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2015/05/30

■節子への挽歌2808:目のない話

朝の挽歌に、「純な目」を持たなければいけないと書きました。
目の話を書きます。

私は、家族から「目がない」と言われています。
たしかに目がほとんどないのです。
生まれた時はそうではありませんでした。
目が細くなってきたのは、コンタクトレンズのせいです。
乱視が強く、学生のころからハードコンタクトでないと矯正が難しかったのです。
ですから大学時代からコンタクトレンズを着用しています。
昔はよく落としましたが、次第に上の瞼が下りてきて、目が細くなったのです。
これは病気だそうで、最近は簡単に手術で治るのだそうです。
しかし、まあいいかと思っていて医者に行かないうちにどんどん上のまぶたがおりてきて、いまや目を覆いだしているのです。
ですから目がないような状況になっています。

しかも、そのコンタクトレンズの取り扱いがよくありません。
もう10年以上前のものを着用しています。
なにしろ目をまぶたが覆ってきたので、最近はレンズを落とすどころか、はずそうと思ってもはずれないことさえありのです。
ですからなくなりようがありません。
そのためたかもしかしたら目に合っていない可能性が強く、コンタクトを入れても読書は不便です。
さらに手入れがよくない。
ほとんど洗ったことがないのです。
雑菌でいっぱいかもしれません。
いつも家族から注意されていますが、医者に行く気も、レンズの洗浄をきちんとやる気もありません。
まあ、これは私の生き方の一つの象徴ですが、生物的な自分の身体的ケアにはほとんど関心がないのです。
健康のために何かをやるということができない人間なのです。
やろうと思うことは、時々あるのですが、続きません。
困ったものですが、そういう性格はそう簡単には直せません。

そんなわけで、私は今や目がなくなりつつあるわけです。
そのため視野が狭く、世界が暗く見えています。
それが私の性格をゆがめているのかもしれません。
まあそれも定めでしょう。

最近、また読書に目覚めました。
それで目の手術に行こうかと思ったりしたのですが、まあ残す時間はそうもないだろうから、このままいきそうです。

節子はもう少し目のある人がよかったようです。
節子に会った時は、いまよりもだいぶ目があったのですが。

昨夜、寝たのが遅かったのですが、久しぶりにうなされる夢を見ました。
妖怪の世界に迷い込んで、自分も妖怪のふりをしなければいけないという夢です。
夢の中では、目の大きさと関係なく、現世よりも世界が見えるような気がします。
よく見えることが必ずしも良いことではないことを、昨日の夢で実感しました。

つまらない記事ですみません。
昨夜は寝不足です。

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