしょう。
最近は、なぜかふと節子を思い出すことが多くなっています。
あまりに日常的な事なので、むしろ挽歌が書けません。

残念ながら、私をこんな風に思い出してくれる人はないでしょう。
夫婦と親子は、たぶんまったく違うような気がします。

遺された者は、実に割が悪いです。
今日はまた寒い日になりました。
気温の寒暖差が激しいので、どうも体調がすっきりしません。
困ったものです。

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