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2015/05/12

■節子への挽歌2788:家に居てものんびりできませんでした

節子
ゆっくり休もうと思っていたのですが、なかなかそうもいきません。
次々となぜか電話がかかってきます。
携帯電話はどうも好きになれずに、一時、やめていたこともあったのですが、いつの間にかまた復活していました。
もっとも私自身は携帯していないことも多いので、出ないことも相変わらず多いのですが。

幸いに、今日は深刻な電話はありませんでした。
しかし、休もうと思ったら、携帯電話は切っておかなければいけませんね。
と思って、切ったら、今度は家の固定電話に電話が来ました。
電話口にでたらなにやら売り込みの電話でした。
それも2本も続けてきました。
いやはや静けさを確保するのは難しい時代です。

今日ではありませんが、電話に出ると、「奥さまはいらっしゃいますか?」と突然訊かれることもあります。
いまはいませんというと、何時ごろお帰りですか、としつこい場合もあります。
心に余裕がある時は、さあ、聞いていないのですが、と答えるのですが、余裕のない時には、たぶん帰ってこないでしょうと言って、電話を切ります。
相手はどう思うでしょうか。
どういう意味か、少しは悩んでくれるでしょうか。
悩まずに、すぐに次の電話番号にかけるのでしょうね。

在宅しているといろいろのことがあります。
エホバの証人たちがやってきたり、近くの葬儀社からの勧誘があったり、まあいろいろです。
これも、昔は日間に任せて対応したことがあります。
エホバの証人に関しては、編集の仕事をしていた私の知人は、暇だったので相手をしているうちに、それを本にしてしまいました。
そういえば、その人とはもう20年近く会っていません。
どうしたでしょうか。

とまあ、こんなことを考えながら、今日は全く意味もなく1日が過ぎました。
今日中にやろうと思っていたことも手付かずでした。
そのうえ、まだ疲れがとれません。

ちなみに、家庭というのは、一人でいても、決して静かな場所ではないことは、節子がいなくなってから知ったことです。
静けさは、彼岸にしかないのかもしれません。

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